12.スライム対策会議
「カノ子ちゃんさっきの撮れた?」
「バッチリ」
「中島くんあれはやりすぎじゃないの?」
町長が心配顔でこっち来ます。
「法律上の話ですから、文句があるならこんな法律作った環境省とか警察庁に言ってもらわないと」
「今後協力してくれないかも」
「いやあ逆に向こうがこっちの協力なしではなんにもできないんだから、頭下げてくるならあっちです。御心配には及びませんよ」
「とにかくこれから役場で先生たちと会議だから、出席して」
「それはもちろん。何時からですか?」
「えーと決めてないけど一時から、一時からにしよう」
「了解です」
そう言って町長とカノ子ちゃんも車に戻っていきました。僕らぐらいの小さい町だと、町長も自家用車を自分で運転です。
「いやあシンすごかったな! やっぱお前すげえよ!」
会長さんが大笑いです。
「スカッとしたよ。大学のセンセイ相手に一歩もひかずになあ!」
「言われてみりゃあ全部お前の言うとおりだわ。俺だったら先生に命令されたらあそこで思わず捕まえに行っちゃうもんな」
「シン、お前って敵に回すとずいぶん怖い所あるんだな……」
「いいから鉄砲しまってよおじいちゃん……」
猟協会のみんなが肩をたたいて褒めてくれます。猟協会っていつもああしろこうしろって命令ばっかりされてるような損な組織ですからねえ。鬱憤が溜まってたかもしれませんね。
会長が僕の肩をガシッと掴んで言います。
「頼んだぞ、次期会長」
「やめてください」
若すぎますって。
徹夜な上に朝昼抜きでしたんで、町に一軒だけあるコンビニに行ったらさっきの先生方いましたねえ。お弁当買ってます。
僕は軽く会釈してあとは知らん顔してお弁当買って、車の中でそれ食べて、これからの会議のために栄養ドリンク一本飲んで、役場に戻ります。
会議室で町長と農政課の課長と総務の課長、それに広報のカノ子ちゃん。
「なんでカノ子ちゃんが呼ばれてんの?」
「私が聞きたい」
カノ子ちゃんは地元の高校から情報系の専門学校を卒業して今年広報に入りました。デスクのiMacで町のホームページに自然や観光の案内、行事のお知らせ、町民向けの広報誌の原稿書いたりしていますが、まさかスライムで町おこしとか考えてないでしょうね町長……。
待ってますと先生方どやどやと会議室に入ってきました。機嫌悪そうです。僕の顔を見て思いっきり嫌な顔します。
「猟協会は協力しないんじゃなかったっけ?」
「僕は猟協会に所属してますがその前にまず役場の職員ですので、その点ではなんでもご協力いたしますよ」
「ふん」
「では会議を始めます」
町長の司会で議事が進みます。
「じゃ、これまでの報告を。中島くんお願いできる?」
「はい」
そんなわけでして、会議室にある大型テレビにノートパソコンをつなげて、これまでに撮った牛の骨の写真、トレイルカメラの高感度夜間映像、例のネットで拡散されちゃった重機とのバトルシーンフル、撮った写真のスライドショーを時系列を説明しながら見せます。
「プロジェクターもないのかよ……これだから田舎者は……」
悪かったですねえ。全員テレビの前でウンコ座りして顔寄せ集めて観てますが。
「これ全部資料としてもらうからな!」
「どうぞどうぞ」
こっちとしてはさっさと先生方に押し付けてこの件とはおさらばしたいですので、なんの異存もございませんよ。
「USBメモリかメモリーカードをどうぞ」
ビデオ担当してた若い人がメモリーカードくれましたので、全部コピーします。
「全部だぞ、全部!」
「取りこぼしのないように!」
「わかってますよ。こっちだってこんなのさっさと専門家に丸投げしたいんですから、隠し事なんてしませんて」
コピー作業でも数分かかる容量ですな。
さっきのスライム逃がしてぎゃああああという動画はまだカノ子ちゃんのビデオカメラの中かな。まあ一緒に先生方のスタッフもビデオ撮ってたからそのデータはいいでしょう。
「もう一度見せて」
はい、見てもらいます。
「牛をまるまる一頭ホネにしちゃうのか……消化能力すごいな」
「このときは最低でも五匹はいたと考えられます」
「ホネは残ってる?」
「はい、これです。全部ご提供いたします」
ダンボール四箱分の牛の骨をデスクに載せます。
「いや……ありがとう」
ぷりぷりしてた先生方でしたが、研究対象を目の前にしてようやく学者さんの顔が戻ってきましたね。
「表面を舐め尽くされてるな……。風化してこうなったんじゃない」
「なんかフライドチキンを限界までしゃぶった感じですね」
「これからもDNA取れるかもしれないな」
「残滓が残ってればいいんだけど」
「体液が酸性らしいですし、酸で溶かしたってことは考えられませんかね」
「吹いた液、回収したしあとで分析しよう」
写真資料を見直してこれも驚きます。
「タイヤも、金属も溶けるのか」
「たしかにこれ危ないですね」
「攻撃されてたら俺ら危なかったかもっすね」
罠に捕まったときの、熊肉をとりこんで消化するところなんて面白いみたいです。
「アメーバーか、いや、白血球みたいにも見えるし」
「タンパク質をこんなに短時間に分解しちゃうって、すごいですよ」
「これだけの肉、人間だったら消化に一日かかるでしょうに」
「視覚や嗅覚、聴覚はあるのかな?」
「ライトで照らされても動じず、重機のエンジン音にも驚いていない。嗅覚だけで動いているのかもしれないな」
「移動速度は人の小走り程度までか」
「電柵を避けるんだから感電するって感覚はあるんですね」
「痛覚もあるのかもしれない」
なんだか面白くなってきたようですよ。
「えーと君、なんていったっけ」
「中島です」
「君はこんなものを見たことがあるかい。あるいは目撃例とか、牛の被害例とか」
「無いですね、今回が初めてです」
「古い人にも?」
「僕の祖父が七十で猟協会では一番の古参ですが、こんなの初めて見たと言ってました」
「君はこれなんだと思う?」
「僕が知ってるのでこれに一番近いのは粘菌ですか」
「粘菌!!」
みんなびっくりします。
「たしかに、粘菌そっくりだな」
「胞子から成長してこういう動きする時期ありますよ!」
「バクテリアを食べて育つんだっけ」
「一つ一つの胞子が成長して合体して茸状になるんだっけ?」
「植物でも動物でもないと……」
「これ専門の人いたっけ? 見せてわかるかなあ?」
「それにしてもこんな大型の個体いるわけないっスよ。明らかに新種っスよ」
「こんなに大きな個体が今まで発見もされずにいたわけないしな」
「新種? 異常に集積した粘菌の集合体とかは?」
「粘菌ってたんぱく質分解できますかねえ」
「バクテリアが分解できるならできるだろ」
いやそんな急激に粘菌説に傾くこともないでしょうに。
「まあ僕の知り合いは『スライム』だって言ってましたけどね」
「粘菌がこの状態のときはスライムって呼ぶから間違いとは言えないが」
「あっはっは! 確かにスライムそのまんまっスよねこれ! ゲームに出てくるみたいな」
やっぱり若い人は適応早いな……。
「それで、町としては?」
「中島くん」
僕に丸投げですか町長……。しょうがないな。
「残念ながらこの件、マイチューブに流した人がいてすでに公になってます。情報が漏れたのはこちらのミスですが別に機密情報というわけでもなく現実に現れている生物ですから隠すような話でもありません。たまたまその場にいた人がスマホで撮って投稿したようなもんですから。町としては騒ぎになる前に早々にこれがなにかを特定してもらって、大学側で発表してもらいたいと思います。そうすれば騒ぎは沈静化されるはずです。その後、学術目的の調査という名目で捕獲の許可を都道府県知事、つまり道庁の然るべき部署にもらってください。大学なら伝手があるでしょ。そうすればおおっぴらに捕獲、あるいは駆除できます。ちゃんと手続きを踏んで許可をもらえばマスコミや世論とのゴタゴタを避けられます。町でも害獣駆除指定できるようになりますので猟協会で動くことができるようになります」
「なるほど、さっきそう言ってたね。ホントの話なんだね」
「別にウソは言ってないです。切実にそうする必要があるってことですね。私達は実際に牛を食われて被害が出ているわけですから、合法的に駆除をしたいのです。現在は敷地内に侵入してくるコレを駆除、捕獲することはできますが、鉄砲が使えませんので範囲を広げて積極的な駆除をすることができません。また、駆除に指定することができない以上、猟協会も動けません」
「なるほど」
「なので一番優先してもらいたいのは特定です。早い話名前がわかればいいんです。学名である必要はありません」
「そんなんでいいの!」
僕の害獣駆除従事者証を出します。
「これを見てください。駆除対象に『カラス』とありますが、実際にはカラスにはハシボソガラス、ハシブトガラス、ミヤマガラス、コクマルガラスなどの種類があります。それを区別せず一括して『カラス』と指定しているんです」
うんうんうんと農政課の課長が頷きます。
「だから、これが『粘菌』でも『陸クラゲ』でも『スライム』でもいいんです。それがわかれば害獣駆除従事者証を町で発行できます。駆除動物の指定は都道府県知事から市町村に委託されていますからね、町で発行することができるんです。それならこいつを相手に猟ができます」
「いや殺さないで捕まえてほしいんだけど」
「だから箱罠です。昨日の罠で実際に捕まえることができました。あれをこのスライム相手に運用することが合法的にできるんです。駆除対象に指定してもらえば」
「逃げられちゃったよね」
「アレはシカ罠とクマ罠ですので隙間が大きいからです。酸で溶かされることもありえますのでステンレスのパンチングメタルで覆うとか、対策はできます」
「ステンレスだと溶けないの?」
「そりゃわかりませんよ。今日サンプル採ったでしょ。どういう酸か特定してもらえませんか? ついでにステンレスが溶けるかどうかも」
「わかった」
「そちらでスライム専用罠でも開発してもらえればいいんですけど。大学の研究テーマとしてはいいんじゃないですかねえ」
「確かに! それは面白いな!」
「うんやってみよう!」
さっきまでぷりぷり怒ってたくせに、学者さんてこういうところがなんかおかしいですよね。まあ扱いやすいといえば扱いやすいですが。
「あとこれを捕獲できたとき、収納するものをなにか用意できませんか?」
「……保冷庫かな?」
「冷蔵庫?」
「いや冷やしたら死なないこれ?」
「耐酸性の……、テフロンで作るか?」
「テフロンでケージ作るのか? すごい金かかるな。ガラスじゃダメか?」
「すぐ割られるんじゃないですかね」
「丸本動物園の動物ケージ借りて改造するとか」
「でもこれなにか特定できたら世界中の話題になる大発見っすよね?」
「予備研究費出してもらうか!」
みんなやる気ですね。まあ、もう任せて大丈夫でしょう。
「じゃあここまでは同意でいいですね?」
「もちろん!」
「こちらからもそれで頼みたい!」
「カノ子ちゃん議事録」
「無理ですよう――! 話が難しすぎます!! 私みなさんが何喋ってるのかさっきから一言もわかりません!」
カノ子ちゃん泣きそうです。そりゃそうか……。
「わかりました。議事録はあとで同意ってことで先生サインしてください」
「わかった」
「今回一番やっかいなのはマスコミ対策です。北海道の町にスライムが出たってすでに話題になってます。まだどこの町かまではバレてませんが、対応を間違えればクマを射殺したときみたいに、貴重な生物を殺したとかものすごい非難が形成される可能性があります。それは町も、これを研究したい大学の皆さんにも大きな障害になります」
「ああ……。これがネットでリークされたのは残念だったと思ってるよ。どういうルートで漏れたの」
「それはさすがにここで公にする訳には……、まあ起こっちゃったものはしょうがないと思ってください。スマホの普及で日本人なら誰でもビデオカメラ持ち歩いてる世の中でこういうことはもう防ぐことができません。なにかの発端がネットの動画なんてこと今の世の中いくらでも先例がありますから」
「具体的にはどうすれば」
「できるだけ隠し事をせずおおっぴらに、危ないことほど手続きを踏んで許可をもらって合法的に。それが一番です」
「そうだな……」
「あとなにかありますか?」
「私はこの町にしばらく滞在して調査に同行するよ」
そう言ってスタッフに向き直り、「君らは大学に帰ってサンプルの分析を頼む」と言いました。おお、宮本先生やる気ですねえ。さすがにノーベル賞とはいかないでしょうが、大発見は大発見でしょうからね。
ノーベル賞に生物学賞ってないですよね、確か。
「わかりました!」
他のスタッフが返事します。
「この街にホテルは?」
「旅館が一軒あるだけですが」
「……」
すいません先生。そういう町です。
「じゃあ明日、議事録持っていきますから」
「中島君」
「はい」
「さっきは失礼しました。謝罪したい。君、若いのに大したもんだよ。うちのスタッフにほしいぐらいだ。これからも協力をお願いします」
「とんでもない。先生はやっかいごとまるごと引き受けてくれさえすれば」
「それはひどいよ」
あっはっは。
二人で笑います。
よかった。大学との協力関係ちゃんとできたようで、一安心です。
次回「13.契約詐欺じゃないですよ」