プロローグ
それは晴れた月曜日。
週初めという事もあって、金城賢介は憂鬱を引っ提げて登校した。月曜日はダメだ。火曜日もダメ。水木も当然ダメ。及第点で金曜日だ。休みこそ至高。徹夜でアライナ(恋シミュヒロイン)と遊園地を楽しみ、登校スレスレまでレヴィア(恋シミュh)とお家デートを堪能した。
今週は非常に素晴らしき日々だった。
先週はソフィア(恋s)とプールイベント。まさかソフィアの細身なシルエットで、あんなダイナマイトボディを披露させられるとは思っていなかった。先々週は…。なんて風に、月曜日は昨日、そして先週の日曜、先々週の…と記憶をトリップさせて楽しむ。そうでもしないとやっていられない。いや、別にそこまで重要な問題ではない。単純に気分の問題だ。
と言うのも、賢介は割と「イジられる側」であるからだ。
学校という隔離病棟ならではの習わし。ちょっと変わってる、ちょっとズレてる、ちょっとおかしい。些細な周囲との摩擦は、誰よりも調和を求める学生という身分においては、凄く鼻につく。人間の集団心理と言うか、要は逸れ者やハズレを生み出して、そいつに全てを擦り付ける。自分の立場が悪くなれば、そいつに罪を擦り付けて笑い話にする。圧倒的下位の存在は、精神衛生上好ましいのかもしれない。
そういう意味では、とても人間人間していると言える。
人間らしさ、人間っぽさ、人間臭さ、そういった側面を提示して、のうのうと生きている。
と言っても、いきなり呼び出されてボコされるわけじゃあない。パシリにされるわけでもない。カツアゲを食らうわけでもない。彼らも賢いので、そう言った表面的な、肉体的損失を恐れるのだ。彼らにとっては、殴り甲斐のあるサンドバッグよりも、常に自分のカーストの下に位置するあぶれ者の方が重宝するのだ。そう、だからこれは公的に「いじめ」ではないのである。
「いじり」である。岡田ではない。
もし仮に、賢介がいじめを受けていると学校側に報告したとしよう。
主犯格やら何やら数名を連れて行ったとしよう。
でも。
「いじめているとは思っていませんでした。僕らなりのコミュニケーションでした」
そう言われてしまえば、それまでだ。
コミュ障では無いが、積極的なコミュニケーション能力を有しない賢介の場合、そう言われてしまえば寧ろ被害を被る可能性がある。もっと積極的に関わらない君にも非がある、と言われれば、なるほど、確かに筋の通った理論である。賢介はコミュ障でもない、その他障害があるわけでもなく、平穏無事に日常生活を送る事の出来る能力を持っているのだ。ならば、不器用なコミュニケーションをする側にも非があって然りだろう。それを認める事自体、賢介の諦観を鑑みれそうではあるが。
玄関。
先程まで脳内トリップで数多のヒロインとのデートイベントを経ていたわけだが。
歩いていればいつか到着する。
悪夢、とまでは言わなくとも、決していい夢ではない時間の始まりである。
「お、ヲタ介じゃーん。今週はどの女とヤッたんだー、おーい」
クラスに入るなり、いきなりそんな声を掛けられる。
補足というか、賢介を「いじっている」グループは二種類ある。
一つは、大柳了太という人間を中心にしたグループ。基本突っかかってくるのはこのグループが八割方である。大柳はサッカー部所属の学年問わずの人気者で、あらゆる学年と親しい。他クラスの各リーダー格と結合すると、向かうところ敵無しだろう。
もう一つは、大澤華怜という人間を中心にしたグループ。時折、八つ当たり感覚で色々言ってくる。大柳のネタ振りに乗っかって、油に火を注ぐ役割をしているのだ。制服は着崩す、メイクはしてくるで、DQN度の高い生命体。賢介自体を毛嫌いしているせいか、大柳よりも割と辛辣であたりが強い。賢介も嫌いではあるので、そこまで気にはしていないのだが。
無論、本日初絡みも大柳であった。
「(んー、今日も軽快だな、おい。公衆の面前でヤッたヤッてないって、お盛んなもんだ。これで女性ファンが減らねえってんだから、イケメンは得よな)」
さくっと無視。
最初は愛想笑いを貼り付けて適当にあしらっていたが、最近は諦めた。
それが「いじり」を助長させる原因だとしても、だ。
「(はぁ、怠いなぁ。別に俺なんて適当にそっとしときゃあ良いじゃねえか。顔も背丈も普通で、運動能力も普通。いじり甲斐無さすぎだろ。まぁ、いじられる原因は俺にもあるから、強くは言えんが)」
賢介がオタクである、という事はクラス公認だ。
愛読書はラノベで、好きな音楽ジャンルはアニソン。漫画やフィギュアにも造詣が深い。その上好きなゲームジャンルは恋愛シミュレーションだから手に負えない。男子高校生ウケの高いFPSやARPGなんかも嗜みはするが、それに金銭を掛けるほどではない。基本無料のオンラインで気分転換程度のロールしか果たしていないと言える。そっちを前面に押し出せば、多少は軽減されるだろうか。
今更自分を偽るのもなんだかなぁ、と賢介は遠巻きに聞こえる誹謗中傷を聞こえぬフリ。
「相変わらずゲーマーしてんなー。日がな一日部屋でゲームとかしてんだろ?」
「いやー、引くわ。無理無理、そんなんとお友達とか無理だわー」
「んで二次元の女の子の裸とか見て興奮してる的な? やべぇ、きしょすぎんでしょ」
盛り上がる盛り上がる。
実はトップカーストなんじゃないかと錯覚に陥る程だ。
ただ、賢介がこうして「いじられる」のには他にも外的原因が━━━
「おはよっ、賢介くん」
…やって来た。
「…あぁ、おはよう、姫路」
姫路麗華。
元女子バスケ部所属の、三学年のトップを飾る美少女である。容姿端麗なだけでなく、部活動で全国大会に何度も出場し、校内でも成績は常にトップクラスの文武両道を地で行く、二次元もびっくりな女子だ。健康的でありながら、透き通る白い肌。漆黒を閉じ込めたかのような艶やかな黒髪。日本美人という形容詞がぴったりだ。にこっと笑いかける姿は、確かに天使そのものと言える。
で、外的要因と言うのは、当然、姫路である。
サッカー部のイケメン(笑)とか言う、凡俗なキャラ設定で成り立つ大柳や、大柳の取り巻きとは比較的あまり喋らない割に、何故か賢介には良く話しかけてくる。他クラスからの男子生徒連中からの口撃も誘発してくれるのだから、堪ったものではない。
賢介が二次元一筋の重症患者ではないにせよ。
それでも、現実世界での恋愛に然して興味が無いのもまた事実。
それだけでなく━━━
「麗華、また金城なんかと話して…。それより、こっちで話さないか?」
コイツまで付いてくる。
鴻上新十郎。
学年主席、元テニス部キャプテンのイケメン生徒会長だ。持ち前のカリスマを発揮して、大柳達でさえも一目置くお偉い様。男女共に人気が高く、その知名度は大柳を凌ぐ。三年二組は、学年の中でもトップクラスに目立つ連中が押し込められたクラスなのだが、その中でも一二位を争う注目度だ。
「そうそう、麗華ちゃんこっちで話そうぜー」
「大柳、お前また机の上に座って…」
「怒んなよー。新十郎は相変わらず細かいなぁ、ハゲるぞ?」
大柳の一言が笑いを誘い、新十郎も困ったように笑う。
そうこうしている内に、クラスの目立つ連中がお互いにパスを取り始めた。
サッカー部主将、テニス部主将、野球部エースを始めとして、どんどんクラスのテンションが上がっていく。一クラス40人なわけだが、賢介を除いた39人の中でも、学年間で有名と言うか、人気のある連中が二桁近く勢揃いするモンスタークラス。何故これだけ悪目立ちするクラスに配属されたのか、未だに理解出来ない賢介だが、最早それも諦めた。何事も諦めて妥協すれば大したことは無い。
「ほら、麗華」
「んー、私は賢介くんとお話したいんだけどー…」
「いいから、そんなヤツと話しても何の意味もないだろう」
「えー? なんで鴻上くんにそんなこと分かるの?」
おっと、これは中々痛い切り返しだ。
姫路は割と深奥を突く一言でぐっさりと決める事がある。周囲から持て囃されただけの、愛されキャラを徹底する狡賢い女なのかとも思っていたが、そうではないらしい。割と我が強く、我儘な質だ。だから、自分がしたい事を優先する。無論、周囲との軋轢を考慮して、上手い具合に色々折り合いをつけてはいるが、基本スタンスはそこにある。マルチタスクを平然とこなす姫路は、確かにそういった点から見ても優秀な人材であることは確かであろう。何せ相手が万能イケメンでもそうなのだから。
「くくくっ。麗華ー、そういう事言わないの~。新十郎困っちゃうじゃん」
パチリ、とアイコンタクトをこちら側に飛ばす女生徒。
倉橋雪乃、姫路の親友にして、学年トップツーの美少女だ。
女子バレー部エースを務めた女傑。その美貌とサバサバした態度から、男性ウケも良いが、女性ウケという観点では姫路を凌ぐ。お頭の出来は麗華には及ばないが、迫桜高校の女子バレーを全国優勝に導く程の運動神経を誇っており、そこで釣り合いが取れているのかもしれない。成績という側面では、鴻上や姫路に一歩遅れを取る倉橋だが、知能指数、賢さという側面では寧ろ二人より上位だろう。
クラスでの立ち回り方、キャラの演じ方、良い具合の対応を上手くこなしている。
本能的と言うか、適当さ加減の帳尻合わせを無意識に行う姫路と違って。
計算しつくして、自分の安寧を保っているのが倉橋だ。
そういう面を惜しげもなく見せる当たりに、割と賢介は好感を抱いていたりする。
たまたま、倉橋とその手の話をする機会があり、それ以来割と話すようになったのだ。
姫路の手を引こうと倉橋が近寄る。
「麗華がごめんねー。っても、今更って感じだろうけどさ」
「別に気にしてない。さっさと連行してくれ」
ぼそぼそっと内緒めかして話しかけられたので、声量を抑えて答える。
決してそれは良い手ではなく、寧ろ倉橋を狙う連中からヘイトを集める結果となっているのだが。
元々賢介にカウントされているヘイト値は天元突破しているので、気にしない。
限界突破だった。
姫路が連行され、倉橋を交えた十数名で、クラスの中心を陣取って話し始める連中。
リア充してんなぁ、とズレた感情を抱きながらそれを眺める。
間もなくして、クラスのドアが開かれて、朝のHRが始まる。
「はぁーい、皆さん席に着いてくださーい」
「今日も彩ちゃん可愛いねー」
「ふぇ!? か、からかわないの!」
呑気な笑みにクラスが包まれる。
琴野彩、我らがクラスの担任だ。
矮躯と童顔のせいで、生徒から「彩ちゃん」と呼ばれる名物教師。実は某有名大学を主席卒業するようなトンデモ頭脳の持ち主だ。ふわっとしたショートボブに似合う、緩めな童顔。本当に小学生か、よくても中学生程度にしか見えない担任だ。ロリ属性持ちの女教師である。一部の界隈では非常に重宝されそうな特殊属性持ちだ。キャラスペック、或いはキャラ濃度的にはこのクラスでも一番かもしれない。
マスコットみたいになっているせいか、男子よりも女子ウケがいい始末だ。
「(平和だな…。これじゃあまるで、昨日プレイした『トゥインクルナイト』並じゃないか。ヒロインは皆性格が良くて、男子連中は義理に厚く友情を尊ぶ。問題は主人公が俺じゃない事と、ヒロイン顔のくせにやたら性格悪い女子も居るってトコか)」
自らの理想郷の為に、賢介は人柱にされている感覚だ。
賢介のような不確定要素を人柱にして、悠々リア充ライフを満喫出来るものかは分からないが。
「はい、皆さん。本日は本校に教育実習生の先生がいらしています。このクラスの副担任を兼任して頂きます。担当教科は社会分野の政治経済ですね。では、どうぞ入ってください」
ちょこちょこと愛らしさを醸し出す動きで、扉をガラリと開ける。
そこには。
「あれ?」
誰も居なかった。
疑問符を頭の上に浮かべたままの琴野先生は無論、生徒全員がフリーズする。
だが、次の瞬間。
「!?」
不意な眩暈。
ぐにゃりと足元が歪むような不愉快な感覚に襲われる。それはどうやら賢介一人じゃないようで、クラスの全員が皆顔を歪めていた。騒がしい音を上げて、椅子から倒れる者までいる。眩暈、頭痛、浮遊感、あらゆる症状が連鎖し、不治の病に掛かってもここまで不快感のデパートみたいにはならないだろうと思う。
「み、みんな…!」
膝をつき、本人も苦しいだろうに、生徒を心配する琴野先生。
「(ま、ず…!)」
視界が捩じ切れる。
ガツン、と頭を鈍器で叩かれるような、鈍くも鋭い痛みを感じると同時に。
迫桜高校三年二組に在籍する生徒、担任共に、教室ごと姿を消した。
この現象により、三年二組が『空の教室』と呼ばれるのは、それから一か月と掛からなかったという━━━
不定期連載です。
設定も若干ガバガバです。見切り発車です。ごめんなさい。