083 つきは、わらわない
目を盗んだ大事件パート。
どうぞ。
※一部キャラのセリフに、差別的表現が含まれています。これは当該キャラの破綻した人格を示すもので、作者の思想を表すものではありません(むしろこういうこと言われまくってた)。より柔らかい表現に差し替えることも検討しておりますので、何かしらご意見がおありでしたらお寄せください。
二度寝しようとしたトウゴに会いに来たのは、見惚れるほどに美しい女だった。流体を身に付けるような、ひどく現実離れしたデザインのドレスを着ている。孔雀色の生地に銀の刺繍が這う、一種異様なその姿に彼は気圧されたが……すぐにふてくされた態度を取り戻して布団をかぶり、「なんだよ」とぼやいた。
「もういい加減「反省したか」とか「連携は取れそうか」とか聞き飽きたわー。小学生に聞くようなこと毎回連発してさ、恥ずかしくないわけ? 俺ってもうアタマも体も股間も立派にオトナなの」
何か言おうとしている女をほっぽって、トウゴはしゃべる。
「俺最強なんだよ? UR育てないとかガイの者じゃん、わかってんの? そりゃ場に合わせるくらいあるけど、「ガルド・タウラス」ってオールラウンダーじゃんか。いつでもどこでも活躍できるのに、ちょっと人死なせたくらいでさあ……償いの方法とかいっぱいあるよね。死なせた分の働きくらいできるから。「呪霊ヴォリー」とかただのゴミだよ? 俺と比べてどんな価値があんのさ、言ってみ?」
あー言っちゃったわ、とトウゴは後悔した。
レベル上限こそ下のランクに劣るとはいえ、そんなことを問題にもしないほどに☆7=URのキャラは強い。もともと性能が低く、衣装違いも進化先も存在しない「呪霊ヴォリー」は現在の仕様でいっても最弱クラスだろう。比べる方が間違いというものだ。
しかしながら――だから身代わりに殺してもいい、ということにはならない。
「ごめんちょっと言い過ぎたわ。でも、でもだよ? 例えばすごいヤバいのが出てきて誰にも倒せないってなったとき希望を託されるのは俺みたいな強キャラじゃん? 耐性とかガン積みでもやっぱ無理だから、地力で乗り切るしかないってなったときにさ、いっちばん高いステータス持ってる俺しかいないじゃん」
女が小さく声を出したように思えて、トウゴは布団をがばっと除けた。
「なに?」
「そこまで考えていらっしゃるのですね。さすがは漂流者さまです」
えなに、誰と青年が言うと、女は微笑した。
「遠くから、あなたをご招待しに参りました。漂流者さま、あなたのお名前をお聞かせ願えませんか?」
「……トウゴ、だけど」
「では、トウゴさま。わたくしゼラのささやかなお願いを、叶えてくださいとは申しません、お耳に入れていただけませんか? とても難しいお願いなのです」
「こっちの住人……?」
ゆったりとした歩調で近寄る女は、とてつもなく魅力的だった。
彼と同じ漂流者にも美女や美少女はいたが、そのどれとも違う魅力……ボディーラインの美しさや彫刻めいて整った容姿、夜空の色をした清流のような髪、どれをとっても人を越えていた。
「おまえ、なんだ……」
目が離せなくなるまじないをかけられているかのような感覚が、青年を襲った。
たっぷりとした肉感と、それでいてかけらも無駄がない体つき。歩調そのものが完璧な調整のもとにあり、ナノメートルですらズレることのない規定の線を進んでいるかのような奇妙さ。人の形をした計算結果を見せられているように思える、液状の恐怖。
「遠いところから来た、あなたの助けを必要とする女です。わたくしたちを助けてはくださいませんか? お支払いできるものは……さほど多くありませんけれど」
ゆるりと備え付けの椅子に腰掛け、あくまで上品な動作を心がける女の脚が、さらりと流れるすそからさらけ出される。トウゴは、生唾を飲んだ……まったくそんなことを意識しておらず、トウゴの反応自体が予想外ですらあるような表情をする女に、彼はひどくそそられた。
無論、女にはそんなことは知れている。たいていの男は、自分が攻める側であると認識すればそう行動するようになる。であれば、無防備を用意すれば飛びつくのが当然の成り行きであり、行きつくところは共依存的な相互支配だ。
「いま、この世界は英雄を必要としています。けれど、できあがるのは凡百の群ればかり。ひとつの大きな力が無限に近いほど膨らまなくては、世界は救えません」
「……あいつらはダメなのか」
六柱信議というシンボルめいた存在は、トウゴの意識にも深く根差している。漂流者は彼らに従うものがほとんどで、形式上はすべてが六柱信議の下にあることになっていた。それではダメで、たった一人の英雄を求めているのなら――彼以外にも候補はいたはずだ。そのことに思い至った青年は、その言葉を封じられる。
「ただ清いだけの人はいけません。あなたに宿る力も、その心も……無限へ至ることができる可能性を秘めています。数百、数千で満足するあなたではないでしょう? 十万、百万でさえトウゴさまの至るべきところへは遠いはず」
女が煽り立てているのだとしても、うなずけるところはあった。トウゴのアバターである「ガルド・タウラス」は、ゲーム内で唯一、レベルを最大まで上げればバフや装備抜きでも十万に達するHPを持っている。スキル枠を埋めれば、廉価なスキルでもその力を恐ろしいほどに高めることができた。女の言うことは、半分以上正しい。
「でも、あんたは……ゼラは、俺をどうやって無限に至らせる気なんだ? レベルいくつ上げたって、全ステータス合計したって一億にも届かないだろ」
どれほどのインフレーションを起こそうと、プレイアブルキャラクターのステータスがある一定の水準を超えることはないだろう。ごく常識的な考えを述べた彼は、またしても否定される。
「有限であることが無限でないことにはなりませんわ。尽きない力は、それをすべて汲み上げられないものには無限と同じですもの」
倒せないのなら無敵に等しい、という暴論。しかし、言葉は深く響いた。
「出ましょう、ここから。無限へ至る足掛かりのために」
「いいじゃん……いい誘い文句だよ、ほんとに」
一歩目ではない。道のりは途中で、挫折もプロセスなのだ。
階段から降りてきたトウゴを前にした宿屋の主は、「まだ仕事の時間じゃないぞ」と鼻を鳴らした。
「またそんな顔して、なんだ。あの人たちに頼まれてるんだ、ここから出すわけにはいかないね」
「あ、そう。こんなこと言ってるわこいつ」
あんたもなんだ、と主はゼラにも文句を言い始める。
「まともになったから連れ出すんじゃないのか? そりゃ預かるのは宿賃多めにもらわなきゃ割に合わないが、味方殺しなんて使う気か」
「孤高の英雄は、並び立つ仲間を必要としませんので」
疑問を口にしようとした主は、言葉を発しなくなった。
トウゴは、自分の手についている血と壁に飛び散った肉片を交互に見た。宿帳に乗っかった動脈の破片が、ぴるりと震えながら血液を滲出していた。なぜかいちごジャムを思い出した彼は盛大に吐いた。
「お、ぶゥえっ……べぐっ、え、ぉえッ」
「手、痛まないでしょう?」
ハンカチで血と吐瀉物をぬぐわれ、青年は「ああ、うん」とすこし笑った。
「ほんとだ、強いじゃん。人間とかマジでゴミ以下だったんだな」
「それはもう。引き立て役ですらありませんから」
新たなスキルを習得した彼は、その爪を真っ黒く染め上げた。
「行きましょう。まずは身だしなみを整えなければなりません」
「いいね。最高にしよう」
どろりと真紅に濡れた瞳の青年は、三日月のように笑った。
かつての星の導きは、果たされぬ約定を呪いへと塗り替える……!(WRB風)
「ガルド・タウラス」☆7:地獣/剛壁
アビリティ:クリムゾン・エンジン
あらゆる属性攻撃を20%減衰し、属性攻撃を受けたときアーツの威力が50%ずつ強化される(最大値300%)。
ソシャゲ版で追加されたレアリティ「UR=☆7」のキャラ。ぶっ壊れすぎるアビリティを持っていることはもちろん、全キャラ中最高のHPとバカ高い攻撃・防御を両立している公式チート。攻撃型タンクの中では最高峰の性能を誇り、持っているといないではさまざまなダンジョンやボスモンスターの攻略難易度が大きく変わるとも言われる、もっともガチャで当てるべきキャラ。
ステータス頼りの地獣と防御寄りの剛壁の複合種族なのでさほど強くないかと思いきや、金色の刺青をしたミノタウロスという見た目にたがわずクソデカい斧を持っており、専用アーツである「クリムゾンバイド」や斧系アーツもいくつか覚える。スキルホルダーも八つあるのでHPを伸ばしまくったうえで攻撃手段もそこそこに確保しておけば何も心配ないレベルで強くなる、強いとかいう以前の問題だったりする。
ちょっと難易度の高いダンジョンなら属性攻撃は当たり前で、そこそこ強いヒーラーは割合&固定値回復をいくつも持っているのでまず死なず、際限なく(いちおう限界値はあるが)強くなる、なんにも考えずに突っ込めるアルティメット脳筋。無属性や純物理にはあまり優位に立てないが、それでもふつうは削り切れないのでほんとうに強い。
ところで察しのよい読者諸兄は、この情報がいま明かされる意味をすでにお気付きだと思われるが……。