13.契約詐欺じゃないですよ
「中島くん今日はどうすんの」
町長が聞いてきます。
「今日は早退して帰って寝ます。何時間寝てないと思ってんですか」
「え、昨日から?」
「昨日から一睡もしていませんよ僕は」
「報告書……」
「明日です明日!」
「中島くんだけじゃ手が足りんな」
「そう思うんだったら人増やしてください!」
さすがに若干キレ気味で返事してしまいました。僕もたまには大人げ無いときもあるってことで、そのまんま役場を出ました。
家に帰って母とかにぎゃーぎゃーいろいろ聞かれましたけど、おじいちゃんに聞いてくれって、とりあえず着替えもせずにベッドです。
疲れてたんですねえ。明け方近くに目が覚めました。
とりあえず風呂でシャワー浴びてスッキリさせてから着替えて、デスクトップPCにノートパソコンのデーターをバックアップし、例の動画サイトを見ます。
……先輩の元動画、確かに削除されていたんですが、すでに拡散済みなものですから関連動画がものすごい数乱立してます。元動画も誰かがダウンロードしてたのか別人名義で再UPされていて、先輩以上のアクセス数を稼いでいます。まあそうなるよね……。
検証動画はすでに五十万アクセスオーバー。このペースならもうすぐ百万アクセス超えるでしょうね。
っていうか東方キャラで再現MMDまで作られてます。
なんなんですか。職人さん相変わらず仕事早すぎです。
ネタ専門のまとめサイト見るとネット民の間でもだいぶ話題になってるようで、スレがものすごい数立ってます。
『北海道にスライムあらわるwww』
『スライム動画、本物らしい』
『スライム動画、検証した結果www』
『【悲報】スライム動画、UP主削除、逃亡してしまう』
『【朗報】スライム動画、ワイドショーで取り上げられた結果』
ああああ、とうとうテレビでも取り上げられたか。
見てみると、映像関係のセンセイ様が画像解析して、『これだけではCG合成だと断定する材料が見つからない』と、インチキの可能性を否定できずに困ってる感じらしいです。映像のスペクトラムなんとかで分析しても重ね撮りした痕跡がないんだって。この方法なら合成一発でわかるんだって。ハリウッド映画でもこれをごまかすほどの技術はないんだってさ。
いわく、『逆にこんな高度な映像加工技術があったらもう少しマシな動画を作るはずだ』ってさ。そうだよね、よりによってスライムでなくてももうちょっとマシなモンスターがいるでしょうし。
テレビ局でもまさかこれが本物だと断定するわけにもいかずにまだネットの噂、ネタ画像扱いですが、つまりニセモノと断定する材料が一つも見つからないってところです。今話題は、『これが北海道のどこなのか?』に集中してます。
ワイドショーレポーターがもう北海道に到着しているようですよ。道庁に突撃してました。そういえば道庁に連絡とかまだしてませんね。
突撃されても困るでしょうねえ道庁も。ま、そちらは蝦夷大から連絡がいくでしょうからほっときます。
ネットニュースでも動画付きで載ってまして、『今話題の動画』とかで盛り上がってます。
重機やトラクターが次々とスライムを押しつぶし……。
『きゃあああ』とか『うわああああ』とかの沙羅先輩の声が入ってます……。
そのせいで『撮影者女?』、『撮影者は削除、逃亡!』、『この動画をUPした【サラン】とはいったい何者なのか?』って話になってます。
ハンドルネーム『サラン』ですか先輩。サランラップから取ったんですかね。
旭化成が助走つけて殴りに来そうなぐらい安易です。こりゃあ町の名がバレるのも時間の問題かな。
それより早く蝦夷大の先生たちがこの件について会見開いて発表でもしてくれりゃいいんですけど。
うるさい家族の追求をかわしながら家で朝食取っておりますと猟協会の会長から携帯に電話きました。
「おはようシン。寝れたかい?」
「あ、はい。おかげさまで。昨日休んですいませんでした。どうなりました?」
「昨日一晩見張ってたけど何も来なかったよ」
「そりゃあよかった」
「中島さんにシン寝てないから寝かしてやれって言われてね、まあ俺らだけで」
中島さんってのは僕のおじいちゃんのことですね。気を利かせてくれたってことですか。さすがに徹夜でぶっ通しで対策してましたからねえ……。
おじいちゃん朝ごはん食べてすぐ寝ちゃいましたけど。徹夜でしたし。
猟協会のみんなは僕が役場で先生たちと喧々諤々してる間に帰って寝てたんでしょう。昼夜逆転してますな。
「先生どうしました?」
「来てたよ。宮本先生」
旅館取ってたんじゃないんですか。宿とっておきながら牧場で徹夜って旅館に泊まる意味がないじゃないですか。まあ活動拠点ということですかね。
「必要な機材を運ばせるとか言ってずーっと大学と携帯で電話してたな」
「いろいろ本格的な準備が必要でしょうからね。今どうしてます?」
「旅館に戻った」
「はあ」
今頃爆睡してるかな。起きてくるまでにまとめられるものはまとめておかないと。
「シンはどうするんだ?」
「役場に普通に出勤して報告のまとめと対策の立案です」
「ごくろうさま。そっちは任すわ」
「はいはい。じゃ失礼します」
「あ、罠だけどな、今日一旦回収して改造するから」
「野村鉄工ですか?」
「そうそう」
「どうするんです?」
「溶かされないようにステンレス張りにしようかと」
「……そんな罠に入っていきますかねえ」
「お前のアイデアだろ」
そうでした、はい。
野村鉄工さんは町に一軒ある鉄工所です。農機具の修理、制作とか倉庫の建築とかをやってる個人事業の小さな事業所ですね。農家の我が家もよく農業機械の修理とか頼んでますし、役場の除雪車などの点検修理もやってもらってます。クマ罠を作ってもらったのもここですから、任せて大丈夫でしょう。
さて、役場に出勤してさっそく対策の立案です。
デスクトップPCでワープロを起動して、始めます。
まずは昨日の蝦夷大との打ち合わせ。
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蝦夷大学理学部生物科学科との調査協力について H○○、○月○日
1.H○年○月□日以降発生した牧牛被害についての被害状況、被害を与えた捕食動物、残滓、記録映像、調査証言等を町は蝦夷大に提供する。提供先は理化学部生物科学科(代表宮本)とする。
2.町は蝦夷大学に被害現場である町営牧場の常時立ち入りの許可を行う。また、対象動物の調査、サンプリング、捕獲、駆除などを敷地内において行うことを許可する。なお、立ち入りに関しては防疫面から車両、靴等の消毒など、町営牧場の立ち入りルールに従うこととする。
3.対象動物が夜行性である場合は夜間、町営牧場の業務時間外の立ち入り、調査の実施を許可する。
4.調査における町営牧場の備品・施設等の破損、修理などの補償費用は蝦夷大学側が負担するものとする。
5.調査対象が捕食動物であり危険が伴う場合がありうるため調査は安全を第一とし現場での町営牧場の職員、または役場職員、猟協会会員の指示には必ず従うこととする。
6.対象動物の調査、捕獲、駆除等は任意に町、町営牧場、地元猟協会が代行することができるものとする。また、実際に家畜に被害が出るなどの緊急性があるときは大学側の意向に依らず独自に調査、捕獲、あるいは駆除を行うことができるものとする。
7.蝦夷大は調査結果を逐次町に報告し、加害動物の特定、加害動物の捕獲および駆除の協力を行う。
8.マスコミへの発表、対応は原則蝦夷大学理学部生物科学科が行うこととする。
9.以上を遵守することを条件に町および町営牧場、地元猟協会は蝦夷大学に任意に調査協力を行う。
以上
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……っと、こんな感じかな。まずこれで町長と農政課に認可してもらって、ハンコ押してもらい、宮本先生にも署名していただきましょう。こういうのはA4一枚に収めるのがコツです。数枚になるとまず読んでもらえませんし、文書が分かれているとそれだけでトラブルになりますから。
やたら町側に有利な条件ですが最初に付きつける叩き台です。世紀の大発見を独り占めしたかったらコレぐらいの条件は飲んでもらいませんとね。
これを二通プリントアウトして農政課の大山課長に見てもらいます。
「……うちとしては異存はないけど、これアイツら受け入れるかねえ?」
「受け入れてくれないなら町営牧場には一切立入禁止、僕らはスライム出なくなるまで毎晩踏み潰すだけですね」
「鬼だね中島君」
「当然でしょ」
課長に二枚署名ハンコもらって、町長室に行きます。
「……めちゃめちゃうちに有利なような。これ先生たち受け入れてくれるのかい?」
「受け入れてくれないなら町営牧場には一切立入禁止、僕らはスライム出なくなるまで毎晩踏み潰すだけですね」
「ひどいね中島くん」
「おんなじことを大山課長にも言われましたよ」
町長にも二枚署名ハンコもらって、町にただ一軒の旅館に行きます。
「蝦夷大の宮本先生いますかね」
「ああ、泊まってらっしゃるよ。徹夜したとかで今寝てるわ」
旅館の主人に頼んで、案内してもらいます。
先生、寝間着のままでして、畳の部屋でめくれた布団から起き上がって眠そうに僕を見ます。テーブルの上にカメラとか書類とか資料とか散乱しているところが学者さんっぽいです。ノートパソコンはさすが大学教授という感じのレッツノート。ビール瓶は、まあ見なかったことにしましょう。
先生のメガネがテーブルに置いてありますので、さっと僕の後ろに隠します。
「おはようございます。昨日の打ち合わせの件なんですが」
「ふぁあ、ああご苦労さん」
「町として蝦夷大に全面協力をすることになりました、いくつかお約束したいことがありますので署名捺印してもらいたいんですけど」
「ああ、そんなこと言ってたな、メガネメガネ……、あれ? どこかな。悪いけど説明して」
「1、今回の動物についての調査報告、写真とかの映像資料、痕跡の証拠とか捕らえた動物については全部蝦夷大に一つ残らずご提供させていただきます。全部先生お一人だけです。他の大学とか研究機関には渡しません!」
「ああ、それはありがたい!」
「2、町は蝦夷大に町営牧場に立ち入り、調査することを全面的に許可します!」
「助かるよ。そうでないと調査できないもんな」
「3、もちろん夜間もOKです。相手夜行性ですからね」
「当然だな」
「4、調査においては、町営牧場の備品とか機械とか、なるべく壊さないようにしてくださいね。そこは気をつけてもらいたいです」
「わかった。もちろんそうさせてもらうよ」
「5、相手は人間でも攻撃してくる危険な動物です。万一のことがあるかもしれません。先生たちが危険な事態が起こったときは私達でできるだけ守ります。もちろん、猟協会もです」
「……ありがとう。これで安心して調査ができる!」
「6、もし先生たちや牛に危険が及びそうになったときは、その場で駆除をしてしまう場合もあるかもしれません。みなさんの安全のためやむをえずです。これは認めてもらいたいと思います」
「危険な仕事だ。そういう場合もあるだろうね」
「7、あとこれはお願いなんですが、あれがなにかわかったら教えてほしいんです。やっぱり被害を減らすためには最低限必要な情報ですから」
「心配するな、わかったら真っ先に教えるよ」
「8、最後にマスコミ対策なんですが、これが新種とわかったり、研究結果に成果があった場合、学会に発表するとかは先生にぜひやっていただきたく……」
「そりゃあもちろんさ! 任せてもらうよ!」
「ありがとうございます! で、これらのことを条件に、町は協力を惜しまないということが最後に書いてあります。署名とハンコをお願いしたいんですが……」
先生、まだ寝ぼけまなこでカバンをもぞもぞ探りまして、ハンコを出しました。
「こちらにご署名ください」
「ん」
「ハンコも」
「んん」
「もう一枚」
「うん」
「ありがとうございました。こちらの一枚はお持ちください。今わなの改造をしてますので、今夜またご一緒しましょう。夜までお休みいただいて結構ですよ」
「んんん……。ありがと。協力感謝するよ……。おやすみ」
先生、布団かぶって寝てしまいましたので、先生のメガネをテーブルの下に転がして、起こさないようにそっと部屋を出ます。
役場に戻ってコピー取ると、「よくこれで先生のハンコもらえたね!」と町長がびっくりですな。
「原本はファイルしときます」
「ほんと中島くんって鬼だわ」
失礼な。ちゃんとした交渉事ですよ?
次回「14.決戦前夜」