32 大統領の兵隊(イヌ)
身体が、重たい。呼吸が、しづらい。だが、諦めるわけにもいかない。
ノアは羽を発生させ、矢のように弾く。時間差なく、それを紫髪の青年にぶつけた。窓側に青年が、乱暴な音とともに吹っ飛ばされる。地面がえぐれて、リビングのテレビやキッチンは見る影もない。手応えのないノアだが、一応換気には成功した。窓ガラスを青年ごと割ったからだ。
「ぜぇ、ぜぇ……。クソッ。頭が痛てェ」
割れるような激しい頭痛に苦しみ、ノアは攻撃の手を緩めてしまう。当然、そんな真似をしたら反撃の足がかりを与えてしまうだけだ。
「──ッ!!」
ノアは、繰り出された攻撃をしゃがんで避ける。瞬きしていたら確実に見失う速度だった。こうなれば、体力消耗云々言っている余裕はない。ノアは集中力を高め、背中に翼を発現させかけるが、
(チクショウ。身体に力が入らねェ……。あのクソボケ、なにしやがった?)
なにが起きたかを察知しなければ、ノアの超能力も全く活かせない。そしてこうしている間にも、空気を斬り裂いた攻撃が向かってくる。ノアは躱しきれないと判断し、ひとまずこの攻撃をなんとかしようと法則を捩じ込ませた。
(いや、あの野郎はどこへ行った……? 透明か、それとも──)
「ぐぉッ!?」
今度はノアが吹き飛ばされた。暴風に巻き込まれた紙切れのごとく。彼女は柱に身体を打ち、唾液と唾を吐き散らす。
「はぁ、はぁ……」
ノアは身体を起こさなかった。鼻血が口と目に入り、ひどく不快な気分になる。
そんなノアを嘲笑うかのように、青年が再び家に戻ってきた。
「こりゃひどいな。さて、寝かしつけてやるか」
ガラスを踏みながら、青年がこちらに向かってくる。
その足音が縮まるにつれて、ノアの寿命も縮まっていく。
そして、ゼロ距離になる。
「あーあ。こりゃ生きてるのか? 死んだら報酬カットだぞ?」
(やはり来たか……!)
ノアはあくまでも気絶したように振る舞う。ただ同時に、先ほど展開した羽が反撃のためにこちらへ向かってきている。後は、この野郎に喰らわせて起き上がるだけだ。
「こちら〝セブン・スターズ〟エアーズだ。最優先目的の確保成功。回収班を求む。オーバー」
(セブン・スターズ……。サラトガの飼い犬か?)
『こちら国内司令部。了解した。確実に無力化してから搬送しろ。オーバー』
「言わなくても。アウト」
おそらく、現大統領による差し金だ。アンゲルス連邦軍が〝国家に対する軍隊〟ならば、セブン・スターズは〝大統領直下〟の部隊。大統領の兵隊といえる。だから紫髪の青年──エアーズ・ジャッジは、ノアの能力すら知っている口ぶりだったのだろう。彼らは大統領の私兵軍団でありながら、正規の軍人でもある。アンゲルスで起きた戦闘を知らないほうがおかしい。
「さて、生け捕りだよな。ッたく、偉大なる大統領閣下にもウンザリだぜ」
エアーズはノアの口元に手を近づけた。
その瞬間、
「いってェッ!? んだァ!? まだ意識落ちていなかったか!?」
ノアは呼吸数を確認するために出された手に噛みつき、その隙をついて羽をエアーズに突き刺す。ノアが口を離した頃、その羽は単なる削器になってエアーズの背中を斬り刻む。
「私が気絶したと思い込めるのは、随分おめでたいな!! さぁーて、分からせてやるよ!!」
エアーズは背中をえぐられるが、不敵な笑みも忘れない。
「……ははッ。悪いが、タトゥーは入れてないんだ。入れるつもりもない」
悲鳴ひとつあげず、エアーズは背中に刺された翼を取り出す。気体にナイフを刺せないように、それはあっさり抜けて消滅した。
「それに、痛いのも嫌いでね。オマエみたいなガキ痛めつけると、心が痛むと言いたかったが……!!」
その瞬間、耳が外圧・内部ともにおかしくなりそうな爆音とともに、空気が淀んだ。




