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弱虫革命  作者: まき
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『弱虫』のキッカケ

 入学してから一週間がたち、今日も学校が終わって家に帰っている途中、カザックが話しかけてきた。

「そういえば、明日はすこし変わった授業をするらしいな」

 僕は少し首をかしげて内容を質問した。

「変わった授業ってなに?」

「さあ、それは知らない。俺は先生同士が廊下で話し合っているのをすこし盗み聞きしただけだしな」

「そっか……」

 つまりその少し変わった授業は明日のお楽しみということになるらしい。どんなものか気になるな。

「そろそろ村だね」

「ああ、そうだな」


 三日前の一緒に帰った日からカザックと仲良くなったと思う。基本無口であまり自分から喋らない人だけれど、話せばしっかり返事してくれるし、個人的にかなり話しやすい人だ。


「あ、モンスターだ」

「えっ?」

「ほら、あそこ」

 そうカザックが指さす方向をみると、少し離れたところに何か小さい虫のようなものがふわふわ漂っていた。

「あの小さいやつ?」

「そうそう」

「……なんだかモンスターに見えないね」

「そうか? 俺はどう見てもモンスターに見えるけど」

 カザックは目を細めて小さい虫のようなものをじっと見ている。

「いや、なんだか小さくて弱そうだなって思って。モンスターらしくないからさ」


 僕が幼いころに母さんが読み聞かせてくれた絵本の絵には大きく威圧感のあるモンスターの絵が載っていたので、モンスターはそういうやつばかりだと思っていた。


「おい、このことは昨日の授業で先生が少し話していたのに、聞いてなかったのか? モンスターは、絵本とかそういうものに描かれているいかにも悪そうなやつだけじゃなくて、人間と植物、それから一部の種族を除く生物のことらしい。実際母さんとかにもそう教わったり、見せられたりしたしな」


 ……ああ、そういえばそんなことも先生が言っていたような感じがする。家族から教えられたりはしなかったかな。でも、なぜだろう。不思議とモンスターは凶暴で、いかにも悪そうなやつだとばかり思っていた。そのイメージは絵本の絵だけのせいではないかもしれない。


「ああ、確かにそんなことも言ってたっけ。記憶力がもう少し上がればいいのにね」

「ただ単に話を聞いていなかっただけなのかもな」

「話はしっかり聞いているはず……」

「ふーん……。まぁいいさ。とにかくあのモンスターは人間に危害を加えないやつだから、まぁ放っておいても大丈夫だな」

「へーえ……」

「とりあえず、村についたな」

 目の前に村案内の看板が見える。話している間に結構歩いていたんだな。

「じゃあここからは別だね。バイバイ」

「ああ」

 軽くカザックにむけて手を振ると、家に向かって歩き出した。


 マルトナ村は少し小さめの村だが、その分人のつながりが強い。

 家から近くにあるパン屋のお姉さんは学校へ行くときに挨拶してくれたり声をかけてくれるし、服屋のおじさんは飴をくれたり、他にも村のいろんな人と知り合いだ。カザックも話したことはないけど顔は見たことがある。


 しばらく歩くと家が見えてきた。

「ただいま」

「ああ、おかえりー」

 キッチンの方から母さんの声が聞こえる。僕は靴を脱ぐと階段から二階にあがって自分の部屋に入った。

 部屋に入って床にドサッと通学用のカバンを適当に置くと、服も着替えないままベッドの上に寝ころんだ。


 それにしても、たまに感じる違和感はなんだろう。今日カザックが話してくれたモンスターについてもそうだ。自分が知っているようで知っていないような不思議な感覚がどうしても気になる。これは僕の前世に関係しているのか?


「……わからない」

 僕はそうつぶやくと、ベッドから起き上がり、部屋から出てドスドスと階段を下りていってリビングに入る。リビングでは兄が椅子に座って真剣に何かの本を読んでいた。

 こんなにも集中している読書の邪魔をしてしまうのはさすがに悪いので、なるべく足音をたてないようにキッチンのほうへ行く。

「母さん、父さんは今仕事?」

「ええ、そうだけれど……。なにかサードナに聞きたい事でもあるの?」

「うん、まぁ……」

「そう。それなら夕食のときには帰ってくるから、その時にでも聞いてみたら?」

「……うん、わかった。ありがとう」


 父さんに聞きたい事とは、モンスターのことだ。父さんはモンスター関係の仕事をしていると聞いたことがあるけれど、その仕事を詳しく聞いたことは驚いたことに一度もない。この機会にモンスターの知識をしっかり頭に叩き込んでおこう。あの不思議な感覚の手掛かりに……ならないかもしれないけれど、知らないよりはましだと思う。


 再び兄の読書の邪魔をしないようになるべく静かに兄のそばを通ってから、ゆっくりと階段を上って部屋に戻った。

 部屋に戻って服を着替えると、通学用のカバンから今日だされた宿題にとりかかった。



***



 宿題が終わってから時計を見るといつもだいたい夕食ができる時間の少し前くらいの時間だった。終わった宿題を通学用のカバンにガサッと突っ込むと、再びリビングへ向かった。

「お、アルバ。宿題終わったか?」

 リビングに入るとどうやら本を読み終わったらしい兄がニヤニヤしながら話しかけてきた。

「もちろん、バッチリだよ。レフィロスこそどうなの?」

「はいはい、まだ終わってませんよっと。あー、入学したてのころに戻りてぇー! 卒業はホントに辛いぜ……」


 兄レフィロスは僕より四つ年上だ。つまり僕らが通っている学校を今年で卒業することになる。

 最初は住んでいるところから最寄りの学校で四年間、いろんなことを学ぶ。それで将来自分がどんな道に進みたいかを見つけ、それからその道の専門の学校に六年間通って夢を叶えていくのがリクナイアの普通だ。

 ……ここでもまた少し違和感が出てくる。どこか自分の知っている情報とかみあわないようなそんな感じがする。やはり、自分の前世に関係があるのかもしれないな。前世の記憶がハッキリ思い出せればいいのに。


「ご飯よ、アルバ、レフィロス。早く席について食べましょう」

「はーい」

「わかった」

 僕らは同時に返事をすると、食卓についた。母さんが手に持っている鍋からは湯気が立ち上っている。

「ただいま」

 いただきますを言おうとしたところで玄関から父さんの声が聞こえてきた。

「あら、おかえりなさい」

「おかえり」

「おかえり!」

「ああ。はぁ、今日は疲れたなぁ」

 父さんは疲れた様子でドカッと椅子に座るとテーブルに置いてあった水をがぶがぶと飲んだ。

「それじゃあ、いただきます」

 母さんのその声で皆がいただきますと言い、それぞれご飯を食べ始める。ご飯は『カンパ』と呼ばれる、鍋の中にいろんな野菜や薬草などをたっぷりいれて炊き、ソースにつけて食べるものだった。

「はぁー、うまいな」

「うん、そうだね」

 父さんと僕が料理の感想をこぼすと、母さんはにっこりとほほ笑んで嬉しそうにしている。

 僕は母さんから目をそらし、父さんを見て話しかけた。

「そういえばさ、父さん。後でモンスターのことについて教えてほしいな」

「それはいいが……なんでだ?」

「学校で習ってからちょっと興味を持ったんだよ」

「……わかった。後で部屋に来いよ」

「ありがとう!」


 よし、これでモンスターについてもっと知ることができる。なぜか僕の家庭ではモンスターについて教えられなかったしな。

 なぜかあまり存在する実感がわかなかったモンスターについてだけど、実感がわかなかった理由は家族があまりそれについて話をしてくれなかったからかもしれない。それについても後で聞いてみよう。

 とりあえず今は夕食を食べ終わらないと。


 僕は口の中で噛んでいた野菜をゴクッと飲み込んだ。



***



 夕食後、僕は父さんの部屋に来ていた。

「モンスターの話が聞きたいんだったな」

「うん、そうだけど……」

 僕と父さんは部屋のテーブルを中心に向かい合って座っている。

「学校で習ったんだったら知ってるだろ。モンスターは人間と植物と一部の種族を除く生物のことだって――」

「僕が聞きたいのはそういう話じゃなくて、えーっと、うん、そうだ。モンスターって人を襲ったりするほうが多いの?」

「……残念ながら、人を襲ったりするモンスターのほうが、襲わないモンスターより多い。まぁでも村とかの周りにいる奴はほとんど無害だ。安心しろ」

 どこか苦々しげに口をゆがめながら父さんはそう言った。

「そうなんだ……。そういえばどうして今まで僕にモンスターについて教えてくれなかったの?」

「それは……」

 父さんは僕から少し目をそらしてつぶやいた。そしてなにか考えるように数秒目を閉じた後、ゆっくりと目を開けて、僕を見た。

「それは、まだ言えない」

「どうして」

「俺がお前にまだ言うべきじゃないと思ったからだ。……まぁ、いつか、教えてやるよ。絶対に」

 父さんはそれを言い終わると立ち上がって部屋の扉に手をかけた。

「これでこの話は終わりだ。俺は風呂に行ってくる。気になるだろうが、素直に時間がたつのを待っとけよ」

 そういうと父さんは部屋から出て行った。



***



 父さんが部屋から出て行った後、僕は自分の部屋に戻ってきた。


 本当に気になる。父さんはモンスター関係で何かあったのかもしれないな。僕はこういう秘密ごとが本当に気になるタイプだから、絶対なにがなんでも暴いてやりたい。もしかしたら父さんを傷つけてしまうかもしれないけれど、僕には知る権利があると思う。

 ……考えていてもしかたないのかな。今日は明日の特別な授業とやらに備えてもう寝ようか。


 僕はなんとなくカーテンを開けて窓から空を見た。すぐにまたカーテンを閉めて寝ようと思っていたが、僕を丸ごと吸い込んでしまいそうなほどの夜空からしばらく目が離せなかった。


 まてよ。この夜空にも、なにか足りないような。夜空って、こんなにも黒かったか?夜は、こんなにも暗いものだったか?

 あれ、いつも見ている夜空ってなんだったっけ?


「わかんないことだらけだ……」


 もう寝よう。



***



「あ、おはようカザック」

「おはよう」

 朝、いつも通りにカザックと待ち合わせして学校へ行く。

 歩いている途中、僕は気になったことがあったので口を開いた。

「ねぇカザック。僕気になってたんだけど、君って今日寝坊しちゃった?」

「……よくわかったな。なんで?」

「カザック、寝癖ついたままだよ。いつもはついてないのに。あとは眠たそうにあくびばっかりしてるからかな」

 カザックの明るい金髪の後ろのほうが豪快にはねている。彼が歩くたびにぴょこぴょこ揺れるので、これではいやでも目に入ってしまう。

「本当か? ……結構恥ずかしい。昨日はあまり眠れなくて、今日少し寝坊してしまったから、髪をキッチリとする時間がなかったんだ」

 彼でもそんなことがあるんだなーと思うと少しだけ笑いがこみあげてきた。

「……おい、なに笑ってるんだよ」

「いや、ちょっとおもしろくてさ」

「なにがだよ。変なやつ」

 笑いがおさまってくると、お互いに話さず、ザッザッと足が草を踏む音だけがあたりに響いた。なぜかカザックはあたりをきょろきょろと見まわしたりしている。

 この辺りはあたり一面草原で、朝のうちはあまり人が来ない地域なので周りに人はいない。そんな中、僕はちょうどいい機会だとあることを聞こうとする。

「……あのさ、夜空って――」

「おい、静かに」

 夜空について聞こうとした僕を真剣な目でカザックが止める。一体なんだろうと僕が周りを見渡してみると、少し離れたところに見たことがない、緑色の生物がいた。

「え、あれって……」

「逃げよう」

 カザックは僕の腕をひっつかむと走り出した。僕もそれに引っ張られる形で走り出す。

「ね、ねえ! あれって、まさか……」

「アディビラだ! 人を襲うかなり危険なモンスターだ……!」

 僕は走りながら後ろを振り向いた。アディビラというらしいそのモンスターが、こっちの僕たちに気が付いたのか、こちらへむかって走ってくる。

「やばいよカザック、こっちに向かってきてる!」

「とにかく今は走れ!」


 なぜこんなところに人を襲うモンスターが現れたんだ? 父さんは昨日村のあたりでは人を襲ったりするモンスターはほとんど無害だって言ってたのに……! もしかしてその『ほとんど』に入っていないモンスターか?

 くそ、とりあえず今は逃げることに集中しないと!


「もうすぐ学校が見えてくるはずだ……! っと、あ!」

「カザック!?」

 カザックは走っている途中でフラッと体制を崩して転んでしまった。

「チッ……! アルバ、早く走って先生を呼ぶんだ!」

「君は……」

「いいから! この時間がもったいない! 早く!」

「え、あ……」

 僕は必死の形相で叫んでくるカザックと、こっちに向かってくるアディビラを交互に見た。


 ここから学校までは結構近い。死ぬ気で走って先生を呼んでくれば間に合うかも、いや、間に合わせる! 僕、死ぬ気で頑張るからカザックも頑張ってくれ……!


 そう決意して僕が一歩足を踏み出した瞬間。

「ガァァァァァァァァッ!」


 僕の決意は、後ろから聞こえてきた咆哮にすべて砕かれた。

 まるで時間が止まったかのように、足が停止する。

「グゥゥゥァァァァアアアアアアッ!」

 もう一度、体の芯から震わせるような咆哮が辺りに響き渡った。

 顔が青ざめていくのがなんとなくわかった。足が震えるのが感じ取れた。僕の体の真ん中が、怖いと叫んでいるのが、はっきりとわかった。

 僕はゆっくりと後を振り返った。

 アディビラは走ることをやめ、ゆっくりとこちらに近づいてきている。

 まず、アディビラの深い緑色の肌が目に入った。手には鋭い爪がついている。僕は目線を上にあげていく。

 黄色い、濁った目と、目が合った。

「あ……」


 マズイ。体が動かない。アディビラに目がいってしまう。違う! 学校を見ろ! 自分がやらないといけないことを達成しないと! ああ、でもカザックが。ああ、違う! 彼は僕を信じて、僕に頼んだんだ。でももう今から学校に行ってももう間に合わないかもしれない……。いや、ネガティブに考えるな、僕! とにかく、動けよ、足!


「ウゥウアアァ」

 アディビラがカザックのそばまできた。

 カザックは手をついて立ち上がろうとするが、彼の手が震えて、うまく立ち上がれない。

 彼は、僕のほうを見た。彼の燃えるような赤い目と、目が合った。

 彼は諦めていない。

 そんな彼を知らずにアディビラは笑って、その手についている鋭いつめを僕に見せつけた。


 あれがカザックに刺さると、どうなる? 答えは簡単だ。致命傷を負うか、もしくは、死ぬ可能性もある。


 僕の頭に、あの時の記憶ががフラッシュバックする。

 周りは真っ暗でなにも見えないのに自分の姿だけが鮮明に見え、自分がだれかともわからずに、こみあがってくる感情の名前すらわからずに、ひたすらにからっぽで、狂ったような、あの時の記憶。


 ああ、『あれ』をだれかに体験させちゃいけない。

 まず、それ以前に、僕は友達が傷つけられたくない!


 僕は、ビクビク震える情けない手で、カザックをつかんで、ズルズルとこっちに引き寄せた。

 アディビラはポカンと情けない顔をした。しかし、すぐに気色悪い笑みを浮かべて、僕たちに向けて爪を振り上げた。

 振り下ろされるかと思ったその瞬間、目の前が炎で覆い尽くされた。

 僕たちは何が起こったのかワケがわからずに目をパチパチさせていると、場の雰囲気に似合わない、明るい声が聞こえてきた。

「よーっし、君たちはよーーく頑張った! あとはこの魔法使いメイズィーに任せておきなさいっ!」

 炎が消えると、中から黒こげになったアディビラが現れた。しかし、黒こげになってもまだ生きているようで、フラフラと爪を振り上げて走り出した。

「よーっし、もう一発! フレアズアップ!」

 あの明るい声がそう言った瞬間に、さっきよりさらに大きい炎が地面から噴き出てきた。その炎が消えると、さすがに力尽きたのか、すっかり黒くなったアディビラがゆっくりと倒れていった。

「はーっ、もう大丈夫! 立てるかい?」

 白髪の青年が明るい声で僕たちに手を伸ばした。


 今のは、なんだ?

 もしかして、これが魔法?

 うわあ、なんだろう。うまく言葉にできないけれども。

 ものすごく、魔法って、きれいだ。


 僕はキラキラした目で、彼の手を取った。

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