29 市民は踊る
労働党からの使者、クール・レイノルズ候補の街頭演説。人生初の演説をライブ会場に見立て、クールは洗礼されたグレーのイタリア製スーツで現れた。
「クール候補の演説です!!」
クールは、さながらロック・バンドのライブ会場のようにセッティングされた、会場に姿を現す。彼はあらかじめ仕組んであった〝サクラ〟と熱心な支持者に手を振り、しばしその騒ぎの中心に立っていた。
やがて、機材トラブルを疑う者が現れるほど静まり返った会場に、クールが声を乗せ始めた。
「──私は政治家ではない。市民の皆さんと同じ目線で、物事を捉えている。それはつまり、私が偽善者ではないというなによりの証明だ。善人ぶった現政権が国を破壊し続けて4年。実質賃金は下がり、GDPも世界第10位まで後退した。しかし、これらは市民の努力不足から生じた結果ではない。私の知る限り、アンゲルス市民は他のどの国のヒトよりも勤勉で働き者だからだ。では、誰がこんな国家破壊政策を招いた? それは、市民の皆さんが一番お分かりだろう」
非常に落ち着いた声色で、クールは歌うように語り出す。カンペは最初から持っておらず、それでいて浮ついたものがなにもない。
そして、サクラか支持者のどちらかが、煽り立てた。
「サラトガがやりやがった!!」
その叫びが静寂を切り裂くと、会場の温度が一気に数度上がったかのような錯覚に陥る。
「そうだ、その通りだ。だが、私は彼を責めるためにここへ立っているわけではない! 彼が国民を騙したという反乱行為を、私たちの手で壊すためここに立っている!!」
クールは一旦言葉を区切り、熱を帯びた会場が揺れる中、あえてその声を聴く。また会場内が落ち着き始めると、クールはマイク・スタンドを強く握りしめた。その姿、まさにロックン・ローラー。数千人の聴衆を声で支配するミュージシャンだ。
「──私はできないことを約束しない! それは市民に対する恐ろしい背信行為だと、私は知っているからだ! しかし、3つだけ確実に実行できる未来を話そう! ──ひとつ、資本家主導の政治からの解放! これは大前提だ! ふたつ、特権階級による寡占政治からの解放! これからは全員に平等なチャンスを与えるべきだ! そして3つ目……〝強く、偉大な〟アンゲルスを〝強く、偉大で、自由に、豊かな〟国家へと変える!! これが最重要だ!!」
クールは実業家であり、今までの労働党政治家とは画一的であった。老人支配の終わりを予感させる、若い候補でもあった。
長く経済停滞の続くアンゲルスにとって、経済政策は真っ先に取り組むべき課題であり、それは現大統領と保守党ではできない。4年間もチャンスを与えたのにも関わらず。
……と、少なくとも、ここに集まった数千人の市民は判断している。していなければ、保守党の強いサウスAs市でこれだけの客は集まらない。愛らしいアイドル的なノアがいくら出張ったところで、そもそも労働党の認可すら得られなっただろう。
「うぉおおお!!」
「クール! クール!!」
はっきりと断言したクールに、市民は熱情した。クールは大汗を垂らしつつも、その声に向き合う。
(市民の熱はピークまで来ている。しかし、熱というものはすぐ消え失せる。ちょうど4年前、保守党の演説もきっとこんな感じだったんじゃねェか? ククッ……)
ノアは内心冷ややかに笑う。そして、スマホで撮影済みの映像を自身のSNSに流した。
『きょうはお父さんの演説! 頑張れ! お父さん!!』
一過性のブームで終わったら意味がない。道化に徹してでも、得られるものがあるのなら、それを逃してはならない。自身の愛嬌にクールの扇動力を乗せ、具体的な政策提示・政権運営はポールモール・エデンが行う。これで良い。これで、少しばかり楽しくなる。




