060 しごとねっしん!
どうぞ。
叩き起こされることなくきちんと目覚め、今度はすその短いチャイナドレスを着せられて、俺はカダルさんの戦いを見ていた。
オレの戦いちゃんと見ててね、と言われた矢先に、御簾のかかったかなり高級そうな席……もしかしたら王侯貴族専用の場所へと案内され、お酌をしていた。いよいよ奴隷っぽいことをしているなあと思いつつ、知っている日焼けした禿げ頭を見て思わず動揺してしまった。
「おう。試合はどうだ?」
「すでに一体が落とされて、ほか二体が萎縮しているようです」
どうにかつっかえることなく答えられた。
「感心、感心。こっちに来る前もこういう仕事だったのか?」
「いえ」
すっと尖るように整えられた三角あごひげの男性がいるので、あまり会話する気にはなれない。この人も恐らくバルバロ・ファミリーの一員だろう。細密な飾りが施されたグラスが机に置かれたので、すぐさまビンの中身を注ぐ。すこし贅沢に七分目まで注いだところで、ビンは空になってしまった。
「取り替えてまいりますね」
「ああ……少し飲みすぎた。次のビンは半量でいい」
三角ひげさんは無理な要求もしないし、動きのサインも分かりやすい。母親に比べたらなんということはない相手だ。石でできた移動式の冷蔵庫もどきをスタンバイさせているゾフラさんから次のビンを受け取り、俺はすぐさま御簾のかかった席に戻る。
「俺にも頼むぜ、ジクス。こいつがこう素直だと調子が狂うね、まったく」
「成り上がりがごちゃごちゃ言わなかったからだ」
……今からトラブルが起きます、みたいな言い方をしないでほしい。
「ファミリーでも俺は新参者でね、血縁もねえもんだから元々のメンバーからは疎まれてんのさ。腕っぷしは強いんで手を出してくるやつァいないが、どっちにしたって同じだよなあ」
「少し黙れ。せっかくの炭酸がまずくなる」
道理でしゅわしゅわしていたわけだ。飲みすぎた、なんて言っているのもげっぷが出ると品位に関わるとか思っているのだろうか。
「何をしに来た、モドゥ。カダルの戦いは敗戦処理だ、さして金にはならんぞ」
「俺にも義兄弟と話したくなるときはあるもんだぜ。そこの嬢ちゃんを手っ取り早く金にしたいんだが、お前ならどう対戦カードを組むかってことをな……」
本人の前で「こいつをどう金にしようか」なんて話をすること自体とんでもない横暴と言うか、エロ同人でギリギリあるかないかくらいの展開だろう。真面目そうな三角ひげさんは、意外にも「どのくらい戦えるかにもよるだろう」と静かに答えた。
「動きがこなれているなら、給仕をさせているこの服でもよかろう。最初の戦いは私も見ていたが、踊りでも仕込めば女らしい戦いになるだろう」
「聞いたか嬢ちゃん、ガサツで武骨でとても女にゃ見えねえとよ」
大笑いしているけど、さすがにむっとした表情を見られたのか、一瞬で顔を戻したはずなのに「いや、何でもねえぜ?」と半分笑いながら言い訳をされてしまう。
「そいでどうだ、戦いは……おう、あんだけド派手に宣伝されてただけあって、カダルの野郎はやるねぇ。身の丈ある剣をぶん回すだけでマトモじゃねえってのに」
この世界の住人はステータスを知っているし、レベルの重要性も理解している。しかしやはり、ステータスが許容する範囲内にあってもロマン武器のたぐいは使いにくいものとして「マトモじゃない」扱いされている。
明らかに耐久に難があるドリルアームやら振りにくい持ちにくい当てにくい三拍子揃ってしまっているデスサイスもそうだし、重量級の武器もかなりの訓練期間を要するみたいだ。魔法で強化できるムチや帯刃はそれなりにメジャーだが、ジョブというシステムがないこのゲームでは「その道の達人に師事する」以外に武具の扱いを覚える方法がない。しぜん、使っている人が多い剣や槍に人口が集中しやすいのだそうだ。
「この娘がそれなりにやれることは知っているが、今出せる戦力ならばこの辺りが妥当だろう。あとは、モンスターのやり口に合わせた衣装の選択などどうだ?」
「おお、いいねぇ。つまりこうか」
ものすごーく嫌な予感がするが、あまり考えないことにしておこう。
大剣を目にも止まらぬ速度で振るうカダルさんの奮戦により、戦いは五分くらいで終わっていた。チャレンジクエストにしか出てこない「ジェヴォーダン」に隠しボスだったヒュドラ、弱体化イベントを挟まないと倒せなかった骸骨型の器械兵器など、人間ひとりが相手をしていいメンツではなかったのだが……どうして倒せたのかはまったくの謎だ。六柱信議が武力介入してこない理由は分かったから、それでよしとしておく。
「そういや、戦いが終わったらカダルに仕込んでもらうんだろ? ここはゾフラにやらせるからよ、行ってこい」
「ありがとうございます。では……」
仕込まれるという言い方はなんだか嫌な気もするけど、いちおう剣奴の身で訓練をつけてもらうだの鍛えてもらうというのも、立場が同じではない人に言うには違うように思う。あの人たちがどんな相談をしているのかも知らないまま、俺はカダルさんのもとに向かった。
◇
闘技場に出せるモンスターの種類は、さほど厳密に決まっているわけではない。モンスターを従えて戦わせることのできる力を持った人間がいれば、その人間が使う「牧場」システムにより、指定された空間にモンスターを収納することができる。問題があるとすれば、その空間が都市の地下にある人造ダンジョンだったことだろう。
人造ダンジョン「無限監獄」は、ルビーの街に作られた、死を待つ人間を放り込むための監獄もどきである。作られて数年が経ったある日、監獄は世界時計の歯車に組み込まれ、歯車の隙間に広がる無尽の異空間と化した。そして、放り込まれて何年も経過したモンスターたちは繁殖し、喰らい合い、進化して種族が変わった。
ルビーの街の地下は正真正銘のカオスであり、何がいてもおかしくない……出てくるモンスターも、選択肢は無限に等しかった。
「さて、強いのを選ぶのは当然として……フェティッシュがアガる演出ってのはどうだ、やっぱ血か?」
「間違いない。表面だけを裂く「ラドゥア・グリモサ」あたりか」
「いいな。そうすっと露出の多い恰好じゃねえとつまらんな、どうする」
「あえて防御力のありそうな服を着せて、破れるところを含め見せる」
さすがの悪知恵じゃねえか、とモドゥは笑った。
「ただ、あれは動きが鈍い。じわじわと進む戦いは、面白くはなかろう」
「いい考えだと思ったんだがな。速さで言や、嬢ちゃんはやや遅い気がするがね」
「技を仕込めば、それなりにはなると思うが……」
「うん? ならどうだ、速さと技がある敵を用意して、接戦を演出してみるってのは」
三角ひげの男……ザリード=ドゥカブ・バルバロは、幾度もうなずきながら思考を整理する。
「ならば「ディラマノ・ゾビユ」か……もしくは「アマルディニト・ザルガ」か」
「あれか。悪くないんじゃねえか?」
言葉とは裏腹に、満面と言ってもいい笑みが浮かんでいる。
「とっておきの衣装があるのを忘れてたな。別のアクセサリーと合わせて使うもんで、こっちに使うようには考えてなかったんだが……」
「ク、あれか。客は大喜びだろう、ありがたく借りることにしよう」
悪魔と言われようとも、利は貪る。正しく、彼らは「バルバロ・ファミリー」の一員であった。
ニコニコ笑顔で仕事をする回。主人公の闇もわずかに見え隠れしてきてますね。
しばらく前からYouTubeで「田吾与作ちゃんねる」というところで面白い動画をたくさん拝見していまして、動画内で使用されるフレーズに「頭ち〇ぽにする(脳内をエロで埋め尽くす意か)」という言葉がありました。長らく45っていないこのドロドロをインクにして物語にすればいいんだな! という謎の悟りを開いた結果がコレ。二章以降はリョナを解禁していくつもりなので、がんばります。