090 ゆびをむすぶ
二章最終回。
どうぞ。
まどろみかけていたところで、先輩がガバッと起き上がった――いつか見たような恐ろしい表情で、先輩はメールを確認する。
「脱走……それに、殺人まで」
「何があったんですか、先輩?」
言ってた☆7のこと、とスズナ先輩は言った。
「唯一、きちんと確認されてるURのアバターを持ってる人……ゲームクリア派に所属してたけど、いちばん最初に事件を起こして扱いが塩漬けになってた子がいるの」
レアリティだけを誇って場末で飯を食ってる、とか人の役に立たないなら高レアでも無駄だとか、さんざんな言葉をいくつも聞いてはいた。けれど、それが「実例があるから」だなんて思う……思えるはずがない。
「最初期ってけっこうトラブルは起こってたけど、時間が経つにつれてお互いのことを分かったり、きちんと許せる仲になっていくことも多かったんだ。でも、最初……いちばんに人が死んだ事件の原因になったヤツが逃げ出したの」
「それって、すごくまずいんじゃ……」
刑務所は設立できなかったと言っているわりには、任意でなら閉じ込めることはできていたらしい。しかし、それも「任意」のうちで、逃げ出す方法はあったようだ。
「警備のシフト交代表が書き換えられてて、休憩と防衛で四時間くらい空いちゃったみたい。宿屋のご主人も殺されてたって……。これって最悪の状況だよ」
「……二人目、ですか?」
いずれは、と言った顔は険しくて、俺と同じことを思っているらしいと感じ取るのは容易だった。
――いずれは、この手で殺すことになる。
「強くならなきゃね。あちこちに調査隊も派遣されるみたいだし」
「調査隊?」
新しいダンジョンを発見したときには、以前のように誰ともなしに挑戦して攻略情報をゆったり集めるのではなく、同一のパーティーが複数回挑戦して情報を集めることになった、ということだった。
「ちょうどいい人材が揃ってるの。状況を選ばずに活躍できて、生存能力も高い人。レベル上げツアーみたいな感じにもなってるし、いいんじゃない?」
「そう、ですかね?」
無属性とか属性耐性無視のアビリティを持つキャラ、あとは食いしばりからの超回復を可能とするキャラ。どちらも思い当たるものがいるし、六柱信議の傘下にあるなら協力を取り付けることもできそうだ。
「そういえば、三石から報告があったけど。装備をもらったってほんと?」
「はい。未知の装備みたいです」
漂流者は全員が「クロニカ・エムロード」のプレイヤーだった。だからこそのランク格差やダンジョンの情報が前提にあるわけで、そうでなかったら安直な差別なんて生まれようがなかったのだと思う。
「名前は「色欲の絡帯」、テイム成功率とアイテムドロップ率が30%アップ。それにHP補正もプラス6000です」
「なにその壊れ装備。隠し条件がどうこうじゃないでしょ、もう」
ゲーム的に考えれば、闘技場イベントをノーミス制覇でやっと入手できました、と言っているようなものだが……あの宝物庫がそう簡単に開かれるとも思えない。それに、あの装備そのものが逃げていくような感覚も、個人との相性のようなものを思わせる。
「じゃあ、ジクスが行くところはやっぱり「みどりの浮島」だね。あそこって「どろっぷんオーシャン」があるから、私たちがテイムをできるかどうかの実験に参加してもらうことになるかな」
「――え? まだ誰も成功してないんですか」
その疑問は、別の言い方をすれば「漂流者は主人公か」ということだ。
クロニカ・エムロードの世界観で、人とモンスターをつなぐもの=主人公はモンスターを手懐けることができたし、いくらだって仲間にすることができた。キャラメイクも名前の設定もできて、特定の顔を持たない「主人公」は、言ってしまえば舞台装置にすぎない。アバターという形でモンスターと一体化している俺たちは、もしかするとモンスター側ではないかと思っていたし、テイムが成功したという話も聞かない以上、モンスターと人間の間にあるかもしれない、くらいの気持ちだった。
「言葉が通じるほどランクが高いなら言葉で何とかなると思うし、逆に知能も何もない敵が味方になるきっかけってなに? ってこと。数字だけでもテイム率アップがあるなら、ぜひともだよ」
「言われてみればですね。やってみます」
Dランクのアバターを低レアだとさんざん言われてきたし思ってきたが、レア度の最低値はEランクである。ソシャゲではガチャからは出ないかれらは、ダンジョンで仲間にするしかなかった。けれど、ゲームシステムとして考えない「モンスターが仲間になる」という現象がいったいどういうことかと言われると、果てしない謎だ。
まずは平和的に、どろっぷんの好物として設定されているようかんをあげてみるところから始めよう。食い逃げされて戦うのも、起こるだろうこととして想定しておけばいい。
「仲間にしたモンスターって、どうするんですか?」
「んー……そうだよね。賢く、強くなるようにして」
ペット以上がいいな、と先輩は言った。独断ではない、六柱信議の一員としての責任を持った言葉として、それは届いた。
「ジクス。私は確かにあの机に座って、みんなと意見を交わしたりしてるけど、ほんと素人もいいとこなんだ。年下のオリオくんの方が賢いと思う。「けど」と「だから」が両方になっちゃうけど、私から頼みたいんだ……君が新しい何かを切り開いてくれること、誰よりも期待してる」
「はい。じゃあ後輩として、それに執行部の一員として。やり遂げてみせます」
確証はない。けれど、やるほかない。
ベッドに隣同士座る先輩と、俺は指切りげんまんをした。
◇
『それで? 誰も見てねえってのか、やつのことを』
『どうやら、そのようだ。そちらはどうだ、ボジ?』
「目撃情報すら掴めていない」
ジクスへの聞き込みと憩いの提供を担ったスズナをおいて、六柱信議に参加する男たちは火種であるトウゴの捜索にあたっていた。
『てめーの顔で聞いても逃げられんじゃねえのか?』
「伝手を総動員して辿っている」
冗談めかそうとして苛立ちを隠しきれていないザーグの言葉をよそに、どこからどう見ても不審者であるボジは端的に述べる。しかし、彼の知り合い……漂流者・個人派のほとんどもシフト外だからとみだりに外出するものはなく、戦いに備えて休憩や睡眠、食事を摂るものがほとんどであった。
『……おい、時針艇は動いてたんだよな?』
「ジクスもそうして帰ってきたが」
定期クエストが発令されていようと、日中は稼働している――すでに浮かんでいた考えではあるが、そもそも漂流者は「ルビーの街」より先には行けない。
『住人の導きを受けた可能性がある、と?』
『どっから来たのか知らねえが、そんならアリだろうぜ』
マーケットの終端と、宿屋やレストラン街がちょうど途切れる四つ辻。街灯に寄りかかってパーティー間の通話をしていたボジは、ふと風の流れを感じた。外套を直すまでもなく気温から切り離された彼に、奇妙な寒気が届く。
「……ジクス? では、ないか」
「あら、どなたのお名前かしら」
全裸にぬらぬらした水を流すように、シャワーを浴びている時間を固形化したかのごとき卑猥極まりない装束の乙女。見れば刺繍が入っており、質感は流体的でありつつ布には違いないのだが、いずれまともな服には見えない。逢魔が時にはふさわしく、出会うにはあまりに禍々しいモノがそこにいた。
『なんだ?』
「いや、一般人だ」
磁力的な魅惑を放つ非人間的な乙女は、一般人には見えない。しかし、漂流者にもこのような少女はいなかったはずだ。夜空のような色の髪を、幾度か見た輝くラベンダー色に変えてしまえば、その顔はジクスにそっくりだった。
「どうされましたの? そんなに怖いお顔をして」
「漂流者の青年を探している……耳飾りをいくつも付けた、年若い青年を」
「存じ上げておりませんわね」
これまで人を疑ったことがないものでも嘘だとわかるような、あからさまな嘘。
「招集を。不審人物を発見した」
『なんの冗談だよてめー、渾身のギャグか?』
言いながらも走り出している足音を聞きながら、ボジはアバターを身に纏う。
「きみは誰だ。我々の仲間ではない……」
「神から放り出されたあなた方には、説明しても理解が及ばないことですわ。手の届く距離にいる神をご存じないあなた方は、とても不幸な方々……。同情します」
信仰は妄信にすぎない、と黄金の鎧は切り捨てた。
「往々にして行動規範を見失いがちな人間には信仰が必要ではあろう、が……自ら信ずるところのあるものにまで信教を薦めるのは、余計なお世話というものだ」
良くも悪くも、宗教になじみの薄い者たちの言葉である。続々と集結するアバターたちが、淫らな乙女へと矛を向けるが……彼女が動じた様子はみじんもない。
「ジクス……お姉さまのことをご存じなら、「もう帰ってこなくていい」とお伝えくださいまし。もっとも、今のお姉さまは私のことを覚えていらっしゃらないのでしょうけど」
服装そのままに、液体へ溶けるように乙女は消えた。
「なんということだ……! トウゴは彼女に拉致されたということか?」
「どうだかな……あのボケが色仕掛けで釣られたかもしれねえぞ」
場はひどく沸いていた……誰もが思っていたからだ。
ジクスとあの乙女は、瓜二つだった――と。
とんでもねぇ引きで二章終わり。きちんと終わらせるつもりだったんですが、次章のプロット作りが長引いて深夜テンションに到達したのでアカンことに。でもこれからの展開に必要なものは用意できたので、まあいいでしょう(マスロゴ感)
三章もきっちり毎日投稿していく予定なので、これからも応援よろしくお願いします。