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パーラは自身の胸を叩き、得意気にノアの腕を引っ張っていく。
ふたりは市役所から出て、マーキュリーホテルへ向かう道を歩き始めた。パーラはまたおしゃべりを始め、半ば聞き流しながら、ノアは頭の中で様々な考えを巡らせていた。
(この見た目での生活か……。前世のように暴力で解決するのは避けたいが、どうせおれは厄介事に巻きこまれる。腕力や超能力が劣化していなさそうなのが、唯一の救いだな)
そんなことを考え込んでいると、パーラの声が耳に入ってきた。
「ねえ、ノアちゃん! 聞いてる?」
「ん? ……ああ、すまない。すこし考え事していた」
「もー、ちゃんと聞いてよ! あした友だちと遊ぶんだけど、ノアちゃんもいっしょに来ない?」
「ああ、考えておくよ」
前提知識が足りなさ過ぎるノアからすれば、情報収集の一環としてパーラの友だちに会うのは有りかもしれない。死んで輪廻転生を果たした可能性が高い以上、この世界に順応していく必要性がある。
「あ、着いたよ! んじゃ、またあした会おうね!」
「ああ」
すでにあした遊ぶことは決定事項らしい。なにをして遊ぶのかは知らないが、ひとまずパーラの爛漫な笑みを崩すこともないだろう。
*
ノアは、マーキュリーホテルにチェックインを済ませる。普通のホテルだ。テレビがあって、ベッドがある。冷蔵庫もエアコンもしっかりついていた。
ノアはベッドに腰掛け、深く息を吐いた。
「タバコ、吸いたいな」
1日60本紫煙に巻かれているものとして、喫煙できないのは致命的。ただ、この見た目ではタバコなんて買えないだろう。
と、そのとき、ノアは新品のタバコの箱を見つける。どうやらこのホテルに備え付けられているらしい。
「異世界のタバコはどんな味だ?」
喜々としながら、手持ちのライターで火をつける。
だが、
「げほッ!! げほッ!!」
肺年齢も10歳児程度に戻ってしまったことを、ノアは嫌というほど知る。
「まじい……。せっかくの酸素が」
灰皿へタバコを押し付け、拗ねるようにノアはベッドに寝転がった。
「やることないな」
いまだゲホゲホと咳き込むノアは、なにもすることがないので、普段まったく見ないテレビをつける。
「くだらん番組ばかりだ」
チャンネルを次々変えていくものの、退屈な番組しかやっていない。なので、すぐテレビを消し、ノアはまだ空が明るいのに寝ようとした。
そのとき、
「……あ? 誰、オマエ」
ノアの部屋のベランダに、誰かが落ちてきた。
髪は黒く短め、目も黒く、メガネをかけている。猫背で不気味な雰囲気が漂っていて、年齢はパーラとそう変わらないように見える。
そんな少女は、
「パルクール失敗して落っこちただけ」
そんな、頓珍漢なことを口走る。
「パルクールか。良い趣味しているな」
「アンタ、喫煙者なの?」
「はぁ?」
「タバコ、吸わせて」
とか言ってきた頃には、黒髪の少女は備え付けのタバコに火をつけていた。
「おいおい、ヒトのものを勝手に吸うなよ……」
「さすがマーキュリーホテル。なかなかの高級銘柄ね」
「こちらの話、聞いているのか?」
堂々とタバコを頬張り、黒髪の少女は部屋から出ていこうとした。
もっとも、不法侵入を許すわけにもいかない。ノアは一旦彼女に詰め寄る。
「まず謝れよ。ヒトの部屋勝手に入ったら犯罪だぞ?」
「事故なんだから、仕方ない」
「悪びれろよ……」ノアは溜め息をついた。「まあ、良いよ。転生者から奪えるものなんて、なにもないだろうしな」と諦観する。
「転生者?」
「そうだ」
「これからどうするか、決めてるの?」
「ああ、まあ。メイド・イン・ヘブン学園、だっけ? そこに入学する予定だ」
「私の学校」
「は?」
「そこ、私の学校なんだけど」




