33 赤衣の男
ユキは一人、閉まったばかりの扉の前に立っていた。
「ーーーっ」
追いかけたい、そんな抑えられない思いから扉へと伸びる手。今、急いで追いかければ少年へと追いつけるだろう。
だが、同時にそんなことをしても少年を困らせてしまうだけだとわかっていた。そんなことをする意味はない、迷惑をかけるだけだと頭では理解できている。
頭と心、それらは互いに背反し合い、折り合うことなくぶつかり続けて。そして、扉へと手を伸ばしたユキの動きを止めてしまう。
揺れる手が示すのは少女の迷い。それは結局、少年へと追いつくために必要な時間を奪ってしまう。
項垂れたまま、伸ばした手を下ろすユキ。
そのままとぼとぼとベッドまで歩き、少年の荷物が置かれている隣へと腰かける。もう、その荷物を開けようなんて思うことはできなかった。
することのないユキは村で貰った帽子を手に取る。つばの広い、顔を隠すための帽子。ユキにとっては数少ない持ち物のひとつであるその帽子をぼんやりと眺め、小さく息を吐き出す。
静かな部屋に小さく響いているのは宿に面した通りの喧騒。過ぎ行く時間の中、ユキは引き寄せられるように入ってきた時のまま開いている窓へと向かう。
ここは宿の二階。通りを見るためにそっと下を窺ってみる。歩いているのは様々な人々。当然、こんなに早く少年が帰ってくるはずがないのだが、どうしてもその姿を探してしまう。
(やっぱり、いるはずがーーーっ!?)
諦めて戻ろうとしたその時、帽子のつばが窓枠に当たり、軽く持っていたために手から離れてしまう。慌てて伸ばした手はわずかに届かず、帽子は指の先を掠め、そのまま風にのって通りの端まで飛ばされていく。
ぽす、と通りに落ちる帽子。
どうしよう、そう慌てるユキの目に帽子を拾い上げる人影が映る。それは四十代くらいの男。その男は優しげな笑みを浮かべながら、こちらに向かって手招きをする。
取りにいかなきゃ、とユキはその場で優しげな男に向かって一度頭を下げ、急いで扉へと走る。
そこで少年の言った、絶対に外に出るなという言葉が僅かに頭をよぎるが、そのまま扉の外へと飛び出した。親切にも帽子を拾ってくれた人を放っておく訳にはいかないし、何よりあんな優しそうな人ならば危険なことなどあるはずがない、そう思ったのだ。
階段を駆け下り、そのまま宿から飛び出す。
しかし、窓から見た所には帽子を拾ってくれた男の姿はない。ユキは慌てて男がいたはずの辺りまで走る。そこにはこの通りに繋がっている細くて薄暗い道があり、その奥に先ほどの男が立っていた。
微笑みながら、帽子を持ってゆっくりと歩いてくる男。ユキは慌てて薄暗く細い道へと入り、そちらへと走る。
その瞬間、
「っ!?」
狭い通路の右側、そこにあった廃墟であろう薄汚れた建物に空いた大穴から伸びてきた腕がユキの腕をがっしりと掴む。
とっさに声を上げようとするが、それを先読みしたかのように口をふさがれ、そのまま中へと引きずり込まれるユキ。必死に抵抗しようとするも腕力の差で押さえ込まれ、そのまま建物の奥まで連れ込まれる。
そして部屋のような場所まで引きずられる。そして響いたのはばたん、と扉の閉まる音。それと同時に口をふさいでいた手が口元から離れ、そのまま突き飛ばされるようにして体を拘束していた手からも解放される。
「ーーーっ」
よろけてそのまま硬い床へと倒れ込むユキ。
「おいおい、大事に扱えよ。大切な人質なんだから」
「悪い悪い、ついついな。だって、最近は旅人から金を巻き上げるくらいのしょぼいことしかしてなかっただろ?」
薄暗く狭い空間に響くのは男たちの声。
ユキは突き飛ばされたために痛む体を起こし、周囲を確認する。そこは内装などすらもない、廃墟のような部屋。その中で唯一外に繋がっているであろう扉の前には二人の男が立っていた。
ニヤニヤと笑みを浮かべながら談笑する男たち。
「違いねえ、最近は監視がキツかったからな。今日だって兵士どもが馬鹿みたいにいるんだ、下手したら監獄送りだからな・・・それにしても今回はえらい上玉だ、金額は期待できなさそうだが、色々楽しんだ後にカネを貰えると考えたら悪くはないだろ?」
「おいおい、こいつはまだまだ成長してないぜ、こういう奴が好きなのか、この変態が」
「お前もまんざらでもないって顔してるくせによぉ」
狭い部屋に響く、下卑た笑い声。
その言葉に思わずユキは体を震わせる。逃げないと、そう思っても体は自由に動かない。それでも距離を取るために必死に後ずさる。
だが。
「!?」
その背中は無情にもすぐに冷たく硬い壁にぶつかる。逃げ道はない、それをはっきりと突きつけられたのだ。
その姿を見て、笑みを浮かべながら近づいてくる男たち。
「っ、ぁあ・・・」
乾いた喉から漏れるのは声にすらならない呻き。絶望の中、何があっても外には絶対に出るな、そんな少年の言葉が今さらのように蘇る。全てが手遅れになって初めてその意味を理解したのだ。
そこでバン、と開く扉。
「お前ら、何してるんだ」
入ってきたのは帽子を拾ってくれた、あの優しそうな男。
その姿を見てユキにひとつの希望が芽生える。あの男なら助けてくれる、そんな降って湧いたような希望。しかし、そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれる。
「今回はほとんど俺の手柄だろ、まずは俺に譲れよ」
あの時の優しそうな表情が嘘のように、唇をつり上げて笑う男。
「チッ」
「しゃーねえな」
近づいてきた二人の男たちがニヤニヤ笑いながら左右に移動する。その真ん中を気色の悪い笑みを浮かべながら歩いてくる男。
あの優しそうな表情なんて微塵も感じられないその獣のような表情に体が震え、後ろは壁とわかっていても後ずさってしまう。これ以上退がれないことはよくわかっていても、体が本能的に距離を取ろうとしているのだ。
伸びてくる男の手。
心を呑み込んでいく恐怖。思考すらまとまらない中で、思い浮かんだのはあの少年のことだけだった。いつでも助けてくれた少年の姿。少年の言うことを聞かなかったせいでこんな状況になってしまっているのに、それでも少年にすがってしまう。
どう考えてもまだ帰ってくるはずがない、この場所を見つけてくれるはずがないと、そうわかっていてもその名を心の中では呼んでしまう。
(っ、しらかみーーー)
その瞬間。
「!?」
バン、と扉が開け放たれ、人が入ってくる物音が響く。慌てたように振り返る男たち。
まさか、と。
そんなあり得るはずのない事態に思わず顔を上げるユキ。
だが、そこには。
「抵抗せずに投降しろ!」
「逆らう者は容赦なく切り捨てる、早く命令に従え!」
そんな大声と同時に響いてくるのは何人もの足音。
そして、部屋に踏み込んでくる赤い軍服姿の兵士たちがユキの目に飛び込んでくる。兵士たちはみな剣を手にし、統率された動きでこちらを取り囲みつつあった。
その姿を見て慌てふためく男たち。
「て、帝国兵だと!?」
「くそっ、どうなってやがる!」
恐怖にひきつったような顔をする仲間の男たちに対し、帽子を拾った男が怒鳴るように言う。
「こっちには人質がいるんだ、こいつを使って逃げるぞ!」
「っ痛!?」
その言葉と同時に無理やり腕を引っ張られ、強制的に立たされる。そしてそのまま髪を掴まれ、首筋に冷たいものが押し当てられる。それは、鈍く輝く小刀。
「大人しく道をあけろ、こいつがどうなってもいいのか!!」
そう威嚇するように叫ぶ男。
その姿に取り囲む兵士たちは確かな動揺を見せる。それを見てとったのか男はユキの首筋に小刀を押し当てたまま、ほくそ笑んで扉に向かって歩いていく。こちらを睨みつけたままじりっ、と後退する兵士たち。
しかし、そこに。
「何をしている、役立たずどもが。貴様らは小娘一匹すら捕らえることができないのか」
その言葉が響いた瞬間、扉の付近にいた兵士たちが慌てたように左右に分かれる。
その真ん中を堂々と歩いてくるのは、辺りの兵士たちとは少し異なった軍服を身に纏った、大柄で片耳に裂けたような傷のある男。その威圧的で鋭い視線が辺りを見回した瞬間、周囲の兵士たちにこちらからでもわかるほどの緊張がはしる。
それほどまでに、その赤衣の男が放つ空気は異質だった。
「お前も邪魔だ、こいつの命が惜しかったらそこを退けっ!」
「っ」
それを感じ取ったのか、男はユキの首筋に小刀を押し当てている様を赤衣の男に見せつけるようにして叫ぶ。髪を引っ張られ、苦痛に顔を歪ませるユキ。
それを見た赤衣の男は馬鹿にしたように鼻で笑う。
「ふん、ここまで身のほどをわきまえぬカスがいたとはな」
「お前、状況がわかってーーー」
その見下したような態度に男が声を荒げようとした瞬間、ユキの視界が一瞬赤い布で遮られる。それと同時に耳もとで響いたのは生木の折れるような鈍い音。
状況が飲み込めない内に突如として解放される体。
ユキはすとん、と尻餅をつく。
「ぐ、あぁぁぁ!?」
響く絶叫。
しかし、それも途中で叫びにも悲鳴にも聞こえるような呻きへと変わる。
「それで。邪魔だの退けだの、それは誰が、誰に言ったのか答えてみろ」
呻きに混じって聞こえるメキメキという鈍い音。すぐそこで行われている『何か』。見るべきではない、そうわかっていても顔を上げてしまう。
「ひっ」
思わず乾燥しきった喉が鳴る。
そこで宙吊りになっているのは、先ほどまでユキの髪を掴み、小刀を押し当てていた男。
まるで昆虫か何かのように手足をばたつかせるその男の両腕はおかしなほどに曲がっていて、まるで関節のない、おかしな生物のような動きをしていた。まるで呻きに合わせて踊る、壊れた人形のような姿。
その前に立っているのは赤衣の男。一瞬で間を詰めた赤衣の男はユキに小刀を押し当てていた男の顔面を鷲掴みにして持ち上げながら、侮蔑の笑みを浮かべていた。
「なんだ、人語を喋らんならその口はいらんな。ならば、その無駄な顎を取って少しは軽くしてやろうか?」
メキメキ、と。握り潰さんばかりに男の顔面を掴んだまま、楽しむように言う赤衣の男。
顔面を掴まれた男は苦痛のあまり呻き続けながら、それでも必死に言葉を紡ぐ。
「ぅ、ごめ、ぁ、なさい・・・ぅぁ、どうか、あぁ、ゆ、許して・・・」
ポタポタと床に落ちる水滴。
それが顔面を掴まれた男の流した涙だと、そう理解したユキは思わず目を逸らし、後ずさる。そのあまりにも痛々しすぎる光景を、見ていられなかった。
「謝るのか? それはつまり、貴様は考えもせずに口を開いたのだな? ならば必要がないのはこの頭か」
メキメキという音がより一層大きくなる。
響くのは耳をふさがずにはいられないほどの苦痛の呻き。仲間の男たちも、そして周囲で立っている兵士たちでさえも、目の前で行われているその光景に呼吸さえ忘れたかのように固まっていた。
「き、強化兵・・・ま、魔人が、どうして・・・」
へたりこんだまま、仲間の男の一人が呆然と呟く。
強化兵、その聞いたことのある言葉に思わずユキは反応する。
「強化、兵ーーーそれに魔人、って」
かつて、イーステリアの兵士があの少年に言っていた『強化兵』という言葉。そして新たに出てきたの『魔人』という言葉。あの少年と関係しているであろうそれらの言葉を聞き、思わず反応してしまったのだ。
その呟きを聞き取った赤衣の男がこちらを向き、ニヤリと笑う。
「なんだ、知らんのか? 魔獣と同じように魔石をその身に埋め込み、人を超える力を得たもの。それが俺たち強化兵だ。こんな風になっ」
ボゴッ!と。
赤衣の男は呻く男を掴んだまま、床へと自らの腕を叩きつけた。
固いはずの床が砕ける音に混じり、響くのは水っぽい音。顔面を潰され、床にめり込んだ男の体は痙攣する。
飛び散る血液と脳奬、そして漂ってくるあまりにもきつい血の臭いにユキは思わず口を押さえ、必死に吐き気をこらえる。
あまりにも生々しい、人の死というものがそこにはあった。
「ふん、カスが。身の程もわきまえられぬようなカスに存在価値はない」
赤衣の男は、血と砕けた頭蓋の中身で汚れた自らの腕を真横に突き出す。
それを見て、隣にいた兵士が慌てたように差し出した布で手を拭いながら、そう吐き捨てるように言う赤衣の男。そのあまりにも圧倒的な姿に、腰を抜かしたかのように座り込んだままの仲間の男たちは恐怖に顔を歪ませながら必死に許しを乞う。
赤衣の男はまるでゴミでも見るかのような目でそちらを見、心底面倒くさそうに兵士たちに言う。
「貴様たちで処理しろ。面倒なら殺して捨てておけ。これ以上、俺の手を煩わせるな」
赤衣の男の言葉にずっと固まっていた兵士たちはすぐさま背筋を伸ばして返事をし、男たちを即座に拘束して引きずるようにして外へと連れていく。
しばらく響く命乞いの声に赤衣の男は舌打ちをし、そしてこちらへと歩いてくる。
恐怖のあまり後ずさりそうになるユキ。その時、その袖から落ちそうになったのは、あの時に渡された少年の短刀。とっさにそれを握りしめることでなんとか自分を奮い立たせ、ユキは男を正面から見据える。
ーーー御守りくらいに考えとけーーー少年に言われた言葉を思い出しながら、必死に視線を逸らさぬよう男と向かい合う。
「ほう、虚勢にしてもえらく肝の座った小娘だな。連邦に命乞いをした貴様のクズ親父とは大違いだ。だが、それにしてもーーー」
馬鹿にしたような笑みを浮かべる赤衣の男。すぐそこにまで近づいてきたその姿に背筋が凍る。
カタカタ、と。鳴りそうになる歯を必死に噛みしめるユキのすぐ目の前で、赤衣の男は腰を落とす。
「ひっ・・・」
顎を指で持ち上げられる。息のかかりそうなほど近くにまで迫る男の顔。その二つの眼に至近距離から見据えられ、思わず悲鳴のような声が漏れる。
ふん、と赤衣の男は鼻を鳴らすと、嘲笑うかのように口を開く。
「ーーーあんなクズの国王に統治されていたなんて、兵も国民も可哀想だよなぁ。貴様もそう思うだろ、王国第二王女、雪代さんよ」
それを聞いた瞬間、震えが全身に伝わっていく。少年に隠してきた秘密、自分の本当の名を呼ばれただけでどうしようもないほど心が乱されていく。
恐怖と動揺、それらが心の中で混ざり合い、もう震えを抑えきれなかった。
それを見てさらに馬鹿にしたような笑みを浮かべる赤衣の男。そこでユキの手にしているものに気づく。
「ん、それはなんだ?」
「っ!!」
抵抗する間もなくあの短刀を取り上げられてしまう。そして何か言葉を発する前に男に睨まれ、恐怖にすくんで声すら発することもできずに固まってしまうユキ。
そのまま赤衣の男は立ち上がり、短刀をじろじろと眺める。
「これはーーー王国軍のものだな。それにこの部隊章は確か、どこかで・・・」
少し考え込むような素振りを見せた後、こちらに向かって見下したような笑みを浮かべる。
「ふん、そんなことはどうでもいいな。死に損ないなどどれも一緒だ。強化兵を従えているというのは本当だったようだな」
そこで一度、男は鼻を鳴らし、
「それにしても奴らの考えは理解できん。フラルの馬鹿どももそうだが、なぜ奴らは自分たちを見捨てたクズの娘に尻尾を振り続けるのか、ぜひとも教えてもらいたいものだ」
何も言わずに俯くユキを見て、赤衣の男はニヤニヤと笑う。
「それで。貴様はこの薄汚れたゴミを持っていた死に損ないをどうやって従えた? 金か? それともなんだ、その貧相な体で釣ったのか?」
下卑た笑みを浮かべる男。
おもしろくてしかたがない、そんな様子で男は短刀を手の内で弄ぶ。もはや、ユキを馬鹿にしきった態度。そんな赤衣の男に対し、ユキは俯いたまま立ち上がる。
「・・・して」
「なんだ? はっきり喋らんのなら伝わらんぞ」
馬鹿にしたように聞き返してくる男。
「それは大切なものだから返してっ!」
ユキは真正面から赤衣の男を見上げ、まっすぐに視線をぶつける。
大切なもの、少年がそう言っていた短刀がゴミ呼ばわりされ、弄ばれるのを黙って見ていることなんてできなかった。自分が馬鹿にされることは受け入れられても、今この場にいない少年まで罵られることだけは許せなかったのだ。
ギロリ、とこちらを睨む赤衣の男。
そして先ほどと同じように腰を落とし、すぐ近くまで顔を寄せてくる。
怖い。怖くてしかたがない。それでも目を逸らさず、震えそうな体を抑えるために拳を固く握って男と向き合う。
「・・・」
無言のまま、こちらの心の中まで覗きこむかのようにこちらを見据える男。
そして。
ヒュン、と。風切り音が鳴ったと気づいた時には拳が目の前にあった。僅かにでも動けば当たりそうなほど近くにある巨大な拳。フッ、と。そこで遅れたかのように男の拳によって作られた風圧がユキの髪を揺らす。
赤衣の男がこちらの顔面めがけて拳を繰り出した、そんな事実をようやく認識する。反応なんて、できるはずがなかった。そして、目の前の拳から漂ってくるのは生臭い血の臭い。拭ったくらいでは消えないその強烈な臭いはその拳の威力を物語っているようで、ユキの心を折るのには充分だった。
ぺたん、と座り込んでしまう。
「ふん」
赤衣の男は鼻を鳴らし、立ち上がるとこちらに向かって短刀を投げる。すぐ傍に落下する短刀。ユキはそれに飛びつくようにして拾い上げ、すがるように握りしめる。
「少将殿、良いのですか? 自害される危険性がありますが」
「放っておけ。死ぬ奴は道具などなくても舌を噛み切ってでも断食してでも死ぬ。そもそも、初めから死ぬつもりならイーステリアの雑魚どもに捕まっていた時に死んでいただろうからな」
話しかけてきた、他の兵士とは違い男の軍服を少し簡略化したような服装の兵士にそう答える赤衣の男。ユキでもその兵士が強化兵なのだと服装、そして男の態度から理解できた。
「それに、この小娘にとって配下の死に損ないは相当大切らしい。なんとも見物ではないか、信じた者に見捨てられ絶望に呑まれる顔を見るにしても、助けにきた者が自分のために哀れにも死ぬ様を見て絶望する顔を見るにしても、な」
兵士から視線を外し、こちらに視線を向ける赤衣の男。その目から放たれる恐ろしいほどの威圧感に捕らえられ、ユキは思わず目を逸らしてしまう。
その姿を見て、赤衣の男は興味を失ったかのように視線を戻す。
「俺の護衛をしている強化兵から4名を小娘の護送につけろ。5名は周囲の捜索。下の奴らに行かせろ、少しは良い経験になるだろう。お前は残りの2名と共に来い、面倒な会談で連邦にナメられるわけにはいかないからな。それから」
そこでニヤリと笑う赤衣の男。
「護送にまわる連中に伝えろ。もし死に損ないを仕留めたなら、その首を小娘の元に投げ込んでおけ、とな」
はっと顔を上げるユキに見向きもせず、背を向ける赤衣の男。
それを見て弾かれたように動き出した兵士たちによって拘束されるユキ。そして、そのまま前後左右を囲まれるようにして連れていかれてしまう。
しらかみ、と。
呆然とした表情のまま、小さく呟いた言葉は軍靴の音にかき消され。
誰にも届くことは、なかった。




