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東京チョップチップス

作者: チラリズム



『旧校舎が来年には取り壊される』



 放課後の渡り廊下を歩く僕はそのことを思い出す。

 朝礼で担任の先生が言っていた事だ。


 秋が終わりをむかえ、厳しい寒さを予感させる寒空の中。僕は一冊の小説本を片手に、取り壊し予定の旧校舎へと向かった。

 彼女が今日もいるハズだ。


 古い。旧校舎はとにかく古い木造建築だ。その校舎の階段を僕はゆっくりと登る。

 階段からはギシギシと軋む音が響き、今にでも壊れてしまうのではないかと思うくらいだ。

 階段を上がり、屋上へと出る扉を開ける。錆びてしまい役目を果たしていない南京錠がなんとも虚しい。


「先輩。借りていた本を返しに来ました」


 僕は上を見上げた。彼女はこの学校で一番高いところにいるからだ。

 据え付けられている貯水タンクの上、そこに彼女は座っていた。

「……来たわね危険生物」


 淡い微笑みを浮かべ、彼女は僕を見下ろしながらそう言った。

 ……僕は危険生物ではない。

 相変わらず気分で呼び方を変える人だな。


 『稲神萌木いながみ もえぎ

 20××年4月生まれ。

 一応17歳。

 牡羊座。AB型。

 身長156センチ。体重40キロ。

 右利き。

 視力左右ともに2、0。

 好きな色『灰色』

 好きな小説『弾丸とアリス』

 好きなお菓子『チョップチップス』

 アイスやお菓子は食後に必ず食べないと落ち着かない。

 いつも人生最高の瞬間について考えている、どこにでもいない女の子。

 僕と彼女、二人しかいないオカルト研究部の部長で1つ年上の先輩。

 部はもはや部とはいえず、同好会のようになっている。

 彼女はジョブチェンジ、あるいはクラスチェンジだ。などと意味がわからない事を言ってそれほど気にはしていない。


 貯水タンクのハシゴを上り、僕は彼女に借りていた小説本を手渡した。

 『アナスタシアの性癖』

 この小説もまた彼女が気に入っている作品の1つだ。


 彼女は、稲神萌木は……UFO、念動力、未来予知、異次元空間移動など。

 SF系の話を愛しているはずなのだが、僕にすすめてくる本はそのジャンルから外れた作品ばかりである。


「源内くん。次はこれを読むといいわ」


 彼女はすぐにまた僕に新しい本を渡してきた。これで彼女から借りた本は7冊目になる。


 『グリーンベルの丘』

 ほら、やっぱりこれも違う。

 ただ僕は、そんな風に彼女が本を読むよう強要されることを嫌がってはいない。

 彼女の選んだ本はどれも僕に合っていて、読みやすく、程よい心地にさせてくれる。

 本を読むのは嫌いではないし、なにより始まりは僕が言い出したことだ。読書好きな彼女が読む本に興味があったから。


 申し遅れたが僕の名前は『仲村渠源内なかんだかり げんない


 とても珍しい名前だけど、僕の性格や貫禄からして名前負けしているのは否めない。


「ありがとうございます。ところで今日はどうします?

 また古代兵器や未知の生命体でも探すんですか?」


「君は私をバカにしているの?」


 いつも彼女はそう言ってから始まる、今日も変わらない。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。

 彼女と関わってから日は浅いけれど、そんな彼女だと理解するには十分であり、慣れてしまってもいる。


「まだ私は待っているの、とある調査機関に頼んだ未知のウィルスの研究結果を」

「……そうですか……そうでしたね……」


 こんな毎日変わらない変わった彼女が、クラスでは特に浮いていないというのが不思議で仕方がない。

 成績も悪くはないし、友達付き合いは無いように見えるが、決して嫌われてはいないようだ。

 むしろマスコットのように女子からも男子からも暖かい目で見守られているという。


「では僕とコミュニケーションはダメですか?」

 この言葉を使うと彼女は食いつく。

「それはいい。

 会話、暗号、動作。それらの力の循環は人間に必要なことだから」


 彼女が好きなファクターというやつだ。

 僕は彼女と何について語ろうか……そう考えていた時、屋上に出た時には気付かなかったものに目を奪われた。

 学校のグラウンドを見下ろすと、円形状の不思議な図形がグラウンドの端の方にある草むらに存在した。

「ミステリーサークル?」

「ミステリーサークルだよ源内くん」


 僕はグラウンドに描かれたそれを指差した。

 彼女は小さく頷いた。

 そのまま僕は彼女を指差す。

 また彼女は小さく頷いた。

「『ボク』がやったのさ。『オレ』が指示を出したんだ、上手なものだろう」


 これは情状酌量の余地がない。また奇妙なイタズラを“彼女達”が仕出かしたみたいだ。

 稲神萌木の中にいる精霊と呼ばれる者達によって。

 ……彼女の名前には精霊が宿っている。

 精霊達は神木に住まい、人々から稲をまつられ、お礼とばかりに森を萌え出す。

 この世に生まれた彼女は、その名前とともに精霊達をその身に宿しているらしい。

 これを信じている者は、今のところ僕だけだ。

 なぜか彼女達は僕の前にしか“現れない”。

「私は止めたのだけれど……」

 稲神萌木はそう言った。

 これを含めて、僕にとって彼女は今日も変わらない。

 僕に本をすすめ、大好きなチョップチップス食べて、人として生きるだけ。

 だって彼女はなにもしない。

 なにかをするのは彼女達。

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