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飛ぶ女、飛ばない女


 曇天の空。人気のない急峻な崖。そこに立つは、二人の少女と一人の男。少女二人は不安げな顔をしている。


 彼女たちは、数時間前、目の前に立つ男に連れ去られ、ここまでやってきた。薬を嗅がされて、気を失って、気が付いたらこの場にいた。男は不気味な声で言い放つ。


「片方が飛び降りたらもう片方は助けてやる」


 少女たちは耳を疑った。そして、あまりの理不尽に絶望した。飛び降りる? どちらかが死ねばもう片方が助かるということだろうか。崖は高く、その下の海は荒れている。ここから飛び降りたならば、死は避けられないだろう。


 死。


 嫌だ。死にたくない。少女の片割れ、冬美は絶望に顔を歪ませる。そして、隣の少女、夏美を見る。彼女は今にも泣きそうな顔をしている。


「どうしよう……」


 そして、ついに涙を流し始めた。昔から彼女は泣き虫だった。冬美は思い出す。母親から怒られた時、飼っていた猫がいなくなった時、父親が死んだ時。いつでも冬美は唇を噛みしめて涙を堪えていて、夏美は声を上げて泣いていた。


 私は天を仰ぎ見る。ここから逃げだす術はないものだろうか。男は銃を持っている。丸腰の女二人で立ち向かっても、勝つことはできないだろう。ならば、せめて夏美だけでも……


 突然男が呟いた。


「何故俺がこんなことしてるのか教えてやろうか?」


 恐る恐る冬美は頷く。理由を聞いたところでどうなるものでもないが、話を長引かせればなにかチャンスが生まれるかもしれない。


「まあ簡単なことだ。お前ら双子だろ? 双子は片っぽが死んだらもう片っぽも死ぬみたいな話があるだろ? そういった話はオカルトの類って思われてる。だが、俺は懐疑主義者なんだ。もしかしたら、そんな現象は本当に起きるのかもしれない。だから、実際はどうなのかってことを確かめるためにお前らには飛び降りてもらいたいんだよ」


 そういうと、男は薄っすらと笑った。こいつは気が触れている。狂人だ。できることならば死ぬまで一度たりとも接触したくなかったタイプの人間だ。だが、現実とは残酷なもので、そうはいかなかった。それどころか、最悪のエンカウントをしてしまった。


 どちらを飛び降りさせるかを双子に委ねているのは、この男なりの善意なのだろう。その気になれば彼自らの手を汚してでもどちらかを殺すだろう。


 冬美は覚悟を決める。夏美はぐしゃぐしゃな顔をしてへたりこんでいる。冬美にとってかわいい妹だった。


 冬美は目を閉じて祈る。ここにヒーローが颯爽と現れて、私たちを助けてくれないだろうか。そんな冬美の願いを消し飛ばすように男は、


「そんなに祈ったって助けなんかこないよ。この辺は地元の人間だって滅多に通らないエリアだし、今は深夜だし、俺は姿を隠してここまで来たし。お前らはもう無理だ。チェックメイトだ。もう諦めてどっちか飛んでくれよ」


 その声はぞっとするほど鋭く、冷たかった。冬美はふらふらと崖に向かう。その時、知らない声。


「ハハハ! 女の子をいじめるのは良くないぞ!」


 颯爽と現れたのは見慣れぬ服を着た男。民族衣装のようであるが、どこの国のものともとれない。身長は180cmくらいあるだろうか。見た目、言葉、雰囲気、すべてがここではあまりに場違いだった。


「女に暴力を振るう男は最低だぜ!」


 変な男は軽快なステップで男に駆け寄る。男はあまりのことに反応できない。


「くたばれ!」


 そして殴りつける! 大きな音が響く。殴られた男は放物線を描いて宙を舞い、崖を越え、海を越え、そして星になった……


「ありがとうございました……あなたは一体……?」


「名乗る程の者ではない。俺は別の世界から来た男。俺は世界の枠を超えることができる。それで人助けしてるって寸法だ。じゃあな」


 そして男はふっと消えた。冬美と夏美はとぼとぼ歩き始めた。

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