一幕~月下武道大会~
百年ぶりに現れた太陽の加護を受けるサンライトの少年の出現に、無類の畏怖と新たな商売を考えた月下ヒカルは自身の庭である月下山脈に武道会場を設立し大会を開くと宣言した。父親を殺され、この月下グループの箱庭から逃げ場が無い竜史は今まで向き合う事をしなかったサンライトを戦いで使う修行をしようと考えていた。目の前の女が現れるまでは――。
「始めまして。月下グループ社長令嬢、月下ヒカルより派遣されてきたメイサです。これより月下武道大会の終焉か貴方の死亡まで警護及び訓練を担当します」
「あぁ、よろしく」
大会が始まるまでの二ヶ月間はこのメイド服を着た美人の大人の女性といったツインテールのメイサと共に寝食を共にし、修行に励む事になる。あてがわれた小屋の場所は月下山脈の外れの方にあり、武道大会の建設予定地からは近いが月下グループのビルや学園などからは遠く隔絶されていた。小屋から半径五キロ付近は月下グループに訓練された軍用犬ノラドッグが竜史を監視するようにうろついている。
(……これから二ヶ月間このメイド女と修行か。背は一メートル七十くらい。目鼻が大きく整い、唇が少し厚めで大人びて見えるがまだ十代だな。十代じゃなきゃこの感じの女がツインテールなんて……)
んんっ……と喉を鳴らし、竜史はメイサに対して思った事を胸に押し込む。そしてメイサは持ってきたカバンをベッドの傍らに置き指を鳴らす。
「では早速外に出て始めましょうか?」
「えっ、もう? つか、武道大会の相手は基本的に誰なんだ? もしかしたら月下学園の女子生徒じゃないよな?」
「武道大会にエントリーされる選手は日本中の異能力者と、月下学園から選抜された女性徒よ。すでに大々的に告知をしてるからそれなりの選手が集まるでしょうね。特に月下学園の募集要項の一つに光税の永久免除も約束されるようだし」
「光税の永久免除……それが無くなれば生活にかなりの余裕が出るな」
この太陽の無い世界には光を生み出す燃料が必要になる。マッチ、ライター、ライトなどがそれに当たるが、その光を多用しすぎると魔物に襲われるという噂があり、現実に魔物に襲われる実例がある為に月下グループが光の使用を制限している。そのかわりに民衆には無償でマッチやライトを配り、光の使用によって現れる魔物を退治する費用として光税を月下グループは得ていた。
「魔は光によって現れ、光によって駆逐される。それが月下グループの開祖である月下元十朗の大義。それは二代目の光十朗にも受け継がれている」
その話に竜史は父親と母親を思い出す。両親から受け継いだこの身体にはサンライトという太陽の力が宿っており、一度は両親を恨んだ事もあった。暗く染まる思考はやがて母親が炎に包まれ燃え尽きる光景へと変わって行く――。
(……母さん、俺は災悪なのか――)
「さぁ残る期間でせめて決勝まで行ける強さになってくれなきゃ困るからスパルタ調教で行くわよ」
スッとメイサの柔らかい手が頬に触れ顔に息がかかる。同時に、右腕を折られた。
「――ぐっ……ああああああっ!」
恐怖のあまり竜史は小屋を抜け出し外に出る。天使の微笑を浮かべるメイサは仕事に従順なメイドとして調教相手を追跡した。激痛が走る右腕を抑えながら薄闇の森の中を走るが黒いメイド服の女は猛スピードで迫って来る。ジャンプをしたメイサは両足で着地すると水を得た魚のように右腕を突き出し一直線に飛んだ。
「メイドボンバー」
ガスッ! と勢いのある右手の拳が背中に直撃し、背骨が軋み地面を転がった。標的を捉えたメイサは折れている右腕を見て笑う。
「痛い? 痛い? 痛い? 私にはわからないけどどういう痛みなの? ねぇ、そんなわめいてるだけじゃわからないわよ」
(ダセぇ技名のくせに強い……こいつ――ぐうううっ!)
思いっきり折れている右腕を握り締められ、メイサの甘い吐息が頬にかかる。その息は物凄くキャラメルの香りが鼻につく。脂汗が額に流れ胃の中のものを全て吐き出しそうである。目の前にある顔に対して必死に睨んで抵抗し、
「調教係なら今まで何人を戦士に仕上げたんだ?」
「ゼロよ」
その言葉に竜史の抵抗する動きが止まる。
「今までの月下から依頼された仕事は九十九人を調教したけど、全て死んだわ。精神を病んで自殺した者、肉体的負荷で死んだ者、調教から逃げ出し殺された者――。私の管理下に入った者は全て死んだわよ。そして、記念すべき百人目がサンライトの能力者なんて素敵すぎるわ」
全く殺人を犯している事に何も感じていない瞳を見てつぶやく。
「息がキャラメル臭いんだよ……」
「キャラメルじゃないわ。生キャラメル。私、生が好きだから」
「そんなの聞いてねぇ……があああっ!」
更に握り潰すように右腕を握られ、左腕は抑えられて首に腕を回され締められる。
「貴方は二ヶ月で月下ヒビキを超えなきゃならないんでしょ? もう少しマジで抵抗しなさいよ。まさか死なないなんて思ってるんじゃないでしょうね?」
「お前……俺を成長させるメイドだろ! 俺を殺したら大会を開けないんだぞ!」
「大会が開かなくても私には関係無い。月下響姫から依頼されたのは貴方を武道大会で勝ち抜くよう強くする事。あそこの山の一角に武道会場が建設され完成するのが二ヶ月後。今は月下学園の生徒が必死に建設中よ。日本全体から異能力者を集めるからさぞかし、月下武道大会は盛り上がり金が動くでしょうね。貴方のサンライトのおかげで」
少し先の明かりが灯る月下武道大会の建設中の森を眺めるメイサは竜史の顔を無理やりそちらへ向けさせる。かすかに香るメイサの脇の汗の匂いが竜史の心を冷静にさせた。
(このままじゃ殺される……二ヶ月もこんな女といられるか……)
メイサに地面の土を投げつけ、一目散に竜史は逃げ出す。すると、目の前を黒い影が駆け抜ける。
「があああっ!」
突如茂みから現れた獰猛な犬が竜史の足に噛み付く。必死にもがきながら払いのけ、後退する。だがその犬は追跡して来ない。
「そうそう、この山の外周にノラドッグを大量に放ってるから絶対に逃げられないわよ。死にたくなければ、生き残りたいなら毎日に勝つしかない。私が貴方の調教係なんだから」
「……まるで月下の意思を反映した機械だな」
「そう今は機械。今はね」
「ぐあああっ!」
「逃げ場は無いわよ、太陽竜史」
主従が決定するさまを一匹の白猫が見ている。
頭をイス代わりにされる竜史は声もないまま闇夜に浮かぶ三日月を見上げた。
その後、メイサからの過酷な追いかけっこが始まった。ノラドッグに囲まれる山の中を住処にしている山小屋を中心にした半径五キロを逃げ続ける。追いつかれたら果てしなく棒で叩かれ、あまりにも遠くに行くと周囲を囲むノラドック達に命を狙われる。それは朝の七時から夜の七時まで続けられ、それ以外の時間のみが竜史の安らぎの時間になるが身体も精神も限界でメイサの作る食事を食べたら死んだように眠るしかない。同じベッドで寝る為に襲ってやろうとも思ったが、一日の追いかけっこが終わるとそんな体力も気力も無かった。
その状況のみが二ヶ月間続き、ついに月下武道会の開催日が訪れた――。




