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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

竜喰い×竜殺し=(イコール)

作者: 胡蝶天下

皆様お久しぶりです。胡蝶 天下です。

この度連載に向けての作品を短編として投稿させていただきました。

相変わらずの稚拙さと語学力の無さに嘆くばかりですが、読者様方の評価など頂ければ幸いです。


本作は短編と言うことで人物描写、背景描写などの部分をかなり省いております。

その辺りは読者様の妄想(イメージ)で各々楽しんで頂ければと思います。

無論、物語が楽しめるかは保証できませんが……。


連載に関しては作者のモチベと読者様の評価、感想、批判を鑑みて決めさせていただきます。

批判の際には節度を守ったうえで頂ければと思います。


【注意】

全てスマホ作成になっておりますので御了承ください。


突如目の前で起きた異常事態に、少年、リュウヤはただ立ち尽くしているしかなかった。

王国騎士団小隊の隊長を務め、とある村の領主も兼任し、育ての親でもあった男の命が、一人の竜族の女によって奪われる。

一切無駄のない動きで男の心臓を貫いた右手を引き抜き、返り血を振り払う。

そして艶のある金髪を(なび)かせ、女はリュウヤの前まで歩み寄った。

「死」という現実がリュウヤの頭に(よぎ)る。

女の後ろに横たわる男に「お前には才能がある」と言われ、男の下で三年間生きてきた。

いずれ名のある騎士になり、そのリュウヤを育てたという理由で出世狙っていた男に利用されているだけとも知らず……。

だからこそ、それなりの戦闘感を身に付けてきたリュウヤは直感するーーこの女には勝てないと……。

逃げることすら叶わないーーそう思っていた……。

だが、女の次の行動に、リュウヤは唖然と目を見開く。

何が起きたのか解らなかった……。

女は、リュウヤの前で膝まずき(こうべ)を垂れ--そして、こう言葉を発したのである。


「お迎えに上がりました。我らが王よ」と……。



ーーーーーーーーーーーーーー



今より三百年ほど前、我こそが最強、我らこそ最強の種族ーーそう言って戦争を始めた魔王(バカ)がいた。

それに異論を唱えるように参戦した--竜王(アホウ)もいた。

そして、とばっちりを受けるようにして己の命を代償に、二者に立ち向かった--英雄(マヌケ)がいた。


そのうちの一人である魔王が、現在リュウヤの眼前で思考するように、お手製のチェス盤を眺めている。


「む、これなら……」


そう呟きながら魔王が駒を動かす。


「残念。惜しかったな。チェックメイトだ」

「な!? ま、待ってくれリュウヤ君!」

「いいや、駄目だ。待たない。これで俺の十連勝だな」


そう言うと、魔王は 盤上を悔しそうに見つめる。

そんな魔王を余所に、魔王の側近である女から飲み物を受け取り、一口。

するとそこへ、黒いフリフリのワンピースを身に纏った、赤毛の可愛らしい女の子がリュウヤの膝の上にちょこん、と座るようにして現れた。


「パパまたリュウヤに負けたの?」

「ち、違うんだよリリア。パパはまだ負けた訳じゃーー」

「おいおい、どう見てもあんたの負けだろ、魔王様。可愛い娘に嘘付くなよな」

「リリア弱いパパ嫌い。リュウヤ強いから好き!」

「おお、そうかそうか。だがなリリア。そいつはもちっと良い女になってから言ってくれ」


最愛の娘に「パパ嫌い」宣言をされ完全に停止している魔王を尻目に、優しくリリアの頭を撫でる。


「リリア様、そろそろお稽古のお時間です」


先ほど飲み物を受け取った、メイド服を見事に着こなした側近の女がリリアへと声をかける。


「え~、まだリュウヤと一緒に居たいのにー」

「おいおい、リリア。そんなんじゃ良い女になれねーぞ? 折角良いお手本が稽古してくれるんだ。しっかり学んでこいよ」

「リュウヤはレレイが良い女なの?」

「ん? まぁ、最低でもレレイラくらいになってもらわねーと俺の目にはとまらねーな」

「サラは?」


リリアは、一度リュウヤの後ろへ顔を覗かせ、再びリュウヤへと向き直った。

リュウヤの後ろには、美しい金髪の女が畏まるようにして立っている。


「ハッ!……俺がくだらねー女を連れまわすわけねーだろ」

「わかった! リリア頑張ってお稽古してレレイやサラより良い女になる!」

「よしよしその意気だ。頑張ってこい」


そう言ってもう一度頭を撫でると、リリアは嬉しそうな表情でレレイラに連れられて部屋を出ていった。

誤解の無いよう説明しておくと、お稽古といっても別に礼儀作法だとか、ピアノのレッスンだとかそういうのではなく、単純に魔法を使った戦闘訓練である。

間違ってもこれでいい女になれるなどというわけではない。


「んで、いつまで固まってんだ? サタンさんよ」


自慢の緑色の長髪すら、白い灰に見えてしまうほどの放心状態で「パパ嫌い」を、呪詛よろしく連呼していた魔王様ことサタンが、唐突に我に帰ったように生気を取り戻す。


「酷いではないかリュウヤ君。これで私が娘に本当に嫌われてしまったらどうするんだい」

「知らねーよそんなこと。大体、この程度のことで嫌われるならとっくに嫌われてるから安心しろ」

「いやいや、あれでリリアも私に似て強情だからね。安心出来ないよ」

「最強だとかくだらない理由で、世界を真っ二つにするくらいだからな」

「はは……耳が痛いね」


リュウヤの図星にサタンは肩を落とす。

世界を真っ二つ、というのは実のところ正確ではない。

ただ、この世界唯一の大陸が、(さき)の大戦で二つに割れたのは紛れもない事実である。

その原因となったのがリュウヤの目の前の魔王と、先代竜王、そして当時の英雄だった。

三者の戦闘は三日三晩……ではなく、わずか数時間で強制的に決着した。

勝敗を決する前に、世界が悲鳴をあげたのだ。

しかし、これはリュウヤにとっては当然の結果ともいえる。

なにせ、一人でも世界を壊滅させられるだけの力を持っている。

そんな存在が三人も同時に、本気の力でぶつかればどうなるか。

それは竜王となり、同様の力を手にしたリュウヤなら考えずとも分かることだ。

だからこそリュウヤはくだらない理由だと言ったのである。


「ところでリュウヤ君。リリアにあんなことを言ってもよかったのかい?」

「あん? 別にいいんじゃねーか? まだ六歳とはいえ、物分かりは良い。今のうちに仕込んどくべきだ。中身の腐った女になっても俺が困るからな」

「おや? それは将来リリアをもらってくれると言うことかな?」

「さてね……そりゃそん時の気分次第だ。俺が危惧してんのはリリアが昔のあんたみたいになった時だな。んで……実際のところ今の力はどの程度まで来てる?」

「うむ……単純な力は私の四割といったところかな。成体への移行を終えれば間違いなく私を越えるよ。無論単純な力だけを言えば、だけどね」

「それはいつ頃になりそうなんだ?」


リュウヤの問いに、サタンは静かに首を振る。


「解らない。明日かもしれないし、数年後とういうこともあるかもしれない。君も知っていると思うが、魔族は本来、生まれてから五年で成体移行期間に入る。だが六年を過ぎても娘にその傾向はみられない」

「……原因は?」


その問いにサタンは一瞬だけ思考するように顎に手を当てた。


「……おそらく母親、つまり私の妻だろうね。魔将軍以上の力を持つ者が、人間との間に子を宿したのは初めてだからね」

「なるほどな……。魔族は人間に孕ませればより強い力を持った魔族が生まれる……が、元々強い力を持つ者だと子を産む前に人間の方が死ぬ」

「その通りだ。妻は……良く頑張ってくれたよ……」


本来、魔族にとって人間とは忌み嫌う存在だ。

そして、その逆もまた(しか)り。

しかし、魔族の王であるサタンの表情からは、本当に妻を愛していた、という感情が(にじ)み出ていた。


「後悔してるか? リリアを産ませたこと」

「まさか。妻はリリアの顔を視た後、満足そうに逝った。ならば私が後悔などするのは御門違いだよ」

「クク……随分良い女に巡り会ったじゃねーか」

「私の唯一の自慢だよ。羨ましいかい?」

「ああ、羨ましいね。こういう巡り合わせがあるから生きてる意味がある。つくづくあん時死ななくて良かったと思うぜ」


互いに想うことがあるのか。数瞬の間沈黙が流れた。

その後、話題は直ぐに切り替わる。


「そんじゃそろそろ本題と行こうか。態々(わざわざ)呼び出したんだ。話があるんだろう?」

「そうだね。リュウヤ君、君はつまらない話と面白い話、どちらから聞きたい派かな?」

「つまらない話は聞きたくねーな」

「フフ、そう言うと思ったけどね。しかし一応は耳にしといてもらいたい情報でもあるんだよ」


ちっ、とリュウヤは軽く舌打ちをする。


「……それで?」

「ああ、つい三日程前から我が魔王軍は二つに別れてしまってね。どうやら私は魔王失格とのことだよ」

「はッ! そいつは本当にくだらねー話だな。何か? 新しい魔王でも決めて戦争でもおっ始めようってか?」

「どうやら先方はそのつもりのようだよ」

「やれやれ、おめでたい奴等だな、おい。まぁ別にいいんじゃねーの? やりたい奴にはやらせておけばよ」

「ふむ。無論こちらもそのつもりさ。人間に対する魔族の嫌悪はなかなか消えるものではないし、それを咎める資格も私にはない。一応、側近の一人を置いてきてあるから情報は入ってくるしね」


「へ~」と、リュウヤは心の底から興味無さそうに声を漏らす。

そして「もういいだろ?」という視線を魔王に向け、話題は本命へと移行する。


「本命の前に君の話を詳しく聞きたいのだが、リュウヤ君は確か異世界から来たんだったかい?」

「あん? そうだな。別に証明するつもりも手段も無いけどな」


そう。リュウヤは元々この世界の者ではなかった。所謂異世界人である。


「その頃の詳しい記憶はあるかい? そうだね、君がこちらの世界に来てから竜王の力を手にするまでで構わないよ」

「昔話かよ。ほとんど胸糞悪い記憶しかねえんだがな。何か意味があるのか?」

「意味というか、確認だね」

「そうかよ」


そう言うと、リュウヤは昔の記憶を掘り起こし、語り始めた……。




ーーーーーーーーーーーーーー




十年前、リュウヤは竜也(りゅうや)として、別の世界で普通の人生を送っていた。

普通と言っても、それは本人視点での話だ。

他人からしてみれば随分と特殊である。


俺を動かして良いのは俺だけ--。


それが竜也の生き方の本質である。

良く言えば、己の生き方を貫く強い意思を持った少年。

悪く言えば、ただの自己中であった。

そんな生き方をしていた竜也の、とある春先のことだ。

普段通りに目覚め、普段通りに家を出る。

そして普段通りの道で学園へと向かう。

春風に煽られ、桜の花びらが舞う……そんな時だった。

突然激しい目眩に襲われ、そのまま意識を刈り取られた竜也は、目を覚ましたときには異世界へと召喚されていた。


(くそったれ……。いったいどうなってやがる!)


目を覚ました竜也の感情は怒りだった。

当然だ。竜也は別に誰かに襲われたわけではない。

それは当時の記憶がはっきりしている本人が一番理解している。

ならばこの状況はなんだ? 人が道に倒れていたなら、連れていくのは普通、病院だ。

断じて、数メートル先すら見えないような、濃い霧に覆われた岩場などではない。


「どこのどいつか知らねーが、やってくれたなッ!上等だよ。必ず礼はしてやる」


徐々に落ち着きを取り戻した竜也は早速行動を開始した。

まず最初に、足元にあった幾つかの小石で目印を作った。

道に迷った際の基本だ。

ただ、これだけ視界が悪いとその目印も対して意味は無いだろう。

それでも気休め程度にはなると、竜也は一定の間隔でその目印を付けていった。


(なんだ? これは足音?)


体感で数時間が過ぎた頃だ。

足音にしては奇妙……。しかし一定のテンポで刻まれるその音は、竜也の知る中では足音が一番近い。

一先ず、丁度岩に目印を付けていた竜也はそのまま岩の陰に身を潜める。

音の位置から察するに、岩の裏手だ。

竜也はタイミングを見計らいこっそりとその正体を覗き見た。


「なッーー!?」


驚きで漏れた口を咄嗟に塞ぐ。


(ヤバい……ヤバいヤバい! なんだあれはッ!!)


今にも発狂しそうな自分を必死に押さえ付ける。

竜也の目には三メートルは越える大男……否。

全身に石礫(いしつぶて)を張り付けたような化け物が映っていた。

その化け物はズシン、と音をたてながら徐々に視界から遠ざかり、霧の中に消えていく。

十分に離れたことを確認した竜也は安堵の溜め息を付いた。


「おいおい……冗談じゃねーぞ。地球じゃねーのかよ此処は……」


ハハッ! と、余りにも馬鹿馬鹿しい思考におもわず(かわ)いた笑いが零れる。

だが竜也の知る知識の中に、地球上あんな禍々しい生物は存在しない。

ならば目覚めた時の状況と照らし合わせたとき、一番辻褄が合うのは、此処が地球以外の場所だということになる。

馬鹿げた話だった。

ただ、その馬鹿げた話の渦中に竜也は来てしまった。そしてその事実は最早変えようがない。


(詰んだな……)


最初に化け物を目にしてから数時間ーー竜也は現状に諦めを抱いた。

化け物は(さき)の一体だけではなかった。

慎重に慎重を重ね、少しずつ移動すれば同じような化け物、違った種の化け物を目にした。


(最悪だ……)


ここで自身が、ちっぽけな人間ごときでは到底敵わない化け物どもの巣窟に迷い混んだのだと悟った。

最早、下手に目印等付けられない。

万が一化け物どもに知性なんてものが備わっていれば……その先を考えるのが恐ろしい。


(くそったれ……。一体何をやってんだ俺は……)


いよいよ、竜也は自暴自棄に陥っていた。

無理もない。

既に辺りが暗くなり、そして明るくなる。

それを三度ほど繰り返している。

果たして、十六歳の少年が、絶飲絶食で何日まともでいられるかはわからないが、少なくとも三日と言うことは無いだろう。

しかし、絶飲絶食に加え、極度の緊張、そして水底に沈められているような息苦しさが、竜也の体力と精神を限界寸前まで追いやっていた。


(もうやるしかないな……)


竜也は覚悟を決めた。

死ぬ覚悟ーーそして生きる覚悟を……。

万が一の為に拾っておいた、太い枝の先を尖らせた武器、と呼ぶには余りにも心許ないそれを持ち、重い腰を上げる。

化け物どもを殺し、それを喰らう。

敗北、即ち死。だが、生き残れるとするならやるしかなかった。

食べることが出来るかすら定かではない物に、希望を見出だすしかなかった。

そして竜也は絶望した。

突然の騒音と同時に、化け物どもが一斉に、何かから逃げるようにして、唖然と立ち尽くす自身の横を、視界にすら入れず素通りしていった事実に。


「おい……まてよ……何処に行こうってんだ……。ふざけるなよ!!」


込み上げてきた怒りに任せて罵声を吐いたーーその時だ。


グオォォォォォォォ!!!!!!!!!!


「ーーーーッ!?」


とてつもない「何か」の咆哮におもわず耳を塞いだ。

直後、強風が吹き荒れ、あれだけ濃かった霧が一瞬で霧散する。

期せずして視界が晴れ、活路出来たーーそう思った。

晴れたことによって、この世で最も出会ってはいけない存在を視界に入れてしまうまでは……。


「う……そだろ……。はは……ハハハ」


壊れた。竜也の精神は、この時完全に崩壊した。

眼前にはあの化け物どもとは比べ物にならないほど巨大な黒い(ドラゴン)が、その翼を広げ立っていた。

そしてその竜は、竜也を視界に捉えてしまっている。


「終わった……」


竜也は命を捨てた。

恐らく腹を透かせているのだろう竜は、竜也を捕食対象とし、その長く太い首を地面に平行に突き出し、大口を開けながら竜也を丸飲みする勢いで突っ込んでくる。

竜也は無抵抗でその時を待つ。

そう、待つはずだったのだ。

だが竜也は動いた。

敵う筈がないと分かっていて、無意味なことは嫌いだと知っていて、それでも竜也は抵抗を魅せた。

絶対に譲れない、一つの信念が故に……。


「……っざけんなよ、くそったれが! 俺はな、他人が敷いたレールを生かされるのが一番嫌いなんだよ。未来に死しかないって言うなら、その死すら俺の意思で……選びとってなんぼだろうがぁ!! くそったれがぁぁ!!!!!」


迫り来る竜目掛け、持っていた武器を渾身の力で投げつけた。

意味はない。そんなことは百も承知だ。

竜也は単純に信念を貫いただけだ。

自分の意思で生きる希望に賭け、反撃をしたことで、何かの間違いで生き残る可能性を潰し、死すらも自分の意思で選んだ。

結果オーライなど要らない。

ただそれだけ……。

だから、最早唖然とするしかなかった。

先っぽを尖らせ、槍に似せただけの枝が、(まばゆ)い閃光を放ち、巨大な槍の幻覚を纏って、竜を文字通り縦に真っ二つにしてしまったのだから……。


「…………は?」


霧が晴れたことによって露になった鉱山の地に、禍々しき巨竜の血の雨が降り注ぐ。

その中を唖然と立ち尽くしていた竜也だったが、次第に状況を理解し、感情が込み上げてくる。


「は、はは……くははは。意味がわからん! が、これは俺の勝ちだよなぁ? くそったれ!」


笑いが止まらない。

竜也はしばらくの間、狂ったように笑い声を上げ続けた。


「ああ……限界だ。喰えるか分からねーが喰うしかねー。血もある意味水分だろ」


自分が既に限界だったこと忘れるくらいに笑った後、真っ二つになって死した巨竜を見つめ、食べられそうな部位を探す。

そんな中、未だにドクンッと脈打つ心臓が目に入った。

そして竜也の目にはそれが一際旨そうに見えてしまった。

ゆっくりと両手で掬い上げるように心臓を手に取る。

間近で見るそれは、ますます食欲をそそられるほどの何かを放っていた。


ゴクリ…………。

生唾を飲み込み、竜也は……そのままかぶりついた。

活きた血が、極上の脂のように口から溢れだす。

巨竜の生肉は、これまでに食したことないほどの極上の味がした。

そして二口目を頬張るその瞬間、ハンマーで殴られたかのような衝撃が全身を襲った。


「がッ!?あ、アァァァ!! …… な、なんだ? 何がおき、がはッ!?」


あまりの激痛に膝から崩れ落ち、叫び、吐血した。

同時に竜也の脳内に何かが流れ込んでくる。

それは記憶だった。

激痛と共に何度も記憶が流れ込んでくる。

世界の事。巨竜の事。心臓を食したことによって自分の身に起きた事。

その全てが記憶として流れ込んでくるころには、激痛は治まっていた。


「はぁ……はぁ……。くそったれ。身体が縮みやがッた」


そう、竜也の身体は十六歳のそれから、凡そ六歳のそれにまで縮んでいた。

なぜそうなったのか……。

それは既に、記憶として流れ込んできているために理解している。

ただ、竜也の意識は、疲労と衰弱で今にも途切れる寸前であったが故に、これより先の記憶はリュウヤには無い。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「と、まぁこんなところだな」


昔話を語り終えたリュウヤは一息つく。


「ふむ、懐かしいね。先代竜王が自我を失い、黒竜となる前はよくこうして談笑に花を咲かせたものだよ」

「そうかよ。で? てめえは俺に胸糞悪い昔話を、懐かしむためだけにさせたのかよ?」


リュウヤは鋭い眼光でサタンを睨み付ける。


「ふふ、そう睨まないでくれないかな。最近は昔を思い出すことなど無くてね。少しくらい大目に見てくれないかな。しかし、君の話通りなら、リュウヤ君はなぜ黒竜を打ち倒せたんだろうね」

「ふん。さあな、一応仮説は立てちゃいるが……なぁ、お前はこの世に神なんてもんがいると思うか?」

「神か……。さてね、解らないよ。しかし、そう考えた方が面白いことは確かだね。仮に神が実在し、君に起きた現象の元凶だった場合、どうするのかね?」

「はん! そんなもん、俺の前に引きずり下ろして一発ぶん殴るに決まってんだろ。そうでもしなきゃ気が収まらんね」


仮説の話とはいえ、神に対しての宣戦布告とも摂れる態度で断言する。


「おや? 殺しはしないのかい?」

「あん? しねーよ。そもそも殺せる存在かも解らねーだろ? それに俺は一度の過ちは基本的に見逃してやる主義なんでね」


明らかに立場が上からの物言いに、サタンは苦笑した。


「さて、もういい加減良いだろ? さっさと本題に移せっての」

「ああ、そうだね」


痺れを切らしたリュウヤの言葉に、ようやく話題は本題へと移った。


「君が竜王と成ったとき、人間の女の子に出会わなかったかい?」

「あん? いや、そんなことは……ちょっと待て。そういや……確か村で三年間生きてた時に俺を拾った男が言ってたな。魔物に襲われた村に俺が女の子を背負って来たとこを保護したとか」

「ふむ、実は我が軍が二つに別れる前、私はお忍びで人間の町に行っていたのだよ。丁度その時に、王国騎士団の新人パレードがあってね。その中の一人から、僅かだが君と同じ力を感じた」

「なッ!?」


サタンの言葉に驚きの声を挙げたのはリュウヤではない。

リュウヤの後方で沈黙を守っていた竜族の美女 、サラである。

リュウヤも多少目を見開くが、それよりも興味をそそられたという感じの方が強かった。


「そ、それは真ですか!? 魔王サタン!」

「ああ、間違いないと思うよ」


サタンは縦に首を振って肯定する。

サラは「どういう事ですか?」と問いかけるような視線をリュウヤに向けた。


「そんな睨むなよサラ。いい女が台無しだぜ? 仕方ねーだろ。力を手にした瞬間からの記憶はうろ覚えだし、その後はお前が迎えに来るまで、俺の記憶は完全に無かったんだ。俺は別に万能じゃねーんだよ」

「ですが、事実ならばこのままにはしておけませんよ」


サラの危惧するところはもっともである。

人間の中には竜殺(ドラゴンスレイヤー)しと呼ばれる者達がいる。

文字通り竜を殺せる、或いは対抗出来る力を持つ者達の事だ。

そして人間がその力を得るのにもっとも早いのが、竜の血を飲むことである。

無論、その為の条件は限りなく狭い為に、多く存在するわけではない。

が、人間からしてみれば、その力は酷く魅力的で絶対の力でもある。

当然、(くだん)の女も竜殺しに分類されていることは確定的だ。

何より、竜王であるリュウヤの力と言うのが、サラの危惧するところだった。

その辺の雑種や下位の竜ならば問題ない。

しかし、僅かとは言え竜王の力を宿し、それを使いこなしているとすれば、対抗出来るのは竜王である、リュウヤしかいないと言うことになりかねない。

それほどリュウヤの力とは、竜族の者には絶対なのだ。


「ああ~はいはい。なら直接見に行ってみれば良いだろ。俺も個人的にそそられる話だしな。確かにこいつは面白い話だったぜ、サタン」


手振りで自分の側近であるサラを制し、サタンに礼を言う。


「そう言って貰えると情報を集めている甲斐があるというものだよ。まぁ今回のはただの偶然なのだけどね。直ぐに行くのかい?」

「ああ。次いでに旨い飯でも喰って、人間の町でも満喫してくるとするぜ」


そしてリュウヤは立ち上がった。

その表情にはどこか子供の陰が見える。

突然、手元に欲しかった玩具が舞い降りたような、そんな表情だった。


「やっぱ人生ってのはこうでなくちゃいけねー」


そう言い残し、リュウヤ達は魔王城を跡にする。

そして、大きな飛竜の背に乗って、空の彼方へと消えていった……。

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