噂話
こんな噂話は知ってるかい、と彼が言った。
「この前、隕石が落ちてきただろ? ほら、ちょっとした騒ぎになったアレ。お前のうちの三軒先の田島のおっちゃんの畑、種蒔いたばっかりだったのにでっかい穴が開いちまったーって言ってたアレな。あの時の隕石、実は隕石に見えたけど宇宙船で中には宇宙人がこっそり隠れていて、征服を企んで地球にやってきたんだ。そんで夜になって人目が無くなってからこっそり抜けだして、近所の人に取り憑いてすり替わってるんだっていう、そんな噂」
「……はぁ?」
「あれ、ワクワクしない? こういう陰謀説みたいの」
「流石にそりゃ盛り過ぎだろ、いくら冗談みたいな噂でも」
だよねぇ、と彼が笑う。からりとした笑みはとても爽やかで、その笑みだけで十人中九人は好青年だと彼を評するだろう。
なお残る一人は僕のように、手本みたいな爽やかさが逆に鼻につく、と僻み根性丸出しな捻くれ者だと思う。
「まぁ冗談みたいなもんだよ」
「それ本当に噂になってんの?」
「そりゃー勿論。聞いたことない?」
「……生憎オトモダチが少ないもんで」
しかめっ面でそう言えば、そんなつもりじゃないんだけど、と困ったように眉を下げる。本当に困ったわけではなく、あくまでもポーズだと僕は知っているので、そんな顔をさせても罪悪感はない。
「なんでそんな噂が流れてるんだろうね。どう聞いたって眉唾なのに」
「ん?」
「誰が見たんだよ、そんなもん。徐々にすり替わっていくのが目的なら、秘密裏に暗躍しとけって話じゃん。噂流れちゃうとか、情報管理と危機意識が甘すぎるっしょ」
僕の言葉に彼が、
「自己顕示欲」
答えた。
一瞬、彼が何を言ったのか理解出来なかった僕を置き去りにして、彼は話を続ける。
「すり替えは密かに行われるべきなんだ。誰にも知られず、ひっそりと。乗っ取って成り代わって、やがて元の人と同化する。元の人でも乗っ取った人でも無い別の何かに生まれ変わる。それを目的としておきながら、酷く恐れるんだ。『自分』が消えて『別の自分』になることを」
「なぁ」
「せめて確かに『自分』は存在していたんだって残したい。でも侵食するには隠さなきゃいけない。だから、誰も信じないような与太話を振りまくんだ、冗談としか思えない話を冗談として噂にするんだ、そうして自己顕示欲を満たすんだ」
「おい」
どうかしたの、と彼が言う。笑う。
「こんな眉唾ものの話に、顔色変えちゃって」
そういえば、いつから彼はこんなにそつなく笑うようになったんだろう。お手本通りの爽やかな笑顔。
思い返せば少し前までの彼は、もうちょっと不器用に笑ってなかったっけ。爽やかだけどもうちょっと不器用で、でも其処が好ましくて、微笑ましくて、そんな笑みじゃなかったっけ。
もっと、なんて言うか、こう。
人間味のある――
「あの、さ」
「うん」
「お前は……『何』?」
その質問に彼は、
「自分は自分だよ」
そんな事を問われても困っちゃうよ、肩を竦めて笑っていた。
数日後、夕方のニュースで最近世界のあちこちで隕石の落下が増えていると言っていた。
僕は何も聞かなかったことにしてテレビを消した。