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6 護衛のお仕事・その3


 外に出ると、意外に人の姿は多かった。

 白神がユキと出会った場所は街外れで暑かったこともあり、人が少なかったのだろう。仕事終わりらしき男たちが騒いでいたり、酔っぱらいが道の端で寝転んでいたりと騒々しい大通り。はぐれるのが怖いのかユキが袖を掴んでくる。



「特に行きたい店とかないだろ? もう適当に安い店ですませるぞ」


「うん」



 借りてきた猫のように大人しいユキ。

 どうやら夜の街には慣れていないらしい。身分の高い家のお嬢様はこんな時間には外に出してもらえないのだろう。そもそも、こんな労働者ばかりが集まるような街に来たことがあるのかすら怪しかった。


 確かに危険と言えば危険だからな、と一人頷く白神。


 警察機構が回復したとは到底言えない今の状況では自警団などが治安維持を(にな)っている場合も多い。今までの街でも少し大通りから外れれば恐喝なんて日常茶飯事(にちじょうさはんじ)だし、人殺しも普通に起こっていた。だからこそ金持ちは身を守るために大金を払い、護衛を雇うのだ。


 一応は白神もそんな雇われの護衛、ということになるのだが。


 道行く目付きの悪い男たちの視線が集まってくるのがわかる。今の時代、基本的に髪の長い女性は良家の子女である場合が多く、誘拐犯に狙われやすいのだ。


 大抵の場合、誘拐されるのを防ぐためそういった人々には何人もの屈強な護衛が付けられているのだが、ユキの護衛はたったの一人で、それも白神なのである。まだ若い、それも使えそうもないバカでかい大剣を背負った護衛を見て、これはカモだとでも思っているのだろう。


 それでも手は出してこない男たち。隙を(うかが)うようにぴったりと後ろについてくる。さすがにこんな誰が見ているかもわからない大通りで誘拐するような馬鹿はいないのだ。逆に言えば、もしこのまま路地裏にでも入ろうものならすぐにでも襲ってくるのは目に見えているのだが。


 はあ、とため息をつく。


 ユキはそんな白神を不思議そうに見つめてくる。自分が狙われていることにすら全く気づいてないのだろう。教えても仕方がないので何でもない、そう身振りで示す。


 白神は面倒事が嫌いだ。誘拐を企てるような連中と争ったところで金にもならない。風呂上がりにわざわざそんなことはしたくなかったし、ユキを怯えさせることにもなる。


 もうどこでもいいから良い店はないのか、と辺りを見回す白神。しかし、酒屋は多くてもユキの入れそうな普通の店はなかなか見つからない。



「・・・ここにするか」



 そしてようやく見つけた小さな店の前で立ち止まる。このまま歩いて変な道に入り込む可能性を考えるとここにするのが妥当だろう。軽食を取るための店だが、それくらいでちょうど良いはずだった。見た感じユキがそんなに多く食べるとは思えなかったのだ。


 白神の言葉に頷くユキ。


 とりあえず店の扉を開け、中に入る。それだけで獲物を狙うような視線が無くなり、白神は少しだけ楽な気分になる。


 そこそこに(にぎ)わっている店内。白神は店の中央にある売り場にユキを連れて並ぶ。

 そして、すぐに買う順番が回ってくる。



「はいよ、二人分だね」



 差し出される白い袋に包まれた塊。

 代金を払い、その袋と水を受け取って適当な席を探し座る。その白神の行動を見てユキも真似をし、こちらと向かい合う席に座る。そのまましげしげと袋を眺めるユキ。


 白神は特に気にすることもなく袋を開け、魚をパンで挟んだだけのものを食べようとしてーーー思わずユキを二度見してしまった。



「いや、袋は食べられないから」


「!?」



 袋ごとパンにかじりついたまま固まるユキ。



「いや、食欲があるのは良いことだと思うけど、そこまでいくと食い意地がはってるとしかーーー」


「はってないもん! 食べられないなら教えてくれてもいいじゃない!」


「そんなのわざわざ教える奴なんていないだろ。まず、食べる前に気づかない方がおかしいし」



 白神の言葉にぐぬぬ、と顔を真っ赤にするユキ。そして言い返す言葉が見つからなかったのか、大人しく白神の真似をして袋を開け始める。その動作はまるで初めての食べ物に出会った小動物のようだった。


 食べ方もわからないなんてどんな生活してきたんだよ、と少女の世間知らずっぷりに驚いてしまう白神。こんな一般人向けのものなど食べたことがないほどに相当な金持ちだったんだろう。

 ついでなのでもう一言付け加えてみる。



「こぼすなよ」


「わかってる! もう放っておいて!」



 どうやら()ねてしまったらしい。少しからかいすぎたか、と白神はちょっとだけ反省する。まあ、その機嫌はすぐに回復するとは思うのだが。


 とりあえず自分の分を食べ進める。口に広がる辛味。白身魚のパサパサ感を消すために辛いタレがたっぷりと塗りつけられているのだ。


 ユキにはきついんじゃないのか、とその様子をこっそりと窺ってみると。



「っ!!」



 案の定、ユキは一口食べただけで固まっていた。慌てたように水で流し込むユキ。やっぱり無理か、と白神が思っていると、ユキは一度大きく息を吐き、また口へと運ぶ。



「無理しなくてもいいぞ。残してもいいんだから」



 白神がそう声をかけるが、



「大丈夫っ!」



 そう言って食べては飲み、食べては飲みを繰り返すユキ。強情というよりは負けず嫌いなのだろう。自分の分を食べ終わり、することもないのでその姿を眺める白神。

 そして。

 最後の一口を食べ終えたユキはぐったりと机に伸びていた。



「大丈夫か? 水、もう一杯もらってこようか?」


「大丈夫・・・」



 初めの勢いはどこへやら、小さな声で答えるユキ。白神としては食べ足りない感もあるのだが、これ以上夜がふける前に帰るべきだろう。


 辛さにやられたのか元気のないユキを連れて扉を開け、店から出る白神。その瞬間からまた獲物を狙うような視線が集まってくる。


 こちらに向けられるいくつもの視線に少し警戒しながらもユキに気取(けど)られぬよう平然を(よそお)い、白神はまだまだ騒がしい夜道を歩いていく。宿までずっとついてくるんだろうな、なんてことを考えてため息をついた時、ふと何の気なしに空に目がいく。

 夜道を吹き抜けていくのは僅かな涼しさを(まと)った風。



 見上げた夜空には、大きな月が輝いていた。





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