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8 足下には気をつけて


 深夜と呼ばれる時間帯。

 扉の隣で座ったまま寝ていた白神は、響いてきた小さな物音で目を覚ます。



「・・・敵か」



 即座に意識を覚醒させる。

 扉から侵入してくる気配がないか確認した後、静かに扉を開けて外の様子を窺う。暗い通路には誰もいなかったが、ガチャガチャと遠くから鉄の触れ合うような音が響いていた。数からして一人や二人どころの話ではない。


 ゆっくりと扉を閉める。物音をたてぬよう、そして起きていることを気づかれぬよう気をつけながら、窓から外を覗いてみる。



「これは・・・完全に囲まれてるな」



 深夜の普段なら誰もいないはずの道路を行ったり来たりしているのは何人もの兵士たち。その装備からしてイーステリア兵に間違いなかった。そしてその数はここから見えるだけでも20人はいる。


 完全にこの宿を取り囲んでいるのなら、百近くはいるだろう。


 やっぱり通報されたか、とため息をつく。さすがに囚人服は着替えさせたとはいえ、それまでの情報ですぐに居場所を突き止められたのだろう。


 思考を切り替え、状況を推測する。


 ここまでの数の兵士を動かしたのだ、イーステリア軍も本気なのだろう。断言まではできないが確実にこの宿を取り囲んでいること、そして昼の一件を考えると狙いはほぼ間違いなくユキだった。おそらく白神が強化兵であることを踏まえ、寝込みを襲おうという魂胆(こんたん)なのだろう。


 だが、それと同時に疑問が浮かぶ。これだけの兵士を動員するのにはそれに見合うだけの理由があるはずなのだ。はっきり言って、たった一人の潜伏貴族、それも当主ではない娘ごときにここまでの兵力をつぎ込むとは思えない。


 こいつは何者なんだ、と白神はベッドへと視線を向ける。当の少女はぐっすりと眠りこけていた。



「おい、起きろ」



 声が外に漏れないようにできるだけ小さな声で呼びかける。それでも一向に起きないユキ。白神はその体を揺すりながら、耳もとで(ささや)く。



「おーい、ユキ」


「・・・」


「ユキ、早く起きないとどうなっても知らないぞ」



 その言葉に反応してか、そこでようやく目蓋(まぶた)を開くユキ。その眠そうな瞳がゆっくりとこちらを向く。そして白神の顔が自分の顔のすぐ傍にあり、その手が自分の肩を掴んでいると知ると。

 少女は慌てたように飛び起きる。



「ま、まだそこまでは心の準備がーーーむうぅ!?」



 とっさにその口をふさぐ白神。ここで騒がれたらたまったものではない。起きていると知られれば、今すぐにでも兵士たちが突入してくるかもしれないのだ。


 ユキの口をふさぎ、窓に姿が映らぬよう押し倒すような体勢になる白神。対してユキは自分の体を抱きしめるようにして、(うる)んだ瞳でこちらを見つめている。

 ・・・何を勘違いしてるんだ、こいつは。と思わず心の中でつっこむ白神。



「寝ぼけてないで静かに窓の外を見てみろ。絶対に立つなよ」



 その言葉にユキは(いぶか)しむような顔をする。言うよりも見せたほうが早いので、指で外を指し示す白神。ユキはベッドの上から顔を覗かせるようにして外を見て、そして絶句する。



「目が覚めたか? とりあえず自分の荷物をまとめろ。なるべく早く、音をたてないようにな」



 白神の小声の指示にユキは怯えたように頷く。ようやく今の状況が理解できたらしい。


 ユキが荷物袋に自分の服などを入れている間に白神は窓からさらに外の様子を窺う。もしもに備えて一応の準備をしていた白神はすでにこの部屋に来たときと同じ姿で、大剣も背負い臨戦体勢なのだ。


 そもそも今日買った服くらいしか荷物のないユキの支度もすぐに終わる。心配そうな面持(おもも)ちで白神の隣までくるユキ。



「準備できたけど・・・これからどうするの?」



 不安を(にじ)ませたまま、小声で聞いてくるユキ。



「よし、ならこっちに背中向けて立ってくれ。もう見られても大丈夫だから」



 ユキはその言葉に従い、背中を向ける。



「こうしてどうーーーひゃあ!」



 悲鳴をあげるユキを抱え上げる。いわゆるお姫さま抱っこと呼ばれるもの。白神は驚いたのか暴れようとするユキをしっかりと抱えこむ。


 窓から堂々と兵士たちを見下ろす白神。その姿に気づき、白神とユキが起きていることをようやく知ったのか、にわかに外が騒がしくなる。



「鍵は開いてるから、窓開けてくれ」


「・・・うん」



 この体勢が恥ずかしいのか真っ赤になりながらも、素直に窓を開けるユキ。月明かりの下を涼しい夜風が吹き抜け、その長い髪を揺らしていく。


 バタバタと響いてくるのは騒々しい足音。取り囲んでいることに気づかれたと知った兵士たちが慌てて突入してきたのだろう。昼のことを思い出したのかユキがぎゅっ、と白神の服を握りしめてくる。



「これからどうするの?」



 こちらを不安そうに見上げて聞いてくるユキ。

 白神はすました顔で答える。



「どうするってーーー逃げるしかないだろ」



 バン、と扉が開け放たれる。狭い部屋に響く怒号。白神は背後から迫るたくさんの気配を感じながらも振り返ることなく窓枠に足をかけ、そして。


 ユキを抱えたまま、跳んだ。


 風がコートの裾をはためかせ、全身を浮遊感が包む。眼下の道路に見えるのは間抜けに口を開けて見上げている兵士たち。白神は(かま)うことなく隣の屋根へと着地する。



「くそっ、窓から逃げたぞ、追え!!」


「男は射殺して構わん、絶対に逃がすな!! 弓だ、弓を使え!!」



 先程までいた部屋から響く怒声。

 深夜の街に響き渡るその大声を白神は鼻で笑う。あの大きさの窓から弓でこちらを狙うのは難しいだろうし、連なった屋根の上にいる白神を下から射ることは不可能に近い。そしてあの兵士たちでは屋根の上まで追ってくることはできないだろう。


 月が照らす屋根の上をユキを抱えたまま駆け抜ける白神。屋根と屋根の間にある道を跳び越え、高低差のある屋根を走っていく。それでもまだ追いすがってくる兵士たちの怒号。


 頑張るな、と少し感心する白神。


 兵士たちを完全に振り切るために街を囲う壁を目指す。このままこの街に留まるのは不可能だろう。今の時間帯に出歩く人間なんてほとんどいないし、隠れるにも時間が悪すぎる。


 予定よりだいぶ早くなったが仕方ない、そうため息をつく白神。このまま街から脱出するため一気に加速する。



「っ」



 白神に抱えられたユキは、しがみついたままずっと目をつむっていた。おそらくこの高さが怖いのだろう。それでも暴れられないだけ良いか、と特に気にすることなく見えてきた壁に向かう。


 それは街と外とを区切る、建ち並ぶ家々よりも少し高いくらいの防壁。白神は警備の人間が付近にいないことを確認してから一気に跳躍する。


 強化兵として常人の何倍にも強化された体による跳躍。重力に抗い、宙を舞う体。遠くからは未だに兵士たちの声が小さく響いてくる。だが、それも壁を越えればおさらばできるだろう。


 眼下を過ぎる壁。


 ついに街から出たのだ。白神は気を抜くことなくユキを抱えたまま着地に備える。ここで転びでもしたら笑い事ではすまないのだ。


 壁に月明かりが遮られ、外には暗い闇が広がっている。下はほとんど見えないが、どのような場所だろうと失敗はできないのだ。

 そろそろ着地だな、と身構える白神。



(あれ?)



 真っ暗な中で衝撃に備えようとして、そこでふと思い出す。この街の外、壁の向こうで見た風景のことを。そう言えば、来たときに見たこの街は堀で囲まれていたようなーーー



「悪い、ユキ。鼻と口ふさいでくれ」


「?」



 ユキがその言葉にこちらを見つめ、疑問の表情を浮かべたその瞬間。

 盛大な水音が闇夜に鳴り響いた。



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