月下の闇
「ん……ここは?」
竜史が落ちた薄暗い室内はどこかの研究室のようだった。真上を向き落ちてきた穴を見上げるが、とても登れる高さではない。気を失っている蘭子を壁によせ、室内の机にある資料を見る。そこには様々な動物を掛け合わせ生み出されるキメラの情報が描かれていた。
「キメラの製造研究所?」
そこは光に誘われて現れるキメラの製造研究所だった。資料をよく見ると、見覚えのある人物の情報も乗っていた。
「カッパライダー? 確か一回戦の仮面騎士の相手……まさか、この施設の管理人は――虚無隼人」
紛れもなくその凶悪無慈悲なオネエだった。それ以外考えられない。
勝ち上がれば対戦する事になる虚無の闇の一面を見た竜史は全方位から虚無に全身をれろぉ……れろぉ……とねっとりと焦らすように舐められている錯覚を覚え身震いした。
「――殺気?」
バッ! と竜史は感じて振り向くが誰もいない。冷や汗を拭い、目覚めた蘭子と共に先に進むと大きなゲートの前にたどり着き、内部はキメラが収容された培養カプセルが無数に並んでいた。どのキメラも異様な化け物の姿で、ただ一つも同じ姿のキメラはいない。――刹那。
バシャアン! と培養カプセルが弾ける音がし、グオオオオンッ! というキメラの叫び声が聞こえた。それを聞いた二人はその方向に走る。
「見つけたぞヘルズドラゴン! すでに自我は無いようだな……消えてもらう!」
「戦闘? 虚無か?」
キメラと誰かが戦っている。その誰かは仮面騎士だった。未だ正体不明の仮面騎士はヘルズドラゴンと呼ばれている魔獣の火炎を回避し、サーベルを叩き込む。しかし、ダメージは与えられず尻尾が直撃してしまう。仮面騎士はカランッと仮面を落とす。竜史は顔を隠す仮面騎士よりもヘルズドラゴンというキメラに驚いている。今迄、魔獣と呼ばれるものを見たことがなかった為に恐怖を隠しえない。これが人類を闇から捕食していた魔獣の姿――。
「逃げろ! 殺される――!」
元来た道を二人は走り出し、ヘルズドラゴンは追跡する。仮面騎士は影から現れた誰かに攻撃され、追撃が不可能になる。
「逃げんの? あいつが魔獣なんでしょ? ついでにこの施設破壊すればいいじゃん!」
「仮面騎士でも傷がつかないキメラだぞ! とりあえずここを脱出した後に、地上から爆発させて全て潰してやる……あっ、開かない?」
ガンガンッ! とゲートを叩くが反応しない。入口のゲートは閉ざされ、振り返るとヘルズドラゴンが目の前に迫っている。蘭子は尻もちをつき口をパクパクさせて失禁している。大口をあけるヘルズドラゴンの喉の奥から炎が収縮されていくのを見た。
「蘭子、動けっ! ええぃ!」
吐き出された炎に突っ込み、刀を大上段に構え――。
「サンライトスラッシュ!」
炎を切り裂いただけで、本体には迫っていない。鋭い牙が竜史の身体を噛み砕こうと迫る。だが、すでにサンライトは刀に展開されていた。シュパーッ! とサンライトスラッシュの連射でヘルズドラゴンの皮膚を焼いた。
「いける……後はあの傷口にもう一撃――」
瞬間、竜史は刀を落とし地面にひれ伏す。何故自分がこういう姿になるのかわからない竜史は一人の人物の出現で理解した。まだ立ち上がれない蘭子がつぶやく。
「虚無……隼人」
明らかに不機嫌な顔の虚無が現れ、ヘルズドラゴンにとどめをさせない。自分を抑えつける重みに竜史は、
「これは重力だな……?」
「そう、これが私のグラビィティハンド。重力の重みで地球の重みを感じなさい。悪女とつるむサンライト君」
「悪女って失礼ね!」
その蘭子の叫びに虚無は冷たく恫喝するような瞳を向け、
「貴女じゃないわよ」
と言う。そして、グラビィティハンドの影響はヘルズドラゴンの動きを静止させる。破壊された研究施設を見渡した虚無は溜息をつき、
「悪女と貴方は連携して入ってきたわけじゃなさそうね。余計な詮索はやめて試合で生き残る事だけ考えてなさい。準決勝の相手は私なんだから」
この先の試合組み合わせは確実に虚無だろうというのを改めて思い出した。そして、メイサの言葉も思い出す。
「確かに、メイサの言う通り余計な事を考えていると死ぬな。ついでに教えてくれよ。ここは何の場所何だ?」
「ここは人体実験やキメラ作製、現在行われている太陽計画に手を貸してる報酬としてこの最新の設備を使っている。私と月下の関係はギブ&テイクなのよ」
それを聞いた二人は人間の闇を知り、怒りと不快感と恐怖が心を支配し震える。その身体を抑えつけ竜史は言った。
「そんなの、ただの馴れ合いだ……ぐっ!」
「今の状態で反論できるのかしら? 試合じゃないからルールもなにもないのよ? ここで貴方を解体してキメラと合成させても構わないの……フフフ」
捕食者でしかない虚無の顔が寸前まで迫り血なまぐさい吐息が鼻腔を刺激した。
その舌先はツツーと唇に対して円を描くように這う
「殺さないのか?」
「美味しい物は熟してから最後に食べる主義なの……フフフ」
そして、二人は意識を失う。ニイッ……と微笑んだ虚無は竜史の頬に手を触れた。
※
月下武道大会三回戦当日――。
虚無のラボラトリーに間違って侵入した翌日に目を覚ますと、見覚えのある天井が視界に映し出されていた。光税の元凶である魔獣であるヘルズドラゴンと戦い、虚無を見たあの瞬間に死を覚悟した三人は選手宿泊の別館ホテルに帰されていたのである。
三回戦の開始時刻五分前になり選手入場入口から真紅の長ランの裾をなびかせて歩いてくる一人の少年がいる。その左右にはメイド服を着たツインテールの少女と、月下学園の制服を着た茶髪のサイドポニーの少女が脇を固めている。
『……』
威風堂々の姿の竜史の貫禄に会場の人間も何も言えないでいた。
そして誰にも罵声を浴びせられる事もないまま、武舞台場外に集まる竜史はストレッチをし、メイサはあくびをしながら生キャラメルをくちゃくちゃ舐めている。
(何あの服。すごいデザイン……まさかあの女が?)
竜史の試合用の服は真っ赤な作務衣から暴走族のような特攻服へと変化していた。長ランの詰襟は長くその背中にはオレンジ色の竜の刺繍がある。腹には赤いさらしを巻いて、赤いボンタンをはき、真紅のブーツで足元を固めている。
「……トイレ行ってくるわ」
蘭子はメイサが作った赤い特攻服に焦り、急いでトイレに向かう。
「あの女、この大会が終わるまでのただのメイドの癖に色々と手が混んでるわね。まさか、竜史の事が好きなんじゃないの? 私は別に好きかもしれないけど、お守りが必要だからあげるの。玄担ぎよ、玄担ぎ」
トイレの個室でブツブツと独り言を言い、パンツを下ろした。武舞台では三回戦に挑む選手紹介がされ、武舞台に上がろうとする。メイサと視線を合わせ行ってくると言い歩き出す。
「ちょっと待って!」
「? 蘭子どうした」
駆け寄る蘭子は竜史に白いレースの素材の布を渡す。微妙にぬくもりのある布を渡され匂いを嗅ぐ。蘭子は慌てふためきメイサは鼻で笑う。
「何かシミついてるけど無臭だな。模様みたいなもんか。サンキュー。蘭子のパワーは左の袖に巻きつけておくぜ」
キャプテンマークのように特攻服の左袖に巻き、武舞台へ上がる。その堂々とした後ろ姿を見つめる蘭子はスースーするスカートの中の感覚に興奮しつつ、
(これで良し! あの女には負けないわよ!)
キッ! とメイサを睨む。そのメイサは炎の竜が描かれる赤い特攻服の少年が刀の峰を粋に肩に担ぐ姿を見た。そして、第三試合は始まる。
「蘭子さん、あのカコという少女は月下学園でも優秀な戦士だったの?」
「あんな女は見たことがないわね。予選でも見たことないわ」
「やはりね」
武舞台で戦う小柄な月下学園の制服を着るカコという少女は突然衣服を脱ぎ捨て呻き始める。唖然とする竜史は尻が見えない事に苛立ちながらカコを見据える。次の瞬間、会場全体に衝撃が走った。
「変身……キメラか……!」
ズズス……とカコの身体は巨大化していき、虎やゴリラ、亀にカラスを合成させたかのような魔獣に変貌した。これは紛れもなく月下山脈の滝の裏側にある秘密研究所・虚無ラボラトリーの培養施設にいたキメラの一つだった。
VIPルームで口元を嗤わせる月下光史朗は煙草をくわえ、すかさずヒカルは火をつける。今までの身体の耐久性の理由がわかった竜史の瞳の色が変わる。
「キメラの力か。すると、虚無の差し金。動物の命をもてあそぶなど言語道断」
スッと刀を下段に構え、息を吐いた。尻もちをつきガクガク震える審判と蘭子を横目にメイサは表情を曇らせた。
(一回戦で敗北したカッパライダーを様々な動物と組み合わせて変化させたキメラ、、虚無隼人。やはり奴がお父様を……)
そう思いながらメイサは観客席にまぎれて戦いを見物しようとしている虚無を睨む――刹那。シュパアアアッ! という炎の一閃がその魔獣を斬り裂いた。パチンという納刀の音と共に炎が全身に伝わり醜い身体は消失していく。
ジロリ、と虚無を睨んだ竜史は親指で自分の首を斬るフリをし、その首を落とすという意思表示をした。フフフと笑う虚無は会場入口から姿を消す。そして、審判が竜史の勝利宣言をして三回戦の勝者が決まった。




