二人の女
「賭け? そんなの知らないわよ」
月下病院の屋上庭園にて蘭子はメイサにそう冷たく言われた。
屋上には造花のバラやコスモスなどの色とりどりの花が敷き詰められており、太陽の無い世界でも花を愛でる人類の習慣は変わっていない。昨日の賭けの賞金はメイサがシカトし続ける為、蘭子の口座に一時的に保管する事に自分で決定した。そして二人はメイサがヒカルに敗れた準決勝の後に病院で話せなかった話をする。
「ねぇ、あんた月下の不良品って言われてたけど月下のどこに所属してたの?」
「もう話してもいいわね。……そう、私は月下グループの特務部隊シャドウムーンにいたの」
「シャドウ……ムーン?」
シャドウムーンとは月下の闇を全て請け負う殺人を主にした戦闘集団。
日本全国に派遣され、月下の利益を侵害しようとしている会社を発見し業務提供を影から持ち掛け、それに拒否する場合は不慮の事故や風評被害などを与えて会社のトップを消してから月下が乗っ取る企業暗殺者である。それをあくまで影で遂行するには相手を騙す知恵。相手を魅了する外見、話術などの人間的魅力をシャドウムーンの先任者から徹底的に叩き込まれ、百人の子供が集められても一人のシャドウムーンが生まれればいいという確率であった。嬲り、犯され、罵倒されて成長し、月下の闇を担う存在になる頃には月下のマシーンとして存在する精神思考しか身についておらず、自分というものが存在しなかった。
「……そこで調教された私に子を産む身体は残されていなかった。嬲られ、弄ばれた身体はただの容れ物に成り果てた……だから、貴女が竜史の子を産むのよ」
「な、何で私が……」
戸惑いを見せる蘭子にメイサはその胸ぐらをつかみ額をぶつけ、
「竜史の淋しさは貴女にもわかるでしょう!」
頭突きをくらう蘭子は軽い脳震盪を起こし、フラフラとした。涙ぐむメイサは蘭子のダメージなど気にもしないように話し続ける。
「あの子は……特別な子に生まれた。だから愛で、愛で満たしてあげないとこの前の試合みたいに真っ黒い太陽が生み出される。その炎は人類を照らさず、人間を燃やし尽くす炎になる」
「だから……だから竜史を……」
「竜史は地獄の二ヶ月の調教に耐えた。その地獄の二ヶ月の間、一日だけ泣いた」
「……」
「武道大会の前日に竜史の父親の墓を作った事を伝えたの。その前でずっと立ち尽くしていた。私の姿が消えたとたん、竜史は崩れ落ちた。心が折れてしまってもう明日の試合が戦えないと思ったけど、竜史はその夜も普通に過ごした。あの子は強い……けど、ふとした瞬間に闇に落ちる。昨日の虚無戦がいい例よ。だから貴女が必要なの」
「……」
「私はあのシャドウムーンに入る時に誰かに助けて欲しかった思いを心のどこかで抱いて生きてきた……けど、この二ヶ月の竜史との生活で助けられた。人間としての心を手に入れたの。あの暖かい子犬のような少年にね」
「貴方が竜史の子を産めない。だから私が竜史を助ける……わけじゃないわよね?」
「そんなの言わなくてもわかるでしょう」
ジッと睨むメイサを額を抑える蘭子は、んんっと喉を整え真面目な顔で言う。
「私も竜史の事は好きよ。学園の授業が中止され、大会会場の建築から一回戦で負けるまで学園生活を奪われた事と、妹が死んだ事の恨みを果たそうと殺しにかかった。でも、そんな私を竜史は殺さなかった……会場中で恨まれ、暴言を吐かれ物まで投げられていた竜史は誰も恨んでなかった。自分の運命を受け入れていた……そんな竜史を……いつからか好きになっていたわ……」
「……」
「このまま竜史が私を受け入れてくれれば結婚して子供を産んでもいいと思うわ……けどね。それはライバルに勝ってからよ。最強のライバルにね」
キッ! と蘭子はメイサを睨んだ。それに驚きながら、
「ライバル? 誰よ? 誰がいたからしら? 邪魔者なら私が消しておくわ」
真面目な顔をしてメイサは考えるが、その額を激しい衝撃が襲う。
「あんたよ! あんた!」
「――!」
「何あんた諦めてんの! そんな重要な事ばっか人に押し付けて私は悲劇のヒロインです! みたいな面して、高みの見物? バカ言ってんじゃないわよ! 私の知ってるメイサはいつも知的で冷静で傲岸不遜……そんなあんたに竜史も惚れてんの! 敵前逃亡なんてメイド道の辞書にあるのかしら! どうなのよスーパーメイドさん!?」
「……言ってくれるわね」
額の痛みより、蘭子の言葉に傷ついたメイサは目の前の少女の強さに憧れを抱いた。人間が成長するには自分と向き合い、自分を見つめなければならない。辛い過去を閉ざし、全てを諦める人間には本当の成長などはあり得ない。
(私も変わったわね……悪くないわ。この仲間と一緒なら、私は傷ついても立ち直れる。だって、私には仲間がいるんだもん……私は、蘭子みたいな女の子になりたかったのかもしれない)
いつの間にか子供の頃を思い出し、その自分と見つめ合ったメイサはその自分を抱きしめ、今までずっと見ないフリをしてゴメン……と謝った。そして、自分のライバルである茶髪の芯の強い勝気な少女と見つめ合う。自分が理想としていた少女を見据え、
「じゃあ、勝負ね。いつも直情的で行動が全てから回るおてんば娘の蘭子さん」
「えぇ、勝負よ! 私が勝つ!」
「いいえ、私よ!」
「私だ!」
「私よ!」
「離しなさい……」
「貴女が離したら離すわ」
二人は笑顔で握手を交わし、ギュ~ッ! と互いの手を握り合う。
すると、互いの頬を優しい光が照らした。
『サンライト――』
月下山脈の頭上には真っ赤な太陽が浮かんでいた。
力を入れていた手の握手は一旦休戦になる。
決勝への勝機の光明を見た二人の少女は微笑み合い互いに握手をする力が込められる。
それは一時間ほど続き、二人の手は真っ赤に腫れ上がりグローブのようになった。
それをベランダのイスに座り見ていた月下ヒカルは口に含んだチュッパチャップスを口内で動かし、
「……虚無戦を経て太陽を出現させるまで力を増したか。だが、二ヶ月前にお前の親父を殺した時程度の太陽じゃ私には勝てない。私のルナティックは永遠に月を維持させる事が出来ているけど、貴方のは一時的なもの。太陽と月が相容れないという決定的な事実を貴方の死をもって教えてやるわよ……竜史」
チュッパチャップスが無数に差さる瓶を横に吹き飛ばし立ち上がる。
ヒカルは全ての怒りをぶりけるようにカルピスの入るグラスを床に叩きつけ、空を睨む。
届くはずもないのにヒカルはチュッパチャップスを太陽に向かって投げた。
やがて月のそばで燃えたぎるまばゆい太陽は姿を消す。
そして、この一月の全てが終わる決勝戦の日になった――。




