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食せ、さすれば与えられん  作者: 皐月皐月
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第十一話

 「『餓狼連脚』!」


『レーゼ』に遭遇した賢介。三匹共オオカミ型のそれだった。

出会い頭に覚えたてのスキルを行使する。


急接近して相手の頭を蹴り上げ、宙に浮いてがら空きになったボディに上段蹴りを見舞うスキル。


一撃目で『レーゼ』の首が吹き飛び、二撃目で横腹を中心に一瞬で肉塊と化した。

連続で蹴る意味は無かったようだ。文字通り、死体蹴りになってしまった。


残る二体が一斉に飛び掛かってくる。


「『破砕拳』!」


右方向から飛び掛かる『レーゼ』の顔面を射抜く。

ぬちゃりという湿った音と、ばきりという乾いた音が交錯する。

右腕の肩付近までが『レーゼ』を貫き、一種の装備みたいになる。


そちらに集中し過ぎたせいか、反対方向から迫る『レーゼ』に対応が遅れる。

しかし。


「…痛くねえな」


『肉体強化Lv300』だけはある。

思い切り歯を立てて噛み付いてきた『レーゼ』の横っ面を、思い切り殴り返す。

スキルもへったくれもない。ただの殴打。


「ギャウ!?」


虫が潰されたような悲鳴を上げて直線状に飛んでいく。

一線上にある木々を薙ぎ倒しながら『レーゼ』はバウンドし、もはや姿は見えない。

だが『殺気感知』の反応が消えた様子からして、どうやら無事死んだようである。


「…ははは。マジかよ」


実感する。賢介は自分の強さに。

だが、自惚れてはいけない。この能力は呪われた代償なのだ。


「よし、前線に━━━━━━」


その時であった。


「!?」


強力な殺気を感知する。

そして身に覚えのある死の気配、濃密な死の臭気。


ヤツが居る。

賢介は即座に理解した。それは最早、脊髄反射での理解に近い。


「…借りを返すべき時が来たな」


思い切り右腕を払う。

生温い体温が、ぬるりとずり落ちて地に吐き捨てられる。


「急ごう」


方角は、前線と丁度かち合う。

今まさに、鴻上達が争っていることを、賢介は知らない。







◆◆◆







 「な、なんだこいつ…!」


鴻上、大柳の双方がそう叫んだ。


 二人も相手が『レーゼ』である事には気づいている。特徴的な『コア』が思い切り見えている。それにしてもだ。あまりにもサイズが違う。先程までの『レーゼ』とはレベルが違い過ぎた。パッと見ただけでも分かる、こいつは危険だ。鴻上、大柳は本能的な部分でそれを察知、全体に退避命令を飛ばす。


「総員退避だ!! 俺と大柳が食い止める!」


「つーわけだ、セヴェイさん呼んできてくれ!!」


大柳、鴻上に逃げるという選択肢は残されていなかった。

それはここら一帯において、この二人に勝る強者が居ないからである。


 尻尾を巻いて逃げれば、すぐさま追いつかれて全滅だ。それならば、ただ避け続けるだけでもいい、時間を稼いで増援を頼むべきだ。現状、二人の知る中で最も強いのはセヴェイである。セヴェイが到着し次第、命令を貰い退避を試みるのがベターだろう。


「大柳、死ぬなよ」


「任せろ新十郎」


瞬間、目の前に古狼が肉薄する。

その迫力に思わず力む二人だが、一瞬で思考をクールダウン、咄嗟に両方向へ飛ぶ。

敵影が逆の方向に飛び退ったせいか、古狼の動きが少し鈍る。


「『スラストオブテンペスト』!!」


「『炎龍獄連槍』!!」


刺突によって生み出される竜巻の一撃と、火炎の龍を纏った槍の一撃。

双方向からそれを放つ。現状、二人が使える最大限の一撃である。

見事に命中。貫かれた爆風が、炎龍の威力を最高レベルにまで跳ね上げる。


火炎旋風の出来上がりだ。


「よっしゃあ!」


「やったか…?」


歓喜に叫ぶ大柳と疑いの目を向ける鴻上。

しかし。


「ガルアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


地響きを伴う巨大な咆哮。

死んでなど居なかった。寧ろ、今まさに怒りに燃えている。


「まず…!?」


ドス。

鈍い音と共に、鴻上の姿が大柳の視界から消え失せる。

古狼の一撃だった。


「新十郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「グルアア!!」


「ガハァッ!?」


尻尾で振り払う一撃。

それを見事にクリーンヒットしてしまった大柳。


両者は木々をひたすらに折り続けながら、一直線上に弾丸の如く飛んでいく。

ドパァン、と一際巨大な破砕音と共に、バキバキという木々が折れる音が止む。


両名は、数百m離れた城壁に打ち込まれたのである。

城壁には生々しいクレーターが残っており、その威力が伺える。


「ガルルルル…」


最早、前線を支える者は居ない。

悠然と、歩を進める。







◆◆◆







 「麗華!」


異様な古狼の存在は、即座に魔術師部隊にも伝わった。

大柳と鴻上が吹き飛ばされた直後である。

倉橋と姫路は、敵影を素早く補足。


「皆! まずは炎魔術、水魔術、雷魔術の順で攻撃を! 威力は自分が使える最大のもので!」


「その後、土、風魔術で攻めるから! 魔力切れに気を付けながら打ちなさい!! 後! 属性切れ起こしてるなら、得意な方を打ちなさい!」


姫路、次いで倉橋の指示が飛ぶ。

部隊の生徒は一様に頷き、一斉に魔術を行使していく。


 勇者御一行であるところの魔術師部隊は、最低でも二属性が使える。なので、一応麗華や倉橋のように全属性に適正が無くとも戦える。今回の場合は、最大威力を持つ魔術を属性別で打ち続け、相手の属性防御を崩すのが作戦だ。属性防御は『耐久力』と『理力』に依存するステータスで、属性に対するカット率を意味する。相手のスペックが知れない以上、属性を使い分けて疲弊させるしかない。


「『プロメテウス』!!」


「『ボルケーノビッグバン』!!」


姫路が『第四式魔術』を、倉橋が『第五式魔術』を行使する。


 炎属性魔術において、勇者御一行で彼女ら以上の破壊力を持つ魔術を使える者は居ない。双方共ずば抜けている。周囲のクラスメイトは良くて『第三式魔術』を使役する程度だ。その大半が『第二式魔術』を用いる。決して恥ずべきことではない、『第二式魔術』とて二週間そこらの訓練で得るにはあまりにも強大な力なのだ。それでも、それさえ霞んでしまうほどに、二人は優れていた。


天空から巨大な炎剣が降り注ぐ。

次いで、全方向から巨大な隕石が打ち付けられていく。


その後、魔術をひたすら使いこなしながら、敵の移動を抑える。


しかし。


「嘘でしょ…。合計で二百発以上は打ち込んでるのに…」


一向に歩みが止まる様子は無かった。


 時間にして十分程度。その間に二百発を打ち込む方も方だが、それに耐えきる方が余程以上だ。仮にも高威力の魔術を連射している。ダメージを負って当然だ、移動速度が鈍って当たり前だ。しかし、相手の歩は止まらない。走りもしない。王者の風格を漂わせながら、悠然と闊歩してくる。それは避けられない運命のような強靭さを思わせた。思わず表情が凍り付く。


異世界の勇者としての、なけなしのプライドを圧し折られた気分だ。


「嫌…嫌よ!」


叫んだのは大澤だ。


 大澤は『第三式魔術』を行使するナンバースリーである。四属性に対応するハイスペック。威力こそ劣るが、二人以上に魔力が多い。今回の打ち込み作戦において、一番の連射数を誇る。彼女の最大限を尽くした連撃が、相手の歩みを鈍らせることさえ出来なかった。それは、姫路や倉橋以上に、プライドの高い大澤には甚大なダメージを与えた。しゃがみ込んでヒステリックに叫ぶ。


大澤の行動に、徐々にクラスメイト達が共鳴し始める。


「まずいわね…」


「『セラフィムブライト』!!」


「…!」


『聖天魔術』の『第四式魔術』を放つ姫路。

空中から光を称えたハルバードが物凄い速さで振り下ろされる。


「そうよね、ここで嘆いてたって意味ない。『炎獄の裁き』!!!」


大地を揺るがす爆音と同時に、古狼の近くの地面から溶岩で出来た両腕が顕現する。

その両手が古狼を思い切り握りつぶす。その後に二度爆発する。


歩みは、止まらない。







◆◆◆







 「うおっ!? なんだこれ溶岩!?」


賢介はひた走っていた。


 古狼の動きは緩慢だが、巨大であるが故に一歩一歩が大きい。小柄で平均的な賢介のスピードでは追いつくのに時間がかかるのである。その間に何度も何度も魔術らしきものが飛来しては命中していた。しかし、歩みを止めるような一撃にはなっていないようだ。そして、ドでかいハルバードが振り下ろされ、溶岩が飛び散る一撃を垣間見たわけである。それでも、やはり歩みは止まらない。


「…なんつー化け物だよ」


乾いた笑いが生まれる。

あんな奴の鼻先を食い千切ってびびらせたってだけで、冥途の土産にはなったかもしれない。


だが、今いるのは冥途ではない。現実だ。

二度目のチャンスを与えられたのだ。必ずものにしなければならない。


今度は、殺す。


「これでも喰らえ…!!」


近くにあった木を一本引っこ抜く。

それを片手で担ぎ、古狼の後ろ脚目掛けて放つ。


「どぉらぁぁ!!」


槍投げの要領で放たれた一本の木は、緩い放物線を描いて、見事命中。

ぐっさりと突き刺さった。


そして、初めて。


古狼の歩みが止まった。







◆◆◆







 「止まった…?」


姫路、倉橋が呟く。


 確実に、古狼の歩みは止まった。よくよく見れば、右後ろ脚の付け根に木が突き刺さっている。誰かが投げたのだろうか。誰が? 鴻上も大柳も今は戦闘不能な状態だ。仮にあの二人でも、木を一本丸々投げて、古狼に一撃を加える事は不可能だろう。木を持ち上げられないのではなく、木でダメージを与えることが出来ないだろう、という意味だ。


決して歩みを止めなかった古狼。

如何なる魔術を食らっても平然とし、近接戦闘最高峰の二人の必殺の一撃さえ無に帰した。


絶望的な存在。


それが今、歩みを止めた。

一体誰が…?


その時、何故か二人は直感した。


 絶対にあり得ない可能性だ。万が一にも、億が一にもあり得ない。鴻上と大柳でさえ勝てない相手だ、現状、近接戦闘でダメージを与えられる人間は周辺にほぼ居ない。セヴェイ他、帝国軍軍団長クラスのみだろう。しかし、彼らも彼らで戦いを続けている。なので、この場合は彼らの攻撃でないことは確かだ。つまり、100%誰にも古狼を止める術は無かった。なかったはずだ。


だが、それこそ有り得ない可能性を。


「…賢介くん?」


「賢介…?」


最も可能性の無い可能性を。

二人は、直感したのである。







◆◆◆







 「やっと追いついたぜこの野郎」


歩みを止めた古狼は、賢介の姿を見つける。

古狼は感じた。賢介が、先程自分の鼻先を食い千切ったあの者だと。

そして、今現在右後ろ脚に木を一本突き刺した張本人だと。


だから。


「ガルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


雄叫びを上げた。

本気の臨戦態勢を意味する、威圧の咆哮。

それを直に浴びながら、賢介の口元には笑みが浮かんでいた。


震える大地を踏み締め、相手の懐に潜り込む。


「喰らえ! 『波動昇天拳』!!」


シュド。

光速を越えた一撃を放つ。


 それは早すぎてゆっくりと見えた。ゆっくりと、相手の腹部にジャブのような緩い一撃が見舞われる。一瞬時間が止まったかのような感覚が周囲を支配する。古狼さえも動きを忘れ、ただその場に固まっている。その間約一秒。次の瞬間に、賢介は思い切り蹴り飛ばされ、地面に途轍もなく巨大なクレーターを作っていた。


しかし。


ドパァァァン!!!


「ガ、グアアアアアアアアアアアアアア!!!」


耳朶を打つ爆音。

賢介の放った一撃が、古狼の肉体に突き刺さった。


身体をくの字に折って、古狼が吹き飛ぶ。


一応、痛み分けといった具合だろうか。


「っかぁ…! いってぇ…」


賢介は立ち上がる。


 そのヴァイタリティは、この時点で大柳や鴻上を越えていた。至近距離でぶん殴られた挙句、地面に物凄い勢いで埋め込まれた賢介。しかし、一発で伸されてしまった二人と違い、賢介は悠然と起き上がる。それどころか同程度の威力の技を相手に叩き込んで、相打ちにさえしてしまった。現時点をもって、最強の名は即座に賢介に委譲したとみていいだろう。


遠巻きに古狼が起き上がるのが見える。


「こうなったら、一か八かだな…」


古狼は、あの一撃を受けて、怒っていた。


 湧き上がるどす黒いオーラ、燃える紅の瞳。それは、古狼が完全に本性を現した証拠だ。一歩一歩を踏み締めるようにして近づく古狼。賢介も相対するように近づいていく。ガンマンの早撃ちに似ていた。或いは剣士同士の間合いの探り合いか。お互いに動き出すタイミングを図りながら、一歩一歩を、じっくりと、確実に。何歩歩いただろう。視界に広がる古狼の姿。


ここしか、ない。


「『狼王掌』!!!」


「グルアアアアアア!!!」


古狼の前足が賢介を踏み抜こうと迫る。

その前足を貫こうとばかりに放つ、賢介が現在持つ中で最強の破壊力を誇る一撃。


音が消えた。


モノトーンに染まる世界で、賢介は本日二度目のクレーターを形成する。

対する古狼も吹き飛ぶ。


色が消える。


静かに、賢介の意識は途切れた。




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