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食せ、さすれば与えられん  作者: 皐月皐月
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第十三話

 三日が過ぎた。


賢介の身体は快方へと向かい、無事完治した。


 その間、倉橋と姫路は足繁く通っていた。姫路は、倉橋に言わされたあの言葉のせいか、この三日間、顔を合わせると真っ赤にして俯いてしまって、全然話が出来ない。当の本人である倉橋はどこ吹く風、平気の平左で話しかけてくる。どんなメンタルしてんだ、と賢介は本気で疑わしくなる。


倉橋曰く。


「サービスよ、サービス。男なら言われて嬉しいでしょ」


大きなお世話だ。無駄に妄想してしまって余計辛くなるだろうが。


「なら本当に頼めばいいじゃない」


「お前の頭の中には何が入っているんだ? ババロアか何かか?」


社会的な意味で賢介は抹消されるだろう、そんなことをすれば。

姫路と次の日からどの面を下げて向き合えばいいと言うのだ。

倉橋との会話に耳を挟んでは、時折頬を赤くしたりしている姫路。


結局、三日間で姫路とまともに会話したのは本当に数える程度だ。

賢介が目を覚ました時は、一人でもやって来ていたのに、あの日以降は必ず倉橋と来る。


心理的な壁を感じた。


それはさておき。


「…悪くない目覚めだな」


すぅっと意識が覚醒して、半端な眠気もなく目を覚ました賢介。

時刻は午前七時。八時に朝食を食べ、八時四十五分から座学が始まる。


「さて、シャワーでも浴びるか」


そう思った時だった。


コンコン。


控え目のノック。

姫路だろうか。それも朝っぱらから。

声は聞こえない。


しかし、姫路なら必ず賢介が問い掛ける前に何か喋る。

倉橋も同様だ。つまり、この扉の向こうに居るのはあの両名ではない。


「空いてますけど」


ミアやメア、セヴェイやオルディナだったら困るので、取り敢えず敬語っぽくいってみる。

すると、きぃっと扉が開く。


「元気そうだな、金城」


入って来たのは、鴻上だった。







◆◆◆







 「何か用か」


まさかの来客に、思わず声音が鋭くなる。


 鴻上とは深い因縁こそないが、先日、互いに小競り合いをした仲だ。自然と身構える。幾らこちらがパワーアップをしたからと言って、油断しては勝てるものも勝てない。鴻上とてハイレベルな能力を有する。自分の身体の使い方を熟慮しているのは、寧ろ鴻上だろう。経験という意味では一日の長がある。


「そう身構えなくてもいい。席を借りていいか」


「…勝手にしろ」


しかし、対する鴻上は穏やかな態度で、備え付けの椅子に腰を下ろす。

賢介は未だ立ち上がったままだ。


数秒の沈黙。

話を切り出したのは鴻上だった。


「先の件は、助けられた。ありがとう」


まさかすぎるその言葉に、思わずギョッとする賢介。


 鴻上が頭を下げる。それはかなり異例な事態だ。先生相手にだって、こうして頭お下げる事は少ない。自分のしている事を至上とする鴻上からすれば、他は全部悪である。特に、賢介のような相手には死んでも頭を下げるような真似はしないだろう。だからこそ、不気味。良くも悪くも。こうして頭を下げられるのは、頭ごなしに罵倒されるよりも恐ろしいものがある。


「…どんな心変わりだ?」


思わずそう問いかける。


「…素直な気持ちだ。もし、金城、お前があの狼を追い払わなければ、少なくとも、俺達が全員五体満足で顔を合わせることは無かっただろう。欠員もあったかもしれない」


「狼を追い払った? おい、何故それを知っている」


「もう既に、俺や大柳、大澤あたりは気づいている。総員が退避し、俺と大柳は戦闘不能、大澤含む麗華、倉橋の魔術師部隊も手に負えなかった。セヴェイさん達の応援も、追い払われてからの到着だった。残された可能性は、金城、お前だけだった。お前は姿を消していたからな。その上、あの巨大なクレーターの底でお前が見つかった。これ以上ない状況証拠だ。まぁ、クラスの大半は信じていないがな…」


最後の一言に安堵する。

当初の計画は上手く稼働しそうだ。


「で、それをお前が信じたと? 馬鹿馬鹿しいな」


「それ以外に何を信じるべきだと言うんだ?」


「俺はセヴェイさん達にコネを作ってたんだよ。俺のクラスでの地位を上げてもらう為にな。スティーヴ教官を通じて。だから、あれはセヴェイさんらの自作自演だ」


「ならお前は何故そんな大怪我を負い、丸四日も寝込んでいた?」


「…これは道中ですっころんで、命からがら『レーゼ』から逃げてきたからだ」


「…証拠不足だな」


どうやら、鴻上は賢介が狼を退けたことをどうしても認めるらしい。


「それに、裏を取ればすぐにわかる。俺が口頭で言い包められると思うか?」


鴻上はそこで初めて、馬鹿にしたように鼻で笑う。

賢介はいつもの調子を取り戻した鴻上を見て、何となく緊張が解れていく。


「そうかよ…。で、わざわざお礼参りか? ご苦労な事だな」


「俺はクラスのリーダーだ。嫌なことでも頭を下げる」


「素晴らしいリーダーシップだな。自己陶酔とも言えるが」


「どうとでも言え」


鴻上は立ち上がる。


「今のところ、俺はお前に劣っている。それは隠しようのない事実だ。隠す気も無い。だが、必ず超える。お前を超えて、必ず、雪乃を…」


「雪乃…? ちょっと待て、お前の本命は姫路じゃないのか?」


「…お前とこの手の話をするとは思っていなかったが、俺の本命は雪乃だ。麗華は、まぁ、撒き餌だな。麗華を呼べば、雪乃もついてくる」


「普段は倉橋と呼んでるだろ、お前」


「名前で相手を呼ぶのは気恥ずかしいからな」


そこでちょっと照れた様子を見せる鴻上。

意外な一面だった。


「それなら、姫路は?」


「麗華は、まぁ本人の意向もある。ただ、俺がファーストネームで呼んでおけば、俺の真意のカモフラージュになるかとも考えている。出来るだけ悟られたくはないからな」


「姫路でカモフラージュって…。大柳あたりが怒鳴り散らしそうな話だな」


「別にどう思われようと構わん。俺は雪乃に振り向いてもらう。その為に、お前に勝つ」


そう宣言すると、鴻上は別れの挨拶も無しに出て行った。

先日の小競り合いの様子からして、どうやら倉橋も鴻上の本命は麗華だと思わっている節がある。

確かに、そう考えると鴻上の攻撃的な態度も理解できる。


 姫路は自ら賢介に突っ掛かっていくので、賢介を詰ろうにも中々対処に困るのだ。大柳あたりはそこら辺を勘違いして、姫路の好感度を下げ続けている。鴻上も似たようなタイプかと思われたが、この場合、賢介も時折、タイミングを見計らって倉橋と話している。そういう意味では、限りなくギルティだろう。賢介が同じく、話しかけられるだけのタイプなら、ここまで風当たりも強くなかっただろうに。


とは言え、倉橋は姫路以上に気の許せる相手だ。

今後、鴻上の恋路を応援して、距離を取るつもりも一切ない。


と言うか、あの口振りでは倉橋が賢介に気があるようではないか。

それはない。真っ向から否定だ。


賢介と倉橋は戦友に近い存在だ。だから、今後も話たい時に話す。姫路とも、だ。

と言っても、積極的に話しかけるかどうか、というと限りなく話しかけない方に比重があるのだが。


「…なんだよあのライバル宣言は。アニメか」


絵にかいたようなライバル宣言だった。

いきなりの来訪、まさかのディスクローズ、そして謎のライバル宣言。


朝っぱらから起こるイベントにしては、随分と濃い目の内容である。


「…まぁいいや。シャワー浴びよ」


鍵を閉める。

シャワーで身体を洗い流せば、先程の鴻上の発言の驚きも徐々に薄れていく。


どんな顔して朝食を食えばいいんだろうか。


憂鬱を引っ提げながら、暖かいシャワーを浴びる。







◆◆◆







 

 朝食は非常に気まずかった。


 普段なら大柳あたりが声を掛けてきて、少し絡んで去っていく。しかし、今日に限っては、誰も近寄らない。異様な雰囲気だ。別にクラスの人気者なわけじゃないが、ここ最近騒がしかったことを考えると、一抹の寂しさがある。姫路と倉橋も周囲の様子を気にして、こちらには寄ってこない。賢明な判断だ。


それでも、生徒同士でのやり取りには淀みがない。

雰囲気としては、賢介はクラスの一員から外された、除け者になったような感じだ。


「(んー…。これはこれでアリか。まぁ、こっちが下手に出て色々やる必要が無くなった分、手間は省けた。このまま行こう。元々除け者っちゃ除け者だしな…)」


クラスの中での、本来あるべき立ち位置へと帰還する。

鴻上あたりは、大柳達と談笑を交わしながら食卓を囲んでいる。

大澤も取り巻き連中と大声で話しながらの食事。


姫路と倉橋もその付近で食事。


クラス全体がそちら側に寄るので、基本的にぽつんと孤立してしまっていた。


一人で食う飯は、特別マズイわけでも美味いわけでもない。

スープを掬い、パンを食む。


食物を流し込んでいると、ズズ、と誰かが隣の椅子を引く。


「おはよう、金城くん」


セヴェイであった。

元々勇者御一行と親密な関係ではないセヴェイが、個別に話しかけてくるのは滅多にないことだ。

鴻上を除けば、ほぼ誰もがマンツーマンで話したことは無いだろう。


「おはようございます…」


若干の静寂。ぽしょっと言った賢介の言葉でさえ、凄く大きく感じる。

皆の視線が背中に刺さる。とても居心地が悪い。


すると、その視線を意識してか、こそっと内緒めいた声で言う。


「先日の件について、色々と聞きたい事があります。なので、食事を終えたら私の部屋に」


「…はぁ、分かりました」


それだけ言うと、セヴェイはささっと立ち上がって食堂を後にする。

残された賢介は、どうにも後ろを振り向き難く、不自然に斜め前を向いた状態で食事を再開。

さっさと流し込む。


「…はぁ」


一つ溜息。

そのまま、食事中一度もクラスメイトの方向を振り返ることなく、食堂を後にした。







◆◆◆







 「よく来てくれました」


セヴェイの部屋、初めて異世界に来たあの日に訪れた、あの部屋に。

賢介はやってきていた。


「はぁ。で、聞きたい事っていうのは?」


大体予想はつくが。


「ええ。先日の古狼との戦闘に関してです」


「…それが、何か?」


「あの古狼は『レーゼ』の中でも『魔獣王』に次ぐ強力な個体である『十傑』の一角でした。名を『エデン』と言います。観測されたのはこれで三度目。一度目は『ミズガルズ』における大国エルヴァラを崩壊させ、二度目は『アルフヘイム』のネヴァーデリアを陥落させました。そして三度目。本来ならモルディアは崩壊していたでしょう。しかし、それを未然に防いだ。それは、貴方の功績です、金城くん」


代表として、礼を言わせて頂きます。

そういって、ぺこりと静かに頭を下げるセヴェイ。


「…そうですか」


「我々帝国騎士団が全精力を注いだとしても、きっと倒すには至らなかったでしょう。追い返すので精一杯、というところです。しかし、貴方はそれを一人で成し遂げた。偉業といって差し支えないでしょう」


「そんなもんじゃないです。あれは…」


「金城くん?」


思わず口をついて出てしまう。


 あれは悪魔の力だ。呪われた暴力だ。禁じ手であり、忌み嫌われしものだ。それを偉業だなどと、随分と過大評価されたものである。前任者であるメルクならば、そうだろうと頷いて喜ぶに違いないが、賢介はそこまで楽観的ではなかった。この力は決して褒められたものではない。貶されて当たり前のものだ。どっちが悪なのか、これでは分からないではないか。


「…いえ、お褒めに与り光栄です」


形だけでも礼を言う。


「ですが、一つ疑問があります。貴方は訓練の中でも決して成績は良くない方でした。それはつまり、貴方が普段は全く手を抜いていた、ということでしょうか。それとも、何かをきっかけに、能力や技能が解放された、ということでしょうか」


「後者です」


「そうですか…。さすがは勇者様ですね」


若干の皮肉を感じる口調でセヴェイが言う。


「これで良いですか。魔術訓練があるので」


「あ、あぁ、最後に一つだけ」


「はい?」


「オルディナには、あまり接触しない方がいいでしょう」


「…?」


どういう意味だろうか。

その真意を尋ねようにも、今はすごく間が悪かった。


 賢介の立ち位置は今、とてもデリケートだ。一つの行動がすべての印象に作用する。授業をすっぽかしたり、遅刻したり、それらは調子に乗っている、という悪印象を与えかねない。無論、誰よりも早くいけばいいってものでもない。今度は良い子ぶってると詰られるのだ。つまり、クラスの大多数が移動し始めるタイミングを見計らって動くのが一番ベターである。


そのタイミングが、今だったからだ。


「気にしなくてもよいです。ただ、一応、心の中には留めておいてください」


「はぁ…」


「それでは、訓練に励んでください」


セヴェイの真意を窺い知ることは出来ずに、部屋を後にする。

一人残されたセヴェイ。


「『大罪』が動き始めましたか…。これは、要注意ですね」


窓際に立ち、雲一つない晴天を仰ぎ見る。

そのセヴェイの表情は、青空とは正反対に、とても曇っていた。







◆◆◆







 訓練が終了した。


 賢介は魔術の適性が無い為、相変わらず先生とマンツーマン授業だった。寧ろ、これはクラスメイトへの「金城賢介は駄目」という認識を印象付けるのにはもってこいである。喜び勇んで授業を受ける。結局賢介の解放された技能は超至近距離における戦闘技能のみだ。魔術のような飛び道具を利用しない、それこそ拳で語るような技能ばかりである。脳筋という言葉が脳裏をちらつく。


魔術訓練は災難だった(賢介のパブリックイメージ的には最高)。

しかし、後の戦闘訓練は、普段よりも動きが軽やかで、ストレスフリーな訓練となった。


無論、ペースは抑える。

下手に全力を出すと、賢介のパブリックイメージが崩壊するからだ。

それは良くない。賢介にとっても、クラスにとっても。


若干気を使いながらも、今日は居残り授業も無く、定時であがった。


「賢介くん、お疲れ様」


倉橋ほどではないが、タイミングを見計らって姫路が声を掛けてきた。


「あぁ、お疲れ」


「今日セヴェイさんと何話してたの?」


「例の狼の件だ」


「あ…。そっか、色々聞かれちゃった?」


「いや、取り敢えず、褒められたぐらいか。後は、よくわからん忠告を受けたが…」


「ふぅん…? そっか。あ、でも、その、能力の事とかは…」


「言ってない。言うタイミングも、言わせようという感じも無かったからな」


「あ、良かったね。って、良くも無いのかな」


うん? と首を傾げる姫路。

良いか悪いかでは言えないが、不幸中の幸いとは言えるだろう。

この能力を秘匿することが、後の不幸に繋がる可能性を考慮しなければ、だが。


「ま、そういうわけだ。俺は風呂に入る。またな」


「うん、またね!」


姫路と別れる。

長居も立ち話も無用だ。人のいないエリアでなら良いが、あまりにもここでは目につく。

ただ、その配慮は若干、遅かった。


「…」


賢介の後ろ姿を。

大柳が見ていた。


「…麗華」


普段、決して呼び捨てでは呼ばない大柳。

その瞳には、憎しみの炎が宿っていた。




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