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26 本音と偽り




「悪い悪い、遅くなったな」



 扉をちゃんと5回叩き、鍵を開けてもらった白神は部屋に入りながらそう謝る。



「うん・・・大丈夫」



 しかし、出迎えたユキはなんだか元気がないように見える。怒っているのならわからないこともないのだが、元気がない理由に心当たりはなかった。



「どうした? 調子が良くないのか?」


「別に、悪くない・・・」


「?」



 風邪をひいた、なんて訳ではなさそうだが、少し様子のおかしいユキ。白神が出かけていた間に何かあったのだろうか。どうするべきかと少し悩んだ後、いつも通りに振る舞うべきだと結論を出す白神。


 どうしたのかは気になるが、無理に聞き出そうなんてことはせずにそっとしておくべきだろう。

 とりあえず外で買ってきた食べ物を机の上に置く。



「とりあえず外には出られそうにないから・・・ほら、一応お前の好きそうなものを選んできたつもりだ」



 買ってきたものの中から甘い系のものばかりを少女の前に並べていく。


 時間としてはまだ早いのだが、これから特にすることもないのだ。べつに今から食べても問題はないだろう。



「・・・うん」



 小さく頷くユキ。

 白神としてはそんな少女の様子が気にかかるのだが、とりあえず椅子に腰かけ、自分用に買ってきた魚をパンで挟んだものを取り出す。目の前の食べ物に手をつけようとしないユキに対し、食べてもいいと手っ取り早く伝えるためすぐに口に運ぶ白神。


 ユキもそれを見て、自分の前に置かれたものの内の1つを手に取り、ゆっくりと食べ始める。


 無言のままのユキ。いつもとは明らかに違うその雰囲気に、白神はとりあえず会話を試みてみる。



「調べてきたことを話すけど、いいか?」


「・・・うん」



 心ここにあらず、といった様子で返事をする少女。

 それでも話すと言ったからには黙っているわけにもいかないので、とりあえず白神は語り始める。



「なんでも帝国と連邦のお偉いさんが近々この街で会談をするらしい。

だから警護の兵が大量に配備されているんだってさ。

イーステリアからしても自分たちの支配下の街で行われる会談前に何か問題でも起きれば面子(めんつ)が丸潰れだ、だから警備が厳重になってる。今じゃ夜には外出禁止令まで出されてるらしい」


「・・・」


「ユキ?」


「っ、そう・・・」



 せっかくなので今までに集めてきた情報を少女にも共有させるために語って聞かせたのだが、ユキはなにやら考え込んでいるのかずっと俯いている。


 今までの少女からは想像できないような姿。

 さすがに心配なので、尋ねてみる。



「本当にどうしたんだ? なにか悩み事でもあるのなら相談しろよ? 役に立てるかはわからないけど、話聞くくらいならできるから」


「うん・・・ありがとう」



 そう答えてまた下を向くユキ。

 選ぶ食品を間違えたか、と考えてみるが、買ってきたものの中には団子もあるし、おそらくは好きとは言わないまでも嫌いなものはないはずだった。


 ならば他に何かあったか、と白神は今までの出来事を思い返してみる。


 だが、思い当たることなんて全くない。そもそも、ここまで少女の元気がなくなるような理由なんて見当もつかなかった。


 途中で考えることを放棄する白神。



(・・・まあ、そういうお年頃だからな。浮き沈みの激しい日もあるか)



 少女にいつもの元気がないとこちらとしてもやりにくいのだが、ユキからすればそっとしておいてほしいのかもしれないのだ。ならばなにもせず、ただ少女に合わせてやるべきだろう。 


 ユキと同じように無言で食べ進める白神。

 そして、しばらくの後。



「暗くなってきたな」


「・・・うん」


「風呂、先に行っていいぞ」


「・・・うん」



 俯いたまま、ずっと椅子に座っているユキに食事を終えた白神はもう一度話しかけてみて、返ってきたその明らかに元気のない返事に頭を抱える。


 結局、少女はずっと何かを考え込んでいるような表情のまま、ほとんど食べ物にも手をつけていなかったのだ。


 どうしようか、と考え込む白神。


 はっきり言ってお手上げ状態だった。さすがに病気ではないと思うのだが、放っておいていいのかがわからない。他人の心に踏み込むような真似はすべきでないとわかっているのだが、このままの調子では明日街の中心部近くを通過するのにも支障が出かねないのだ。


 どうしてなのかはわからないけど一応謝ってみるべきか、ものは試しだしな、なんてことを考えながら白神が一人悩んでいると。



「・・・その、しらかみって王国軍に入ってたんだよね」



 突然にユキから話しかけられる。

 (うつむ)いたままの少女。全く予想していなかったその問いかけに、白神は少し驚きながらも答える。



「ああ、確かに所属してたけど・・・というか、いきなりどうしたんだ?」


「だったら・・・だったら、国のこととか王族、貴族のことを・・・その、どう思ってるの?」



 見てみると少女は(うつむ)いたまま手を固く握りしめている。怯えるような、何かをこらえようとするような姿。その手は小さく震えていた。


 その姿を見て、ようやく白神は全てを悟る。



「見たのか」


「ごめんなさいっ。でも、どうしても気になって・・・」



 叱られる前の子どものように体を縮こまらせる少女。

 その様子を見るに、貴重品袋の中はほとんど見られたとみて間違いないだろう。


 白神は大きくため息をつく。



「いいよ、別に。隠してた訳じゃないし、自由にしていいって言ったからな。それに、大したものでもないし。それで、お前は俺が王国についてどう思っているのか、ってことを聞きたいと」


「・・・うん」


「なら答えは1つだよ、俺は何とも思ってない」



 驚いたように見つめてくる少女。白神はそんな少女から目を逸らし、言う。



「昔は(うら)んだよ。

仲間はみんな目の前で死んでいって、唯一の家族まで失って、最後には国にすら裏切られて。世界の全てを憎んで、全てを否定したよ。

そんなことは信じたくなかったし、王族の連中が国を捨てて命乞いしてるって聞いた時には真剣に皆殺しにしてやろうと思った」


「っ」


「でも、そんなことをしても意味はないんだ。それくらいわかってるんだよ。だから俺は何も考えないようにしてる。

考えても無駄だからな。過ぎたことは何をしても変わらないんだ」



 それはいつも自分に言い聞かせている言葉。自分の心の奥底、そこに眠るかつての記憶を、ずっと消えることのない憎悪を呼び起こさぬよう封印し続けるための言葉。


 それは自分を(りっ)するためのもの。



「だから俺は王国に対しては何も思ってない。過去のこと、そう割り切ってる。だから、別にお前が心配してるようなことは考えてないよ、だから安心していい」



 それは白神の本音(ほんね)でもあり、(いつわ)りでもあった。白神には自分の本当の心なんて、わからないのだから。


 僅かに流れる沈黙。


 白神は重くなった空気を払拭(ふっしょく)するため、いつもの冗談を言うような調子で口を開く。



「ほら、そんなどうでもいいことよりも早く風呂に行け、暗くなったらまた虫が出るぞーーーってお前、泣いてるのか?」



 見ると少女は俯き、小さく肩を震わせていた。そしてその下、乾いた机を零れ落ちた透明な水滴が濡らしていく。



「ーーーっ、ごめん、なさい」



 震える声でそう謝る少女。

 白神は慌てて立ち上がり、少女の傍まで行くとその目線の高さまで腰を落とす。



「だから俺は怒ってないし恨んでもないって。そもそもお前には関係ないだろ? べつにお前を責めてる訳じゃないんだ、だからもう泣くな、な?」



 そうユキに言い聞かせてみるが、少女は(うつむ)いたままずっと肩を震わせ、ごめんなさい、そう謝罪の言葉を口にし続けていた。


 想定外の出来事に困り果てる白神。


 白神としても抑えたとはいえ少しきつい言葉を使いすぎたとは思っていたのだが、まさか泣かれるとは思っていなかったのだ。そして泣き止ませようにもどうすればいいのかわからず、おろおろとする白神。


 なんせ非常に気まずい。白神が泣かせたことは間違いのない事実なのだが、二人しかいないこの部屋においてその事実は重く白神にのしかかる。



(こういう時は、ええっとーーーどうすればいいんだよ)



 困り果て、誰もいるはずのない部屋の中を助けを求めるように見回す。だが当然、助け船を出してくれる人間なんていないのだ。


 大きく息を吐き出す白神。


 そして覚悟を決めるとその細い肩に手を置き、(うつむ)く少女を真正面から見据える。怯えるようにびくり、と震える少女。白神はできるだけやさしく話しかける。



「あのな、ユキ。さっきも言ったけど、俺は怒ってる訳じゃないんだ。俺はもう過去とは折り合いをつけてるつもりだ、だからお前を責めたりはしない。怖がらせたなら謝るから」

 


 その言葉を聞き、さらに肩を震わせる少女。



「ちがう、の・・・私は、謝らないと、いけない、の・・・」


「わかったよ、ちゃんと謝ってもらったから。だから落ち着け、な?」



 詰まりながらもなお謝ろうとする少女の頭に手をのせ、そう(さと)す白神。少女が落ち着くまでゆっくり、そしてじっと待つ。


 響くのは少女の嗚咽(おえつ)だけ。


 まだ肩を震わせながらも、それでもユキは次第に落ち着きを取り戻してくる。白神は先ほどと同じ言葉を根気強くもう一度繰り返す。


 少女は嗚咽(おえつ)を漏らしながら、それでも小さく頷いた。



「ほら、これで顔を()け」


「・・・うん」



 目元を(ぬぐ)う少女にタオルを渡す。



「とりあえずそのまま風呂に行けばいいから。俺のことは気にせずにゆっくりしてくればいいからな」



 あまり泣き顔を見られたくないだろうと、白神なりに気を使っているのだ。それに今は白神と一緒にいるよりも、一人でいるほうが落ち着けるだろう。


 いまだに嗚咽を漏らしながら、部屋にある小さな風呂場へと向かう少女。


 そして少女の姿が見えなくなる。そこでようやく白神は肩の力を抜き、大きく息を吐き出す。過去のこと、それはできれば知られたくなかったのだ。なぜなら、知ってしまえばあの少女が責任を感じてしまうだろうことは予想できていた。そしてなにより、自分としても過去のことは思い出したくなかったのだ。


 だからこそ自分に腹が立った。


 よく考えずに荷物をまとめて置いていったこと、そして。




 話している時、溢れそうになる負の感情を完全には制御しきれなかったことに。




 一番落ち着くべきなのは自分なのかもな、そんな自嘲の言葉を心の中で呟きながら、白神はもう一度大きく息を吐き出した。



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