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食せ、さすれば与えられん  作者: 皐月皐月
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第五話

 モルディア帝国の中心都市であるオーデリア。


 城下街はかなりの賑わいを見せている。ちらほらと異種族(エルフやケモミミっ子である)も見受けられ、どうやら種族間での友好関係はそこそこ良好なように見える。城下街を外れると、森林に囲まれており、舗装されていない道路で各主要都市とパスが通じている。モルディアの中枢がここであり、帝国領に属する各主要都市との一種の隔絶を感じない事も無いが、きっとそれは、それだけこの街が、モルディアにとって重要な機能を果たしているという意味なのだろう。


最後の砦、ということだ。


そんな賑わいの中、一人こそこそと街中を歩いていく。

露店の勧誘に首を振り、ただただ目標地点を目指す。


 と言うのも、賢介らは別にお金が無いわけじゃない。国王直々に、賢介らには必要資金が渡されている。個別に従者(個人金庫のような役割を務めている)が管理しており、今回それらの存在を教えてもらい、各員がそれぞれ必要なだけお金を持って出掛けて行ったというわけである。賢介も例に漏れず、どうやら給与分は全員一律らしく、賢介も他の連中と大差ない額を受け取っていた。


 この国の通貨は『ラース』という。硬貨が1、10、100の三種。貨幣が1000、5000、10000の三種だ。平均的な年収が大体300万ラースだそうだ。それに比べて、現段階での賢介らの持ち合わせは1000万ラースである。賢介は罪悪感に押しつぶされそうであった。なので、賢介は必要最低限以上の金額は持たないようにすると決めた。いつでも、その金銭が飢えに苦しむ国民に与えられるように、という意味でだ。


持ち合わせは3000ラース。

豪華な夕食が食べられる程度のものだ。

飲み物と軽食で堪えれば、王城で豪勢なご飯が頂ける。


無駄金は使わないようにすべきだ。

他の連中が豪遊していようと、賢介には関係のない事だった。

きっと彼らは夜遅くに帰宅ならぬ帰城し、そのままベッドに一直線なのだろう。


寂しい食卓になりそうだ。

いや、これはこれでありか。面倒な連中と顔を突き合わせて食べるよりは幾分もマシである。


そうこうしていると。


「お、ここか」


サラス修道院。


 歴史を感じさせる修道院だ。悪く言えばボロいのだが、穏やかで懐かしさを感じさせる佇まいは、修道院としては模範的であると言えた。時折出入りしている老人や若者は、皆一様に首に十字架のネックレスを下げている。どうやら、オルディナを主神とするモルディアの国教には、多少のルールがあるようだ。無宗教派な賢介にはいまいち理解出来ない。と言うか、多分クラスの連中は誰も理解出来ないだろう。


「(日本じゃ、こうやって教会に通う真面目な信徒は少ないからな…)」


なんちゃって仏教徒の数の多さは異常である。

日本人だから仏教、みたいなノリであり、皆仏教の教えに従っているわけではない。

中には敬虔な信徒も居るのだろうが。


「さっさと済まそう」


後がつっかえているのだ。

ぎぃ、と軋む木製の扉を押し開ける。


すると。


「む…邪悪な気配!」


失礼な奴がいた。


 修道女の恰好をした女性だ。背丈は決して低くは無いが高くもない、平均的なもの。髪は長く、チョコレート色の髪を腰まで伸ばしている。振り向いた表情はやや幼いが、その瞳はキリリと澄んでおり、邪気の無い、ピュアな様子が見て取れる。若干ロリ属性持ちだが、我らが琴野先生には適うまい。


ちなみに、琴野先生は生徒と同じ訓練で体調を崩して、数週間療養する羽目にあっている。

年寄りの冷や水ではないけれど、ちょっとヤンチャをし過ぎたのだろう。


「…むぅ。貴方『アースガル教』の信徒ですか?」


物凄い怪訝な瞳を飛ばしてくる。

教会内の信徒からの訝しむ視線も相まって、非常に居心地が悪い。

なので、さくっと仕事を終えよう。


「これ、オルディナさんから」


「! これは、オルディナ様の聖水…。なるほど、そうですか、これは申し訳ありません。私、この教会の教区司祭を務めています、エイラと申します」


驚くほど素直な謝礼だった。そして流れるような自己紹介。

彼女がオルディナの言うエイラなのだろう。


「あ、はい。それじゃ俺はこれで」


驚くほどの素早さで帰ろうとする。

しかし、エイラがそれを引き留める。


「あ、お、お待ちください!」


「な、なにか?」


「これを差し上げますので、今後はこれを着けて下さい。『アースガル教』の神具です」


差し出されたのは、見慣れた十字架。

この教会に来た信徒らが皆身に着けているものだ。


「…四六時中ですか」


「四六時中です」


「…返品できますか」


「なんでですか!?」


いや、普通嫌でしょ。

賢介はすっとそれを返そうとするが、相手はどうしても渡したいらしく、ぐいぐいと押し返す。


「…わかりました。ここに来る時は着けます、それでいいでしょ」


「むぅ…。仕方がありません」


「押しの強い修道女だな…」


「何か言いましたか?」


「いえ、何も」


物凄い勢いですごまれた。

なんつー眼力してんだこのアマ…。賢介は戦慄を覚えた。


「それじゃ」


「…また来てください。今度は『アースガル教』の成り立ちから全てお話しますから」


「遠慮します」


「なぜですか!」


「俺、人の話を三十分以上聞くと死んでしまう病気なんです」


「ほ、ほんとですか…? そ、そんな…。オルディナ様でも治癒出来ないのですか…?」


「いえ、冗談ですけど」


「ちょ!?」


「単純に退屈そうなんで、パスで」


「ちょいちょいちょい! ちょっと待ちなさい! なんですかそれは! そんなの許せません。と言うわけで、今日ここでお話を、ありがたーいお話を聞かせてあげます!」


「は!?」


それは無理だ。

賢介は必死の形相で逃げ出そうとする。

すると、何故か周囲に居た信徒が賢介を捕獲する。


「協力感謝します」


「ちょ、ちょっとまて! 分かった、俺が悪かった、必ず次は話を聞く! だから、その、今回は見逃してくれ! ほら、これが見えないのか? これはオルディナさんから預かってるものだ。これを大神殿に届けなくちゃならないんだ!」


「む、オルディナ様が…」


「あぁ、だから、今度は必ずありがたーいお話を聞きに来るから。今日は勘弁してくれ」


「仕方ありませんね」


すると同時に拘束を解除する信徒。

何だろう、彼らは彼女の意思と連動して動く絡繰り人形か何かなのだろうか。


「また来てください、いいですね」


「分かった分かった」


投げやりな返答をして、そそくさと立ち去る。

これ以上の長居は不要だ。


ぎぃ、と扉を押し開ける。

まだまだ日は高い。とはいえ、時間は有限。

さくっと大神殿を回って、目的地にたどり着こうではないか。







◆◆◆







 「あのー、すいませーん」


城下街を抜け、城門を潜り、城壁伝いに森林を歩いていくこと数十分。


 パルテノン神殿を髣髴とする、古代建築の神殿が見えてくる。博物館サイズの広さだ。石段を上がり、どんなに巨大な人間でも悠々と入れてしまうだろう、セキュリティガバガバの巨大な入口に差し当たる。あまりにも人が居ないので、寧ろ不気味だ。一応、日本流のご挨拶をしてみる。


「はい。ようこそ…あら? 冒険者さん、ですか?」


「あ、いえ、オルディナさんから頼まれごとをしてまして、こちらを」


「あぁ…! そうでしたか、それはそれは、ご足労頂きありがとうございます」


奥から現れたのは、オルディナの言うセレーヌだろう。


 大人っぽい雰囲気のある女性だ。緩くウェーブのかかったセミロングヘアに、目鼻立ちのすっきりした顔だち。上品に笑う様子は気品さを感じさせる。恰好は案外ラフで、ウェストできゅっと縛る感じの丈がやや短いトップスに、膝丈よりやや長いロングスカート。ちらりと見える健康的な腹部の肌が、少しばかりいけない感情を掻き立てる。大人の色香、という形容詞がドンピシャだ。


「それじゃ、これで」


「あ、申し訳ありません、これ、オルディナ様にお届けして頂けますか」


「これは…?」


「聖性が高くなったロザリオです。元々『聖遺物』としてこの神殿に納められていたのですが、少しばかり事情が変わりまして、異常な聖性を持ってしまったんですよ。聖性は適度に保たれる分には素晴らしい効能を持ちますが、聖性を異常なまでに高めてしまうと、身体に害を及ぼすのです。あぁ、勿論、この布が聖性による被害を軽減してくれますから、持ち運ぶ際に特別心配は必要ありません。帰り掛けで構いませんので、どうかお納め下さい」


「わ、分かりました」


「それでは、またのお越しをお待ちしております」


ぺこり、と頭を下げる。

ちらり、と胸元が覗き、心臓が跳ねる。神殿の管理者がその恰好は如何なものか。

賢介は何だか危険な匂いを感じ取って、さっさとその場を離れる。


「…帰り掛けに、って言ってたし、取り敢えず図書館いこ」


オルディナの用事も済ませた。

賢介は心置きなく、ルンルン気分で図書館へと歩を進める。







◆◆◆







 「ふぅ、調べた調べた…」


時刻は午後七時半。

大体八時ぐらいからが夕食なので、夜道をぶらぶらしながら帰る。


「…あ、姫路達の」


その時ふと思い出す。

しかしながら、時刻も時刻、今更何処にいるかも分からない相手を探すのは得策ではない。

一応回る順番なんかは決まっているが、現在どこまで進行しているのか分からない。


「やっぱちょっと抜けてんだよなぁ…」


逆に言えば、今回は助かった。

合流しようと思ったけど、今現在何処にいるか分からなくて動けなかった。

これで完璧である。


「ま、そもそも見識を深める為に図書室で黙々と頑張った俺を、責めれる奴なんていないだろうしな」


 今回は、前々から借りていた本を粗方読み直し、その上で各大陸と種族の関係、種族間の相関図や、歴史との関係などを漁った。逃走経路の確立も忘れない。この世界にも、飛行船という概念があるらしく、陸海空での逃走経路がある。中でも確度が高いのは空路だろう。だが、各大陸の種族間の折衝を考慮して動かないと、肩身の狭い生活を送ることになる。今回はそこにウェイトを置いた。


一応、農作物やその他農業系の分野も調べた。

自給自足の生活の為には、簡単に作れたり、手軽に栄養を取れる作物は必須だ。


…本当にこれでは『大食漢』になりかねない。


「…まぁ、エルフともケモミミっ子━━ビーストとも関係は割と良好なようで助かったぜ」


 人間はエルフ、ビースト、そしてフェアリーとの関係が良好だ。その代わり、ドラゴンやティタンとの関係はややよろしくない。他にもお互いに中立なのはヴァンパイアやドワーフだ。つまり、基本はエルフかビーストの住むエリア━━『アルフヘイム』か『ニヴルヘイム』に向かうべきだろう。今賢介が居る大陸が『ミズガルズ』である。ドラゴンやティタンの住む『ムスペルヘイム』は、割とエルフ・ビースト・人間の大陸と離れているので、全面戦争の危機はそうそう起こらないだろう。


とは言え、それでも危うい賭けではある。

出来れば『ミズガルド』で過ごしたいが、反逆者として指名手配されれば即座に捕まる。

大陸を変える程度のことはしなくてはならないだろう。


今更ではあるが箱庭世界『アスガンティア』には、大陸が六つある。

一つは賢介らが今居る『ミズガルド』

エルフが住む『アルフヘイム』にビーストの住む『ニヴルヘイム』

ドラゴンやティタンが住む『ムスペルヘイム』にヴァンパイアの住む『スヴァルトヘイム』

そして、ドワーフの住む『ニダヴェリール』がある。


各大陸間は表面的な同盟を結んでは居るが、全員、皆が皆仲良しというわけではない。

現代日本でもよくある話だ。A君とは友達だけど、A君の友達とは知り合い、みたいな。

話を回す中心人物とは仲が良いが、その人物とそれぞれ仲が良い人物間の友好関係はそれほどでもない。


実によくある話だ。


「モルディアを出て、商業都市セコメアに向かう、と。そして、セコメアから飛行艇を利用して、湾岸都市ロヴェーニャに到着。そこから船舶を利用して向かい側の大陸『アルフヘイム』へと向かう。これが最も最短で大陸を渡れる手段だ。モルディアから逃げ出すとすぐに足がつく。必ずセコメアに行く予定を組み、その後余裕をもってロヴェーニャに向かうべきだろうな…」


今日のような、隙間時間程度の休暇じゃ賄えない。

ある程度連休を頂き、セコメアに向かおう。

それまでは、しっかりと勇者稼業に取り組もうじゃないか。


「…後は、悟られないようにしつつ、日々を過ごそう。まずは、夕食だ」


目的、目標がしっかりと確立されてきた。

行き当たりばったりではあるけれど、ここで何時までも非難され続けるよりはマシだ。

お情けで帰っても嬉しくない。どうせ帰るのなら、自分で手段を探す。


「なんだか、漸く希望が見えてきたな…」


『大食漢』なんて使えないスキルこそ付いて回るが、それこそ笑いの種にでもしてやろう。

こいつをネタに、色々な人たちと友好関係を築いて、楽しい異世界ライフを送ってやるのだ。


なんて。


まるで自分の潜在技能をゴミか何かのように扱う賢介。


だが。


それが、実は誰よりも強力な技能であることに、まだ賢介は気づいていない。

この事実に賢介が気づくのは、これから三日後のことである。




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