プロローグ(説明のみ)
プロローグ
失礼しますー―。
今晩は、君が今日から新しくこの学園に転入することになっている生徒だね。先鋒から話は聞いているよ。
僕は今回君の案内役を勤めることになった、数学教師の長谷川隼斗と言います。君のことも後に教えることになるかも知れないね、よろしく。
さて、君の向かいに座ってもいいかい?少し話しておきたいことがあるんだ。
ありがとう。――それにしても、全く外は酷い雨だね。風の音も五月蝿いし、あまりよく休憩も出来なかったんじゃないかい。
ごめんね、この話が終わったら寝台車両で少し休んでも構わないからね。
しかし天気予報では、こんな土砂降りの雨は降らない筈だったのだけれど……
さて、君も長旅で大分御疲れだろうから、手短に説明するとしようか。
その前に一つ、こんな夜遅くに時間を指定してしまって申し訳ない。
訳あってのことだけれど、君に迷惑がかからないように真夜中を設定させてもらったんだ。
そのために君には大きな負担をかけてしまったと思う。本当にごめんね。
下らない理由で忍びないけれど、あとで理由もきちんと説明するよ。
…眠いかい?実は僕も、こんなに遅くまで起きていることなんてあまり無いからちょっと眠いんだ。早く説明を終わらせて、お互い休息でもとることにしよう。
さて、それじゃあ始めにこの学園の仕組みを少し説明しようか。
けれど僕から君に教えられる情報はあくまで簡易的なものだから、詳しく知りたかったら後程生徒にでも聞いてね。
まず君がこれから通う学園は全寮制で、初等部、中等部、高等部に別れている。寮は全部で四つあって、初等部から高等部までがほぼ均一に分けられているよ。
ちなみに制服も寮ごとに色が別れているから、君のはあとで寮の部屋に届けておくよう頼んでおくよ。
君の寮も決まっているけれど、それを言うのは僕じゃないから後程ね。
そしてこの学園は学年別に校舎が分けられていて、寮別にクラスが編成されている。けれどそれとは別に年齢や寮に関係なく作られる課外授業班というのもあるよ。
あとは立地かな。この学園は、山奥にひっそり建てられていてね、なにより学園の敷地がとっても広いんだ。学園内にはたくさんの施設が存在するし、あちこち歩き回るのも楽しいと思うよ。ただ、迷子にはならないように気を付けてね。
――そうだな、僕が君に紹介できるのはこれくらいかな。それよりもっと大事なことを君には伝えなければいけないから、今はこれくらいで勘弁してくれるかい?
うん、それじゃあ本題は簡潔にお話しさせてもらおうかな。
君にも思うところはあるかもしれないけれど、僕の話が終わるまではなにも言わないで聞いてほしい。
ではまず――君を『今』この学園に招いたこと、これには実は今まで前例がないんだ。
つまり君は、この学園で最初に招かれた転入生ということになる。
…うーん、ことの重大さがあまり伝わらないかな?
この学園はね、新入生の受け入れは九月のみと決められているんだ。九月の決められた日に本学園への通知が届いた者ー―彼らのみが正当に認められ、手続きを終えて新しい生徒となれる。
通知が来れば年齢に関係なく学園に入学することができるのだけれど、九月の入学式を過ぎてしまうと学園は再びその門を閉じ、次の九月まで開くことは決してないんだよ。
ちょっと迷信深いけれど、僕たちが住む学園と俗世界が唯一交わるのが九月だと言われていてね。
今は一月だろう?だから君は『交わりの九月』以外の月にやってきた、特別な生徒ということになるんだよ。
――なぜ今君が『今』此処にいるのか、気になるところだろうね。
詳しいことは僕にも分からないけれど、きっと九月まで待っていても君に正式な通知が来ることはなかったのだろうと思うよ。
君は学園に来るべき資格を持たない、けれど学園からの特例が認められてこの学園にやって来たのではないかな。
この辺りは僕にも詳しく知らされてはいないから、深く考える必要はないと思うよ。
とにかく君は特別に歓迎されてこの学園にやって来た、その事実だけは変わらないのだからね。
そしてもう一つ、『交わりの九月』がこの学園において特に重きをおかれている理由も、説明しなければならないね。
先程も言ったけれど、この学園は山奥に建てられている。
故にその存在を知る者はほとんど居ないし、逆を言えば僕たちも外の世界のことは何も知らないんだ。
僕たち青薔薇学園に住まう者全ては、外の世界に触れることはないし、触れることを禁忌としている。これは校長が定める決定事項だ。だから二つの世界は分かたれ、決して繋がれることはない。
たった一つ、『交わりの九月』を除いて
ね――。
まぁ、今のは語り継がれた物語のようなものだよ。けれど長年伝統として蔓延るうちに形は変化し、それは『九月だけが人間界とこの学園を結びつける特別な月』というような迷信に変わってしまった。
そして今は一月だ、意味は分かったねー―?
それが、君を深夜にここまで連れ出した理由。下らないだろう?生徒たちは皆その迷信を信じ、九月以外の時期に来た君を恐れているんだよ。
だから昼間に堂々と列車を到着させて混乱を招かないために、生徒たちには君が来る日付を伝えないでこういう処置をとらせてもらったんだ。本当にごめんね。
――確かに、九月に入ればこのようなことにはならなかったかもしれないけれど、君に招待状が届かなければ学園からの許可は降りないからね。
どちらにしても君の転校は異質だということだよ。
……これが僕から君に話しておきたかったことのすべて。理解してもらえたかな?
君にはとても苦しい環境になるかもしれない。けれど君も彼らも同じ人間なのだから、きっと分かってもらえるときが来るよ。
君が招待状なくしてここに来たことに、きっと正当な意味があるのだろうからね。
どうしても困ったことがあったら、いつでも僕に相談してくれたって構わないよ。先生たちも全て君の味方だ、いつでも頼ると良い。
けれどひとつだけ――絶対に守ってほしいことがある。
『この学園から外に出てはいけない』。これだけは肝に銘じてほしい。
今も、これから先も、このルールだけはいつでも君を縛り、牽制するものとなるだろう。
――では、お話は以上だよ。お疲れさま。
なにか質問はないかい?理解できないところはなかった?
そうか。君はずいぶん物分かりが良いみたいだね。こちらとしてもありがたいよ。
いいかい、臆することなんてない。君は君が思うように学園生活を過ごしてくれれば良いんだ。
今日からこの学園が、君の親となり手足となるのだからね。
では僕は準備があるから先に失礼するよ。学園に着いたら、寮のことは他の人間に任せてあるから彼を頼るようにね。
それでは改めて、青薔薇学園へようこそ。そして学園生活を、十分に楽しんでねー―。