1・解呪屋の仕事
こんにちは。
主人公は赤毛です。赤っぽい茶髪です。
庭目でも言います。しつこいと思いますが、真っ赤ではないのです。
解呪。
呪いを解く行為であり、呪いの根源である瘴気を放つ魔女がはびこる昨今ではそれを職とし選ぶ者も増えている。
昔、ここは鉱石の採掘場であったのだという。揺れるランタンの仄かな光に照らし出される岩肌は時折反射し、所々ににょっきり見える青く透きとおった石は幻想的であった。
その内部のトンネル状の場所を、滑るようすいすい歩いて行くいくつかの影。陣形を組んだその前衛に位置する人物の中でも特に目立つ容姿をしている少年がいた。幼いが整った顔立ちや、警戒するように素細められた鋭い瞳の、鉱石に勝るとも劣らないきらめきは爆ぜる炎の色。歩調にあわせて揺れる頭髪はあまり見かけることのない赤毛。
「なぁ、なあ! ルビー、お前はどう思う? 今回の儲け」
軟派な空気を身に纏い、性格もそのとおりのリーが、赤毛のルビーに話かける。
「どうだろう。入口には何もいなかったから何とも言えない」
「この奥にいれば別だけどね」
高く結い上げた長い髪を揺らして歩きながら、メイガンがクールに告げた。
「おい」
ふっ、と、唐突に。先頭にいる、腰に刀を吊った青年が立ち止まる。道の先は、汚い闇色の霧が立ちこめていた。
「準備はいいか」
質問した割には、有無を言わせない雰囲気があった。もちろんここでよくないとは誰も答えない。和やかに会話していても、彼らはすぐに応戦できるように準備をしていた。
「……ルビー」
声をかけられ赤ずくめの少年は小さく頷く。
「行くぞ!」
鋭いルビーの合図とともに、ルビー以外が暗視用のゴーグルと瘴気よけのマスクをセットする。
常人であれば、瘴気の奥にあるものはゴーグルを通さねば認知できない。けれど、ルビーは……赤目を持つ者は違う。普通ではないのだ。
「っ」
大きく息を吸って闇に踏み込む。ルビーにとって、瘴気の漂う世界というのはうっすら靄がかかっているだけで、普段の光景と差異はない。幸か不幸か本人にもわからないが、それも彼の赤い眼球のおかげであった。
瘴気をくぐった途端、ひらひらと長が横切る。間髪入れずに後方にいたが小型の銃でそれを撃った。ちゃらちゃらとした雰囲気にそぐわない冷淡な嘲笑を浮かべる。
小柄で瞬発力の高いルビーが先陣を切って目当ての獲物に向かう。遊撃がサガミ、雑魚を排除し銃で援護を務めるのがリーとメイガンの兄妹。小規模な「スカーレット」の中で、この四人は息が合っていることで有名だった。
ルビーはでこぼこして走りにくい地面を俊足で駆ける。低い姿勢で踏み出すその一歩が恐ろしく素早い。しかも全力のズピードを出しながら腰の短剣を鞘から抜くのだ。
採掘場の行き止まりに、そいつはいる。スカーレットで事前にしらされた情報のとおり、そいつは、「魔女」は、御簾のごとく張った赤目でも完全に見通せない分厚い瘴気の奥でルビーに背中を向けている。辛うじてわかる無防備でたおやかな女性の後ろ姿。けれどそれが異様だった。
(……どうする?)
己の判断を試すかのよう、心で呟きつつも次の行動は決めていた。ダガーで振り払うにしても、この瘴気の量では時間がかかる。先手を打たれたらおしまいだ。現に魔女はゆっくりと振り返ってきている。ルビーは空いている左手でポケットの中から聖水入りの小瓶を取り出す。歯で栓を抜き、容器ごとぶん投げる。
硝子が砕けた。ぱりん、と薄氷が割れるのに似た繊細な音が聞こえると瘴気は消え去っており、しゅぅしゅぅいっているだけだった。その頃にはルビーは既に魔女に肉迫していた。
「ごめん」
小さく謝罪して、跳躍。ダガーを肩に差し込み斜めに振り下ろす。ドレスに包まれた真っ白な肌が布の隙間からのぞき、今し方ルビーがつけた傷からはところどころが暗色にむしばまれた血がとろりと溢れる。
「リーっ!」
絞り出した大声に、
「おうよ!」
とリーが反応する。両手の銃での雑魚狙いをやめ、背負っていた馬鹿でかくて大砲みたいな銃に持ち替えると、魔女に照準を合わせた。咄嗟にルビーは屈み、低い姿勢をとる。上目づかいで魔女をうかがう。じっくり眺めると素晴らしく綺麗な顔立ちの人だった。漠然と「真っ白い」という印象を抱かせるが、さらりとした黒髪や長い睫毛、黒曜石じみた瞳も存在を放っている。どこか幼く、負傷しているにも関わらず無邪気な表情をしていた。
瞬間。
冗談みたいな大音量に耳を塞ぎたくなる衝動に駆られ、だが、すぐ終わり、水飛沫が旧採掘場の戦場と化した一帯に散っていた。聖水だ。瘴気を媒介とした呪いを受けた者は、体内に聖水を取り込むことによって浄化される。リーの無反動砲には弾丸ではなく聖水がセットされており、呪いが重い場合ほど聖水が必要になる呪者との戦闘では大量にそれを噴出できるこの道具が鍵となるのだ。
びちゃり、と地面に落ちた水に瘴気がとけていくなか、ルビーは立ち上がって__呆然とした。
「おい……サガミ…………」
ポケットから出して握っていた、魔女を封じるための術札を、危うく落とすところだった。足下の水たまりに落ちて使い物にならなくなったらせっかく奮発した札がおじゃんになる。
「っ!」
かちりと刀を鞘に収めたサガミが鬱陶しそうに前髪をかきあげながらルビーの方を見て、これまた驚愕を露わにした。
「兄様、ちょっと」
「な、え! は、何だよこれ!」
姿形からからしてあからさまに重たいバズーカを下ろして一息つく兄を自分の視線の方向と揃えたメイガンも、落ち着いた口調と裏腹に随分参った様子だった。
「どういう、ことだ?」
サガミが皆の心境を代表する台詞を口にする。答えられる者は誰一人としていなかった。
「……さあな」
とりあず、一番魔女の近くにいたルビーが答えた。
「どっかに、行ったのかも?」
魔女が魔法を使うとき、瘴気という人間に害を与える靄が発生する。取り込んでしまったそれが運悪く身体を蝕んだとき、呪いは完成する。
そうやって呪われた道具や生物を開放する生業にしている人物は、解呪屋と呼ばれた。
ルビー__ウォルビレトも、その一人であった。