31 平穏が崩れるとき
ノアは口角を上げ、書き込みを流し読みしていく。あの演説を見ていた者のほとんどは、やはりクール支持に回っていた。これで、安心してホールごとケーキを食べられるわけだ。
「ふっふん~♬」
ノアはいつだか歌った尊厳破壊曲を鼻歌にしてしまうくらい、上機嫌になった。ホールケーキを机に置いて、ココアとともにおやつの時間に入る。具材はこれでもか、と言うくらい積んであり、正直この身体でないと甘すぎて食べ切ることもできない。
「無敵の笑顔で荒らすメディア♬ 知りたいその秘密ミステリアス♬」
フォークでいちごを刺し、今まさに食べようとしたとき、
「……ちッ、ヒトが欲望に食いつこうってときに」
スマホが鳴ってしまった。ノアはケーキを目の前にしながら、一旦通話フェーズへと移る。幸いなことに相手はアーク・ロイヤルだから、最短で終わるだろう。
「どうした?」
『ノア、パーラさんがノアと話したいってさ』
「あァ? パーラといっしょなの?」
『いや、ゲーセンにいたら会っちゃった』
「そうか。まぁ、電話に出たのなら仕方ない。パーラにスマホ渡してくれ」
『うん』
お喋り猫耳ガールと内容も意味もなさそうな会話でもしつつ、ケーキを食べよう。そう思い、スピーカーフォンに切り替えたノアは、またもやケーキにはありつけなかった。背後に気配を感じたからだ。そういえば、メリットにあれだけ言っておきながら自分も鍵を閉めていなかった。しょうがないので、ノアは先ほど手に持っていた拳銃を一瞬で後ろに向ける。
が、即座に跳ね返された。拳銃が跳ねた頃、ノアは敵対者と対峙する。
「……あ? 誰、オマエ」
正味、メリットの可能性も捨てていなかった。ちょっとした悪戯心で向けたという節もある。しかし、自身の背中側にいた者はメリットではない。まず、身長からして違う。
「誰かどうか? そうだな、オマエが知る必要はない」
「気に食わないこと言ってくれるね。大いに関係あるんだよ、クソボケ」
「口が悪いな。アイドルの裏の姿は、やっぱりこんな感じか。まぁ──」
ノアは能力を使うことなく、その男に殴りかかる。身体能力が衰えていないのは、この前の身体検査で立証済みだ。ソファーの上に立ち、ノアは彼の腹部に拳を捩じ込ませる。
「おっと。行儀が悪いな」
「──ッ!?」
だが、寸前のところでその男は真意に気が付いたようだ。
ノアは逆に、拳を焼かれたような感覚に陥る。これはまずい、と超能力で攻撃を仕掛けようとしたら、
「悪いな、下調べは済んでるんだ。なぁ──」
その紫髪の青年は、ニヤッと笑った。そして、ノアは意識がまばらになっていくのを知る。まずい。下手なクスリを使ったときのように、朦朧になっていく。
「ノア・〝コーバ〟・レイノルズ……!!」
(な、なにが……ァ!?)
「どうせ意識なくなるから教えてやるよ。おれはオマエを拉致して、運ぶのが仕事なんだ。随分油断してたな。調査によれば、だいぶ用心深いようだけど……ま、宛にならんってことか」
(く、クソ……ッ、呼吸ができねェ。メリーが勘付かないように、酸素でも奪いやがったか? だが……!!)
不意をつかれてソファーに倒れ込んでいるからと、勝敗はまだ決まっていない。ノアはその細い身体に似合わない原始的な力で、ソファーを殴った。
「なんの真似だよ。ガス吸い込んで、もうまともに思考もできないくせに──」青年はソファーがえぐれたことに目を細める。「いいや、違うなァ。自分を鼓舞したのか。猛獣みたいな幼女だねェ……!!」
ノアは息切れを起こしながら、無理やり能力を巻き起こして起き上がる。
「テメェ、そんなに分からせられたいか……!?」




