ダークサンライト
怒りが限界に達した蘭子は胸のペンダントから手を離し、背中にある元亀天正を手に取った。
その姿に誰もが気付いていないが、虚無だけは自分に異常な殺意を開始前から浴びせてくる少女の存在に気付いていた。蘭子の歩くスピードは増していき、それと同時に虚無の新しい興奮も増す。パッ! と駆けた蘭子は武舞台に足をかけようとする。それにパン子が気付き、止めようとするがもう遅い。目標を捉えた蘭子の目には虚無の背中しか映っていない。その顔がゆっくりと振り返っていくと――蘭子の目にメイサの顔が映る。
「――ッ!」
バッ! と武舞台を足蹴にし場外へ戻る。全身を震わせうつむいている蘭子に虚無は舌打ちをした。ホッとパン子は息をつき、審判業務に集中する。
「……」
元亀天正を持ったまま微動だにしない蘭子はメイサのある言葉を思い出していた。
『人が生きる上での信念をかけた戦いに手出しは無用。たとえ死ぬ事になろうとね』
その言葉が全身の細胞を駆け巡り、竜史の言葉を思い出す。
『俺を誰だと思ってる』
その竜史の言葉には頼りなさや負ける気持ちなどの細かい感情は一切なく、自分を奮い立たせて自分を信じて突き進む男の強い言葉であった。
(私は竜史を信じていなかった……今は私が竜史を一番に信じてあげなくちゃいけないのに……)
フッと顔を上げる蘭子の目には強い覚悟が宿っていた。
(私は見守る。竜史が勝つって信じてるから)
二人の仲間の強い意志のこもる言葉を思い出し試合を見続ける。
相変わらず中空で断罪者を待つ囚人のようにうつむいたまま目を閉じている竜史に虚無は語りかけていた。それは観客にも語りかけており、やがて会場を支配する一つの正義になりつつあった。
「この暗き世界に百年ぶりに光が差した……喜びに打ち震えたわよ……悲しみに包まれたわよ。この世で一番美しいはずの私よりも美しいものが二つも存在するんですもの! 月のルナティックだけじゃなく、太陽のサンライトまで現れるなんて完全に計算外よ。でも私はサンライトに期待するわ。この会場にいる貴女達も期待せずにはいられない。あの太陽は今の世を否応無く変えるものだから。月下に包まれる世界に風穴を開ける大いなる日輪であるからね。みんなで見ましょう……一人の少年の命を代価にして得られるささやかな太陽の光とやらを」
会場の全ては虚無の言葉を受け入れ、ゲストルームの光史朗の隣にいるヒカルは太陽の出現に期待する。
「……美とは破壊する瞬間の煌めき。私がロストサンライトを引き起こし、人類に美を教えてあげるわよ」
そして、虚無は竜史を殺そうとグラビティマニューバを体内で爆発させ神経細胞の全てを破壊しようとした――刹那。
「キョオオオ……ム? キョオオオオオオーーーーーーーーッ!」
目を覚ます竜史は溜めていたサンライトをグラビティマニューバを伝って流し込む。それを一気に流し込まれた虚無はグラビティを防御に使えずにサンライトで身体の内部を逆に焼かれた。上半身の衣服を破り去り、きめ細やかな美しい身体をかきむしり快感を共有しろと言わんばかりに絶叫した。グラビティマニューバを脱する竜史は全身の痛みに耐えて京雅を構えた。ニイィィ……と笑う悪魔のオネエと視線が合う。
「……気持ち良かったわぁ。ゾクゾクしたわよ」
「マゾかお前は。化け物みたいな力はどっから生まれやがる」
「互いの体内を知った以上、互いの残りのオーラが見えたわね?」
「あぁ。2対9でお前の方が上回っている」
「サンライトを受身に使っていたのが大きく力を消費させたわね。オーラが溜まるのを待ちすぎた」
「それはしょうがねぇさ。サンライトスラッシュ十発も撃ってオーラがすぐに出せるわけがない」
「残る二割のオーラが消えれば、後が無くなって覚醒するかしら?」
その会話の最中、場外で審判をするパン子は股間をおさえ周囲を見る。
(ひえ~! どうしよ? お腹痛い……)
便意をもよおしたパン子はこれなら竜史は大丈夫だろうと思い急いでトイレに向かう。
そして戦闘は再開され、数度の激突の中で竜史は倒された。
「そんなフェイントにかかるとでも? 早く太陽を見せなさい!」
倒れたと見せかけてるのは虚無にもバレている。すると、何を思ったのか右手の刀を手放した。
「?」
グラビティを纏う左拳を出そうとしていた虚無に隙が出来る。
「サンライトスラッシュ!」
磁石のS極とN極がひっついたように竜史の右手に刀が戻り、サンライトスラッシュを虚無の首筋に叩き込む。
「刀の鍔に糸を仕掛けておいたのね。そういえば真希は糸で貴方を苦しめたとか言ってたわねぇ……でも残念」
完璧に決まったサンライトスラッシュだったが、その首には火傷程度のダメージしかなかった。呆然とする竜史の身体から一瞬力が抜ける。その一瞬が竜史を地獄へ突き落とした。
「……どこに消えた! ――!」
耳をツツーと舐められ、耳の穴を舌がドリルのように突っ込む。
目は一切竜史の耳を見ず、真横から竜史の苦痛に歪む顔を見据える。動けないダルマのように全身の穴という穴を陵辱される竜史はそれでも剣を振りカウンターをかまそうとする。だが、自身の最強の一撃を片手で防がれた事により竜史の精神は折れ始めていた。
「ぐっ……あああああっ!」
全身に絡みつく黒い糸であるグラビィティマニューバの身体操作で身体の自由を失い、中空でもがく竜史はグンッ! と何かの重しに押されたように地面に叩きつけられた。
(これは蘭子との戦いの根比べじゃない……奴の体力はまるで削られてないからどうにも――あああっ! 折れた……か!)
左足がその衝撃で折れた。受身も取れず絶叫が上がり、瞬間的に蘭子も叫ぶ。
「竜史っ!」
完全に何も出きず、武舞台の床に叩き続けられる光景に蘭子は絶望した。観客も黙ったまま血まみれになる竜史を見る。これではさっきと同じだと思う虚無は新しい策を探す。
「本人をいたぶってもこれ以上どうにもならないわねぇ。となると……」
鋭い鷹のような虚無の瞳が蘭子を捉える
それに気付く竜史は叫ぶ。
「おっ、おい! どこへ行く! 相手は俺だぞ!」
「あの女もメイサも敗者なの。この試合中に蘭子を殺す事だって出来るのよ?」
「貴様! 関係ない奴に手を出すな!」
「貴方を援護してるんだから関係なくはないでしょ? この世界は弱肉強食。私は気に入らないものが消えても何も感じないの。貴方のサンライトの輝きをもう一度見る為ならこの世界そのものさえも壊すわよ……まずはあの小娘ねぇ」
「――え?」
自分を殺す純粋な悪意と蘭子は目が合う。
瞬間、身体は金縛りにあったかのように硬直し動けない。
シュワアアア……と虚無の右手に真っ黒なグラビティの黒球が生まれていく。
「い……嫌……」
瞳に涙が浮かび、失禁する。
しかし、その黒球は肥大化していき、人差し指の先で止まる。
「やめろおおーーーーっ!」
左足が折れている竜史の叫びは虚しく散り、会場の全ての人間は蘭子が犠牲になると確信した。右手を天に掲げ太陽を意識しサンライトを放出するが、一向に太陽が出現する気配は無い。
「グラビティブラスター」
口が開いたまま場外で座り込んだままの蘭子は目の前の現実を否定する。
しかし黒い塊は嘲笑うかのように接近し――。
「嫌あああああああーーーーっ!」
「蘭子――――――――――っ!」
スウウッ……とブラックホールの虚数空間である次元の狭間に蘭子は吸い込まれた。
絶望に染まる竜史の顔を大興奮のあまりよだれを垂らして虚無は見据える。
「次元の狭間に落ちたらもう私にもどこへ消えたかはわからない。いい顔をするわねぇ……その顔が貴方を成長させるのよ」
「……そうかよ」
「?」
ボワッ……という炎が灯る音が会場に響く。同時に虚無の腕が燃え尽きる。
「うおおおおおおおおおおっ!」
ズボオオオオオッ! と全身にサンライトを爆発させた竜史は天に出現させた太陽からオレンジのオーラが注がれ果てしないパワーを増幅させていく。燃え尽きた腕を抑え、太陽を見上げる虚無は思う。
(この男の本質は闇? さっきまでとはまるで炎の純度が違う。今は意識が失っているから彼の本質が出ている。白は黒に染まり易いか……)
空には月の隣に黒い太陽が出現した。
その太陽は月下武道大会会場を燃やし尽くすような近さで燃え続ける。その圧倒的な炎の塊の迫力に観客は騒然とする。黒い太陽より注ぎ込まれたサンライトを全快にし、黒い髪が更に伸び、肌は褐色に染まり悪鬼のようになった竜史は呟く。
「燃やし尽くしてやる……この世界全てを!」




