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1.ヒグマ、襲来


『そっちだー! そっち行ったぞ――!』

 裏山で何発も銃声が響き、肩につけたデジタル簡易無線から猟協会メンバーの声がする!

 そっちってどっちですかあああ!



 三日前に小学校の裏山に出没したヒグマ。

 通学路近くでも目撃されて、このままでは危険だということで役場で駆除を行うことが決められ、猟協会に依頼が来てこんなことになってます。


 僕は中島(なかじま) (しん)、北海道のとある田舎町で役場の職員やってるんだけど、おじいちゃんが猟師を引退する時に、「お前ハンターにならんか?」と言われて、ハンターになりました。

 おじいちゃんの話ではハンターも老齢化が進み猟協会にも若い奴がいないそうです。

 地元の高校を卒業して役場の職員になり二十歳になった僕に、もう銃砲所持許可と狩猟免許が取れる歳になったのだから、持っている猟銃をくれるんだと。

「お前みたいな若い奴に猟協会に入ってほしいんだよ」と切実に言うおじいちゃん。思えばこれが災難の始まりでしたねえ。


 難関の銃砲所持許可と、狩猟免許をやっとクリアしてハンター一年生になったはいいけど、やることは駆除、駆除、駆除!

 畑にシカが現れたと通報が来てはそれを撃ち、キツネが出たと言われてはそれを撃ち、本当に農家さんの畑を守るための駆除仕事しかないね。

 あのかっこよく獲物を仕留めるハンターのイメージはまるでありませんわ。

 役場の職員だったので害獣駆除従事者の資格もその年に町からもらったんだけど、こうも毎度毎度呼び出されちゃ本業の方が滞っちゃうよ。

 課長は「これも仕事だから行ってこい」って言うんだけど、だからって役場の業務は減らしてくれるわけじゃないから結局僕は残業続き。理不尽です。手当ください町長……。


 おじいちゃんは「お前がハンターになったら俺は引退する」とか言ってたけど大嘘だよ! 古い散弾銃一丁だけ譲ってくれたけど未だ現役。車の免許をなかなか返却したがらない老齢ドライバーみたいです。引退する引退する詐欺だよおじいちゃん、そんなに元気なら僕いらないでしょ……。全くねえ。


 そんなわけで僕はこんな平日に猟協会のみんなと出動してね、メンバーで裏山を取り囲んで登り、追い立てる作戦なんだけど、「お前まだ散弾銃しかないだろ、学校の周りパトロールやれ」と言われまして、見て回ってたところ。

 前途ある若い奴に危ない真似させたくないって話です。散弾銃じゃヒグマには威力不足ですし、ありがとうございますメンバーの皆さん。


『学校! 学校に向かってる! シン! そっち行ったぞ!』という肩に付けたデジタル簡易無線の音声が飛び交い、僕は「話が違うじゃないですかああ!」と無線で返事してからおじいちゃんが無理矢理よこしたレミントンM870の銃カバーを脱がし、サボットスラグの装弾を二発弾倉に込めながら走りました。

 おじいちゃん、「誰でも最初はコレだ」とか言って一番古い鉄砲よこしてねえ、これ今時どうなのよっていう手動式で、いちいち手でがっしゃんってフォアエンドを前後させないと連発できないってやつなんです。ポンプアクションとかスライドアクションとかいうやつで、ゲームや映画でよく見るアレがコレです。


 そこで僕は、校舎裏から山を眺めている子供を見つけたんです。女の子!

「危ないからそこにいちゃダメだ! 校舎に戻って!」

 なんで子供がいるんだと思いました。臨時休校にして警察に通行止にしてもらってたはずでしょう!

 警察、使えないな! ま、駐在さんが一人いるだけの駐在所がやれることなんて大したことないのはしょうがないけどさ! 子供が入ってこれないようにぐらいできないのかよ!


 がさっがさがさっ!


 裏山の木立が揺れ、黒い塊が猛烈なスピードで走ってくる。

 こんな校舎裏で発砲するのは完全に銃刀法違反……、そんなことを考えながら子供の元に走る!

 ジャキンとフォアエンドを引いて戻し、弾倉から薬室に装弾を送る。走りながらもう一発弾倉に装弾を込めて計三発!

 近距離射撃に備えてカンチレバーで固定されたスコープのズームリングを回して最低倍率の三倍に!

 散弾銃にスコープが付いてるっておかしいと思うかもしれませんが、これはサボットスラグと言って散弾ではなく大きな弾丸が一発だけ飛んでいくライフルと同じように使える装弾(ショットシェル)で、北海道のシカ猟ではライフルがまだ持てないハンターはみんなこれ使ってる「狙撃銃」の一種ですっ!


「校舎に!!」


 子供を手で追い払うように指図して子供とクマの間に立つ。

「グゥア――オ――――ウ――――!!」


 木立から飛び出してきた血まみれのヒグマが咆哮する。

 ドォンッ!

 一発発射!

 当たり!

 一瞬ガクッと足を折るヒグマ!

 そのあとすぐ立ちあがって僕を向いて大口開けて叫ぶ!

「グァオ!!」


 ジャキン! ポンプアクションのフォアエンドを引いて排莢、前に出して次弾装填し、もう一発!

 ドォン! ジャキン!

 これはまともに喉元に入った!

「ガフッ」

 激痛に頭を下げるヒグマ!

 ちょうど脳天が見えている。その脳天むかってもう一発!

 ドォン!


 三連発の最後の一発!

 ドタッ。

 横倒しに崩れるヒグマ。


 はー……なんとかなったか。

 ジャキッとフォアエンドを引いて最後の三発目を排莢し、ポケットからもう一発取り出して排莢口に放り込んで戻し、一発薬室に装填したまま少し離れてヒグマの頭を狙い続けながらシャキシャキと二発弾倉に装填し、みんなを待ちます。

 古い手動のショットガンでもいいところはいっぱいあります。なにより信頼性が高いですし、こんなふうに薬室に一発入れていつでも撃てる状態でも装弾を追加で弾倉に装填できる構造をしています。弾込めしてる間は撃てない銃が多い中、スキが無い優秀な銃と言えますね。


 猟協会のみんなが集まってきまして、ヒグマが死んでることを確認してくれて、「やったなシン!」とか言って肩を叩いてくれます。

「いやあーたいしたもんだ。こんな近くまで引き付けてから撃つとかすげえ度胸だ!」

「よくスラッグで倒せたな。脳天に一発か」

 地面に倒れてるヒグマ。でかいです。

 へたばって腰が抜けた小学生の女の子、ぐずぐず泣いてます。まったくもう……。


「いやあ三発も撃ちましたよ。外れてたら僕やられてました」

 フル装填したM870から弾を抜きながら答えます。

「火事場のクソ力みたいなもんか」

 膝ががくがく笑ってますね……。怖かった。

 ライフルに比べれば格段に威力が劣るショットガンのスラッグ、近距離で急所に当たらなければクマだとまず止められません。ヘッドショットはそう通用する相手ではないんですが、今回は運も良かった……。


 おじいちゃんが来ました。

「凄いっすね中島さん、お孫さんたいしたもんだよ」

 仲間に声かけられてますけどおじいちゃんの顔もこわばってます。

「……すまんシン。仕留め損ねた」

「おじいちゃんが撃ったんだ」

 そういうとおじいちゃんが頭を下げます。

「クマは手負いにすると狂暴化する。撃ち獲る自信が無ければ発砲すんな。いつも俺が言ってることだべ? 自分でそんなこと言っておきながら外しちまった。すまん」


 猟協会でベテランのおじいちゃん、もう七十歳です。

 それを責めるのは酷でしょう。

「いやあ中島さん、ツキが無いこともあるよ」

「そうさ。気にせんでいいですよ」

「すまん……」

 おじいちゃんガックリですね。

 いつもの元気はなく、なんか急に老け込んだような気がします。

「おじいちゃん、なんとかなったし。僕は大丈夫だから」


 空薬莢を拾おうとしたら、消防署の人と一緒に警察の駐在さんが来て止められました。

「ここで撃ったのかい! ここ市街地だろ!」

 駐在さんが騒ぎ出します。

「いやしょうがないだろ、ここで撃たなかったらこの子襲われてたかもしれないんだぞ?」

 猟協会の会長がまだ泣いてる女の子指さして口添えしてくれますが、「違反は違反でしょ」と駐在さんが顔をしかめます。

「いやこれ違反になるのか?」

「公道上でしょ? しかも小学校のすぐ近くだし」

「……どうなんだシン、これ違反になるのか?」

 会長が僕に聞きます。猟協会のこの町の支部の会長です。


 猟協会で一番若いのが僕です。猟銃の許可証もらってからまだ一年目。僕が一番最新の銃刀法に詳しいことになりますから。

「……なりますね。公道での発砲、住宅街の近くでの発砲、どれも禁止です」

 銃刀法で住宅街での発砲は禁止となってますが、では住宅街とはなにかというのは法律で明文化されていません。これは過去の裁判の判例で「半径200メートル以内に家屋が十軒以上」というのがあり、それが事実上の基準になっています。

 もちろん小学校は完全に家屋十軒以上に相当しますので違反も違反、大違反ですねえ。しゃくし定規に法律を当てはめれば言い訳できません。


「とにかく報告はしなきゃならないし、場合によっては検挙する場合もあるからあとで事情聴取するからね。鉄砲も預かるから」

 そう言って駐在さんが現場の写真を撮ります。

「おいおいおい、クマ駆除してやったのになんだその言い草は!」

「子供いたんだぞ! ここで撃たなかったらいつ撃つんだよ!」

 猟協会のみんなも、消防署のみんなも僕をかばってくれますが、「とにかく交番で話を聞くから!」と言って駐在さんは現場検証を続けます。

 なんだかやっかいなことになりそうだなあ……。


 ヒグマ、みんなでロープで縛りまして、フォークリフトで吊り下げました。

 農協までもっていって、業務用の台秤で重さを測ると400kg近くありました。オスです。よくスラッグで獲れたなあ僕……。うまいこと喉元に撃ち込んだ弾が致命傷になってましたね。頸椎を貫いてました。

 とりあえずそのままピックアップトラックの上に載せまして、会長の家に運ぶようです。あとはみんなで解体だと。


 僕はみんなと別れて駐在さんと一緒に交番に行く羽目になりました。

 今日発砲したおじいちゃんも一緒です。長々と調書を書かれまして、今日使った散弾銃と所持していた装弾も預け、あとで署から呼び出しがあるから来いとのことです。女の子は連絡受けた親が来てあわてて連れて帰りました。お礼も言われませんでしたよ。なんだかなあ。


 帰り、軽トラに乗っておじいちゃんと一緒に家に帰りました。

 車の中でずっと黙っていたおじいちゃんがぼそっと言います。

「……俺、引退するわ」

「……」

「あれは俺のミスだわ。一人で獲ろうとせずに、クマを発見したところで仲間を集め、できるだけ大人数で一斉射撃するべきだったべ。狩猟じゃないんだしよ、駆除なんだから逃がすわけにいかなかったはずだべ」

「しょうがないよ。そんなこともあるって」

「クマは手負いにしたら狂暴化するべ? 手負いのヒグマが次々に人間を襲うなんてのは昔からいっぱいあったべや。駆除にミスは許されんべ。俺も歳取ったってことだべや……」

「おじいちゃん。あれ、おじいちゃんが撃ってくれてたから、僕にも仕留められたんだよ。ちゃんと弱ってたと思う。それに『正面から撃つなら胸より喉元、頭だったら脳天だ』って今日、教えてくれたじゃない。それ教えてもらってなかったら、僕危なかったよ。おじいちゃんがいなかったら、死んでたよきっと……」


 ヒグマは肉が厚くて硬いです。頭蓋骨も丈夫で、弾が通るところは限られます。喉元はヒグマを正面から見て唯一柔らかくてショットガンのサボットスラグ弾が急所の頸椎を貫ける場所でしょう。そうでなかったら止められなかったはずです。


「シン、あと頼むわ。俺の鉄砲全部やるから」

「ライフルは僕まだ持てないよ」

 銃刀法でライフルは散弾銃などの装薬銃を引き続き十年以上継続して運用した実績が必要です。ハンター一年目の僕がライフルを持てるのは十年後、三十一歳になってます。

「そうか、そうだったな。しょうがないか……」


 家について、家族に「クマ仕留めたよ」という話をして夕食にしました。

 農家やってるお母さんもお父さんも兄貴も、「そんなん危なかったべや、もうやめれやめれハンターなんて」と言います。

「やめる。俺もうやめるわ。シンに任すわ」

「シンもやめてもらわないとだめだべさ」

 お母さんはほんとイヤそうにそう言います。

 どこでも女の人ってのは狩猟に全く理解がありませんからね。ホント嫌がられます。

「……僕はもうちょっと続けるよ。せっかく始めてまだ一年目だし、おじいちゃんがやめるなら猟協会もっと人手不足になるし」

「やめなよお兄ちゃん、危ないって。今日だって目の前にクマ出たんでしょ?」

 高校生の妹もそう言って大反対です。

「いや、やる。もうちょっとだけ、やってみる。頼むからさ、もうちょっと我慢して、みんな」


 そのあとみんなで黙って夕食、食べました。

 気まずいです……。



 市街地でもヒグマが出没するようになり、やむを得ない発砲でハンターが逮捕、という事態はこの小説の通りハンターだったら誰でも懸念していたが、2019年に本当に砂川市職員、警察官立会いの下にヒグマ駆除を行った男性が猟銃所持許可を取り消されるということが起こった。

 処分の取り消しを訴えた2021年の裁判で一審では十分安全なバックストップ(弾丸が当たっても危険が無い場所・安土)があったことが認められハンター側の勝訴となったが、その後なぜか控訴した道公安委員会による二審地裁で2024年「ヒグマに命中したとしても、跳弾により弾道が変化するなどして、周辺の建物5軒に到達する恐れがあった。本件発射は建物等に向かってする銃行為に当たる」と一転、ハンター側逆転敗訴となった。

 この判決により「バックストップが無い発砲は違法、バックストップがある発砲も違法。外したら違法、当てても貫通したら違法」という判例ができたことになる。ハンターがヒグマの駆除を自治体に依頼されるのは市民の生活圏に出没した時しかなく、これが違法と判断された以上ハンターはヒグマ駆除が不可能になった。道猟友会がヒグマの駆除を取りやめることを検討しているのは、ボイコットでもストライキでもなく、「判例により違法行為」と認定されたからで常識的なコンプライアンス順守である。

 今後の最高裁判決、住宅街での発砲許可の法改正が待たれるが、その間害獣駆除に従事するハンターはいったいどうやってクマ被害から市民を守ればいいのかは不明である……。


次回、「2.キャトルミューティレーション、発生」


 シリーズ別作品、主人公、シンくんが異世界に行く話。

「北海道の現役ハンターが異世界に放り込まれてみた」

書籍三巻(完結)発売中! イラストは引き続き夕薙様です!


2024年9月13日に「北海道の現役ハンターが異世界に放り込まれてみた~エルフ嫁とめぐる異世界狩猟ライフ~」のコミカライズ6巻が発売されます!

    挿絵(By みてみん)

マンガはカルトマ様です!

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[良い点] やめるやめる詐欺 あるあるですねぇ 若輩者である自分としては大変有り難いんですが。 市街地での問題は、 朝起きたら近所の狭い溝に猪がハマってて動けずにいるとか(笑) こんな時は! テ…
[一言] なんと言うか、、、作者は北海道住みで巨乳好きなんでしょうか。
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