メイサ
「何……だ? 勝ったはずでは――」
全身の痛みを感じながら上半身裸のメイサは目を覚ます。
両手、両足をルナティックのオーラに拘束され、身体は月型の死刑台に貼り付けられていた。ヒカルの生み出した月光の死刑台にくくりつけられ上空に浮かぶメイサを観客達は声も無いまま見つめている。
「おはよう、メイサ。気分はいかがかな? なかなかいい乳をしてるな。巨乳のわりに乳輪は小さくピンク色だ。シャドウ時代に弄ばれたとは思えない美しい身体だ。なあ、観客の諸君」
『……』
スッと白夜をメイサの露になる乳房の中心に剣筋を立てていう姿に観客は声も出ない。
確実に勝利宣言をされて勝ったはずの現実が幻影と理解し、ある程度の事を察したメイサは言う。
「……朧は強化コードで強化されたのかしら? ヘルズドラゴンとの戦いじゃあ、強化コードで眼力がそこまで強化された感じは無かったけど?」
「その通りだ。あれはあくまで相手の攻撃に一瞬だけ耐え、体勢を崩さない力が必要だっただけ。眼力にまでは及ばない」
「じゃあトリックは何?」
「それはお前が朧のカウントを間違えたからさ」
そのヒカルの言葉の通りメイサは朧のカウントを間違えていた。
ヒカルは二回目の朧の前に強化コードを使い、一気に勝負に出ようとした。それに囚われたメイサは次の朧に耐える事ばかりに集中し、精神の固定化を招いた。そこにつけいる隙を見出したヒカルは二回目の朧で三回目まで使う映像を思考に流し込み、固定化された精神が勝利に近づくたびに開放され幻影に溺れていく事にすら気付かずに今に至る。
つまり、二回目の朧以降は現実世界ではメイサは月の死刑台でただ刻まれるだけの罪人に過ぎなかった。
「……やられたわ。ここまで来て勝てないなんて」
「私の腹にここまでの深手を負わせた技には敬意を表するわ。今のメイサはいい顔をしていないな。ここまでの屈辱を与えてもシャドウムーン時代の顔にまだ戻っていない」
昔の自分を思い浮かべたメイサは目の前のヒカルが幼女の自分になる。
暗殺部隊シャドウムーンに入り殺戮の日々をこなす前の純粋無垢なままの少女であった自分と対峙した。その少女は助けて……助けてと懇願していた。それは今の自分と重なる所があるが、決定的に違っていた。
今のメイサには仲間が出来て、信頼関係があるのである。
その人と人との絆がメイサの心を開放し過去を乗り越える力を与えた。そのきっかけを与えたのは皮肉にも月下ヒカルであった。視界に写る幼女は消え、メイサは微笑む。
「貴女は自分を見るのが嫌なのね。過去と向き合えない者は未来と向き合う事は出来ないわよ」
「人間は自分を見るのが嫌なんだ。誰も自分自身がわからないからな」
「そうやっているから、いつまでも月下光史朗は貴女を見ないのよ」
「――黙れっ!」
メイサの変化が気に入らないヒカルは過去に戻れと言わんばかりに激情に任せ動いた。
スパッ! と一閃した白夜がメイサのズボンを切り裂き下半身が露になる。
その光景に観客から失笑が溢れ、ヒカルも髪をかき上げ笑いをこらえそうになる。
メインモニターにおむつが映し出され、会場の全ての人間の視線はおむつをはくメイサは
「……おむつメイ……いや、仮面騎士選手はおむつをはいています。実は私も先日まで……」
と、誰も聞いていない実況をするパン子を無視するヒカルは、
「ククク……ハハハッ! 最高だよメイサ! お前のようなクールビューティがおむつをはいてるなんてな! 場外にいる小便臭い女ならわかるが、お前がそんなものをしてるなんてな……ウケ狙いか?」
静かに怒りを燃やす蘭子は怒気を溜めているが、いつメイサに加勢してもおかしくないほどな状態にあり、次に何か起きたらもう我慢が出来ないだろう。それを見たメイサは蘭子の成長を感じた。まだ敗北を認めていない故にここで手を出したらメイサは失格になるのをわかっているのである。
「おむつをしてるのはトイレに行く時間を有効活用する為よ。何か?」
「何事にも動じないのは変わってないな……なら何故私に殺意を向けない? 昔のお前なら八つ裂きにしてもしきないほどに静かに激怒するはず。そんなぬるま湯につかった顔をするな」
まるで裁く側と裁かれる側の立場が変わったかのように二人の表情に表れている。
裸のまま死刑台に吊るされるメイサには余裕があり、それを裁くヒカルには余裕が無い。
にらみ合う二人に数秒の静寂が流れ、メイサの口が動く。
「このおむつの中身も気になる? 気になるなら早く切りなさい。殿方が私のアソコを見たがってるわ」
「そうだな。お前のストリップを映像として売り出せば大いに売れそうだぜ」
未だに過去のマシーンでしかなかったメイサに戻らない事に憤慨しつつ、
「弱くなったなメイサ。その弱さでは復讐などは務まらない」
「確かにそうかもしれない……でも悪くない気分よ」
「? 弱くなって悪くないなどあり得ないな。所詮は弱者でしかないんだよ。私は強い自分が誇らしい」
「本当にそうかしら?」
激情を押し殺すヒカルは白夜を振りかぶる。その動きに蘭子は地面に突き刺していた薙刀・元亀天正を取り武舞台に突っ込む。審判であるパン子は蘭子の暴挙に気付き行く手を防ごうとする。チッ……と白夜の切っ先がメイサのおむつに食い込む。
(竜史……貴方のおかげで、私も人の心を取り戻したわ。この三ヶ月は……最高の日々だった……)
竜史と過ごした二ヶ月の変化で新しい自分を思う。
一人の人間としての自分を。
(終わりか……いい終わりかもしれない。残せるものは全て残した)
全ての終焉を受け入れ、竜史と蘭子の未来を思い浮かべた。
天を見上げるメイサの瞳孔は開いて行く。
それに呼応するように白夜は刃を滑らせる。
会場の全てが狂喜し、ゲスト席の月下光史朗の口元が笑う――瞬間。
「――ぐっ!?」
シュパアアアアアアアアアッ! と武道会場に途方もない光が降り注ぐ。
会場にいる全ての人間は頭上からのまぶしさに瞳を閉じ、ヒカルも目を閉じる。
ただ一人頭上を見上げその光を受け入れるメイサは暖かな光の全てに癒された。
片目を開け、この光の正体をつかむヒカルは、
(――太陽か……? 太陽!? ――まさか!)
武道会場の真上に浮かぶ満月を覆い隠すように熱い太陽がメラメラと輝いている。
そして、感情に任せたまま武舞台に特攻しようとしていた蘭子の横に赤い特攻服を着た少年が立っていた。全身に暖かい太陽のオーラを纏い髪がオレンジ色に逆立つサンライトの少年が――。
『……』
やがて太陽のまぶしさに慣れてきた会場の人々は瞳を開け、憎々しげに響姫は言う。
「太陽……竜史」
虚無ラボラトリーでの戦いを終え、会場に戻っきた竜史はヒカルを無視し言った。
「参ったよなメイサ?」
その優しい言葉に反論の余地は無かった。
「えぇ、参ったわ」
「じゃあ、準決勝はヒカルの勝ちだ。パン子、仕事しろ」
「わ、わかってるわよ竜坊!」
すぐにパン子はヒカルの勝利を宣言し、準決勝一回戦を終了させる。
月の死刑台から放たれたメイサを竜史は抱きしめ、赤い長ランが肩にかけられる。
二人は無言のままだが、何かを理解しあうように微笑み合った。そして、蘭子がすぐに場外で介抱する。ヒカルを見つめる竜史は、
「太陽計画ってのをようやく知ったぜ。当事者なんだから俺にもちゃんと説明しとけよ」
「そんなもの教えなくてもいずれは知るだろう? 誰から聞いたかは知らんが、お前のサンライトを人柱として利用する太陽計画とは、資源がいらない天然の明かりを灯す事でこの暗き世界に目に見える形での希望を生み出し月下は全国民からの信頼を得る。これにより国民の士気も上がり土地は開発され利益が増える。その産業革命の中で発展した企業が月下グループに従わなければサンライトで焼き払う。いわば太陽の神罰を与えるんだ。これが太陽計画の全て。私とお父様の関係の全てだ」
「つまらないな。そんな関係なのかよお前達親子は? 俺と親父とは大違いだ……お前あ達には利害関係しかない。ヒカル、お前愛されてないな?」
その一言にヒカルは人格が豹変したかのように激情を露にする。その哀れな娘の姿に光史朗は吐き気がし、ゲストルームから去る。様々な暴言を吐き、竜史を罵倒するが当の竜史はあまり気にもとめていないようにヒカルを見据える。
「……私はルナティックを得た特別な存在だ! 特別なんだ!」
「特別だけど特別じゃない。俺達は特別な能力があるだけで、他は普通の人間と同じ。お前だってそれをわかってるはずだ」
「お前が準決勝に勝てばこんな話はしなくて済む。勝てる算段があるのかは知らんが、勝てなければお前は永遠に月下の奴隷だ」
一瞥をくれてヒカルは会場を後にする。
そして竜史は早く控え室で治療をしようという蘭子を制止し、竜史を見つめている。ニッと笑い、
「ヒカルの奴は今の試合ですら余裕を浮かべて戦っていたが、こっちは常にギリギリで戦い成長して来た。心身共にな。ゆっくり休んでろ。俺が必ずヒカルを倒してやるさ」
「期待してるわよ。でも私のためじゃなく、貴方自身の為に戦って……勝ちなさい」
「あぁ、燃えるぜ!」
拳にサンライトを展開する竜史はガッツポーズを取り勝利を約束する。
そしてパン子もメイサの様子を見ようと駆けつけた。
竜史はそこで心に引っかかっていた聞けずにいた事を聞いた――。
「昔の話になるけど、何であの時助けてくれなかったの? っていう言葉が心の中で引っかかってたんだけどどーにも思い当たるふしが無い。どういう事だったんだ?」
瞬間、メイサは自分が月下に引き取られた時の事を思い出す。フッ……とまた幼女であるその時の自分が現れ悲しげに見つめてくる。その自分に微笑み返し、
「もう……解決した事よ。忘れなさい」
「……そうか。俺が勝てはお前の願いも叶う。お前の弟子がどんだけ強いか俺が証明してやるよ!」
二ヶ月前にはただの雛鳥でしかなかった竜史が成長する姿を見てメイサは涙する。
始めはただの子供としか思わなかったが、叩けば叩くほどに底力を見せ、やがて自分の息子のような感覚を抱いていきこの少年の進化を楽しんだ。その楽しさは自分の閉ざしていた過去の殻を破り、いつの間にか仲間と呼べる人間達が出来ていた。
(今まで貴女を否定していてごめんね……ありがとう。サヨナラ)
そして月下に引き取られた時に生まれた過去の絶望した少女はメイサに微笑んで消え去った。メイサの瞳に熱いものがこみ上げ、竜史はハンカチを渡す。
「風邪か? その傷じゃあ、病院に泊まりだろうから今日は暖かくして早く寝ろよ」
わかってるわよ……と微かに口元を動かし、暖かい仲間達に囲まれたままメイサは病院に向かった。




