15.フラグ、乱立
「先輩! また来たんですか!」
あきれましたねえ。夕暮れ、町営牧場に行くと沙羅先輩がいましたよ。
「なによう来たら悪い?」
「悪いことだらけです。いいことなんか一つもありません」
「いやシンその言い方は……」
「お嬢ちゃんには昨日夜食差し入れてもらったりしてすっかりお世話になっちゃってるからなあ」
「シンいない間カメラ係やってくれてるし」
「カメラ係は必要だろ」
いつのまに猟協会に取り入ってるんですか先輩……。そういうとこだけ妙に優秀なんだから……。
「先輩仕事は?」
「休んでる」
「クビになりますよ?」
「なってもいい! リアルスライムを見逃すとかありえないし!」
これだからオタクは……。
猟協会メンバーにも確認取ります。
「罠は?」
「バッチリ」
「おじいちゃん、また鉄砲持ってきてる!」
「万が一ってことがあるだろ」
「違反になるよホントに。警察に現場に立ち会うように頼んだから、今日は駐在さん来るかもしれないよ?」
「おうそりゃマズいな。隠しとくか」
そう言って軽トラの助手席の散弾銃を銃袋に入れた上に、ジャンパーかけて置いてます。まあ今更家に置いて来いとも言えないなあ。
違法違法言いますけどね、自分の管理下にあるうちは本当は大丈夫です。
目の届かないところに置いておくのがアウトなんですよね。
違法なのは、夜間持ち歩くことでも夜狩猟することでもなくて、『夜間の発砲』ですから。夜間の狩猟が禁止だったら、日が暮れたら仕掛けた罠を全部回収しなきゃならなくなります。
猟の帰り、射撃場からの帰り、銃砲店からの帰りで日が暮れたからってそれで鉄砲持ってても逮捕されたりはしません。
そんなこと言ってるとパトカーで駐在さん来ました。もう明らかにイヤそうな顔してます。
「言われたから来たけどさあ、なにやってんの」
「これを見てもらいましょう」
そう言って、ノートパソコンでスライムと闘う重機の動画、見てもらいました。
「こんなことになってんの!!」
テレビ見ましょうよ駐在さん……。まだ国営放送が取り上げるほどのニュースじゃないですけどワイドショーとかけっこうやってますよこの話題。ネットで話題の動画ってことでまだネタ扱いですけど。
「これを撃つから許可出せって? そんな許可出せるわけないでしょ。警察が決めることじゃないよクマじゃあるまいし」
「撃ちませんよ。今日は罠仕掛けてるだけですから」
警察に限らず役人って前例のない仕事、物凄く嫌うんですよね。
「許可は出せない」、「許可はいらない」、そのどっちかで、「許可する」という仕事はしないんです。許可出した人の責任になるから。
僕も役場に勤めるようになってコレに何度も泣かされました。今じゃ僕もコレ流の仕事術、使いこなせるようになりましたけど。
「許可は出せない判断はしない。じゃ駐在さんはなにしにここに来たんですか?」
「そりゃ署に言われたからだよ。違法行為ないか現場で確認しろって」
つまり邪魔しに来たわけですね。まったく……。
警察官も消防署の人も「現場」のことは「げんじょう」って言います。
『事件は現場で起きてんだ!』ってセリフありましたけどあんなことは警察の人は言いませんね。言うなら『現場で起きてんだ!』でしょうか。
ま、こういうグレーゾーンなコトをおっぱじめるのに、「違法行為は無かった」って証言してくれる人は必要です。その証言者が警察官なら言うこと無いですな。
蝦夷大の宮本先生スタッフ連れてやってきました。スタッフの皆さん札幌との往復ご苦労様です。いろいろご準備があったでしょう。
「中島君! これはなんだ!」
来るなり僕にずかずか歩み寄ってあの例の紙を突き出します。
「昨日の議事録、覚書ですが」
「こんな内容認めてないぞ!」
「いや認めてもらいましたよ? 先生のサインと捺印入ってるじゃないですか」
「全部うちに押し付けてうちの責任になるようになってるじゃないか!」
「そりゃそうでしょ他人の家に上がり込んでなんでもやらかしていいなんて許可出すわけないじゃないですか」
「牧場入り口にもこれ見よがしに貼りやがって!」
あっはっは。これA3に拡大してコピーしてパウチして牧場入り口の柵の「関係者以外立ち入り禁止」の看板の横に貼っておきました。事務所とかにも。
「工事現場とかで発注者、施工者、工事の内容とか期間とか掲示してありますよね。あれと同じです。必要なことですよ?」
要するに既成事実化です。大学がぼんやりしているうちにさっさと責任の所在を明らかにしてしまっておかないとね。
「なにかトラブルがあったら全部うちの責任にするつもりだな?」
「だってトラブルがあったら全部そっちの責任ですし。僕らとしては重機で踏みつぶせばいいものをそちらの要請でわざわざ生け捕りにしようとしてるわけですが」
「このや……」
「どれも当然のことだと思いますけど。現場担当者の指示に従え、安全第一、事故や被害は自己責任。何かおかしいですか?」
「こっちが手を引いてもいいのか?」
「どうぞどうぞ。これ覚書ですし法的拘束力はありませんから、そちらで破棄なさるならこちらはさっさと別の大学なり研究機関にも声かけてやってもらいます。海外機関でもいいかな? どこでも喜んでこの条件飲んでくれると思いますね」
「ぐっ……」
「悪いことばかりじゃないですよ? この件近いうちに公になるわけですが、そうしたらいろんな大学や研究機関がわんさかここに押し寄せるわけです。でも入り口にアレ貼ってあればこれはもう蝦夷大の仕事ということで手出しできないでしょ」
「……確かに」
「現に今日もこうして捕獲に協力しているんです。そちらはなにかご準備してきましたか?」
「そりゃいろいろ……罠を見せてもらおうか」
「はいどうぞ」
改造した箱罠、見てもらいます。
檻の中に金網が張ってあって、その内側に塩化ビニル製の波板が重ねてあります。
「これは?」
「スライムが出す酸が塩酸だとそちらの研究員の人に電話して聞きましたので、耐酸性のあるプラスチックの板を貼りました。力もあるようですので、ステンレスの金網で補強してあるわけです」
「……なるほど。餌の肉は?」
「今日もクマ肉。一度引っかかったんだから変えないほうがいいです」
「最初に襲われたのは牛だろう? 牛肉のほうがいいんじゃないか?」
「いくらすると思ってるんですか」
ステーキ肉一枚で千円以上するんですよ?
「クマ肉のほうが高いんじゃないの?」
「食品衛生法でハンターがクマの肉を売買することは禁じられています。買ってくれる人がいなくて値段が付きません。たまたま手持ちで余ってたから使ってます」
「クマ肉高く売れないの?」
「タダであげますよ。どんな伝染病にかかっていても、どんな寄生虫がいても一切文句言わないって一筆書いてもらうことになりますが、食べます?」
「……いや、いい」
そのへんは僕なんかより先生のほうが詳しいはずですよねえ。ほら若いスタッフの人たちも青くなってます。
クマ高く売れる、数十万円になるという話がありますが、ウソですよそんなの。
内臓が漢方薬になるとか言いますが寄生虫の心配もあるし薬事法違反です。そんな販売先ありません。
毛皮? 誰が買うんです? 欲しい人がいたらタダであげますって。生皮の毛皮でよければ。
そういや英国の近衛兵がかぶってる黒いフサフサの帽子、あれクマの毛皮なんだそうですよ。もう化学繊維でいいでしょうに、ヘンなとこ頑固ですねえ英国は。
クマ肉はほとんど地元犬ぞりレースの犬たちのエサになります。人間が食べて旨いところなんて数キロぐらいしかないんじゃないですかね。
まあ地元に熊肉買い取ってくれる精肉業者がある地域も無いわけじゃないですけど、北海道広いですからもう他県に持ってくぐらいの手間ですな。
「……まあいい。確かにこれなら今度こそ閉じ込められるかもしれないな」
「罠の改造費用はそっちにツケときますから」
「おいいいいいいい!!」
あははははは!
そんなことよりこっちも聞きたいことがあります。
「分析結果どうでした? なんの動物かわかりました?」
「……不明だよ」
「DNAの分析したんじゃないんですか?」
「検出されなかった」
「体液にはDNAを含まずと。ヘンな生物ですね。成分は?」
「タンパク質と塩基をベースにした酸性の体液で、ゲル状のものだ。詳しくはまだ分からない」
「案外本当に単細胞生物だったりして。DNAが含まれているのが核だけなのかもしれないですね」
「……そうだったら驚きだよ」
「学者さんが『そんなの実在するわけがない』なんて信じなかった話、いくらでも例があるじゃないですか。シーラカンスとかカモノハシとかゴリラとか、鉄を食ったり深海温泉の高温下や火山の強酸性の環境下でも生きてるバクテリアとか、隕石から検出されたアミノ酸とか塩基とか」
「……そうだな」
先生、考え込んで、「君、意外と学があるね」と感心します。
「どこの大学?」
「大学は行ってません。地元の高校卒業してすぐ役場に勤めましたから」
「いや、それは……失礼した」
「なんで失礼になるんです」
高卒が恥ずかしいことだと普通に思ってるそっちのほうが失礼ですよ。
「君が言ってた『粘菌』って話、案外正しいかもしれないんだよ。調べれば調べるほど粘菌に似ていてね、残念ながらうちの大学には専門がいなくて、今つてを頼って近いものが無いか調べてもらってる」
「だったら合体して大きなキノコになるかもしれませんね」
「そんなことになったら胞子撒かれて大発生だ。そうなる前に食い止めたいな」
ようやく学者さんの顔になりましたね。うん、ずっとそんな感じでいてくれるとこっちも助かるんですけど。少なくとも「キノコになるとこ見たい」とか言い出さないうちはですが。
さて、猟協会、先輩、駐在さん、大学の先生様、オールスターですな。役者がそろいました。
無事に事が運べばいですが、全方向にフラグが立ってるようで嫌な予感しかしませんねえ。あっはっは……。
「たしかにフラグよねえ」
……先輩、僕のジムニーの助手席に勝手に乗り込んできて飲んだり食ったりしています。なんだかなあ。
「なかじーも食べる?」
「いただきます」
おにぎりです。
先輩のおにぎり久しぶりです。学祭の時以来でしょうか。ご飯食べる暇もない生徒会委員のために何度も持ってきてくれました。そういうところは唯一会長らしかったんですけど、生徒会長の仕事ってそれじゃないですよね? もっとやることありますよね? 会長が仕事しないで遊んでるから僕ら忙しかったんですがねえ。
「久しぶりになかじーの仕事っぷり見たなあ。てきぱきと指示して仕事無駄なく進めて、偉い人とかにもすぐに話取り付けて、無理そうな話も正論でぐいぐいゴリ押しして、やっぱりすごいよなかじーは」
「先輩、生徒会長のくせに仕事全部僕に丸投げでしたもんねえ。あれで鍛えられましたからねえ」
「そうそう陰の生徒会長。あれは助かったよ」
なんでこうイヤミが通用しないんでしょう。ホント天然恐るべし。
「僕は先輩のあと生徒会長に推薦されて、もう二年連続で生徒会長やったようなもんでしたよまったく」
「だってなかじー私より仕事できるもん! あっはっはっは!」
いや笑い事ですか。こっちの身にもなってくださいよ。
「そりゃあね、頼まれたら断れないなかじーも悪いんだよ」
「はいはい。コレをどうぞ」
「なにこれ」
「パソコンです」
先輩大喜びしてケースから出してます。
「シンクパッドだ――――!」
「僕が中古で買って使ってたやつですけどね。新しいの買ったからもう使わないんで、パソコン水に沈めたお詫びです」
「ダサッ。黒い! 重い! 分厚い!! 四角い!」
「元祖ビジネスマシーンですから……。見た目のカッコよさよりも頑丈で壊れず信頼性が高いことを優先したデザインなんです。入ってるのはバージョンアップしたばっかりの最新OSですから、別に古くないですよ」
「遅そう」
「メモリも増やしてSSDに換装してますから並のビジネスコンピューターよりは速いです」
「人のパソコンお風呂に突っ込んでさあ」
「それ使っていいかげんネトゲから卒業してください」
「はーい」
スイッチ押して、いじくりまわして喜んでますねえ。あ、初期化してますからユーザー登録からです。残念ですが今すぐは使えませんね。
それとは別に僕のシンクパッドもダッシュボードの上に置いて、監視カメラ映像をWi-Fiで表示させておきます。大学の先生たちもあちこちにカメラ仕掛けてますので今五台のカメラが箱罠を取り囲んでおります。暗視カメラなので、今日は集まってる車のヘッドライトを全部消して真っ暗闇の中で来るのを待ってます。
万一に備えてもちろん重機とトラクターも待機中。そちらは猟協会のメンバーが乗ってます。一応、万全のつもりです。
「……ひさびさになかじーに怒られたなあ」
「高校の時しょっちゅうでしたから」
「あの本気で怒ってる顔、ゴミを見るような目で私を見るなかじー、ゾクゾクしちゃった」
「先輩それが見たくて僕に迷惑かけてるようなところありましたもんねえ」
「バレてましたか……」
すぐわかりましたよ。
「別れたダンナもさあ、そんな感じだったんだけど、違ったね」
「一緒にしないでください」
「年上だったから、威張られて、偉そうにされて、ぐっときちゃったんだけど、中身が無かった。あ、この人偉そうにしたいだけなんだって。それに気が付いたら冷めた」
「へえ」
「なかじーは違うのよね。頭良くて、なんでもできるから本当に私の事バカにしてる。私がいくらモーションかけてもまったく動じないのもそのせい。そこがいい」
「今更口説かれましてもねえ」
「今好きな人いるの?」
「いませんけど」
「だったら私で」
「イヤです」
もうこの話はいいです。
倒してフラットにして物置にしてる後部座席からデジタルビデオカメラ引っ張ってきて先輩に渡します。
「今日の記録お願いします」
「いいの私で」
「もういいです……。カメラ役昨日もずーっとやってんでしょ? 頼みますよ」
「任せて!」
ワクワクしてるようですけどすぐに眠くなったのかうつらうつらしてます。
先輩喋るとホント、ウザいことしか言わないので黙っててくれて助かりますわ。
こうしてみると美人さんですしスタイルもいいし胸も大きいんですけど、中身がねえ……。どうしてこう残念なんでしょうかねえ。
次回「16.猟協会、発砲!」