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4:

薬理学の担当であり漸らの所属する研究室の教授、高崎藤十郎は他の教員と比べても、かなり謎めいた人物であった。

「みんな、この前やったテストは持ってきたかな?」

授業中は白衣を着ており…というか大学内で白衣以外着ているのを誰も見たことがないが、その下にはまたまた教員らしく細身のスーツを着こなしている。

それだけなら不思議さなど何処にもないが、大学教授にしては異質で、髪は茶色くボサボサで肩の下まであり、瞳は何故か緑、これだけでも十分奇怪だが、一番不思議なのが顔で無精髭を少し生やしているのだが、これが二十代にも四十代にも見えるといった具合である。

背は普通に見ると際立って高くは見えないのだが、百八十三センチある玲と比べても差がかなり解るくらいに背が高いので、もしかしたら百九十センチくらいあるのかもしれない。

そして高崎藤十郎の謎はさらに続き、プライベートに何をしているのか、どの辺りに住んでいるのかなど、誰も検討もつかないというのだ。

「じゃあ今日はテストの解説をしよう。その後小テスト配って、出した人から解散」

そう言って高崎は黒板に、以外と綺麗でしっかりした字でテスト問題を書き始めた。

ここ、薬理実験室はそういった意味で、高崎そのものを表すようだと漸は以前思ったことがある。

一見するとただの、所謂「実験室」だが、所々明らかに場違いなものが置いてある。

アラスカの木の彫刻のようなものや古い掛け時計―――しかも針は動かない―――や、抽象画なのか何が書いてあるか分からない不気味な絵画など、薬品などに紛れてこういった怪しいものが飾られているのだ。

しかも実際誰も高崎にこのような飾りについて突っ込まないから不思議である。

高崎自身は決して話し掛けずらいとかそういった雰囲気は全くなく、むしろ話すとかなり気さくな人物なのだが、生徒達と交流があるとかそういった雰囲気もまたない。

一体彼は何者なのか。いくら考えても漸には解らなかった。

「うーん…じゃあ四宮くん」

玲の名前が呼ばれ、漸もついはっとする。

玲はかなり気まずそうにはい、と返事をすると、その場―――長机の漸の真向かいの席―――で起立した。

「四宮くん。この問題だけど、不眠症の定義はなんだったっけ?」

「………不眠症の、定義……?…」

玲はかなり困っているようだ。それもそのはず、玲は本人曰く薬理学が壊滅的に苦手らしく、今回のテストも「相変わらずの点数」だったらしい。

ならば何故臨床薬理専門の高崎研に入ったのかという話にもなるが、それでも医療生命工学部の中で三百人中五十四位を総合で取れたのだから実際はそんなに悪い点数ではないのだろう。

「不眠症状が、週三回、1ヶ月以上続いた状態……?」

「そう!正解だよ。じゃあ不眠症に用いられる主な薬剤は?」

「ええ……と」

そんな感じで高崎と玲の戦いが暫く続いた。全て答えおわったあとには、玲はかなり疲れた顔をしていた。

「お疲れさん、四宮くん」

何の悪意もないにこやかな笑みで高崎はそう言った。悪怯れないその態度が飾りなのか真実なのかは当然知る由もない。


その後何人かがランダムに当てられたが、答えられるものはごく少数で、ここにいる生徒全員が高崎の作る薬理学のテストの難易さを知った。

現に薬理学のテストの平均点は他教科に比べて著しく低い。赤点のものすら、何人かいた。

「まぁ生徒諸君、これに挫けず頑張り給え」

そう言って高崎は各テーブル毎にB5の紙を配った。最初に言っていた小テストだろう。

問題をみると、先程授業でやった問題がそっくりそのまま出題されていた。玲も安堵の顔を浮かべている。

こういう時の生徒達の行動は速い。さっさと問題を解き教壇へ提出すると、皆次々と教室を後にした。

漸、亜佐奈、玲も他の生徒同様素早く終わらせると、教壇へ提出しにいった。

亜佐奈が三人分まとめて出し、教室を出ようとする。

「あ、佐々木くん」

漸が振り替える。そこにはやはり悪怯れない表情の、高崎教員の姿があった。

「…何ですか?」

漸が聞く。

「君、今回の薬理のテスト学年トップだったよ」

ああ、と漸は答えた。

どう反応していいのか分からない。

薬理学でトップをとることは確かに名誉だが、それが呼び止めた目的とも思えない。

すると高崎は漸の額に右手の人差し指を当て。


「そんな君には、放課後この僕の、この僕のだよ?手伝いをするという名誉極まりない権利を与えよう」


その声、その言い方全てが玲そのものだった。

刹那、亜佐奈が吹いた。漸もいけないと思いつつ、すこし笑いが込み上げてきてしまう。

玲だけが何がおもしろいのか分からない、といった顔で、複雑そうに亜佐奈と漸を見比べている。

高崎も自身の物まねに笑いながら言葉を続ける。

「というわけで、いいかな?場所は薬理準備室で」

「いいですよ」

どうせ家に帰るのが遅くなっても文句を言う者は誰もいない。

亜佐奈が、「私も手伝いましょうか」と言ったが、また今度お願いするよと言って彼は薬理実験室と繋がっている、準備室へと姿を消した。

気が付けば、誰も実験室にはいなくなっていた。

「やっと昼休みだね。情報室は飲食禁止だし…空き教室へでも行こうか。」

先程輪に加われなかった事で少し不満そうな玲が言う。

漸たちは次の実験がある紫苑棟へ向かって歩きだした。とりあえずそこで空き教室を探すというのがいつものパターンだった。

「そうだね。お昼のあとは実験だもんねっ」

亜佐奈は先程の高崎のネタで完璧に上機嫌である。

「嫌だ。この僕が、よりにもよってプログラミングなどスマートじゃないものを」

「玲パソコン苦手そうだもんな」

「漸!な、な、なにを言っているのかな?この僕がまさか苦手なものがあるはずがないじゃないか!?」

「そーかい」

「漸…さては疑ってるね?全く…君は僕という人間がまだ理解出来ていないようだね。」

「んな事はねぇよ。理解してるさ。入学当初からつるんでんだぞ」

「いーや!理解してないね!亜佐奈もそうだけど、全く君たちは僕のパーフェクトさを未だに理解出来てないようだ」

「分かった!分かったよっ!もう玲がパーフェクトなのは分かったからっ!行こう漸っ」

そう言って亜佐奈は漸の腕を掴んで引っ張った。

「ああっ!待て亜佐奈!」


時間は12時15分。太陽の光が窓から、真っ直ぐ差し込み線を描いている。

蒸し暑い六月の気候さえ忘れてしまえるほど、流れる風が清々しく感じた。


***


そうして三人でとりとめのない話をして廊下を歩いている途中、亜佐奈が廊下で急に立ち止まった。

既に紫苑棟の中にいたが、空き教室を探している途中である。

「………あ」

それに気付き、漸と玲も立ち止まる。

「どうした?」

振り向きながら、漸が問う。昼間だと言うのに、気が付けば何故か異様に廊下が暗い。普通なら溢れかえるほどいるはずの生徒の姿が、まるでこの空間から忘れ去られたように、なかった。

亜佐奈はまるで蝋人形のようだった。顔は青白く、なのに唇は紅を垂らしたかのように朱い。

先程まで笑いながら談笑していた彼女が、一瞬にしていなくなっていた。

―――姿形は同じだが全く別の存在。

漸は異様な空気を痛いほど感じながらも亜佐奈を見つめそう感じた。


まばたきもせず、彼女は暫くその場で固まっていたが、やがて静かに口を開いた。

「………大変。」

「何がだい?」

玲が怪訝そうに言う。玲もこの異様な空気に気付いたようで、辺りを伺いながら、その場に立っている。

亜佐奈はこちらを見ていない。眼は虚ろで漸と玲の頭上のあたりを、(ぼう)と見ている。

「……行かなくちゃ。」

二人は顔を見合わせた。

「…何処へ?」

漸はそう問い、拳を握りしめた。自分の掌が妙に汗ばんでいるのに気付く。

おかしい。先程まで高らかに笑っていた亜佐奈の様子も勿論のこと、この空間全てが、時間そのものから取り残されているような、違和感が襲う。自分の内臓から何かが込み上げてくるのを感じながらも、漸は自分の足に力を込めた。


―――この感覚。あの時の感覚に似ている。

あの時―――そう。


―――石本さんの眼を視たときの、あの感覚に。


「亜佐奈」

まだ痺れたような感覚が残る足を無理矢理動かし、亜佐奈のほうへと向かう。

すると、亜佐奈はまるで漸から逃げるように、一歩一歩、後退りしていく。

「亜佐奈―――」

「忘れ物、行かなくちゃ―――取りに。行かなくちゃ―――」

そして亜佐奈は駆け出した。彼女の足音だけが、やけに虚しく響く。

漸は手をのばしたが、何故か彼女を追い掛けることは出来なかった。

「漸―――今の亜佐奈の様子――………」

やっと動けるようになった玲が恐る恐る、声を出す。

「ああ………何かに……憑かれていたような…」

そうして漸は玲に駆け寄ると、玲の肩を軽く叩いた。


「玲、行くぞ」

「え……あ、亜佐奈は…?」

「今はどうすることも出来ないだろ。」

二人は暗い廊下を歩きだした。誰もいない。互いの足音だけが、響く。

暫くすると、少し薄明かりが廊下の壁から漏れるのが見えた。階段である。

「空き教室は、四階だよね」

不安を押し殺そうとしてか、玲が取り留めもないことを口走る。いつもの玲には、考えられないことだった。

「ああ」

漸はそれしか答えない。いや、答えることが出来ないのだ。

そう、次は実験だから、空き教室を探すんだ。空き教室は四階の―――………

二人はそのまま階段の前に来る。

そのとき、漸の脳内に衝撃が走った。隣で玲が息を呑むのも聞こえる。

「漸―――ここは」

「玲―――」


ここは、何階だ?


普通なら地面に印してあるはずの階番号がない。

漸は思考を巡らせた。

さっきまで授業をやっていたのは―――桔梗棟?いや、それ以前に何の授業だった?俺達は何処にいて何処に向かっていたのか。分からない。何故?思い出そうとすると、そこの部分の記憶のみ墨で塗ったように、思い出せない。

隣を見ると、玲も混乱しているようだった。

「玲―――俺達は……」

玲は何も答えない。

漸は眼を閉じた。頭がくらくらする。熱を帯びたように、何も考えられなかった。自分の心臓の音が、やけに高まって聞こえる。

――――刹那。

「漸」

開眼し隣を見ると玲が床に膝をついていた。

息遣いは荒く、上へと続く階段を眼を見開きながら見ている。

「玲、どうした」

玲は答えない。ただ漸のほうへと首だけ向けると、上階段を指差した。漸は指差した方向を見る。


始め、漸はそれが何か分からなかった。



朱、朱、朱、朱―――。



あの朱い液体は何だ。絵の具でも零したかのような、朱い、大量のモノ――。


ソレは、更に上の階から流れていた。漸は視線をソレへと移していく。

丁度階段の壁の死界になって見えるか見えないかギリギリのところで、漸は眼を見開いた。

全身から汗が一気に出る。

震えが止まらない。寒気が襲う。

あれはなんだ。あれは――――

突き出ている、一本の腕。

そうだ、あれは腕だ。腕、腕、腕――――。

そして腕に、まるで床に固定するように刺さっている、あれは―――杭。


しかし流れている血は腕からだけではなかった。

ふいに何かが落ちる鈍い音がしたかと思うと、それは姿を現した。


首をざっくりと切られた

自分たちと同じくらいの年であろう、男の姿。


死。自分が今見ているものは、死――――。


そして、漸の脳内にまた、フラッシュをたいたかのように攻撃的な光が満ちた。


儚としている。

でもやるべきコトは解る。行かなければ。早く、早く―――。

屋上にある梯子を伝い隣の棟に渡る。

渡った先の棟は、今漸たちがいるであろう棟。

屋上から校舎内へと入る。

そして、ポケットにいれてあった美術用の杭を右手に持つと、自らの左手へと打ち込んだ。

痛い―――だが、恐怖はない。

これで終わる。オワル。

そして持っていたナイフで自らの首を、ゆっくりと、切っていった―――。



また攻撃的な光が襲う。

意識が遠退く中、漸は玲の自分を呼ぶ叫びを聞いた。



***



堕ちていく。霄。碧。

嗚呼、今俺は灰になる――――。


これが死か。死―――。


暫く堕ちていくまま、朽ちていくまま身を任せていると、突然全身を何かに捕まれたような衝撃が走り、重力に反するように、一気に持ち上げられた感覚がした。

どんどん、自分が上に上がっていくのがわかる。



『……ん………漸…』



遠いのか近いのか分からないところから声が聞こえる。



『漸………』



この声は、誰だ?

俺はまだ堕ちていたい。堕ちて―――。




『君はまだ、あちら側にいってはいけない』




天井が見えた。

さっきまで見ていたものとは違う、綺麗な白い天井。

「おっ、やっと戻ったか」

横から声が聞こえる。

この声は―――――。

天井だけ見えていた視界に、ふいによく知る顔が現れた。

「佐々木少年、危なかったねぇ。僕が偶然近くを通っていなければ、君は今頃空気くんだったところだったよ」

その男―――高崎教授は楽しそうにそう言った。

「………はぁ」

今の発言に突っ込みたいところは沢山あったが、まだ頭か完璧に目醒めていないのか、言葉が上手く出てこなかった。

「ここ、は………?」

「ん?ここは僕の隠れ家。保健室に運ばれると何かと面倒だし、四宮少年と協力して何とかここまで運んだのさ」

意外と軽くて楽だったよ、と高崎は付け足した。

四宮。玲のことか。

その名前を思い出した瞬間、漸の脳裏にあの時起こったことが次々と思い起こされた。儚とした頭が一気に現実に戻ってくる。と同時に、嘔吐したくなるほどの恐怖も舞い戻ってきた。

「っ!!し、した、死体……階段から、した、い…」

文脈が全く繋がらない。しかし高崎は今ので通じたのか、左手で静かに漸の言を制した。

「大丈夫。あの場に死体は無かったんだ」

「………え?で、でも、俺と玲は、確かに…」

この眼で見たのに。

高崎は完璧に混乱している漸の額に左手で触れると、驚く位優しく微笑んだ。

「なかった、というのは可笑しいかな。確かにあの場には、頸動脈を切って死んだものがいる。だが、それは一週間前、六月二日の話だ」

意味が分からなかった。

高崎は話を続ける。

「君と玲が共通して見たものに関しては、まぁ、恐らく幻覚―――催眠術の類、だろうね」

「催眠、術………?」

随分ぶっ飛んだ話のため漸はつい聞き返さざるを得なかった。

「そ。詳しい事はまだ情報が足り無さすぎて分からないけど、君達はあの時、一種の催眠状態に陥っていた……ま、催眠って言葉だと語弊があるかな。簡単に説明すると、催眠に近いって事」

催眠術などテレビの中など架空のモノでしかないと思っていた漸にとっては、現実味がなさすぎて反って受け入れるしか出来なかった。

「けど…先生」

漸はふと頭に浮かんだ謎を口にした。

「何で俺達が催眠状態になってたっていうのが分かったんですか?」

「ああ…それ?」

高崎は漸の額から手を離した。

「……佐々木くん、明日って学校半日だろ?」

突然脈絡のない話をされて一瞬戸惑ったが、明日が一部の教諭達の会議で午前中のみの授業だという事を朝のホームルームで聞いたことを思い出し頷いた。

「じゃあ授業終わったら、また此処に来てくれないかな。その時に、色々と話そうか」

此処…そういえば此処は何処なのだろうか。高崎は隠れ家と言っていたが、此処は―――。

漸は起き上がり周りを見回した。起き上がった時点で、自分が黒い革のソファに寝ていたことにようやく気付く。

周りは色々なものでごった返していた。何に使うのかよく分からないものも多かったが、棚には薬品らしき瓶が沢山あった。

一瞬薬理準備室かと思ったが、そこはこんなスペースではなかった筈だ。生活感…というのも可笑しいが、此処は薬理実験室などよりも、さらに高崎らしさで溢れていた。

取り敢えず起き上がって上履きを履いてはみたものの、どこが入り口なのかも分からない。

「あぁ、忘れてた。そうだよね。分からないよね。此処はさ―――ほら」

そう言いながら高崎は飾られていた高さ三メートルはあるであろう絵画の右側を押した。

するとそれは回転式ドアさながらに動き、ちょうど45度回ったところで高崎は押す手を止めた。

向こう側の景色が見える。長机、水道、黒板、ガスバーナー…そこは、よく知った―――現に今日も授業を受けていた薬理実験室であった。

「隠し扉…」

「そういう事」

二人で開いた絵画の扉―――床から十センチは離れているため跨がなければならない―――を通り抜けると、高崎はそのまま扉の回転を元に戻した。

こちら側からその扉はさっきとは違う絵画になっている。

この絵画が広い実験室の、後ろ側の壁に面していて、他の装飾もあってかあまり注意を払わなかったというのもあるが、今までこの教室で何回も授業を受けてきたのに、この絵にこんな仕掛けがしてあるとは漸は夢にも思わなかった。

「人が注意を必要以上に払わないように、周りの配色とか、物の配置とか…まあ色々視覚のトラップは張ってるからね。四宮くんも随分驚いてた」

そうだ、玲。先程玲の事を思い出したのに、一連の話ですっかり流れてしまった。

「先生、四宮は…」

「先に帰らせた。落ち着かせはしたけど、彼も精神的な休養が必要だったからね。佐々木くんが暫く目醒めないのも分かってたしね」

それを聞いて漸は自分の腕時計を見た。そういえば、随分と周りが暗い気がする。

「五時……」

まさか。ということは自分は実質六時間くらいもの間意識を失っていたのか。

「催眠のせいもあるけど、精神にかなり負荷がかかったしね。これくらいは当然だよ。現に四宮くんも佐々木くんを運び終わった後、暫く眼を開けなかったね」

高崎はそう言うと自身の腕時計を見、その後漸に向き直り微笑みを浮かべた。

「佐々木くんは実家暮らし?」

またもや突然脈絡のない質問。どうやらこの高崎藤十郎という男は、不意討ちが好きらしい。

「いや、一人暮らしです」

「へえ…そっか」

そこで何故か高崎は黙って何かを考えはじめた。

本当にこの男は、何を考えているのか分からない。

暫くすると、高崎が顔を上げてこっちへ微笑んだ。

「いや、ごめん。こっちの話…大丈夫?一人で家帰れそう?」

「あ…はい。体調も良くなったんで…帰れます」

そっか、と言うと高崎は白衣のポケットに手を突っ込み、何かを掴むとそちら側の手をポケットから出して漸に差し出した。

「手、出して」

言われるがままに手を出す。すると高崎は差し出した拳をスッと解いた。

「これは…」

それは、透明の袋に包まれた小さな黄色い飴玉だった。

「レモン味だよ。美味しいから、今舐めて帰りなよ」

糖分は脳にもいいしね、と言いながら自身も赤い飴を袋から出す。

漸も少し抵抗はあったものの、袋を破り、飴を取り出すと口に入れた。口のなかに甘味が溢れだす。

「…じゃあ、俺そろそろ帰ります。飴、有難うございました。」

「おう。気を付けてな」

高崎は手をひらひらと振った。それに軽く会釈をして、漸は廊下へと続く扉へと向かう。

そしてちょうど実験室から出るというとき、後ろから声がした。

「あ、そうそう。今日は寄り道しないこと。こういう日は、さっさと家帰ってメシ食って寝るのが一番」


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