35 某所にて・その3
「なんだと?」
ぎろり、と。
赤衣の男の、まるで睨み殺そうとでもしているかのように凶悪な目に見据えられたその兵士は、体が反り返りそうなほどに背筋を伸ばす。
「はっ、王女のごーーー」
「誰が同じことを繰り返せと言った? 貴様、俺を馬鹿にしているのか?」
「も、申し訳ございませんっ」
顔を真っ青にして謝る兵士。
男は舌打ちしながら手にした書類を投げ捨てる。
「おい、北見」
「はっ」
まるで呼ばれることを予期していたかのように呼ばれた瞬間に出てきたのは、すらりと背の高い、強化兵用の軍服を纏った兵士。
赤衣の男は不機嫌であることを隠そうともせずに足を揺らし、
「報告しろ」
一言そう命令する。
「はっ、確保した王女に付けていた臨時の護送部隊が壊滅、王女を奪取されました。その他に、索敵に回った兵にも損害がーーー」
「貴様も馬鹿にしているのか? 俺の求めていることだけを喋れ、ふざけているのならば殺すぞ」
「はっ、襲撃者は単独の可能性が高く身元は不明、状況より強化兵だと思われます。そして、王女共々行方は未だわかっておりません」
背筋を伸ばしたまま報告する、北見と呼ばれた強化兵。
赤衣の男はまた舌打ちをする。
「チッ、相手は手練れか。こちらの新兵どもでは相手にならんか。それで、こちらの損害は」
「一般兵26名、強化兵4名です。死者は今のところおらず、全員骨折程度で済んでいることを考えると、おそらくはーーー」
「手を抜かれた、か。役立たずどもめ、連邦のタヌキどもの前で俺を晒し者にしたいというわけだな。
こうなればいっそ全員ーーーまて、強化兵が4だと? 索敵がやられたのならば、護衛はどうなっている?」
前にも増して厳しくなる男の目つき。
「はっ、護送部隊に所属していた1名が現場で座りこんでいたため、確保しております。おそらくは戦意を喪失したために見逃されたものかとーーー」
「連れてこい。今すぐだ」
「はっ」
北見と呼ばれた強化兵が間髪入れずに外の兵士へと合図を出すと、すぐに一人の若い強化兵が他の強化兵たちに両脇を抱えられるようにして連行されてくる。
赤衣の男の前に連れてこられた途端、痙攣するかのように震える若い強化兵。がっしりと拘束され、もはや抵抗する気力すら失ったのか、絶望に染まった顔をしているその強化兵の胸ぐらを赤衣の男は掴み、一気に持ち上げる。
「貴様、現在の所属を答えろ」
その殺意を隠そうともしない凶悪な眼光に、若い強化兵は悲鳴を上げる。
「ひっ、じ、自分は、帝国強化兵団、り、臨時護送部隊のーーー」
「ならば貴様はなぜここにいる? 護送部隊の他の強化兵、貴様の上官どもの命令か?」
「ち、違いますっ! じ、自分がし、指示を仰ぐ前に上官方はーーー」
「だから貴様は目の前で王女が奪われる様を黙って見ていた、とでも言いたいのか?
帝国強化兵ならば命令がなかろうが上が死のうがやるべきことは決まっているはずだ。
誇り高き帝国軍の面汚しが、そんなクズが帝国の強化兵を名乗るのか?」
ギチギチ、と。
男に掴まれた若い強化兵の軍服が千切れそうな音をたて、首が締まったのかその顔が苦痛に歪む。響く苦しげな呼吸音。
「ぐっ、も、申しわけーーーっ、がはっ!」
ドン、と。
男は舌打ちしながら若い強化兵を突き飛ばす。
「チッ、面倒な会議の前に服を汚す訳にもいかないからな、制裁はしばらくお預けだ。鎖で縛り上げて檻にでも投げ込んでおけ。
敵前逃亡とはいかなくとも利敵行為くらいには問えるだろう、会談が終わればたっぷりと可愛がってやる」
赤衣の男が背中を向けた途端、示したように動き出す他の強化兵たち。恐怖のあまり腰が抜けたのか、立ち上がることすらできない若い強化兵を来たときのように二人がかりで引きずり、そのまま連行していく。
ふん、と。
鼻を鳴らした男はそちらに目をやることすらなく口を開く。
「北見」
「はっ」
「貴様に残りの護衛を全てくれてやる。奴を狩れ、確実にな。連邦にもこのことは知られているだろう。これ以上、帝国の恥をさらす訳にはいかん」
「了解しました」
「相手は相当な手練れらしい。心配する必要はないと思うが、もし仮に仕留め損なって逃がしでもしたならばどうなるか、貴様ならわかっているな?」
「当然です。あのような新兵ならまだしも、我々は王国の敗残兵ごときに遅れをとるほど甘い訓練は受けていませんよ。それは少将殿が一番よく知っていらっしゃるでしょう」
真顔で言う北見と呼ばれた強化兵の言葉に、赤衣の男はまた鼻を鳴らす。
「ならば結果で示せ。以上だ」
「はっ」
その言葉に背筋を正し、そして即座に出ていくその後ろ姿を眺めながら、赤衣の男はもう一度大きく鼻を鳴らす。
会談が始まるまで、まだ少し時間があった。
それまでに帰ってこなければ制裁を加えてやる、そう一人毒づきながら椅子にふんぞり返る男。なぜなら、それが当然であると言えるだけの戦力を送り込んだのだ。そもそも戦力としては先ほどの部下、北見だけでも充分すぎるだろう。
それでも気が晴れない男は舌打ちする。
何か忘れているような気がするのだ。今日起きたこと、その中で見た何か重要なことを忘れているような、そんな感覚が男を非常に苛立たせる。
酒を煽る男。
最近は腹の立つことばかりだ、そう吐き捨てるように言いながら、手にした杯を前と同じように握り潰した。




