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食せ、さすれば与えられん  作者: 皐月皐月
2/14

第一話

 ズキンと走る鋭利な痛みに思わず頬を歪め、視界を開く。


「……おいおい」


 視界に入ったのは、倒れ込んだクラスメイト。大理石の床。途轍もなくデカいシャンデリア。他にも、壁一面を飾る壁画や、祭壇っぽい造りの何か、巨人でも出入りするんじゃないかと言わんばかりの巨大な扉。それらの一つ一つを深く吟味するまでもなく、現実世界、地球上の一高校生にとって有り触れたものではないのは確かだ。自然と身体から力が抜ける。


賢介の声が聞こえたのかは分からないが、それを合図に徐々に目を覚ましていく生徒。

琴野先生は女子生徒数名からの揺さぶりを受けて、漸く目を覚ましていた。おい、担任。


すると、そのタイミングを狙いすましたかのように、目の前の巨大な扉が開く。


白いローブに身を包んだ奇麗な女性が二人。


「初めまして、わたくし、モルディア帝国の国教『アースガル教』大司教を務めさせて頂いております、ミアと申します」


「同じく、メアと申します」


ぺこり、と息の合ったタイミングで頭を下げる二人。

似たようなルックスと名前から考えるに、二人はどうやら双子のようである。


じゃなくて。


「異世界…」


ぽしょっと呟く。

無論、賢介の声に応える者など居ない。単純に聞こえてないのだろう。


 聞き覚えのない国名、如何にもな展開、姿恰好、そのいずれもが、現代日本のそれとはかけ離れている。今時大理石の巨大な部屋なんて、ヨーロッパでも見かけるか否かというレベルだ。木造建築と共に栄華と衰退を歩んできたジャパニーズには、取り敢えず縁も所縁もないものなのは確かだ。


「いきなりの事で戸惑っていらっしゃいますでしょうが、不肖このわたくしめから、事情を掻い摘んでご説明致します」


「詳しいお話は後程」


ミアの言葉をメアが補足する。


その後の話は、なんてことはない、テンプレ異世界ものにありがちなお話だ。

無論、クラスメイトにとっては吃驚仰天で、奇想天外で、奇天烈な内容であるのは間違いない。


 賢介含む、迫桜高校三年二組が、世にも珍しい異世界旅行を迎えたのには理由があり、それこそがモルディア帝国のせいでもあった。モルディア帝国は大陸でも有数の一大国家なわけだが、昨今『レーゼ』と呼ばれる正体不明の侵略者による被害が増加してきている。無論、モルディア帝国もその被害を被り、それに対して相応の処理をしようとする。しかし、彼らは並の魔獣を凌ぐ実力の持ち主なのだった。


 『レーゼ』には司令塔が居り、それらを総称して『魔獣王』と呼ぶようである。この地━━『アスガンディア』なる箱庭世界という事らしいが━━の名のある英雄達でさえ、その対処に手こずっているらしい。それで出した結論が、異界から英雄を呼び寄せ、それらの対応に充てようというもの。異界からこちら側へ来る者は基本的な能力値が高く、伸びしろがあり、既存の者よりも確度が高いということなのだそうだ。


つまり。

『アスガンティア』がピンチだから力を貸してくれ勇者様、という事らしい。


まぁ、しかしながら、そんなのを簡単に認める連中でもなく。


「ふざけんな! 良いから返せよ!」


「ちょっと、ワケ分かんない事言ってないで元の世界に返して!」


「なにそれ…それじゃあ、あたし達に戦争しろっていうの? 冗談じゃないわ!」


「くそったれ、お前らで何とかしろよ!」


ブーイングブーイング。

ダムが決壊したかのように、話の内容を咀嚼し終えたクラスメイト達は、罵詈雑言を飛ばす。

しかし、それに返す言葉は冷たい。


「申し訳ありませんが、現在こちら側から向こう側への転送手段は存在しません」


「我々の主神オルディナ様の意向に背く以上、帰還の可能性はゼロです」


機械音声のような、冷たく鋭利な響き。スマートフォンの人工知能のそれに似ている。

ボルテージの上がるクラスメイト達、その中でも一際怒り心頭なのは誰あろう。


「ふざけた事を言わないでください! それじゃ、皆を戦争の道具にしようって言うんですか!? それだけは絶対に認めません! 私は代理ではありますが、保護者というポジションに居ます。皆さんに危険が及ぶような事を、ああそうですかと認めるわけにはいかないんです!」


琴野先生だった。

元々熱血教師のきらいがある琴野先生が、寧ろこの事で感情を爆発させない方が以上だ。

先生の勢いに任せて、クラスメイトもやんやと騒ぎ始める。


それでも、返す言葉は限りなく少数の、選ばれた鋭利な言葉であるが。


そうした喧騒が数分続いただろうか。


「皆!」


我らが生徒会長、鴻上新十郎が声を上げた。

鴻上の周りには、大柳、大澤、倉橋、姫路が集っていて、それはまさに勇者御一行のそれである。


「皆の動揺は理解出来る。いきなりこんな場所に来て、色々言われた挙句、結局自分達が戦争の道具になるなんて言われても、整理もつかないだろう。けれど、これだけは明白だ。この世界でも、戦争の被害を被っている人たちがいる、ということ。俺達が元居た世界でも、戦争とは言わなくても、中東部での内紛ぐらいは耳にしたことがあるだろう。きっと俺達に、彼らは救えない。けれど、俺達ならば、この世界で苦しんでいる人達を救えるんじゃないだろうか。帰る帰らない以前の問題だ。今出来ることをしないで、形振り構わずに逃げ帰って良いのか? 目の前に苦しむ人たちが居るというのに、それを無視して自分だけ安寧を保っていいのか? 違うだろう。俺達は救世主として招かれたんだ。それだけの力がある。それなら、この世界を救ってやろうじゃないか。皆で成し遂げよう。そして、大手を振って帰ろうじゃないか!」


しん、と静まり返る。

無駄に広い部屋に走る静寂は、空恐ろしいものがあるが、それは一瞬だった。


「だな、新十郎。おい、お前ら! 敵が強いから尻尾巻いて逃げるなんて許されるかってんだ! 敵が強くても、勝てないってわけじゃない! さくっと倒して、さっさと帰ろうぜこんなとこ!」


「…そう、だね。そうよ、皆、深く考えすぎでしょ。どうせあたしら強いんだから、元々雑魚いのを強いヤツに充てるわけなくない? どうせならこっち側の世界ってのを楽しんで、思い出作りすればいいじゃん」


大柳、大澤とそれに続く。

するとどうだろう。二人の取り巻きが、三人を神格化したかのように持て囃し始める。

今度はより一層の喧騒だ。そこに絶望の表情は無い。


「私も、皆と頑張りたいです。だから、皆、頑張ろ?」


「そうだね。あたしも。まさか、女子が頑張ろうってのに、男子が怖気づいてないわよね?」


それに姫路と倉橋が続けば、それは最早決定事項とも言えた。

先程と打って変わっての展開に、琴野先生だけが「あれ、あれれ?」と首を傾げている。


「み、皆さん! ダメですよ!」


琴野先生がはっと我に返って、わちゃわちゃと小さい身体を懸命に動かして必死の抵抗をする。

しかし、いつもの調子を取り戻したクラスメイトに、それは寧ろリラックス効果でしかない。

女子数名に「大丈夫! 彩ちゃんはうちらが守るよ!」と抱きつかれ、消沈。


結局我らが担任は、ただのマスコットキャラクターでしかなかったという事か。

その間、賢介はじーっとその様子を外側から観察していた。


「(…あの二人)」


ミアとメア。


 あの二人は、言葉少なに、多弁を禁じて対応していた。それは単純に五月蠅い連中との会話が面倒だ、という意思表示なのかもしれないが、もしかしたら、敢えてああいう対応をするように命じられているかもしれない、と感じた。多くを語らない。現代でもよくある話だ。重要なことは注意書きでやたらと小さく記載されているのと同じこと。敢えて話の本筋を語らず、感情的になるよう全員煽っている、という見方も出来る。鴻上らの動向を伺っていた風にも見えるし、それは気のせいかもしれないが。


一度熱を持てば、早々それは冷めない。

それが正のベクトルだろうと負のベクトルだろうと、その路線に乗せられてしまえば終了だ。


「…はぁ」


もう少し冷静に判断しやがれ阿呆共。

賢介は一つ溜息を吐き出して、まるで世界を救い終えたかのように騒ぐクラスメイトを見つめた。


「…皆様のご厚意、心から感謝いたします」


そこで初めて、ミアとメアの表情に笑顔が浮かんだ。

クラスメイトもその表情に満足したようで、鷹揚に頷いている。


「(馬鹿だなぁ。落として上げる作戦だろうが…。えー、こいつら人を疑わなさすぎじゃない?)」


結構引いた。

いや、寧ろ具に成人女性を観察している賢介の方が、世間一般的には引かれるのかもしれないが。


「それでは皆様、わたくしに着いて来て下さい。ご案内いたします」


何処に、と明言しないあたりに若干の恐怖を覚える。

とは言え、いきなり処刑場に運ばれるわけでもあるまい。


「(要注意人物だな…)」


警戒レベルを一人勝手に上げつつ、クラスの最後尾をちょろちょろっと着いていく。







◆◆◆







 「オルディナ様とご対面して頂きます」


ミアが言う。


 オルディナ。それはモルディア帝国の国教における主神であるらしい。モルディア帝国国王とは、また違う人で、信仰の対象なのだそうだ。オルディナ、という名前は世襲制らしく、オルディナの血族が代々その名前を受け継ぎ、信仰の対象として振舞うのだとか。今回の案件については、国王とオルディナ双方の合意の上での事らしい。取り分けキーパーソンであるオルディナへの挨拶は欠かせない。


無論、国王様にもお会いしなければならないわけなのだが。


長い長い廊下を延々と歩く。

似たような造りの廊下を何度か経て、一際神聖さを感じさせる扉の前へとやって来た。


「こちらの聖堂内でオルディナ様がお待ちになっています。くれぐれも、無礼の無いようお願い致します」


扉をミアとメアが片方ずつ開ける。


中を見た瞬間に目に入ってきたのは、白竜の剥製だった。


 首を聖堂内に突っ込むようにして居座る白竜の剥製。それに似つかわしくない奇麗に整頓された堂内。陽光がステンドガラスを通して鮮やかに煌めいている。それは神秘的という言葉でさえも形容しがたい、美を超越した聖性を感じさせる。その聖堂の内部において、見劣りするどころか寧ろしっくりとその雰囲気や場所に見合うオーラを纏った女性が一人。白竜の口元でこちらを向いて佇んでいる。


彼女がオルディナ、なのだろう。


 ウェディングドレスのヴェールのような、透過性の高い白い被り物と、それに揃えたかのような真っ白なローブ。プラチナの刺繍がアクセントを利かせている。本人のご尊顔も中々なもので、地球で言うモデルや女優なんて目じゃないレベルの気品を感じる。彫刻のような、造形されたかのような圧倒的美に、皆一様に面食らっている。生半可な誉め言葉では、寧ろ彼女を貶めてしまいそうな雰囲気があるのだ。


「ようこそ皆様、遠路遥々お疲れ様です。わたくしがオルディナで御座います」


全員が聖堂内に入り、五人掛け程度の教会によくある長椅子に腰を下ろしたあたりで。

オルディナは静かにぺこりと礼をする。

逆らい難い威光に当てられたように、賢介も自ずと礼を返す。生徒全員がそうであった。


「既にミアとメアが話した通り、我が国、いえ、箱庭世界自体が危機に見舞われています。無礼を承知でお願いさせて頂きます。どうか、この国を、世界をお救い下さい。その為のご支援は最大限を尽くすつもりでおりますゆえ。最後の、一縷の希望なのでございます」


「…オルディナさん、お顔を上げて下さい。俺達は貴方に頭を下げて頂かなくとも、個人個人がこの地を救うという命題を持って、その意思で決定をしました。至らない所もありますが、寧ろ、こちらこそお世話になります。俺達も最大限を尽くす所存です。ですので、世界を救った暁には、俺達を元居た世界に返しては頂けないでしょうか」


「なんと、あぁ…素晴らしい方々です。勿論『レーゼ』を滅却し『魔獣王』を滅ぼして下されば、その願いを叶えて差し上げましょう。人質を取るようで非常に申し訳ないですが、これもこの国、世界の為。皆様には茨の道でございましょうが、我々も精一杯茨の棘を払って参りますので、何卒…」


どうやら全員の総意に相違はないようである。俺の意思は…などと口を挟める雰囲気でもない。

賢介は一人「あれー?」と思う。ただ、それを口には出さない。

どうやら、タダで返してはくれないようだ。


「皆様、次は国王様とのご面会に御座います」


ミアとメアが静々と歩いてくる。

オルディナの近くまで来ると、片膝を折って頭を下げる。これが正式なお祈りの形なのだろうか。

数秒でその構えを解き、何食わぬ顔で皆を先導する。


何となく賢介が振り返ると、オルディナと目が合う。

にこり、と微笑み返され、ぺこっと軽く会釈。

若干前方から寒気を感じて、ふっと前に目を向ければ、今度は姫路と目が合う。


にこっと、目の笑っていない笑顔を向けられて、賢介も引き攣った笑みを返す。


「なんなんだ…」


謎の罪悪感(?)に苛まれつつ、聖堂を後にする。







◆◆◆







 王の間。


 賢介らが寝そべっていたあの部屋は『魔術聖堂』と呼ばれるエリアで、王の間、聖堂に続いて、モルディア城トップスリーの広さを誇る。しかしながら、さすがは王の間。『魔術聖堂』でさえ無駄に広いと感じたのだが、それを遥かに超える無駄な広さを強く感じた。しかしながら、聖堂と同じく、中央に坐する、要はその管理者の威光やオーラが濃密だからなのか、広い部屋が狭く感じる。


王の間は、聖堂ほどではないにせよ、顕著なそれだと思われる。


「…皆の者、よく来た。私の名前は、フォード・ディル・エルダー・クロイゼスト。第二十六代モルディア帝国国王だ。唐突な出来事で、皆未だに落ち着かない状況だとは思うが、数日もすれば慣れてくるだろう。皆の部屋は用意している、しっかりと休養を取り、身体を癒してほしい。そして、ミアとメアが説明をした通りだ。皆の者には期待している。頑張ってくれ」


フランクな王様だった。


 顔立ちは精悍で、歴戦の猛者といった風だ。目元は鋭く、大人のクールさを漂わせている。彼の前に立つだけで、自然と背筋が伸びる。オルディナと似たような雰囲気、オーラを纏っているのだろう。人の上に立つ者、その風格を感じさせながらも、決してそれを隠そうとしない。中途半端に自身の能力を低く見積もる事が、寧ろ他者の批判や非難を買うという事を自覚しているからだろう。


 賢介のイメージは、いけ好かない高慢ちきだと思っていたのだが、どうやら常識人であるようだ。言葉の端々から感じる、泣き言を許さないような、有無を言わせぬ雰囲気は、オルディナと似ている。勇者として切った張ったを演じてくれることを、大前提としているのだ。そこには、それを否定させない、無言の圧力が感じられる。究極の我儘と言えば、まぁその通りかもしれない。


こいつも中々警戒しないといけないな。

賢介はまたも警戒レベルを引き上げるのだった。


「はい、俺達も全力を尽くさせて頂きます」


新十郎が生徒を代表して応える。

琴野先生がその度々に何か言いたそうにしているのに、気づいている生徒はいるのだろうか。

それを知ってか知らぬか、国王はうむ、と鷹揚に頷く。


「非常に心強い。皆は勇者の卵。これから鍛錬をしてもらい、しっかりと基礎を固めてもらう。なに、大したことではないさ。皆は我々『アスガンディア』に住む種族よりも、平均的に高いステータスを誇っているからな、難なくこなせるだろう」


人好きのする笑みを浮かべる国王。

それに合わせて新十郎も快活な笑みを浮かべ「頑張ります」と応える。


「では、私程度で時間を食うのも勿体ないだろうからな。ミア、メア、皆をセヴェイの元へ」


「はい、国王様」


二人は深く礼をし、皆をまた先導していく。

賢介もそのあとを続く。


若干騒がしい勇者御一行の後ろ姿を、フォードは精悍な顔つきに見合わない、昏い瞳で見ていた。



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