もりのプールの ふしぎなぼうし
このお話は、もりの中の 小さなプールで起こった、
ちょっと ふしぎなできごとです。
ぼうしは、まちがえて 入れかわってしまうことがあります。
でも、ときどき、それだけでは ないことも あるのかもしれません。
あまり むずかしいことは 考えずに、
クマさんといっしょに、ゆっくり 読んでみてください。
もりの奥に、きらきら光る きれいなプールがありました。
どうぶつたちは、みんな お気に入りの「むぎわらぼうし」をかぶって 遊びにきます。
クマさんは、とっても 物知りな クマさんでした。
クマさんの むぎわらぼうしには、自分にしかわからない「しるし」が ついています。
つばの左側に、いつの間にか ついていた「Lの字」の 小さなキズ。
それから、くんくん においをかぐと、クマさんの大好きな「古い本と、コーヒー」の においがします。
「よし、このキズと このにおいがあれば、まちがえることは ぜったいにないぞ」
クマさんは うれしくなって、ぼうしを だなの奥に そっと おきました。
クマさんは ぷかぷか プールの水にうかんで、とっても いい気持ちです。
ところが、クマさんが あそんでいる間に、だなの上では ふしぎなことが おこっていました。
ロバさんが やってきて、ぼうしを おきました。
でも、あがるときに、うっかり クマさんのぼうしを かぶって 帰ってしまいました。
そのあとにきた キツネさんも、リスさんも、みんな うっかり だれかのぼうしと いれかわって、じぶんのぼうしを おいていきました。
夕がた、空が オレンジ色に そまるころ。
さいごに やってきたのは、はたらきものの ネズミさんたちでした。
ネズミさんたちは、だなに残された ぼうしたちを見て言いました。
「おやおや、みんな まちがえちゃったのかな。きれいに ならべておいてあげよう」
ネズミさんたちは、もりのむこうから 風にふかれて飛んできた、ひとつの むぎわらぼうしを ひろいました。
そして、それを だなの奥に ちょこん、と おきました。
プールからあがってきた クマさんは、だなを見て にっこり笑いました。
「よかった。ちゃんと ぼくのぼうしが のこっている」
クマさんは、ぼうしを手にとって、じっくりと しらべました。
つばの左側。
「……うん、このキズだ」
くんくん、と においを かぎます。
「このにおいも まちがいない」
クマさんは、うれしそうに うなずきました。
「やっぱり、ぼくのぼうしは これにかぎるね」
クマさんは、ぼうしをかぶりました。
そして、夕焼けの中を 帰っていきました。
でも――
そのとき、ほんの一瞬だけ、
「はじめて かぶるぼうし」のような気がしました。
クマさんは、そのことを すぐに 忘れてしまいました。
けれど、
そのぼうしには、
すこしだけ、
クマさんのしらない においが まざっていました。
さいごまで 読んでくださって、ありがとうございます。
このお話には、ひとつの かくれたテーマがあります。
それは、「見分けること」と「同じであること」は、
ほんとうに同じなのか、ということです。
クマさんは、キズや においを手がかりにして、
ぼうしが「自分のものかどうか」を確かめました。
たしかに、それらは すべて一致していました。
だからクマさんは、「同じものだ」と考えました。
けれど――
もし、ちがうぼうしでも、
まったく同じキズや においを持っていたとしたら、
それは 本当に「同じもの」なのでしょうか。
見分けるための手がかりが、どれだけ正確でも、
それだけでは「もともと同じものかどうか」は、
わからないことがあります。
そしてもうひとつ。
そのぼうしが、どこから来て、
どんな時間を過ごしてきたのか。
そうした「これまでの道のり」は、
あとから見ただけでは、わからなくなってしまいます。
このお話は、
そんな「見えるもの」と「見えないもの」のあいだにある、
小さなずれを描いています。
もし、「あれ?」と感じるところがあったなら、
それはきっと、大切な感覚です。




