第二話
「皆様、次は帝国騎士団の総帥を務めていらっしゃいます、セヴェイ様の元へ案内致します」
それだけを告げると、ミアとメアは無言で歩き出す。
その後を続くクラスメイトらに、先程までの緊張感や絶望感は見て取れない。
鴻上新十郎というリーダーを得た集団。
頼れるカリスマの存在は、心理的余裕も生むのだろうか。
そして鴻上も、誰かから頼られたりすることで、能力を最大限発揮するタイプだ。
相乗効果で、最早敵無しといった具合のクラスメイトに不快感さえ覚える。
「……」
「ちょっと、こっち見ないでよクソオタ」
「悪い」
どうやら賢介への風当たりが軽減されることはないようだ。
寧ろ破壊力が増しているかもしれない。集団の結束力と反比例している。
賢介を言葉汚く罵った女子生徒━━確か、柊とか言ったはず━━は、取り巻きと嘲笑を交わす。
平常運転で何よりである。
「こちらです」
若干気分を悪くしたまま、ミアとメアの先導に従って、荘厳な扉を越えて中へ。
中に入ると、アンティーク調をコンセプトにした、シックで大人びた印象を醸す室内になっていた。
そして、革張りの黒い回転椅子に浅く腰掛け、デスクの上で両手を組んで待っている人が一人。
「彼らが勇者候補の異世界人、か」
「はい、セヴェイ様」
「ミア、メア、二人は外で待っていてくれないか」
「畏まりました」
すくっと立ち上がるなり、そう命令する。
身長は190を優に超えているのだろうか、本人のオーラや威圧感によって、より高く感じる。
細身で一見華奢にも見えるが、不動の防壁を思わせる、頑強さが伺える。
「…では、ようこそ『アスガンティア』へ。私はセヴェイ、帝国騎士団総帥を務めている」
流麗な動作で礼をするセヴェイ。
クラスの女子連中から「かっこいい…」という声が湧き上がる。
確かに、セヴェイは同性の目線から見てもかなり美形だ。整った顔立ちに理知的な眼鏡、長めの髪型も相まってか、ミステリアスな雰囲気が漂っている。背丈が高いのに顔が小さいせいで、もうアニメのキャラみたいになっている。キリッとした瞳に熱は無く、すっと冷めた瞳をしているが、それさえクールさを掻き立てる一種の要素になっており、彼にとってはマイナスイメージさえプラスに転換するご都合システムが搭載されているのかもしれない。結構本気でそう思った賢介である。
「君たちには、まず、一つして頂きたいことがある」
そう言うと、パッと右手を空中に伸ばす。
すると、突然セヴェイの右手前方、つまり何もない空間に水色の板のようなものが出現する。
「『ステータスパッド』と呼ばれるものです。これは本人が持つ能力値、レベル値、技能を随時更新してくれる優秀な魔術です。他にもスキル、という項目があり、能力値や技能に応じて解放されていきますので、しっかりと性能を理解した上で使用してください。まぁ、取り敢えず習うより慣れよ、です。皆さん、右手を掲げて、心中で『コネクト』と言ってみてください。必ずそれは見えるはずです」
セヴェイの指示通り、皆が一斉に『ステータスパッド』を開いていく。
賢介もそれに倣って、心中で『コネクト』と呟く。
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名前:金城賢介
Lv:1
能力値
筋力:20
耐久力:20
体力:20
俊敏性:20
器用さ:20
幸運:20
魔力:20
理力:20
潜在技能:『大食漢』
解放技能:なし
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ステータスが表示される。
賢介は何度か二度見する(この時点で二度見ではないのだが)。
能力値が軒並み同じ数値で、潜在技能はあるが、解放技能が一つもない。それが現在状況において、一般的なそれなのか、或いは余程の外れを引いたか。賢介はこれが一般的な能力値と技能数だと思いたかったのだが、どうやら現実はそこまで甘くないようである。
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名前:鴻上新十郎
Lv:1
能力値
筋力:300
耐久力:300
体力:300
俊敏性:300
器用さ:300
幸運:300
魔力:300
理力:300
潜在技能:『剣聖』『四聖魔術師』『神子』『覇王』
解放技能:『刀剣技術Lv100』『五属性適正』『魔術Lv100』『肉体強化Lv100』『魔力回復高速化』『殺気感知』『聖典の加護』『武装強化Lv100』『防御率無視』『種族ダメージ増加』『精神強化Lv100』『聖魔術』『暗黒魔術』『神剣』『魔槍』『ビーストテイム』
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最早よく分からないレベルで色々混雑していた。
能力値も全体的に賢介の十五倍。解放技能数、潜在技能数共に、足元にも及ばない。元々スペック的にはこの程度は望まれてもおかしくはないのだが、これは流石に度が過ぎる気がした。片や潜在技能一つ、片や潜在技能四つに解放技能も十を優に超えている。人生勝ち組な鴻上は、こういった特殊な状況においても、やはり誰よりも持っている、勝ち組なのであった。
「(う、うわぁ…。なんだこれ、チート? 普通流れ的に、冴えない俺みたいなヤツが俺TUEEEする展開じゃないの? そしてクラスメイトが俺の実力を認めて、お互いに認め合う関係になる、某週刊少年コミックのテンプレをガチガチに攻めてく路線じゃないの? えぇ、噓でしょ。冴えないオタクで役立たずとか俺割かしマジでここに居る理由ないよね? だから帰っていいのかな?」
現実逃避を敢行する。
しかし、当然ながら、クラスの連中が賢介を易々と逃してくれるわけもなく。
「ヲタ介よーい、お前能力どんなん? 『色欲』とかそんなん?」
大柳が話しかけてくる。
『ステータスパッド』は、普通に覗き込む事で中身が確認できる。賢介は、どの道この能力が衆目に晒されるのは分かり切っていたので、被りを振って、見せる。下手に隠したり、誤魔化したりすると、後々賢介のショボさが露呈していく最も情けないパターンになるのだ。それだけは避けたい。どうせ元々ネタ枠な賢介である。さくっと皆のネタになっておくのが、賢介に与えられたロールなのだろう。
「ぎゃはははは! 嘘だろ! こいつ、能力値もくっそ低いし、解放技能ゼロだぜゼロー!」
「やっべぇ! それも、頼みの綱の潜在技能が『大食漢』っておま! 腹いてぇ!」
「ただ飯食らいじゃねーか! 働かないで食う飯は美味いかー、おーい!」
嘲笑が伝播していく。
姫路と倉橋は、賢介を馬鹿にして笑っている周囲の連中に嫌悪感を示している様子だ。
もしかしたら、あまりにも弱すぎる賢介の能力に不快感を示しているのかもしれないが。
どちらでも構わない。
雑魚は雑魚なりに、賢しく狡くなんとか生きていかせて頂くだけだ。
そうして一頻り賢介をネタに周囲が爆笑の海に包まれた。
それを沈めたのは、意外な事に鴻上だった。
「皆、静かにしろ。セヴェイさん、すいません」
「…君がリーダーですか。ふむ…資質がある。能力値も高いですね」
どうやら、セヴェイの態度から苛立ちなり何なりを感じ取った鴻上が、場を収めてくれたようである。
どんな理由にせよ、こうして針の筵状態から解放してくれたことには感謝しておくべきだろう。
「一応、簡単な説明を。能力値ですが、民間人の平均値が10、下級兵士レベルで大体20です。200を超えてくると、帝国軍の中でも上位の方ですね。300を越えれば、軍団長、我が騎士団に十五名しか居ないクラスです。まぁ、軍団長のアベレージは500を優に超えているから、一概には言えませんが。解放技能は、そうですね、現在使える技能、スキルです。潜在技能は、元々持ち合わせている技能ですが、色々な理由で解放されていないという事になります。まぁ、そこら辺は何となくニュアンスで良いから掴んで下さい」
下級兵士が20。
いっそ民間人レベルの役立たなさであれば、逆に一人だけ日帰りコースを選べたかもしれない。
そして、潜在技能。
「(諸事情で解放されてない云々はさておいて、仮に解放された所で意味あるのか、これ。『大食漢』ってモロにネタ枠なんだが。食べれば食べるだけ強くなれる、的なお気楽スキルだろうか。いや、それはないか…。いやー、マジかよ。異世界のバラエティ富みすぎだろ。お抱え料理人にでもなれと…?)」
クスクス、という忍び笑いが聞こえる。
笑いを嚙み殺しているのも見て取れる。
当然、賢介を嘲笑っているのだ。肌で感じる雰囲気が、それを雄弁に物語っている。
「レベル値は、鍛錬や訓練を積めば上がっていきます。上がる毎にステータス値にボーナスが加算されます。例えば、魔術師型、技能も能力値も魔力や理力に傾いている者は、レベルアップ毎に上がる能力値の上昇値が違います。戦士型の者が一つLvが上がって、仮に魔力の能力値に加算値1が付加されたとしましょう。その時、魔術師型であれば、その者の持つ資質や技能にも寄りますが、加算値5は堅いでしょう。要は、自分の技能や能力値の傾きから、自分の特性を掴んでおいて、という事ですね。例外的にバランス良く振られている場合は、技能数に応じてバラつきが勝手に出来るでしょう。ボーナス加算値と技能数には密接な関係があるから、気を付けるように。ここまでが、簡単な自己特性の説明です」
言われるまでもなく、賢介もそれは理解していた。
賢介の場合は、最早一点特化でさえない。鴻上のような、全てがバランス良く高いわけじゃなく、全てがバランス悪く低い。他の能力値が一般人並でも、筋力が200とか、魔力が200という値をマークしていれば、また話は違ってくるのだが。賢介の無能さがより顕著に示される説明となってしまった。
実に悲しい話だが、現実は現実、受け入れていくしかあるまい。
「明日から、早速実地訓練を積んでもらう。午前は座学、魔術に関係する勉学の時間だ。午後は肉体訓練になる。余裕を見つけて、国立図書館で、この世界の史実を学んでおくと良い。知識は何者にも勝る武器だ。戦場では強いだけじゃなく、賢い者が勝ち残り、生き残る。しっかりと練習に励むように」
私からは以上だ。
セヴェイはそう言うと、高そうな革張りの椅子に腰を掛ける。
ほぼ同じタイミングで扉が開き、ミアとメアが顔を出す。
「…セヴェイ様、指示を頂けますでしょうか」
「どういう意味だです? フォード王やオルディナの指示は?」
「いえ、ここまでしか賜っておりません」
「…あの物臭者共め。ふん、それならば各自部屋に案内しなさい。どうせ今日は疲れて何事も手に着かないでしょう。早めに休養を取りなさい。日はまだあるが、思った以上に疲労が溜まっているでしょうから」
少なくとも。
世界を移動するような大事件に巻き込まれて、微塵も疲れないほどの強靭なメンタルは私にはないです。
セヴェイはそう言うと、くるりと椅子を回してそっぽを向く。
ツンデレ属性持ちなのかもしれない。
ミアとメアは無機質な声でその指示を仰ぎ、全員を部屋に案内する。
あまり景色の変わらない城内は、非常に迷いそうである。膨大な土地を有するのか、賢介ら全員に一つの部屋が与えられた。内装に違いは無いようで、二人ぐらいは余裕で寝れそうな幅のあるベッドと、タンスやクローゼットといった基本装備が備え付けられている。一人で生活するには広すぎるぐらいだ。ベーシックな色調の家具は、カーペットやカーテン、壁紙と色を合わせており、見事な調和を見せている。
「了太ー、部屋行っていいー?」
「おーう、部屋来いや。皆で遊ぶべ!」
もう修学旅行気分である。
賢介はそそくさと自分の部屋━━369番の部屋に入るなり、静かに鍵を閉める。
部屋番数が、そのまま部屋の存在数と同時なのかが、若干気がかりではあるが。
「(…酷い目にあった。ってか酷い目にあう、のか)」
これから不確定期間、この連中と生活を共にするわけである。
居心地が悪いことこの上ない。
隙を見て逃げだしてもいいのだが、如何せん、この世界のことを知らなさすぎる。
「知識は何物にも勝る武器、ねぇ」
先程のセヴェイの言葉が脳裏を過る。
どの道、こんな貧相な能力値ならば、無い頭を絞ってでも考えていかねばなるまい。
その前段階だ。この世界の事を、誰よりも詳しく知っておくべきだろう。
「…取り敢えず、寝よ」
帰宅部の賢介にとって、今日のイベントの連鎖はキャパシティオーバーである。
体力が元々貧困なのに、運動もしていないのだから、もうこれは地獄だ。
明日からの実地訓練が億劫で仕方がない。
それでも、少なくとも皆から幾つも遅れをとってでも、訓練には出るべきなのだろう。
ピエロがステージに立たなくなっては、存在意義さえ失う。存在理由を失っているというのに、だ。
それだけは避けなければならない。
「はぁ…」
溜息を吐き出すと、それと同時にどっと疲れが押し寄せてくる。
ふかふかのベッドに顔を埋めながら、そのまま静かに意識を手放す。
こうして、栄えある異世界一日目は終幕を迎えたのだった。