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1 全ての始まり


 炎天下。

 そう表現するしかないほどに雲一つなく晴れ渡った空の下、少女はただひたすらに走っていた。


 小柄な体型に腰の辺りまで伸びた長い髪、薄汚れた囚人服に裸足というその姿はどう見ても走るのに適していない。現にその細い足はボロボロで、血が(にじ)んでいる。

 それでも少女は止まらない。いや、止まれないのだ。



「どこに行った!」


「この先だ!」


「絶対に逃がすな!!」



 背後から迫る複数の声。

 少女はその声にビクリ、と体を震わせ、恐怖にかられるがままに走る。



「っぁ」



 不意によろめく体。

 地面から突き出ていた石を踏んでしまったのだ。足を襲う激痛。それでも少女は溢れそうになる涙を必死に(こら)え、倒れそうになる体をなんとか立て直して必死に走り続ける。


 少女を()かすのは恐怖。もし追手に捕まってしまえば連れ戻されてしまうのだ。ずっと拘束されていた、あの冷たく狭い牢獄へと。


 そして少女は理解していた。牢獄の中の生活、その先に待っているのは絞首台か断頭台なのだと。今、この機会を逃せばもう二度と逃げることなどできないと。


 恐怖と疲労で乾燥しきった喉は痛み、足はもう感覚が無くなりそうだった。頭はくらくらとして全く働かず、心臓は恐ろしいほどの速さで鼓動を打ち続けている。


 それでも、少女は自分の限界が近いと知りながらも必死に走り続ける。

 だが。



「いたぞ!!」



 すぐ後ろから聞こえたのは男の声。

 それと同時に何人もの人間が走ってくる騒々しい物音が狭い路地裏に響く。



「!!」



 見つかった、そうわかっただけで恐怖と絶望で視界が涙で(にじ)む。もうほとんど逃げ切るのは不可能に近いと、そうわかっていても止まることなんてできなかった。諦められるはずがなかった。


 力が抜けそうになる足で見えてきた角をとっさに曲がる。

 少しでも追手の目から逃れたい、ただその一心だったのだが、



「ーーーっ!?」



 角を曲がった瞬間、『何か』に頭から激突した。

 その衝撃で尻餅をつく少女。それでも逃げるために顔を上げると、そこには誰かの足があった。



「ごめんなさいーーーっ!!」



 そう反射的に謝り立ち上がろうとするが、酷使(こくし)した体はいうことを聞いてくれずにふらっと倒れてしまう。

 そして。



「こっちにいるぞ!!」


「確保しろ!!」



 走ってくる何人もの足音。振り向くと、追手の兵士たちの姿がすぐそこまで迫っていた。



「っ、あぁ」



 座り込んだまま後ずさる。

 もう恐怖で何も考えられなかった。少しでも距離を取ろうと後ずさり続ける少女。それはもはや本能的な行動。恐怖から少しでも逃れようとする最後の足掻(あが)き。


 ずるずると下がり続ける少女。そして、その背中が『何か』に当たる。

 はっと顔を上げる。

 そこにはぶつかった相手、長いコートを纏った少年が立っていた。


 無言のままこちらを見下ろしてくる少年。視線と視線が交差する。大人びた、と言うよりはやけに達観したような表情のその少年を少女は思わず見つめてしまう。


 流れる無言の時間。

 そこに追手たちが追いついてくる。



「ここだ!!」



 バタバタと大きな足音をたてながらやって来るのは軍服を身に纏い、その上から最小限の防具だけを身につけた兵士たち。皆腰には剣を下げ、重々しい音を響かせている。



「イーステリア兵か」



 小さく呟く少年。

 その兵士たちの姿を見て少女は恐怖のあまり少年の後ろに隠れる。無関係の人間を巻き込んではいけないとわかっているのだが、恐怖には勝てなかったのだ。少年の足の傍でうずくまるようにして怯える少女。



「貴様、武器を捨てて手を上げろ!!」



 追手の兵士の声が響く。

 それを聞いた少女は思わず目をつむる。兵士の言葉に刃向かうような馬鹿はいない。そんなことをすれば、痛い目に遭うどころか下手をすれば殺されてしまう。肉親ならまだしも、見ず知らずの他人のために命を張るような人間がいるはずがないのだ。


 これからどうなるのか、それを理解しながらも覚悟を決めることすらできず、ただ震える少女。

 そして。

 少年の声が、響く。



「断る。お前たちの事情なんて俺には関係ない。べつに邪魔するつもりはないから、こいつを捕まえたいのなら勝手にやってくれ」



 そのあまりにも予想外な言葉に思わず少年を見上げてしまう。

 目の前の少年は命を惜しむわけでも少女を助けようとするわけでもなく、関係ない、ただそう言い放って兵士の言葉に刃向かったのだ。

 その恐れを知らない態度に指揮官らしき兵士が怒鳴る。



「我々の命令が聞けないというのか!!」


「だから邪魔はしないって。俺はイーステリアの人間じゃないし、ただの通りすがりだ。全くの無関係なのに、他国の軍の命令に従う義務はないだろ」


「貴様、浮浪者の分際で調子に乗るなよ。今の状況がわかってないようだな」


「人並みにはわかってるさ。迷惑この上ないことに群れたイーステリア兵に追われた女の子に盾にされてる。この暑い中、この人数って・・・イーステリア兵が弱兵呼ばわりされる理由がよくわかったよ」



 その瞬間、その場の空気が凍りつく。

 それは追手の兵士たちに対する挑発でしかない。どう考えてもこの場において絶対に口にしてはならないことだった。

 指揮官らしき男の表情が変わる。



「拘束しろ。手足は落として構わん。訊問でたっぷりと可愛(かわい)がってやる。女にだけは傷をつけるなよ」



 その言葉に剣を引き抜く兵士たち。

 それはあまりにも圧倒的な数の差。あまりにも絶望的な状況。

 驚きに固まる少女の前で少年は大きなため息をつき、面倒くさそうに背中にかけていた剣の(つか)へと手をかける。全く緊張感のない、退屈しているとすら思えるほどの態度。


 そしてドス、と鈍い音が響く。

 怪訝(けげん)な表情を浮かべた後、馬鹿にしたような笑みを浮かべる兵士たち。少女もその意味を理解して思わず言葉を失ってしまう。


 少年が手にしているのは巨大な(つるぎ)。振るどころか持ち上げることすら難しそうな、分厚く巨大な剣を地面に引きずるようにして片手で持っているのだ。


 戦闘に関しては全くの素人(しろうと)である少女でもわかる。どう考えてもあれでは戦えないだろう。



「ははっ、馬鹿め! その使えもしない塊を持ったまま切りきざまれてしまえ!!」



 指揮官らしき男の声に反応して兵士たちが少年へと殺到する。太陽の下、鈍く輝く何本もの剣。その全てが少年を狙っているのだ。

 少女はただ見つめていることしかできなかった。


 目を逸らすことさえできなかったのだ。自分のせいで今、まさに目の前で起ころうとしている惨劇。少年が兵士に斬り倒される、そんな結末だけが頭をーーー



メキッ、と。



 響いたその鈍い音に少女の思考は停止する。

 宙を舞う兵士たち。彼らは皆、自分の身に何が起こったのか理解できていないだろう。それほどまでに一瞬だったのだ。


 少年は先程と変わらず立っている。ただその右腕が、巨大な剣を持った腕だけが振り抜かれた体勢で止められていた。

 それを見なければ信じられなかっただろう。



少年が片腕で巨大な剣を振り、一撃で数人の兵士を吹き飛ばした、なんていう事実を。





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