008 おふろタイム
文字通りです。どうぞ、お楽しみください。
ご飯ができましたよ、とミーニャさん(「ハウス・オートマタ」のメイドさん)に呼ばれて、師匠といっしょの卓を囲んでの食事って緊張するなと思っていたところで、なぜかそこにカティナさん……バトルアイテムを売っているお店の売り子さんがいた。
「姪だと最初に言ったと思うが?」
「は、はい」
そういえばそうだった。カティナさんの紹介で来たと言ったとき、師匠は確か「ほう、姪がね」と答えたように思う。
「おじさんが弟子を取るなんて、ぜんぜん思わなかったけど……そういうのってやめたんじゃなかったの?」
「大人には色々あるんだ、カティナ。これも仕事だよ」
うまくごまかしてくれたのと、緑髪のエルフことカティナさんもニディス師匠を信頼しきっているらしく、それ以上に詮索されることなかった。
「あ、人間のひとって私たちの食事は大丈夫ですか?」
「ん、ぜんぜん違わないですよ?」
精進料理みたいでもなく、どこかのおうちにお邪魔してごちそうになったらこんな感じかな、くらいの違いである。若い男のわりにはお肉大好きでもなかったので、野菜多めかつ肉っぽいものがそんなに並んでいない状態でも、こんな家もあるよな、くらいの気持ちでおいしく食べられていた。わりかし想像の範囲内で収まっていたのは、残念なような安心するような感じだけど。
食事による経験値の入り方がどうこうと実験するのは失礼な気がしたので、できるだけ考えないようにして食事を済ませる。じっさい美味しいし。
「ジクスさま、お風呂はいかがいたしましょう」
「ミーニャ、お風呂が嫌いな人なんていないよー。でしょ、ジクスさん?」
「ええ、はい」
「では、お湯を張っておきますね」
冷静に考え直すと、女性の体ではじめてのお風呂である。いろいろ分からないこともあるし、お風呂大好きそうなこの人に聞くのもいいかもしれない。
「カティナさん。もしよければ、こちらのお風呂の様式なんて教えていただけませんか? 遠くから来たもので、作法が違うと恥ずかしいでしょうし」
「もちろんです、どんとこいですよ!」
言ったあとすでに撤回できなくなったタイミングで、ちょっと待て、と思い直した。声とか見た目は女でも、俺の中身は男だ。師匠がこのことを知っていたら、自ら焼き殺しに来るレベルのヤバすぎる事案だった。
「では、のちほど」
「はい、お願いしますね」
どうしよう。
きっかけが女装というのも釈然としない話ではあるけど、服の脱ぎ方はわかっていた。ただ、カッターシャツの下に着ていたキャミソールも、知らないブランドの刺繍が入ったハイソックスも、さらさらと頬をくすぐる髪も、精神的なダメージとしてまだ小さかった。
「なんだこれ……」
色としてはただのモノクロなのに、絡みつくような草花の刺繍がほどこされたレース、そして生地の組み合わせが妙にエロティックな下着。色味は機械的に思えるほどただの二色だが、ギリギリでせめぎ合うカラーリングが色気を溢れさせている。
体型はふっくら寄りに思えるものの、きっちり筋肉がついているせいかぽっちゃりには見えない。先輩にふにふにされているときから分かっていたものの、それなりに大きい胸、俺はあんまり興味なかったので常識と照らし合わせるのも難しいものの、デカいわけでもないお尻。戦うのがアバターであることと、今まで歩く動きに何の問題もなかったことを思うと、何かの機能に支障があるといったこともなさそうだ。
「あ、ジクスさん。心配しなくても、ふつうのお風呂ですよ」
「そうでしょうか?」
扉を開けて浴場を見るのが不安だ、というふうに思われたようだ。ここまで都合のいいことが続くとちょっと変な気持ちになってくるが、ある程度の好感は持っているような印象なので、心配はないだろう。
さっさと裸になり、銭湯感覚で浴場の扉を開けた。
「わぁ……!」
「昔はお弟子さんも何人もいたので、その時代のなごりです」
「大きいですね、ほんとに」
そこらのリゾートよりよほど美しい、木材と石材の合いの子のようなタイルを貼った浴場。設備的にはただ浴槽があるだけだが、体を洗うスペースやせっけんのたぐいは完備されていて、シャワーあんまり使わない派としてはじゅうぶんすぎるくらい素晴らしいお風呂だった。
「えっと、ですね。まずはお湯をちょっと浴びます」
「はい」
お風呂のすごく基本的なマナーその一、かけ湯だ。日本のゲームの世界だからかもしれないが、理に適っている以上はどこでも生まれうるものなのだろうか。思いつつてきぱきと教わったことを済ませ、髪の毛をくるくるっとまとめてお風呂につかる。
「エルフじゃないのに、不思議な髪の毛なんですね」
「師匠には、魂のブレがあるって言われました」
エルフなら明るい髪色でも変じゃない、ということらしい。
俺もこの体については分からないことが多すぎるので、明確に答えるのはやめておくことにした。まだ変わるかもしれないし、黒髪から麦わら色に変わった理由もさっぱりなのだ。
「それにしても……すごく、きれいな体ですね」
「そ、そうですか?」
風呂場で女性の体をじろじろ見るのもアレなので遠慮していたのだが、カティナさんはもともと女性なのでそっち方面のためらいはない。他人を素直にほめられる性格は、師匠の教育によるものなんだろうか。
「ほどよく鍛えられてて、でもごつごつしてないですし。しなやかです」
「カティナさんこそ、とってもきれいですよ」
女の裸というものにとんと縁がないので、誉め言葉のレパートリーがない……というか、言ったら言ったで気持ち悪くなりそうなので下手なことを言えないのもある。
「ほっそりしてるしもち肌ですし、うらやましいくらいです」
「あ、けっこう手ががっしりしてますね」
カティナさんの手は仕事をする人らしくしっかりしているものの、魔法のアクセサリーによる補助が大きいのか、ほっそりしていてとてもきれいな手だった。ちょっとむにむにしてみると、少し恥ずかしそうにしている。
「えへへ……くすぐったいですよー」
「ふふふ」
それから、死ぬほど緊張しながら体の洗いっこをしたり、髪の毛を乾かしてもらったりした。ずっと全裸でいるのもおかしな話なのだが、そもそも着替えをどうやってすればいいのだか、すがすがしいくらいに分からない。
「ジクスさんは、トランクをお持ちじゃないんですか?」
「トランク……ありました」
インベントリの中に、手荷物が詰まっていると思しき「トランク」という項目がある。なんで入れ子構造にしているんだろうか。
それはともかく、トランクには俺……ではなく「この体」、若い女性というか女子というか、そういう年齢層の誰かの普段着が入っているようだ。見てわかるほど俺に似ているようではあるし、姉や妹がいない以上「俺に似た誰か」である可能性は低いのだが、だから本人だとは言いにくい。服の好みも、性別が違うせいか「しっくりくる」程度のものだった。
「似合ってますね……。すっごくかわいいですよ!」
「どうもありがとう。カティナさんも、とってもきれいですよ」
ふわっとした、薄めの寝間着を着ることにした。選択しただけで着替えが済む、という謎過ぎるシステムに、この世界の住人は完全になじんでいるらしい。
「それじゃ、私は明日があるので部屋で寝ますね。おやすみなさい」
「お疲れ様です、ゆっくり休んでくださいね」
メイド人形なミーニャさんに案内された部屋のベッドに腰かけて、俺は改めてステータスウィンドウを開いてみた。アバターである「銀鏡の剣士」はいまだ「朽ち錆」状態が解けておらず、まだまだ動かせそうにない。ステータスもふつうのDランクの六割ほどで、ちょっと強いEランクくらいだ。初心者用のフィールドから一歩でも奥に行ったら一瞬で死ねる……というか、あの指先すらまともに動かない状態では何をしてもまともに戦えない。
「とりあえず食事と、生産……はスキル経験値か」
いけない、一瞬別ゲーと混同してしまった。しかし、生産と戦闘で経験値が分けられているのも、ド素人が高レベル帯に挑めないとか低レベルでもいい装備を揃えられるとか、いいところもあるにはある。設置魔法を習得できるようになった以上、レベルのもたらすものよりはるかに高い力を得られるはずだ。無論、レベルはすべての基準になるわけだから、それを使ってレベル上げをし、ずっとレベルと釣り合わない強さを持ち続ける必要があるのだが。
「あと何か、考えることは――」
狩る方法でなく、狩られない方法というのはどうだろうか。
「違うって、もう……」
どうも俺は、先の先まで考えすぎるくせがある……マッハの連想ゲームと言おうか、あるいは妄想マシンガンというか、あることないことを情報の洪水のように数瞬で出し切って、一秒くらいの経過で把握したそれを思い返すだけで嫌になる。
起こるはずがない。
ささいなきっかけで誰かが死に、それが原因で大きな不和が起こり、派閥に分かれた人間たちが争いを起こして、さらに大勢が傷付く羽目になる。責任のなすり合いとズレた正義の暴走とせめてもの矜持が大混乱を引き起こし、最後には――。
「平和な国に暮らしてるんだ、そんなことするやつ――」
思わずセルフ突っ込みをする、してしまう……情報を把握さえしていれば、俺の予想は何割か当たってしまうからだ。こんな予想が当たってたまるか、と俺はベッドに飛び込んで目を閉じた。
結論から言うと、人は死んでいた。
お風呂回&想像してしまう主人公。
TSといえばまずは主人公を裸に剥くものと相場が決まっているんですが、服を脱げるスペースが確保できなかったんだ、許してくださいお願いします何でもしますから! 傾向を見た限りピンクが人気みたいですが、まあ、力の限りエッッにしないと楽しくないよねということでやりすぎない程度に力を尽くさせていただきました。