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食せ、さすれば与えられん  作者: 皐月皐月
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第三話

 かれこれ、一週間が過ぎた。


 ここまで話が飛んだのには理由がある。いや、寧ろ理由が無いから飛んだのだが。簡潔に言えば特筆して語るべきことが無かったという事である。逆に言えば、それだけ彼らの順応力が高かったという意味だ。慣れない気候や風土、食べ物や飲み物には皆苦戦していた様子だ。何せファストフードの申し子世代だ。ジャンクな味こそが至高である高校生にとっては、豪華な料理は寧ろ敬遠されがちだろう。


それも、味を占めてしまえばなんてことは無いのだが。


「……という事で、魔術同士がぶつかり合う場合、能力値や属性特化技能の有無に応じて優劣が決まります。相手が魔術師で、そういった場面に陥った場合は、即座に防御魔術を展開しましょう。驕りは禁物です」


退屈な魔術の座学。


 魔術のメカニズムから、基礎魔術の訓練、そして今は大多数の生徒が実技訓練を行っている。大多数と言うか、賢介以外の者は皆そうだ。理詰めでシステムを理解して習得する者、感覚やニュアンスだけで習得する者、と色々別れるわけだが、唯一の第三勢力、どんなにやっても習得できない者に分類される賢介は、一週間を経ても、未だ手の平に炎を出す程度のことしか出来ない。


他の皆は藁人形相手に魔術を打ち込んで熟練度を高めている。

既に宮廷魔術師(帝国に仕える魔術の専門家)のトップクラスに匹敵する者もいる。


主に姫路や倉橋だ。


 姫路は五属性を万遍なく操ることが可能な万能型。倉橋は三属性だけだが、それらにおいては姫路を凌ぐ程の精密さと熟練度を誇る。二人の性格に見合うスタイルだと言えよう。何でもかんでも出来てしまう姫路と、とことん一つの事に集中する倉橋。そういった適正を考慮して、技能や能力値が分散されているのかもしれない。バランス型は、良いとこ取りでもあるが、器用貧乏でもある、ということだ。


つまり、賢介は所謂取り柄が無い、平凡な人間だという事である。


「(…この『大食漢』って、まさか性的な意味じゃないよな? 確かに、見方によっちゃあ俺はあらゆる女の子を食い物にしてきたわけだが…。いや、だがしかし、あれは嗜好品であって、性向には無関係だろう。と言うか、別にリアルで頂いたわけでもない。俺のプレイするのは大体が全年齢対象のものばかりだ。もし仮に、女子と身体を重ねることで強くなる、なんて迷惑極まりない技能だったら首吊って死んでやる。潜在技能、つまり俺が童貞である事と微妙に被ってて真剣味を帯びてきている…。だから、俺が童貞を卒業すると共に潜在技能が覚醒する、的な展開だったらマジで引き籠ってやろう)」


座学の時間が終わった。

皆が実技訓練に向かっていく、当然、賢介を見て嘲笑う事を忘れない。


「ふぅ…」


一息つく。

これからは担当の先生とマンツーマンで基礎訓練だ。

相手の魔術師先生にも悪いという気持ちもあり、本当に生き地獄である。


閑散とした教室(一応学校のようなシステムはこちらでも導入されている)。

すっと立ち上がって部屋を出ようとすると、声を掛けられた。


「賢介くんっ」


賢介の事を「賢介くん」と呼ぶ生徒は一人しかいない。

控え目に振り返れば、そこには笑顔の姫路が立っていた。


「…どうした? お前も実技訓練だろ?」


「ん、んー、そうなんだけど…。その、最近賢介くんと話してないなぁ、なんて」


「そういえば、そうだな。はは、悪いな、別にお前と話したくないわけじゃあないんだ。単純に、俺が皆より一足も二足も遅れてるからってだけで。ま、だからもう少し気長に待っててくれ」


空虚な笑いが零れる。


 姫路はそう言うが、賢介は姫路とよく話す仲ではない、と思っている。姫路はよく話を振ってくれるので、それに乗っかって他愛ない話こそするが、それも二言三言だ。多い日でも、結局鴻上や大柳あたりに誘われて(雪乃に連行されて)行ってしまうので、あまり変わりはない。それを姫路は会話と言うが、確かに、最近は特に話した記憶が無い。挨拶程度のものだろう。


それでも、多少は罪悪感を覚えてしまうのだから、お人好しである。

賢介の言葉は、本音の部分もあるが、姫路を遠回しに遠ざけるような意味合いも含んでいた。


「うん、待ってるからね、賢介くんっ!」


一際可愛らしい笑顔を浮かべ、少し急ぎ足で教室を出ていく。

思わず、溜息が出た。


「(…駄目だ。姫路に八つ当たりして何になる。それだけは駄目だ。…でも、やっぱ劣等感ってのは意外と効くもんだな。出来るだけ姫路と距離を開けていたつもりだったが、本人に悟られていたとは。立場の差を利用して、上手い具合に躱してたはずなんだがな…)」


姫路麗華の存在は、今の金城賢介にとっては危険極まりない。


 これが大柳なら、鴻上なら、別に大した問題じゃあない。元々敵対勢力で、お互いに敵愾心を持っていれば寧ろ有難い。嫌いなのだから、適当にあしらっておけばいい。しかし、姫路の場合は違う。姫路は好意にも似た、取り敢えず正の感情を賢介に抱いてくれる数少ない人物だ。迫桜高校という限られたエリアでは鬱陶しさもあったが、それでも姫路に罵詈雑言を吐き掛けたいとは思わない。


無意味に人に嫌われたくはない。そこまで捻くれていないし、天邪鬼でもない。

賢介は思う。俺はピエロだ。そして、姫路は同じサーカスの花形プレイヤーのようなものだ、と。

同じサーカスの仲間なら、心配もしてくれるだろう。それが同情か何なのかは、分からないが。


これ以上孤立を極めるのは危険だ。

ここは法治国家のそれじゃあない。形骸的な意味は持っているかもしれないけれど。


ガラリ、と扉を開ける。


「お疲れ様」


声に振り向けば、そこに倉橋が居た。

壁に背を凭れて待っている様子は、長身の倉橋がしていると凄く様になっている。


賢介は素っ気ない声で答える。


「何がだ」


「麗華のこと。あたしもさ、言える立場じゃないけど」


「…なんだ、気づいてたのか」


「気付かないとでも思った? っていうか、麗華から相談されてたの。賢介くんに無視されてるかもしれないって。そりゃあもう、酷い顔してたわよ、あの子。ま、あたしとしては、そっとしておきなさい、って言ってあげたかったけど、麗華のあんな顔、初めて見たからさ」


「そうか」


「その感じじゃ、あたしも歓迎されてないのかな」


沈んだトーンの倉橋に、賢介も思わず振り返る。

普段から勝気で男勝りなイメージが強い倉橋だが、それでもやはり心は乙女という事か。

一応、腹を割って話せる相手だ。そいつに冷たい態度を取られれば、多少は傷つきもするだろう。


賢介は少し食い気味に否定する。


「そういうわけじゃない。お前の場合、また事情が違うからな。姫路は天然というか、自然体で俺に接するから困るだけだ。お前のように、タイミングを伺ってくれれば助かるんだがな」


「そういうわけにもいかないでしょ。麗華は麗華のブランドイメージがある。あたしみたいに、演技に演技を重ねるような汚い真似は出来ないわよ。ま、そういう穿った見方をする事自体が、麗華には出来ないからね。そういう意味じゃ、ブランドイメージが崩壊することはまずないでしょうけど」


「クラスでのお前は、さながら役者だからな。あれに気付かない連中も連中だが」


「バレないように頑張ってるあたしを褒めなさいよ」


「阿呆か。何で小狡い女狐を褒めなきゃならないんだよ」


「あんた…。はぁ、ほんと、歯に衣着せぬっていうか…。ま、そういうとこが賢介らしいけど」


肩を竦める倉橋。

何かおかしな事を言っただろうか、と賢介は首を捻る。

そんな賢介を見て、ふっと、クラスメイトが浮かべるものとは違う、穏やかな笑みを倉橋は浮かべた。


「ま、あたしは、あんたがどんだけ弱かろうと関係ない。それだけは忘れないで」


「かっこいい事言ってくれるな。日常生活で息を吐くように嘘を吐いてるヤツを信じろって?」


「偽物は時に本物より本物なのよ。あたしの命の次ぐらいには、賢介を考慮してあげる」


「そりゃあ有難いな」


「そうでしょ。喜びなさい」


それじゃあね。


それだけ言うと、倉橋は立ち去っていく。

本当に、お世辞抜きでカッコイイ奴である。

賢介と倉橋の関係は、友達と言うには親密度が低く、知り合いと言うには親密度が高い、微妙なものだ。


でも、それでも倉橋はそう言ってくれる。

そりゃあ、男女からモテるわけだ。


「…足踏みしてられないんだがな」


とは言え、現状、今賢介に出来るのは手の平に炎を出す程度、基礎段階の魔術だけである。


 姫路は『第三式魔術』まで扱えるという。魔術には一から八の段階が存在し、宮廷魔術師でも『第八式魔術』を使える者は片手に収まる程度だという。そんな彼らでさえ、十数年という期間を経て到着した『第三式魔術』という地点に、姫路は一週間で到達しているのだ。その構図がどれだけ異常かは、言うまでもなく分かる事だろう。世に言うヒロイン補正である。


倉橋に至っては『火属性』に限れば、既に『第四式魔術』まで使えるのだから始末に負えない。

勇者補正をガンガン効かせて、チート街道を皆一様に突っ走っているというわけだ。


「そんな俺はニート街道まっしぐらってか。笑えねぇぞおい」


「金城くーん、こっちで練習だぞー」


「は、はい」


ぼそっと呟いた一言を聞かれていたかのような気がして、思わず焦った声が出る。

見慣れた教師の顔。教室。器具。


一週間同じことをし続ける退屈さを噛み締めながら、本日もまた、基礎訓練に勤しむ。







◆◆◆







 「本日の訓練は以上、解散」


鬼教官で有名な、スティーヴの実地訓練が終了した。


 実地訓練は、体力増強の為のランニングや、筋力増加の為の筋トレ、他にも各種武器を用いて熟練度を高める。最近は生徒同士で模擬戦闘を行う事も多い。基本的には、体力、耐久力、筋力、敏捷性を鍛えるメニューで構成されている。現に、この訓練でレベルを上げた者は、この四つのステータスに掛かるボーナス値が高かった。そこら辺を考慮してメニューは考案されているのだろう。


模擬戦闘が何より辛い。

有難いことに、賢介は相手に困らない。

何せ、誰とやっても見せしめである。大柳達のグループからのお誘いは引っ切り無しだ。


その度に無様に地を這いつくばる。

嘲笑の嵐だ。


 姫路が時折文句を言いだしそうになるのを、倉橋が諫める。鴻上は興味も無いようで、見向きもしないが、姫路の様子が気に食わないように見える。多感な時期だ、姫路や倉橋のような世間一般で言う美少女が、何の取り柄も変哲も無い凡人相手に情を絆している様子は、不愉快に映るのだろう。言うまでもなく、このクラスの連中は姫路や倉橋、大澤に好意を寄せている。それは今は居ない、他のクラスの連中も同様に、だ。それだけの魅力が彼女らにはある。


大澤を除く、トップツーの美少女が賢介を気に掛けていれば、それが気に食わないのも仕方がない。


「ほーんと、弱いなーヲタ介。俺らが鍛えてやってるのにさー」


ニヤニヤ、と意地の悪い笑みを浮かべる大柳。

それを嫌悪感を丸出しで睨む姫路。


「(おい、お前姫路の事好きなんじゃねえのかよ…。だから俺に突っかかってきてたんだろうが。本人に嫌われるような真似していいのかよ…。って言っても聞かねえし、言う気もねえけどな)」


何故賢介がこの意地の悪い男の恋の手助けをしてやらねばならないのだ。

それならば、毒を食らわば皿まで。

己を犠牲にしてでも、姫路からの好感度を著しく低下させてやろうじゃないか。


「まじ雑魚。あー、飽きちゃったなー」


「いやー、でもさ、こいつもこいつで良い身分じゃね? だってよ、こいつが例えば戦地で野垂れ死にしてもさ、仕方ないで済むじゃん。けど、俺らだとさ、なんか色々言われそう、みたいな?」


「それあるわー。期待されるのも困るっていうかね」


馬鹿な連中だ。

お前らの眼は節穴か。お前らの意中の相手の顔を拝んでみろってんだ。


そんな風に、細やかな抵抗をするぐらいが、今の賢介の最大限である。


 実地訓練が始まるや否や、スティーヴに賢介が目を付けられたのは言うまでもない。居残り練習は当たり前。そのくせ実力はつかないし、能力は上がらないのだから、燃費の悪い事この上ない。それでも、スティーヴにも教官としてのプライドがあるのか、見捨てたりはしない。そういう面は信頼できる教官だが、その代わりに、こうしていびられても仕方がない、という弱肉強食理論を地で行く。


まぁ、そこまで割り切ってくれれば此方も諦めがつく。


「新十郎ー、相手頼むわー」


「大柳か。良いだろう、今日も負かしてやる」


「なめんなよ、今日は俺が勝つ」


そして今度は好感度アップ作戦に移る大柳。

鴻上と高度な戦闘を繰り広げる事で、勝っても負けても「凄いヤツ」という烙印はもらえる。

元々大柳のスペックも高いので、女子連中はこの試合に夢中なのだ。


こんな感じで、一週間が過ぎていった。


時は戻って。


「賢介、お前は残れ」


「はい」


居残り練習である。

嘲笑。最早それは、万来の拍手のようにさえ感じられる。


 今日も変わらず、大柳グループに模擬戦闘で嬲られ、まともな訓練をこなせずに終了。皆は今から風呂にでも入って疲れを癒し、夕食までの時間を有意義に過ごすのだろう。残された賢介は、彼らが風呂を浴び終えて、自由時間に突入した頃に漸く訓練を終える。一見すると、熱心な生徒にも見えない事は無いが、単に出来の悪い人間が無駄な努力をしているだけだ。


城郭を一週。

各種筋トレメニューを二週。

武器を使っての訓練。


これらを終えた頃には、まだ傾きかけてた程度の太陽が、とっぷりと沈みかけていた。


「よし、記録は伸びてきている。お前は大器晩成型だろう。何、最初は皆遅れを感じて焦るものだ。しかし、心配はいらんぞ、賢介。私がついている。必ずお前を、一人前の勇者にして見せるからな」


力強い限りである。

賢介は大器晩成型でも何でもない。確実に爪弾き者であり、カテゴリーエラーだ。

それでも、空虚な笑みを浮かべて言う。


「はい、頑張ります」


その言葉がどれだけ虚しくても、口にする。

そうしなければならない。無駄な努力、徒労、それらは全て賢介の財産だ。

そうやって人に詰られ、野次られ、そうでもなければ、賢介には本当に居場所が無くなってしまう。


「(…それだけは、勘弁だ。少なくとも、今は、まだ)」


この国を去る時まで。

それまでは、勇者御一行で居なければならない。

それがせめてもの義務、というものだろう。


「ご苦労、賢介。お前も汗を流して、夕食を迎えるといい」


その言葉を背に受けて、賢介はトボトボと城内に入っていく。

薄暗い感情が膨らんでいくのを肌で感じながら。


これが爆発する事がないように、祈りながら。




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