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11.先生、なにやってんすか……


 昼近く、十一時になりまして、役場の人と一緒に蝦夷(えぞ)大の先生たち来ました。

 若い研究員の人とかも一緒です。全員車です。

 町営牧場は広いですからね。山ひとつとそれにつながる丘、丸々全部牧場で、千ヘクタールあります。皇居外苑の五倍ですよ。東京ドーム二百十個分です。


 たどり着いた先生たち、箱罠に三重の電柵に取り囲まれて中にいるスライムにびっくりです。

「スライム! マジスライムじゃん!」

 若い研究員の人は大興奮です。

「なんだこりゃ! こんなの初めて見るぞ!」

 スライム、一晩中電撃攻撃されてへたばったのか、檻の中央で二匹ぺたーっとしてぐったりしてます。


 町長が来まして、「どうですか? これなんだかわかりますか?」って先生に声をかけます。

 後ろで広報のカノ子ちゃんがビデオカメラ回してます。

 町長もカノ子ちゃんも初めて見る現物のスライムの気持ち悪さに絶句ですね……。


「あ、どうも、ご連絡いただいてありがとうございます。蝦夷大、理化学部生物科学科の宮本です」

「獣医学部の西川です」

 お年を召した重鎮といった感じの先生がお二人挨拶します。

「どこか他の機関に連絡しましたか?」

「いえ、最初に連絡したのが蝦夷大ですが」

 いい年してそのガッツポーズはやめてほしいですね先生方……。


「みなさんは猟協会?」

「はい」

「いやよく生け捕りにしてくださった! 感謝します!」

「毎晩一頭ずつ牛が食われてましたんでね」

「餌はなにを」

「今日は熊の肉を使いました」

「熊の肉? 熊肉でないとダメなんですか?」

「いやそんなのそうそう手に入るもんじゃありませんから。たまたま誰も食べない余ってた肉を使ったってだけです」

「ということはこれクマを襲うこともあるということか……。なんという凶暴な」

 なんか激しく勘違いされているような気がします。

「うわっち!」

 若い研究院の人が電柵に触れて感電してます。

「気をつけてください。牛の柵に使う電柵に電流流してますから」

「高圧電流で閉じ込めるか……なるほど、その手が効くんですね」

 なにわくわくしてんです。まあ生き物だったらだいたい電気は苦手ですよね。


「暴れます? こいつ」

「ちょっかい出すと液を吹きかけてきます。酸性の液で鉄とかゴムとか表面が溶けるぐらい強力ですね」

「酸の体液か、そんな生物聞いたこともない」

「エイリアンっすね」

 若い人は受け入れるのが早いですなあ。僕が常識に囚われすぎなんでしょうか。それともみんな先輩みたいにオタクなんですかね。

 この若い人もビデオカメラとか一眼レフとか持っててさっきから盛んに写真を取りまくってます。

「で、どうするんです? 先生たちこれ持って帰りたいなら持って帰ってほしいんですけど」

「いやそう言われてもねえ。準備が整うまでそちらさんで飼育とか……」

「お断りです!」

 役場職員、猟協会、牧場職員一同で合唱します!


「今ここで、これは何かって断定できないんですか?」

 無理を承知で一応聞いてみます。

「難しいですね……。他方面に問い合わせてみることもできませんし」

「なんで?」

「いや第一発見者がうちでないと」

 俗っぽいこと考えるなあ学者さんて。


「遺伝子サンプル取りたいですね」

「体の中央に核みたいなものがあるなあ。なんかこれ一個で単細胞生物が巨大化したみたいに見えるよ」

「ほんとっス、アメーバーが巨大化したみたいっすね」

「あの核さあ、DNAみたいなやつが見えない?」

「ほんとだ、螺旋みたいな構造」

「いやDNAが見えるレベルで大きいっておかしいだろ!」

「映像で見たよりなんか実物はずっと大きいですね。もっと小さいと思ってた」

 なんか周り取り囲んであーだこーだ。

 僕ら徹夜ですし早く帰って寝たいんですけど……。

 おじいちゃんはもう車に戻って寝ています。


「とにかくサンプル採ろう」

 散々話し合った末にそんなことになったようで、なにか長い棒の先に注射器がついたような道具取り出して檻の中に突っ込もうとします。

「それ危ないですよ。酸吹きかけられますよ!」

 注意するとさっと引っ込めて青い顔してますわ。

 広報のカノ子ちゃんはちょっと離れてこの様子もずーっとビデオ回してます。さっき「全部撮っておいて」って頼みました。万一の場合に備えてですね。


「や、やってくれませんか?」

「お断りです」

「猟協会でしょ?」

「猟協会だからってこんなの相手にしなきゃならないわけじゃないですよ。何言ってんですか。牛を食う奴らですよ。危ないに決まってるじゃないですか」

「麻酔打ちます? 西川さん頼める?」

「いやこんなやつどんな麻酔が効くのか全然わからんし」

 獣医学部の先生だってこんなの初めて見ますよねえ。

「ケタミン?」

「いやそんなの持ってきてないし。エトルフィンのやつしかないよ」

 どうでもいいです。やるなら早くやってください。

「とりあえず牛用のやつで」

 そんな事を言って吹き矢持ってきました。

 狙いをつけてぶっと吹き飛ばします。まあ麻酔が使える医師免許を持っていて、なおかつそれを発射するガス銃の所持許可まで持っている人なんていませんよね。


 よくクマ殺すのかわいそう麻酔銃で撃てとかいう人いますけど、麻酔を扱えるのは医師とか獣医とかそれに準じた資格を持ってる人に限られます。しかも麻酔銃は銃刀法で純然たるガス発射式の空気銃であって空気銃所持許可が必要なんです。誰でも撃てるエアソフトガンのエネルギーが1ジュールに規制されていますからそれ以上の物を撃ち出すのは全部、準空気銃。麻酔銃と言えども僕らがもらってる許可証と全く同じ、例外はありません。

 猟師が薬剤を扱えるような資格取れるわけがありませんし、そんな資格持ってる人はそっちが本業ですから猟師なんてやりません。要するに猟協会には麻酔銃を扱える人なんているわけないんです。どうしても業務上必要と認められている動物園の専属獣医さんとかになっちゃいます。

 そんな全国に何人いるかもわからないような貴重な人材に、麻酔銃の射程距離の十数メートルまで人間に見つかって気が立っている野生のクマに近づいて撃ち込んでもらうなんてこと、やってもらえると思います?

 どうして麻酔銃、簡単に誰でも合法に扱えると思われているんでしょう? マンガやアニメでそんなのほいほい使う主人公でもいるんですかねえまったく。


 さて吹き矢ですが、西川先生がぷっと吹くと、なんか注射器のようなものが飛んでいきましたけど、スライム、それが突き刺さるわけでもなく体の中にずぽっと入っていってしまいまして、それを体の中に取り込んでうねうねしてましたがぺっと吐き出してしまいましたよ。食べられないと思ったんですかねえ。

「うわあ吹き矢ダメだわこれ」

 はい、麻酔の線消えたーと。


 なんかジャンケンして若い人がやることになりまして、もうゴム引きのエプロンしてゴム長手袋して顔には手ぬぐい巻いてゴーグルして完全防備で、例のサンプル採取用の棒を突っ込みます。

 ずぶっと刺してじゅうううううって感じで体液抜いたんですが、スライム、ぼうんぼうんと弾むように暴れだしまして、「うわっうわああああ」ってあわてて手を引っ込めたところで液吹きかけてきました!

「ぎゃああああ――――!」

 みんな逃げ出したんで幸い誰にもかかりませんでしたけど。

 先生すばやくガラス瓶で落ちた液をすくってます。それも研究対象ですかそうですか。


 攻撃されたことでスライム、急に動きが激しくなりました。

 ぎゅーんって上に長く伸びまして、箱罠の檻の天井部分に取り付きました!

 そのまま、天井部分の金枠からずるずると全身を上に持ち上げます。

 もう一匹も同じように天井へ。檻の天井の隙間から外に出て、箱罠の上に二匹、乗っかった状態になりました。

 なるほどその手があったか! 賢いな、大した知能です!

 シカ罠とかクマ罠ってね、小さい動物が間違ってかかっても逃げられるように隙間大きいですから、なるほど十数センチの間隔なら通り抜けてしまえるわけですか!


「逃げるぞ!」

「おいっあんたなんとかしろって!」

 いやそんな事言われても先生様、これは想定外ですよ!

 ごろごろごろごろっべしゃっ! 檻の上を転がってその勢いで三重に取り囲んだ電柵を飛び越えて地面に着地しました!

「捕まえろ!」

「無理です!」

 おじいちゃんが軽トラックから出てきました! 手には散弾銃が握られています!

「やめろ! 撃つなあああああ!」

 先生絶叫です!

「おじいちゃんダメダメ! 撃ったらダメ!」

「だって逃がすだろ!」

「とにかくダメ! 逃がすほうがまだマシ!」

 それを聞いて先生がとんでもないとばかりに声を上げます。

「捕まえてよ!」

「無理!」

 やるんだったら自分でやんなさいよ先生。こんなの相手するの誰だって嫌に決まってるじゃないですか!

「おいっあんたたち貴重な個体なんだから逃さないで!」

「ダメです! 手を出さないで!」

「なんでだよ!」

 先生たちも研究員も怒鳴りまくってますけど僕らは手が出せません。

 そうこうしているうちにスライム二匹、林の中に転がっていってしまいました。


「なんてことしてくれたんだ! あんたの責任だぞ!」

 先生様が僕を指さして怒鳴りますねえ。

 こっそり広報のカノ子ちゃんに、「撮り続けろ」って合図します。


「なんの責任ですか?」

「貴重なサンプルを逃した責任だ!」

「ハンターが獲物を逃して責任に問われることは法律上ありません。僕らに責任を問うことはできませんよ」

「そんなわけないだろ!」

「銃刀法、鳥獣法を調べて下さい。獲物を逃して責任問題になるのは罠にかかった獲物が特定外来種のときだけです」

「これ外来種だろうが」

「それを判断してもらうために先生方に来てもらっています。先程これがなにか聞きましたがご判断できないようでしたが?」

「ぐっ」

「どちらにしても駆除対象に指定されている狩猟外来種でないのは明白です」

「それでもあれを獲るのが猟協会の仕事だろ!」

 いやあ貴重な獲物を逃して先生たち怒る怒る。


「なにか勘違いなさっているようですが猟協会は仕事ではありません。猟協会は有志による非営利団体です。これは仕事ではなく私達はなんの報酬ももらっていません。いわゆる害獣駆除にも当たらないため報奨金も支払われません。今私達は完全にボランティアとしてここにいます」

「ボランティアだと?」

「そうです。猟協会は消防や警察、自衛隊みたいに国民の命と財産を守るための公務としてそれをやる義務があるのではなく、あくまで民間の一組織として自主的に駆除に協力しているんです」

「でも、ああいうのを捕まえるのはあんたたちが専門だろう!」

「猟協会のモットーは安全第一、どんな事故も事件も絶対に起こしてはいけない、普通の一般人です。銃刀法、鳥獣法を遵守して活動する必要があります。なんの生物か判別できないのにこれを捕獲、あるいは銃砲で撃つのは違反になります」

「蝦夷大が捕らえろって言ってんだぞ!」

「だからあなたたちはそれを私達に命令する権限がありません。またそれを履行する義務も私達にはないんです。疑問でしたらいくらでも現行法をお調べください」


「あのー」

 なんか若い研究員の人が手を上げました。

「でも実際に罠で捕獲しましたよね猟協会」

「罠を仕掛けた結果、予期せぬ動物がかかる場合があります。それが環境省で指定された狩猟鳥獣でない場合は狩猟できませんので逃がす必要があります。指定外来種でしたら逃がさず殺処分しなければなりません。今回はなんの動物か判別できませんのでみなさんをお呼びしたわけですが、大学のセンセイにもわからないとなると、それが勝手に逃げたからと言って私達にはそれを捕獲する資格が法的にないわけです。おわかりになりましたか?」

 先生、ぐうの音も出ないようです。


「おわかりになりましたか?」

「……このことは問題にしてやるぞ!」

「どうぞどうぞ」

 そう言って、僕はカノ子ちゃんをちらと見ます。

 ずーっと今のやり取りもビデオに撮影されてます。それを見て先生の顔も青くなります。


「とにかく、先生たちがこれをなんの動物か判別して、外来種でも害獣でも指定してもらった上で都道府県知事に捕獲許可をもらわない限り猟協会としては今後どのような協力もできません。早々に学術研究目的で道庁に捕獲許可をもらってください。残念ながらそれが現在の法律です。以上、よろしくお願いいたします」


 先生たち、怒りを通り越して倒れそうですな。

「じゃあ、それまであいつらを殺すなよ! それは言っとくぞ!」

「毎日牛が一頭ずつ食べられてるんです。私たちは駆除を続けますから、捕らえたいならお早めにどうぞ」

「それを捕らえたり殺したりするのは今違法だと言ったじゃないか!」

「銃や箱罠といった法定猟具を使って鳥や哺乳類を獲るのは法に従う必要がありますが、鳥でも哺乳類でもないものを自由猟具を使って駆除するなら違法ではないのです。禁止されていませんから」

 ネズミ捕りもハエトリ紙もゴキブリホイホイも違法ではありません。そのへん相手がスライムとなるとちょっとグレーゾーンだと言われればそうですが。それに自由猟具と言っても使っているのはトラクターとかホイールローダーですけど、まあそこはいいでしょう。


「……もういい!」

 そう言って、先生たち、とりあえず採れたサンプル、クーラーボックスに入れて引き上げていきました。



次回「12.スライム対策会議」

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