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「まあ、私は魔術使えないんだけどさ!」
仏頂面のノアと、笑みを絶やさないパーラは対照的だが、不思議と悪い気分ではない。
「んでさぁ、ノアちゃんは前世でなんの仕事してたの?」
「仕事?」
「学生でも良いんだけどね! 役所で多分聞かれるさぁ!」
「仕事か、そうだな……」
ノア・コーバとは、マフィアである。ノアという名前すら偽名だ。
ただ、ここで馬鹿正直に反社会勢力に属していました、と答える者はいない。
なので、ノアは適当な嘘をつく。
「実業家だ」
まあ、前世でもそう答えていたから、嘘はついていない。
「実業家!? かっけえ!! どんな事業してたの!?」
「販売とか流通だな。あと、金融業とか」
麻薬の販売と武器の流通、闇金である。
「へえー!! あ、バス来たよ!」
「ああ、乗ろうか……。そういえば、カネ持っていないぞ?」
「それくらい私が払うよ! お姉さんに任せなさい!」
「ああ、どうも」
まさか高校生くらいの少女に奢られる日が来るとは、思ってもなかった。人生不思議なことばかりだ。
*
どうにも、パーラはおしゃべりだ。しかも会話に中身がない。一言二言返していくだけでも、疲れてしまう。
「でさぁ! 私の友だちがね!」
「もう着いたんじゃないか? ほら」
アンゲルスの公用語は英語のようだ。また、フランス語やスペイン語もバスの電光掲示板に記されている。そうなると、この国はイギリスやフランス、あるいはそれに準ずる国の近くにあるのだろう。どおりで言語が通じるわけだ。
というわけで、ノアたちはバスから降りる。運賃は……3メニー? まあ、後々分かる話ではある。
「ありがとう」
ノアは素直に礼を言う。
「どういたしまして!!」
邪気のない笑みを、パーラは浮かべる。
(考えてみりゃ、いつぶりだろうな。無邪気な笑みを向けられるのは)
「んー? どしたの?」
「いや、なんでもないよ」
ノア・コーバは、恐るべきマフィアだった。数多の敵を、無数のクズどもを、その手で殺めてきた。いつしかヒトは、彼を〝21世紀最大の怪物〟と呼ぶようになって、どんな者からも恐怖を抱かれてきた。
だが、いまとなれば、微塵も知らない街に転生してしまった無力な幼女。なにも積み重ねていない、ただの銀髪碧眼の幼女である。
(もしかしたら、やり直せるかもしれないな。あの修羅のような世界から、抜け出せるかもしれない)
ノアは、フッと鼻で笑う。あれだけ殺してきた悪党が、異世界に来たからやり直せる? そんな酔狂な話、あってたまるか。
そのとき、
「あっ!!」
パーラのカバンが、バイクに乗ったギャングらしき者たちに盗まれた。そのバイクはスピード違反上等でどこかへ駆け抜けていく。
「……ははッ」
ノアは乾いた笑い声をあげ、その赤いバイクに手のひらを向けた。たったそれだけの動作で、そのオートバイは半強制的に停止する。そして、ノアは地面を蹴り、泥棒との間合いを一瞬で狭めた。
「おい。ヒトのもの奪ったら泥棒だって、学校で習わなかったか?」
「なんだァ!? クソガキが!!」
「小物臭せェセリフ吐くなよ。ほら、バッグを返せ」
「あァ!? オマエ、この街じゃ奪うほうが正義なんだよ!!」
「そうかよ」
ノアは、パーラのバッグを奪った後部座席の男の首を掴んだ。彼の顔は凄まじい勢いでピンク色に染まっていく。
「なら、オマエから奪い返すまでだ」
さすがに危険だと判断したのか、
「分かった! 返せば良いんだろ!?」
運転席の男が、渋々パーラのカバンをノアに渡した。
「それで良いんだ」
ノアは手を離し、悠々と歩道へ戻ってパーラのもとへ向かう。
パーラは驚愕していた。そんな少女の持ち物を、ノアは手渡す。




