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サナトリウム文学の人魚は海を泳げるか?

作者: 江藤ぴりか

 広告にはうんざりしている。

 なので、外部広告の少ないカラオケアプリをインストールした。

 そこには悲劇の人魚がいたのだ。


 彼女との出会いは、ムーンベンダー(仮称)という海外が運営しているカラオケアプリだ。ここには歌をアップロードしたり、ルームと呼ばれる配信機能があるアプリ。

 なにげなく「ゆうくん」がルーム主の部屋に入ると、「マーサ」さんがいた。マーサ、彼女だ。


 ボイスチャットで私の入室に気づいた彼らは、歓迎してくれた。

「初心者なの?」

「ゆうくんがチャットに反応するなんて珍しいねー」

 和気あいあいとした雰囲気に、長々としたアプリの説明。二時間は経過しただろうか。私は彼らの提案でファミリーと呼ばれるグループに参加することになってしまった。


 クレードルと名付けられたファミリーは私を含め、六人のこじんまりしたグループだった。そのうちの三人は幽霊部員状態で、ゆうくんとマーサさん、私が主にログインなどの活動をしている。

 このアプリには仲のいいふたりに課金で「称号」が付与できる。

 初めて彼らのルームに入った時、MC席にいたゆうくんは、私がボイスチャットに参加すると、マーサさんの隣に行き、ハートのマークが浮かび上がった。カップルの称号だ。

「わたしが課金して、ゆうくんにファミリーのリーダーを譲ったの。ゆうくんは無課金でね――」

「…………」

 ゆうくんはその言葉に黙ったままだった。

 私は疑問に思った。事情を知らない私がこの場にいるとはいえ、ゆうくんは彼女に感謝を伝えるのが普通なんじゃないかと。

 この違和感は彼女単体の配信ルームによって明らかになるのだった。



 数日後。

 マーサさんは顔出しライブをして、その二日後にルームを単独で立てていた。

 ファミリーの一員だし、時間もあるからと私は気軽に入室する。

「あー! マヒワちゃん、この間はライブに来てくれてありがとね」

 マヒワというのは私の名前だ。

「よかったら、ボイスにあがって?」

 言われるがまま、私はボイスチャットに参加する。

「なんかさ、自分から個人情報流す子っているじゃん? わたし、信じられないっていうか、聞いてないって感じっていうかー。そういえば、マヒワちゃんはどのあたりに住んでるの?」

 ……こういう人は要注意だと思う。特に初見なのにタメ口をきいてしまう人っていうのもポイントが高い。

「マヒワちゃん、わたしと同世代かも! いつかオフ会とかしたいねー」

 開始十分の会話でオフ会ですか……。

「あはは、いつかできたらいいですねぇ」

 誤魔化すほかなかった。


「わたし、女の子が好きそうな甘いお酒って苦手で、〇〇とか△△とかの辛口の日本酒が好きなのぉ。まぁ、これって安い酒なんだけどぉ。……マヒワちゃんはどんなのが好きなの?」

 聞いてないよ、興味ないよ。

「えっと、私は気管支炎やってからはお酒呑まなくなりましたが、前はカカオフィズが好きでしたね」

「えー、なにそれカクテル? カカオってくらいだから、苦めなのかな。えっ、『それから』も好きなんだ。安い酒じゃん」

 彼女は笑う。

「辛口で渋めのお酒好きなら、ボウモアなんかいいんじゃないですか?」

「なにそれ、しらなーい」

 お酒好きの設定はどこへ行ったんだろう。そして、私がお酒呑まないという情報は消えていそうだ。


「実はわたし、療養中でね。ぶっちゃけると、抗がん剤治療を受けているの」

 開始三十分です。いきなり重いよ、マーサさん。

「それでさ、ぶっちゃけ、幽霊が見えるんだ。だから入院は嫌で、通院にしてもらってる。薬のせいでまだらに禿げるから、ウィッグがさ。あ、昔コスプレしてたの。安いのだと、コテ使えなくて不便なんだよねー」

 幽霊が見えると言われても、霊現象は経験あれど見たこともない。なので浅い想像力に頼って、聞いてみた。

「あー、なら病院の待合室の席が埋まっているって思って立っていたら、座るように言われますよねぇ」

 文字に起こすと本当に浅いと思えてくる。しかし、彼女は満足そうに同意する。

「そうなんだよねぇ。それにわたしが今年中に生きてれるか怪しいし」

 具体的な霊体験はなしですか。あと、開始四十分で重いって。

 十二月の初頭です。今年中なら、来月には亡くなるということでしょうか。


「わたしね、昔は六オクターブ出てたんだけどぉ、酒とかタバコとか、病気で今は一・五オクターブしか出せなくなっちゃったの」

「……へぇー」

 おお、マライヤ・キャリー超えと言うのですか。これは、確定ですね。

 素人判断ですが、彼女は自己愛性パーソナリティ障害だなと直感した瞬間でした。

「ソロコンで、緊張して目をつぶっていたら、先輩に『自分の世界に入っている』って褒められちゃって。そうだ、緊張を和らげる方法を教えてあげよっか? あのね、観客を野菜だと思えばいいのよ!」

 すごーく、一般的。話を引っ張るから期待して損しちゃいました。


「わたしさぁ、ユーチューブで美容系の投稿しようと思っていてさ、でも顔出ししなきゃいけないじゃん? だからすごく嫌で」

「え、マヒワちゃん、動画投稿しているの? じゃあ、サブアカだけど、登録するね。ユーチューブでは中国の人とコミュニケーションしてるから、本アカでは登録できないんだ」

「中国の人は自国のこと、どう発音しているかって? チュンクォンかな? 地域によるし、そんな深刻に考えなくていいよ?」

「そういえば、マヒワちゃんって留学経験あるの? あ、別の配信アプリで声劇とかやっていたんだぁ。わたし、あそこでは編み物を手元を写して配信していたよ」

「えー、英語力は中学くらいなんだ? わたしはそれ以下だよー」

「もし、出会い厨がいたら教えてね。ゆうくんとわたしで、相手を徹底的に追い詰めてコテンパンにするから!」


 自分のことをよく喋る人でした。

 そして、私が疑問を質問すると「ゆうくん、今何しているかな?」と気にしているようです。



 翌日。

 彼女の歌の投稿を聴いてみることに。

 低音、中音、高音すべてがヘロヘロで、とても六オクターブ出せていたとは思えない歌唱力だった。なぜ、すぐにバレる嘘をつくのだろうか。


 考えて考えて、ファミリーチャットに次の文面を送ってみた。

『マーサさんって、六オクターブ出ていたんですよね。どんな練習したんですか? 夜の女王のアリアのF6くらい余裕ですね!』

 すると、夜にこのような文面が返ってきた。

『こんばんはー。練習というか、当時は生まれ持った声だよ。もし高音の出し方に興味があるなら、ゆうくんが適任かもです』

 なんで男性に女の私が高音の出し方を習う必要があるのだろう? 男女では声域の広げ方にも幅があるのに。

 そんな思考とは関係なく、ゆうくんはルームを立ち上げ、マーサさんがチャットで追撃する。

『ゆうくんがルーム立てたから、来て』

 夜は家族の時間だ。私は「家人もいるので」と伝えたが、聞かない。

『オペラが歌いたいの?』

『ルームに来てくれないと』

『声出さなくてもいいから、来て』

 声を出さずにどう指導するつもりだろうか。というか、私は高音の出し方について質問した覚えがない。

 私はこれは強制的に終わらせるしかないと思い、「寝る時間なので失礼します」と送った。

『おやすみー』

 どうやら、逃げ切れたみたいだ。



 しかし、今年というか今月中に死ぬかもしれない人物なのに活動的で、設定に矛盾……ではなく、心配だ。緩和ケアとか、カウンセラーの人とはうまくやれているのだろうか。だが、これを聞くとはぐらかすか、激昂するかのどちらかだろう。

 サナトリウム文学の人魚は繊細で、傷つきやすく、他者からの称賛を求める。


 そんな折、十二月の二週目に彼女からファミリーチャットにアクションがあった。

『わたしの古くからの知り合いが加入します。仲良くしてあげてね』

 見ると二人の男性が加入している。

 しかし、チャットは静かなままだ。

『アプリの初心者だから、わたしとゆうくんが居ない時はみんな、教えてあげてね』

 私も初心者だけど……そして挨拶もない人がメンバーに聞くとは思えない。

 とりあえず、反応しないのも良くないと思い、以下の文面を送った。

『男性ばかりで肩身が狭いなぁ。教えられる立場にはないけど、マーサさんの体調が心配です』

 できるだけ中立に。刺激しないように文面を考えた。


 翌朝、こんな文章を彼女は投稿した。

『改めて当ファミリーについてお知らせです。

①ルールに縛りなし。

②イベント参加自由。

③自ルーム、他ルームへの出入りも自由です。

④課金については個々の自由としますが、無課金で良いと思ってます。

⑤困りごとなどの相談やSOSは、いつでもわたしやゆうくんへ連絡ください。必ず力になりましょう!

みんなで楽しく思う通りに遊びましょう』

 自由という言葉は、自由ではないな。そして、私は彼らから見て教わるべき生徒として確立したようだ。

 というか、体調は大丈夫なんだろうか。なんらかのアクションがこの文面というのは、支配的で、怖くなる。それとも死後を考えて、新しい人を加入させたのだろうか。


 翌日の二十時。

『@オザ こんばんわ〜』

『@マヒワ こんばんは〜』

 マーサさんからのファミリーチャットだった。気づいたのは二十二時。そろそろ就寝の支度もあるので、これを無視した。

 それはオザこと、彼女の古くからの知り合いも同じだったようだ。


 チャットにアクションを取らず、数日が経過。

 すると、マーサさんはチャットに次の投稿を、私が他ルームに遊びに行っている時にあった。

『賭け事あかんと思いつつ……。ドラゴンスピンで儲かった。無けなし180→3,000』

 病気はどうしたんだ。

 これにも私や他のメンバーは静観の姿勢を保つ。



 このまま来月になってどんな言い訳を用意するかを見守るのも手だが、もういいだろう。

 十三日の土曜の昼。

『みんな、こんにちは〜♡ ファミリーのみんな、いつも優しくて大好きだったよ♡ 歌の話できて、心が温かくなった……ありがとう!

年末の家事でバタバタしてて、ファミリーにゆっくり来れなくなっちゃったから、一旦お休みしますね。

みんなとの時間、本当に幸せだった♡

また会える日が来たら嬉しいな。みんなも良いお正月を〜! ありがとう♡』

 私はこれをファミリーチャットに送り、ファミリーの脱退と彼女とゆうくんをブロックした。


 直後に彼女から足跡がついたが、もう関係ないだろう。

 ユーチューブにも反応はないので、これで終われたと信じたい。

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