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6:

「直接手を下さずに、人を自殺に追い込める…?」


漸は高崎の放った言葉を復唱した。

そんな事人間が出来るのか。まるで、人間を操り人形か何かのように…

そこまで考えて漸ははっと思い浮かんだ。

「……そうか…"催眠"…!」

「大正解」

高崎はそう言って指をならす。

「ここにいる三人はどの子も調べてみると、少なからず悩みを抱えていた。だが自殺しようとまでには至らなかったんだ。ところが何者かがその悩みを増幅させ、自殺に至らしめた」



「…何で"催眠"みたいなもんだって分かったんだ?もしかしたら、本当に自分自身で死にたくなって死んだかもしれないだろ?」

漸がそう言うと高崎は自らの左目を人差し指で示して見せた。

「言っただろう?俺は能力を行使した跡―――所謂指紋みたいなものが視えるって」

―――そういえばそんな事を言っていたか。

「三人の死体それぞれを見たが、どの死体にも能力の跡がついていた。

…まぁ、詳しい能力は分からないけど。視えたのは三人とも共通で"外部から何らかの信号を脳に与えた"。つまり、催眠状態にかかった…ってとこかなーって今の時点では考えられる……かな」

「何だ。自信持って"能力の跡が視える"なんて言っておいて随分適当じゃねぇか」

「俺が視えるのはあくまで外観だけだよ。だから俺一人で学校も含めこの辺一体の能力者を制御するのは大変だから、いい能力を持った漸に援助を頼んだんじゃないか」

先程までの自信満々の態度はどこへ行ったのか、高崎はそう言うと人差し指で机に円をくるくると描きはじめる。

漸はその様子を片目に履歴書を三枚に手に取って見た。

特に三人とも変わった経歴はない。普通に高校まで出て、この大学に入った者ばかりだ。

「…この経歴じゃ何にもわかんなさそうだな。犯人を割り出すにしてもどう調査していったらいいんだ?」

「それは君次第だよ、漸」

「はっ…!?そこまで丸投げすんのか!?」

「頑張ってくれ給え漸。君の働きで人が救われるか救われないかが決まるんだからね」

「〜!!」

もはや言葉に出来ない。

犯人がこの大学にいるかどうかも分からないのに、いや仮に犯人がこの大学内の人間だと絞り込めたとしても、生徒だけでも一学年軽く千人以上だ。それが全四学年、教授、ましてや清掃員、事務員まで加えたら頭がくらくらするほどの人数だ。

というより、ぱっと見て誰が能力者かも分からないのに犯人など割り出せるのだろうか。

「……まさか一人でやれってんじゃないだろうな?」

「まさか。俺も資料集めくらいは暇なとき手伝う…かも」

「"かも"!?しかも資料集めだけ!?」

漸が耐え切れずソファーから立ち上がると高崎ははいはい、とでも言いたげに手のひらをひらひらさせた。

「分かった分かった。四宮くんだけならいいよ。四宮くんにこそこそ隠してても漸関係の事だと意地で知ろうとするだろうし。それに…」

そこまで話して高崎は口をつぐんだ。

「…何だよ?」

「いや、何でもない。この先は今話すのはあまり得策じゃないからな。それより四宮くんには能力の事は話さないでおけ。」

「能力の事話さないでどうやって捜査一緒にやれっていうんだよ!?」

「まぁそこは漸に任せるよ」

そう言って高崎は立ち上がり時計を見た。

「今日は授業は?」

「…三時限目の倫理学だけ」

「じゃあ出席とらないね?四宮くんも同じ授業かい?」

「ああ」

漸がそう気のない返事をすると高崎が財布を取り出しその中から紙切れを二枚取り出した。

「これ何だよ?」

「うちの大学の最寄り駅から二駅上り方面にある坂間駅前の喫茶店の特別優待券。ケーキと珈琲のセットがタダになるから四宮くんと行ってきな」

漸は渋々その券を受け取る。高崎がいい事をすると何か嫌なことが待ち受けていそうで、漸は何だか嫌な感じがした。

とはいえ、よくよく見ればこの喫茶店は玲が以前から行きたいと言っていた場所である。

調査を助けてほしいと話したいと言うのもあるし、たまにはこういう場所にいくのもいいかもしれない。

「じゃあ、誘って今日行ってみるよ」

「おう。きっと楽しいぞ」



***


高崎の自室を出、桔梗棟を出ると漸は棘薔薇棟の前に位置する薔薇庭園へと向かった。時間は9時45分。1時限目の途中といったところか。

薔薇庭園は名前の如く薔薇の木が生い茂る、お伽話に出てきそうな庭園で、いつもは昼休みなど生徒達で溢れかえっているが、今の時間帯は皆授業があるせいか誰もいない。

漸は近くにある適当なベンチに座ると、携帯を取り出し玲に電話をかけた。

暫く呼び出し音が鳴り、やがてボタンを押した音と共に玲の眠そうな声が聞こえてきた。

『ぜーんー…』

「玲。今起きたのか?」

『んー。…もう今日は大学行く気しなかったからね…。昨日は大丈夫だったかい?』

「俺は大丈夫だ。玲は?先帰ったって高崎から聞いたけど」

『大丈夫…。僕の顔があんまり酷かったんでママからえらく心配されたけど。でも…漸が無事なら良かったぁ……』

相変わらず色男台無しの態度である。が、玲のいつもと同じ態度に漸は安心した。

「あのさ。話したいことがあるんだけど…」

『えっ!!?そ、そんないきなり…』

「何想像してんだ。とにかく今から坂間駅まで来れるか?」

『坂間駅だね!?分かった!ええと…一時間!一時間で行くよ!』

「一時間か。分かった。じゃあ後でな」

そう言い漸は電話を切った。ここから坂間駅はだいたい20分くらいだ。

今から坂間駅に行けば少し早く着きすぎてしまう。

そこで漸は先程高崎から渡された、自殺した三人の履歴書を取り出し眺めた。

一番上に重ねてあったのが伊藤彩乃。証明写真には髪を少し茶色く染めた、ショートカットの利発そうな女が写っていた。

「幼稚園から高校まで聖アリア女学院か」

聖アリア女学院は別名"超お嬢様学院"と言われるほど、金持ちの、しかも頭脳明晰の者しか入れないとされている学院である。

殆どの者がそのまま聖アリア女学院大学までエスカレーターで進学すると聞いたが、伊藤彩乃はどうやら違ったようだ。

「にしても、何でうちの大学なんだろうな」

法学部なら聖アリアにもあっただろうに。

「…そして、この伊藤彩乃が屋上から首を吊って死んだんだな」

漸は昨日の朝の事を思い出す。恐らく、あの時視た死痕は伊藤彩乃のものだ。

不思議な感覚だった。まるで、他の事など忘却してしまったかのように、死ぬことしか考えられなかった。

「…そういえば松井隆盛の死痕を視た時も―――」

漸は重ねてあった次の履歴書を見た。少し日に焼けた、金髪の男がそこに写っていた。

「…こいつの死痕を視た時も、死ぬこと以外考えられなかった。」

催眠にかけられるというのはああいう事なのか。それとも自ら命を断つという行為自体が既にそういうものなのか。

いずれにせよあまりいい気はしなかった。

「…こいつは高校までは普通の公立高校だったのか。そして最後の自殺者…」

漸は一番下にあった履歴書を見た。

渚由佳里。会ったことはないが、学部は漸と同じである。学部が同じでも学科が違うと授業形態も全く違うため、他学科の生徒の事は知る良もなかった。

証明写真にはポニーテールの真面目そうな女がいた。

「中学までは地元の公立で、高校は私立藤星二高。この履歴書を見るかぎりだと、三人の共通点は何もないな」

漸はふう、とため息をつくと履歴書を自分が座っている横へ置いた。

「調査しろっつってもなぁ…普通に考えたら、まずはこの三人の共通点を捜す事だよな…。あとは、まだ視てない渚由佳里の死痕も……」


数え上げたらきりがない。

漸はふうとため息をつき空を見上げた。

この季節にしては珍しく、遠く澄み渡った空。

吹く風は少し涼しくて、暑さが辛いこの気温でも心地よさすら感じる―――。


ふいに、風がさらっていくかのように隣においておいた履歴書が舞い上がった。

漸は拾おうと、紙束を追い掛ける。

「………あ」

漸の手が落ちた紙束に届く前に、白くしなやかな手が紙を拾い上げた。

「……これ、貴方の?」

漸はその指先から上へと、視線を移していった。


長く黒い髪が、美しく風になびいている。

白いシフォンワンピースが、妙に映えていた。


漸は彼女の顔を見た。

白い肌に黒い大きな瞳は、どこか人形を彷彿とさせる。恐らく同学年か一つ上くらいだろう。

「………?」

彼女は返事をしない漸を見て困ったような表情をし、微笑んだ。

美人ではあるのだが、儚げな、今にも折れてしまいそうな、弱々しい印象を受けた。


「…これ、履歴書?」

「あっ…いや、それは…!」


自殺した人間三人の履歴書なのだ。

そんなものを持っていると知られたら当然怪しまれるだろう。

漸は女の手から履歴書を取ろうと手を伸ばした。

女の手と漸の手が少し触れ合う。

その瞬間。


「…………っ!」


漸の頭に、ちくりとした痛みが走った。

一瞬、世界がぐにゃりと歪む。


―――この感覚。

これは、どこかで――。


言い様の無い違和感。

漸はそれを振り払うかのように、目の前にいる女から履歴書を取った。


「大切なものなのね。」

「………まあな」

漸はそう答えると履歴書を鞄にしまい込んだ。

「今日授業はないの?」

女は手に持っていた教科書とおぼしきものを抱え直して言った。

「あるんだけど…まぁサボりってやつかな」

「ふふ、そう」

女はくすりと笑うと漸の目を真っ直ぐ見た。

こうして改めて見ると随分黒い目だ。そう、まるで―――闇のよう。

漸は暫く、動けずにいた。

周りの景色が全て消失してしまったかのように、彼女の目の吸い込まれそうな闇に心奪われていた。


そのまま、暫く静寂が続いた。


静寂をかき消したのは彼女の、柔らかい微笑み。

「あら、ちょっと長居しすぎちゃったかしら」

そう言って彼女は時計を見た。


「それではご機嫌よう、佐々木漸くん。」


「ああ」


彼女の去っていく後ろ姿を見ながら、漸の脳内に過ったものは、何故か枯れて最後の花弁を落とす一輪の花の姿だった。


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