第十話
『よぉ、相棒。漸く目を覚ましたか』
脳内で反響するような声に、むくり、と身体を起こす。
金城賢介。
ソヴィトの森の奥地で、強力な『レーゼ』に食われた男。
当然その記憶を持つ賢介は、すっと自分の右手を見て悲鳴を上げる。
「どわあ!? は、生えてる…?」
『おいおい相棒。お前の前世はトカゲかよ? 生えてるんじゃねえよ、再生したんだ』
「え、ってか…お前は…」
賢介の目の前。
地べたに胡坐をかいて座っている一人の男。
シルクハットにタキシード。長めの金髪に切れ長の碧眼。まるで俳優かなにかのようだ。胡坐なんて決してスマートではない仕草だが、妙に様になる。そのそばには豪奢なステッキが転がっている。足が悪いようには見えないので、きっとオシャレの一環なのだろう。
『これでもずぅっとお前の中に居たんだがなぁ。ま、お初にお目にかかるわけだ』
すっと流れるような動作で立ち上がり、ステッキを拾う。
くるっとステッキを一度回し、シルクハットを脱いで胸に当て、静かに礼をする。
『俺様の名前はグラトニー。お前の中に眠る、欲望であり、感情であり、技能だ』
「…グラ、トニー」
七つの大罪において『暴食』を意味する。
それは、賢介の持つ技能『大食漢』に繋がるわけだが…。
『ステータスを見て見ろよ。今のお前は、過去のお前とはもはや別人だぜ、相棒』
言われるがままに『ステータスパッド』を見る。
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名前:金城賢介
Lv:24
能力値
筋力:580
耐久力:600
体力:600
器用さ:550
幸運:400
魔力:600
理力:580
潜在技能:『大罪』『星喰らい』『渇望』『満たされぬ欲望』
解放技能:『暴食』『ジャイアントキリング』『殴打技術Lv350』『肉体強化Lv300』『精神強化Lv300』『呪い耐性』『古狼の契り』『狼王の加護』『威圧』『殺気感知』
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「ちょ、ま、えええええええええ!?」
思わず絶叫する。
貧弱なステータスは、鴻上を凌ぐレベルで強化されている。レベルも三つほど上がっており、解放技能が大量に追加されていた。潜在技能も追加されており、見違えるほどだ。その上『殴打技術』に関しては桁違いのレベルをマークしている。『大食漢』の技能は消え失せている。解放された結果『暴食』に変化したのかもしれない。そうするならば、目の前の男、グラトニーが現れたのにも納得がいく。
『かかかっ! 良い驚きっぷりだ。お前が食らったあの狼の力を、お前は得たわけだ。ま、これは一部だがな。ヤツを丸ごと食らえば、能力はより強化されるだろうな』
「ちょ、ちょっと待て! 俺は確かにあの狼の鼻先を食い千切ったわけだけど、その後呪いの効力を受けて死んだはずだろ?」
『馬鹿だな。大罪が呪いに食われるわけねえだろ。ま、大体ここに来る奴はおんなじこと言うんだがな。最近だとあいつだ、なんだっけな、め、め…あ! そうそう、メルクだ』
メルク。
それは、エイラが話していた、あのメルクだろうか。
『あいつは英雄になったんだっけなぁ。くくく、人よりも罪深い者が、誉れ高い者になるとはな』
「…メルク。ってことは、あいつが魔獣を食らって死ななかったのも…」
『そうそう、あいつも『暴食』の技能を解放したのさ』
やはりそうだったのか。賢介は得心がいった。
その後、グラトニーは色々な事を説明してくれた。
この世には『七つの大罪』に数えられる技能があり、それを有する者は、それが覚醒した瞬間に全てを凌駕する能力を有するということ。『暴食』は『魔獣』を生きたまま喰らう、或いは『コア』を破壊されていない状態で喰らうことで能力を発動する。相手の持つ技能を剥奪し、能力値を強奪する。奪われた相手の能力が減少することは無い。その代わり、この能力は常に加算される。
つまり、喰らえば喰らうほど、能力値と技能は増えていくわけである。
ただ、ここで一つ問題が発生する。
『食い合わせっつー問題が生まれてな。間違った食い合わせをすると、能力と技能を失う。例えば、Aを食った後、Aの能力と技能を有している最中にBを食らったとしよう。で、偶然食い合わせが悪かったとする。すると、お前はAの技能と能力値を失う。全てではないがな』
「その食い合わせってのはどうやったら分かるんだ?」
『さぁてな。そこら辺は俺様にも分かんねえよ。何せお前の根底にある技能は『大罪』なんだぜ。世界の理を乱す災厄だ。災厄の匣だ。正体不明のブラックボックス。決して、何でもありなバランスブレイカーじゃあねえってことだけは頭に入れておけ。何でもかんでも食えばいいってわけじゃねえってこったな』
「要は、出来るだけこの能力には依存しない方がいい、ということか」
『要約すればな。ただ、上手く利用すれば、誰よりも強くなれる。ある程度の能力と技能を得たら、それ以上を求めずに、セーヴしておくことをおススメするぜ、食欲をな。他の『大罪』を持つ連中も、それなりに制約が存在する。お前だけがハンデ背負ってるわけじゃあねえから安心しな、相棒』
真面目な顔で答えるグラトニー。
賢介は一つ疑問を投げかける。
「まぁ、色々と疑問は解けつつあるんだが、ところで、俺は死んでいるのか?」
『メルクの話を知っているのなら、分かるはずだぜ。お前は死んじゃいねえ。死の淵を彷徨ってはいるがな。あの世とこの世の狭間、と言えばわかりやすいか。些細な出来事でお前はどちらにでも揺れる。ま、俺様が居る限りは安心しとけ。で、そんな中途半端な存在であるお前が生き返るには、道は一つしかない』
「一つ?」
『なぁに、簡単な事だ。俺様と契約を結べ』
そう言って、凄惨な笑みを浮かべるグラトニー。
「契約?」
『『暴食』の技能を持つ者として、俺様と契約を交わせ。これはお前にとってもメリットがあるんだぞ? 俺様と契約を交わせば、本質的な能力を発揮することが出来る』
「…本質的な、ね。それはなんだ、俺が欲望に食われるとか、自我を失うとか、そういう意味か」
『疑ってくれるねぇ、相棒。ただ、そこは安心してくれ。そういったリスクはねぇよ。どの道この能力に依存しすぎればそうなる。付き合い方を考えなきゃいけねえって時点で、その線は消える。俺様が言いたいのは、俺様と契約を交わすことで、能力の上限を上げられるってことだ。制限が消える事はねえが、受けられる恩恵は変わる。原罪と言うべきか? ま、どちらでもいいが』
「それでお前が得られるメリットは何だ」
『それを言って意味があるか? 仮に俺様がお前の受け取るリターンより大きなリターンを得たところで、お前にどう不利益に働く? 俺様とお前は一心同体だ。何より、お前は俺様と契約を交わさないと一生ここで俺様と二人っきりだぜ。お前が同性愛者じゃねえんなら、随分と退屈な日々になるだろうなぁ』
「…わかった。契約をすればいいんだな」
『そうこなくっちゃな、相棒』
グラトニーはにぃっと甘いマスクに似合わない笑みを浮かべた。
契約を交わさないと一生このままだ。仮にグラトニーが女だろうが真っ平御免である。死んでしまったのならまだしも、生きている、生き帰れるのであればそれに越したことは無い。聞いた話によれば、賢介に途轍もないデメリットがあるわけでもなさそうだ。大したメリットが無くとも、生き返れるという絶大なリターンを考慮すれば、これは割のいいやり取りなのかもしれない。
『俺様の手に刻印が刻まれている、そこに手を翳せ』
言われた通り、賢介はグラトニーの手の平に手を翳す。
「こうか」
『あぁ。それでいい。ちっとばかし痛いが、我慢しろ』
そう言うと、グラトニーは何やら呪文を唱え始めた。
すると、じじじ、と皮膚が焼けるような痛みに襲われ、思わず仰け反りそうになるのを必死に堪える。
数十秒、痛みに堪え続ける。すると、すぅっと痛みが引き、代わりに右手の甲に紋章が浮かぶ。
『刻印で縛った。これで契約完了だ。よろしく頼むぜ相棒』
「…あぁ、よろしくな」
出来れば一生おさらばしていたい相手だが、そうもいくまい。
それに何より、この能力は非常に利用価値がある。
飲まれないように気を付けながら、しっかりと節度を守って利用しようじゃないか。
これで、漸くやつらの鼻を明かせる。
『くくく、良い顔だ。好きだぜ、俺様はよ』
「俺にその気はないんだ、諦めてくれ」
『かはは。最高だぜ相棒。お前となら仲良くやれそうだ。まぁ、俺様は遠くから相棒を見守っているとするさ。くくく…』
「なんつー不気味な宣言だよ。やめろ」
『つれねぇなぁおい』
それでも楽しそうなグラトニーだった。
「と言うか、早く帰してくれ」
『せっかちだねぇ相棒。まぁいいけどよ。んじゃ、もっかい手を翳してくれ』
言われるがまま。
手を翳す。
『それじゃあ、また機会があれば会おうじゃねえか相棒。簡単に死んでくれるなよ。折角おもしれえ玩具を手に入れたんだ。俺様を楽しませてくれや』
「楽しませる気は無いが、そうそう簡単に死んでやるつもりもない。安心しろ」
『かかか、それならいい。じゃあな』
視界が黒く染まる。
暗黒の中に意識が囚われ、一瞬で溶け出していく。
『ま、これからどうなるかねぇ。くくく、楽しみでしかたがねえや』
一人、グラトニーだけが凶暴な笑みを浮かべていた。
◆◆◆
「う…ぐぅ…」
ズキズキと身体が痛む。その痛みによって、意識が覚醒した。
嫌な目覚めだ。
森はまだ薄暗い。お蔭で時間感覚が狂うが、あれから一時間も経過していないように見える。
遠巻きに魔術の破砕音と、奇怪な雄叫びが聞こえる。
まだ戦闘は続いているようだ。
そう言えば、あの古狼は何処へ行ったのだろう。
いや、今はそれどころではないか。
「…右手、右足、あるな」
動作を確認する。
異常なし。正常に右手と右足は動く。当然、左手と左足も。
それでもやはり、くらり、と脳が揺さぶられる感覚に襲われる。
貧血か。あれだけ大量に血流せば、こうなっても致し方あるまい。
致死量の出血を食らっておいて、貧血で済むなら安いものだ。
「…能力値に変化もない。なるほどな、確かに、力が漲っている気がしないでもない」
試しに軽く、ボクシングで言うのならジャブ程度の勢いで近くにあった巨木を殴る。
ベゴッ。何かが潰れる音がして、木が凹んだ。そして賢介目掛けて倒れてくる。
「オラ!」
それを上段回し蹴り。繰り出そうとした、というよりは反射的に蹴ってしまった感じだ。
最早音は無かった。まるで名刀で切り裂いたかのように、巨木は圧し折れた。
地を揺らしながら、圧し折れた巨木が無様に散らばる。
「…よし」
流石は『殴打技術Lv350』である。
その上、今の動きは完璧だった。今までの賢介では到底不可能な反応だろう。
技能とステータスが強化されると、こんなにも見違えるのか。
「スキルを確認…と」
賢介は、この世界に来て初めてスキルを確認した。
技能とステータスに応じて解放されるスキルは、以前の賢介とは縁遠い存在だったのだ。だが、今の賢介は違う。あのクラスメイトらと比べても遜色ないどころか、頭一つ抜けている。スキルを確認して、上手く活用する術を見出していかなければならない。鴻上や大柳程度ならば、素手で殴っても戦いにはなりそうだが。
スキルを確認すること五分。
「よし、取り敢えず強そうなヤツは覚えた。前線に参加するか。いや、待てよ。今前線に参加するのが本当に良いことなのか…? どうせなら『レーゼ』を一体試しに倒してみないと…」
いきなり前線に参加して、上手く機能するかが若干不安だ。
一体でも良いから対戦経験を積んでおくべきだろう。
「…ん、これは『殺気感知』の能力か。向こうに三体…。ちょっと多いが、まぁいい」
賢介は前線から外れた方向、西の方角に敵影を感知した。
ぐっと拳を握る。漸くだ。まさかこんなどんでん返しがあるとは、賢介も思ってはいなかった。
「よし、行くぞ」
◆◆◆
一方、前線においては。
鴻上と大柳の大躍進によって『レーゼ』の数は爆発的に減っていく。
無論、彼らをサポートするクラスメイトらの助力もあるが、その七割程度は二人の成果だ。
「さすが了太!」
「当たり前だろ、ヲタ介じゃねえんだから」
「ぎゃはは、そりゃそうだ!」
勢いが緩み始め、クラスメイトらにも若干の余裕が見られる。
大柳を始めとする四名程度が、賢介の不在に気付いた。
「ってかさ、あいついなくね?」
「あ? マジで? 嘘、本気で逃げ出したの?」
「うっわ、マジでクズじゃん。これはやばいっしょ」
「皆に言うべ言うべ。こんな雑魚相手に逃げ出したやつがいるってさ」
「そりゃいいや、ぎゃははは!」
大柳にとっては、非常に有難い状態とも言えた。
大柳は姫路に好意を寄せている。しかし、大柳よりも賢介に絡みがちな姫路。大柳は賢介が目の上のたん瘤だった。いつもは馬鹿にして、嬲って、気分を晴らしていた。しかし、それが姫路の心象を著しく悪くしていることに気付いた。どうにか賢介の好感度を下げる方法が無いかと探していたところに、この情報が飛び込んできた。渡りに舟だ。これで姫路からの評価が上がるわけではないが、賢介の評価が下がれば、同じ立ち位置に立てるであろうと大柳は考えていた。
姫路にとっては、どの道悪評価であることを、大柳は知らないのだが。
「…」
賢介を馬鹿にして大笑いするクラスメイトをちらりと一瞥し、鴻上はひたすらに敵を狩る。
逃げたところで何の問題もない。鴻上はそう考えていた。
大柳と方向性こそ違えど、賢介が居なくなってくれたのは有難いことだった。
鴻上は、姫路麗華と倉橋雪乃の双方に好意を抱いている。鴻上の恵まれた容姿、スペックは、並大抵の女性では隣を務められない。それを務められるのがあの二人のどちらかだと考えていた。無論、二人の性格や容姿が好みなのもある。だが、取り分け鴻上の想いが強いのは倉橋だった。姫路を誘えば倉橋が付いて来る、姫路を撒き餌に使うという、鴻上ならではの手法を用いて、交友を深めようとした。
だが、倉橋は賢介と話している時が、一番自然体だ。
だからこそ、非常に腹が立つのだ。何故自分では駄目なのか、と。
「『ツインエアリアル』!!」
二刀の剣を振り回し、剣戟を撒き散らす。
縦横無尽に駆け回る剣閃が『レーゼ』を両断し、横断し、縦断していく。
「…くそ」
だが、賢介が居なくなって素直に喜べないのもまた事実。
これでは、賢介に劣る自分が、居なくなったのを好機とばかりに掠め取るようではないか。自分より何事においても劣っているあの賢介に。鴻上はそう思うと苦い気分になってくる。賢介が居れば倉橋の一番にはなれない。しかし、賢介が居なければ、まるで賢介のお下がりをもらうようで気が引ける。理性では理解している。一番効率的だと。だが、感情が否定する。ここで甘受していいものか、と。
形容しがたい感情の波に抗うように、ひたすら剣を振るう。
敵が狩られていく。その度にすっとする感覚と、増して圧し掛かる感情を繰り返す。
その時だった。
「グルルルルルル…」
「な…!?」
古狼。
賢介が挑み、その半身を失った相手。
鼻先に傷を負った、歴戦の猛者である古狼が、のそりと姿を現したのである。




