アメルダの場合 後編
「お嬢さんが漁船に乗るなんて、冗談でしょ? 思っている以上に過酷なんですよ、サンダーさんの乗っている船は!」
「大丈夫よ、鍛えているし。たかが半年よ!」
驚いて叫ぶのは、アメルダの執事兼隠密のクラウディ。
彼はアメルダが幼い頃から仕え、陰ながら彼女を支えてきた従者の一人だ。ブリザードの指示で彼女付きになり、未だに定期的に報告もあげている。
(基本的に、お嬢さんのやることに反対しないように言われているが、これは危険すぎる。ブリザード様に指示を仰がなければ!)
いつも全肯定のクラウディが賛成してくれないことに、些かの戸惑いがあるアメルダ。
(クラウディなら分かってくれると思ったのに。心配しているのは分かるけど、私だっていろいろ考えた結果なのに……)
それでもアメルダは、たとえ一人でも漁船に乗り込もうと準備をしていた。
◇◇◇
「とうとう、そう来たか。いつかこうなると思ってはいたんだ。ハハハッ」
執務机に座したまま豪快に笑うブリザードに、僅か苛つくクラウディ。
(お嬢さんがどれだけ無謀な性格か、あんただって知っているだろ? 頼むから止めてくれよ!)
そんな彼の気持ちを見透かすように、ブリザードは彼に告げる。
「そろそろ前を向く時期がきたんだ。悪いけど見届けてくれ、クラウディ」
「分かりました、ブリザード様。私はお嬢さんの執事ですから」
大切なアメルダの守る権利を、他者に譲る気は毛頭ない。いつだって彼女の騎士は、自分なのだから。
商会で漁船管理を担当するバラダックに、連絡を取るクラウディは快諾を受ける。
「了解しました。アメルダ様が貴族の令息に扮して、特別室に乗るんですね。表向きは何かやらかした罰で、心身を鍛える目的と。特別室の部屋は大きいのが一つしかないですが、同室で良いですか?」
特別室とは言うものの、そこは病傷者が出た時や感染症者の隔離部屋として使っていた場所だ。現在は魔法薬(メッチャ高額)のお陰で、重篤な内科疾患は即治癒が可能だ。
怪我は処置後に自室で休むことになる為、この場所は使われなくなった。
ジャンバルデが入船当初に暴れたので、隔離部屋として一時的に使っていた。当然の如く高額な使用料金は、公爵の権利を剥奪されている彼には支払えない為、王妃の財産から支払われていた。国庫とは別の、彼女が嫁いだ時の持参金からである。
(リーフとヴァルサが末子を大事にしてくれるのが微笑ましくて、政務に集中したことが失敗だったわ。我が子を不幸にする気なんて、微塵もなかったのに……)
口には出さずとも王妃は、末子を愛している。
話は戻り。
「ええ、そうです。お嬢さんの準備(男装)には私の能力が必要ですから。ベッドが二つあれば問題ないでしょう」
「分かりました。けれど海は陸とは違い、不測の事態が時々ありますので。十分に気を付けて下さい」
「ありがとう。肝に銘じよう」
一週間後に、漁船の乗り込みが決まった。
◇◇◇
「俺は船長のサンダーだ。ジャメルナ・ガルート男爵令息様と、御付きの従者クラウンさんだよな。海は危険だ。これから半年間は平民と貴族関係なく、ビシビシ指導するからよろしくな」
事前に身分を偽った書類を受け取っていたサンダーは、変装しているアメルダを令息だと思っていた。クラウディもまた、軽く変装済みである。
アメルダの声は胸元の魔道具ペンダントにより、音域が低くなり別人の声になっており、胸はサラシで固定できていた。丁度良く?貧乳なので、苦しさはない。
「ああ。よろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」
頭を下げる二人にサンダーが微笑む。
「ふふっ。貴族が(やらかしを知る)俺に頭を下げるのは珍しいな。教えを乞う相手だからと、礼儀正しくしてくれてるんだろ? あんたは何の罰で乗せられたか分からないが、きっと更生できるよ。だからここでは無理をするなよ」
アメルダもクラウディも、「はい、ありがとうございます」と返事を返した。
彼女はひたすら感動していた。
(サンダーが目の前に。少しだけ老けたけど、渋みが増したわ。やっぱり格好良い~。ねえ、クラウディもそう思うでしょ?)
(そうですね。確かに以前に比べ、体は引き締まったようですが。いささか老けましたな)
(もう~、そこがまた良いじゃない♡)
(…………そうですね)
小声で話し込む二人だが、アメルダに比べクラウディの顔だけは憔悴していた。周囲は貴族の坊っちゃんが、従者を困らせているのだろうと思った。
アメルダは心で笑い、顔は真面目の青年設定を守っていた。
化粧テクでシワを隠し若く見えるアメルダは、サンダーよりもずいぶんと若く見えたし、資料を渡した年齢にも20代後半と誤魔化し書かれていた。
◇◇◇
体幹がしっかりしているアメルダとクラウディは、船酔いもせずに即戦力になった。ちょいちょいサンダーをチラ見するアメルダも、漁の時間は別人のように真剣だった。
「すごいな、二人とも。俺なんて一月は、揺れる甲板を歩くのも怖かったのに。鍛えてるんだな」
そんなサンダーに、アメルダは答える。
「時間がある時は冒険者として働いていたので、その成果でしょう」
「そうか……大変だったんだな。魔獣狩りとかだろ? 危険も多かっただろうな。男爵家も経済格差はあるからなぁ。家を継げなければ、余計に……。ああ、すまんな。余計なことを」
「いえ、別に。案じてくれてありがとう」
「船長としては当然のことだよ」
アメルダの微笑みに、サンダーはドキリとした。
いくらクラウディ特製の特殊メイクをしても、所詮は美形のアメルダだから、どう弄っても美しくなってしまう。
けれど見た目は男にしか見えないし、声も低い為見破られることはない筈だ。
彼と話すことを夢見ていたアメルダは、以前とは違い優しい気遣いをするサンダーに戸惑っていた。
大きな網で魚を掬い、氷結の魔道具コンテナに入れる作業も、難なく熟していくアメルダとクラウディ。
但し極寒の荒海は、彼女らの体温を奪い確実に疲弊させていく。
時に船舶よりも高く上がる波と、船体に入ってきた海水をバケツで必死に掻いて捨てるを彼らも繰り返す。
風も水も全ての生き物を冷たく鋭く刺す極寒の海は、体を芯まで冷やす。いくら魔獣討伐では優勢だったアメルダでも、自然の驚異には歯が立たない。
「さ、寒い雨だわ。視界が遮られ、嘘っ、あ、あーー!!!」
凍えるような雨を浴びながらバランスを崩した瞬間、揺れる甲板の上を転がり、船縁から海上に落ちそうになるアメルダ。
「アメルダ、今助けるから何かに捕まれ!!!」
(死にたくない、死にたくないよー!!!)
必死にもがきながら、何とか片手で船縁掴むアメルダ。それに向かい走り抜け、彼女を引き揚げるクラウディ。
「大丈夫ですから、落ち着いて下さい」
「(声がでないわ)……」
口が渇き話せないアメルダは僅かに頷き、唇だけでお礼を言った。クラウディに抱かれて漸く、恐怖で硬直した体が僅かずつ弛緩されていく。
(クラウディがいなかったら、今頃私は……。氷の張る凍えた海に落ちれば、死んでいたかもしれないわ)
「大丈夫か、あんた達。ここはもう良いから、中に入って休め。傷があれば、手当てするんだぞ!」とサンダーの声が響き、クラウディが答える。
「はい、すいません。そうさせて頂きます」
「良いんだよ、気にすんな。それより俺は作業があるから付いて行けん。後はあんた達で頼むよ。じゃあな」
そう言って慌てる様子もなく、網に向かって慎重に歩いて行くサンダーは間違いなく船長だった。周囲を見ながら的確に指示を出して、潤滑に漁を続けていくのだから。
もしアメルダが一人なら、きっと若い船員を介抱に付けたことだろう。
思わずアメルダと叫んだクラウディだが、元々偽名のジャメルナと発音が似ていた為、不審に思う者はいなかった。
◇◇◇
魔道具が暖める船室に入り、漸く声を取り戻したアメルダ。
「サンダーはこういう事態に、慣れているのかしら?」
「船上は凍っておりますし、日常茶飯事なのでしょう」
「そうなのね……。大変な仕事だわ」
「はい。気を抜けない仕事ですな」
命綱はしていたが……もし海上に落ちて引き上げられたり、船側に強く叩きつけられたとしたら、かなりのダメージを負っただろう。
海の冷たさに加え、海中には魔獣のジャイアントコンガーイーグルが口を開けて、獲物を待ち構えているのだから。
船舶を攻撃しないコンガーイーグル達も、落ちた人間は別で、他の魚と等しく捕食するだけだ。
そんな死と隣り合わせの仕事なのだ。
◇◇◇
「ねえ、クラウディ。私は覚悟が足りなかったみたいだわ。貴方にあんなに止められたのに、自分の力を過信して、サンダーの仕事振りをみたいだなんて……。想像では分かっていたから、離婚の時にこの船にあの人を乗せたの。過酷な環境で反省すれば良いって。でも甘かったわ、下手をすれば死んでたかも……」
ずぶ濡れで椅子に座り項垂れるアメルダに、体を拭いて着替えるようにと声をかけるクラウディ。
船室にある魔道具の給湯器から洗面器にお湯を汲み、タオルを浸けてベッドサイドのテーブルに置く。着替えを揃えてからアメルダをそこへ移動させ、室内と寝室とを隔てるカーテンを閉めた。
「お嬢さん。まずはお湯で体を拭いて着替えて下さい。私はその間に、コーヒー豆を煎って、コーヒーを淹れますから」
彼の落ち着いた声に、ほぅーと息を吐くアメルダはそれに応じる。
「ありがとう、クラウディ。コーヒーを淹れたら、貴方も着替えて頂戴ね」
「心配無用ですよ、お嬢さん。既に着替え済みですから」
「まあ、すごいのね。ふふっ、さすが私の執事ね」
「お褒めに預かり恐悦至極です」
「まあ、嘘ばっかり。でも感謝してます。貴方は命の恩人だわ」
「私の命は、お嬢さんのものです。私が生きているうちは必ずお守り致します」
クラウディが瞬時に動けたのは、いつも視覚のどこかで彼女を捉えているからだ。そうでなければ今頃彼女は……。
その後二人は、言葉を交わさずにコーヒーを飲んだ。
沈黙は苦痛ではなく、幾つものことを考える良い時間となっていた。
アメルダ達のスケジュールは、彼女の腕の強い打ち身により変更となった。元々船員達も、彼女達を数には入れていなかった為、問題にはならない。
『筋は良いが、まだまだ未熟だ。それに反省を促す乗船だと聞いたしな』
『もう怪我もしたし、無理はさせられないな』
『船内の掃除とか調理をやってくれれば、助かるよ』
『貴族の坊っちゃんができるかな?』
『できるさ。みんなで凍えながら網を引いたくらいだ。頑張れる』
『そうだな。あいつらは威張り散らす貴族じゃないみたいだしな。冒険者もしてたって言うし』
『貴族でも貧乏だと大変だな。もしかしたら冤罪かもしれないぞ。やらかした高位貴族の代わりにとか……』
『ありえるな。くぅ、不憫なジャメルナ!』
『そうと決まった訳じゃない……けどまあ良いか(面倒くさいし、そうしとこう!)』
そんな感じで受け入れられた、アメルダとクラウディ。
だが怪我が治ってきたアメルダが、掃除や洗濯をしようとしても、クラウディがあっと言う間に終わらせてしまう。
「お嬢さんは料理をお願いします。手が荒れるので、食器は私が洗いますから」
「え、えー。別に手荒れくらい……」
「私の仕事も残しておいて下さらないと。ねっ」
「分かったわ。じゃあ、お願いするわね」
「はい、喜んで!」
(お嬢さんが男の服や下着を洗濯なんて、絶対許可できない。こもった船内の汚い空気を、掃除して吸わせるのもダメだ。本当はお嬢さんの手料理だって、誰にも食わせたくないのに!)
そんなクラウディだから、アメルダの目がサンダーを追うのも許せなかった。
(今でもお嬢さんは、あいつが好きなのか……。まあ今のあいつなら、以前と比べ物にならないくらいしっかりしているが)
そんな彼は、アメルダがサンダーを見る瞳の変化に気付いていなかった。
◇◇◇
打ち身が完全に治った後は天気の良い日限定で、再び甲板に出て網を引く希望を出したアメルダ。クラウディの反対を無理矢理押しきって。
「ごめんなさい、クラウディ。負けたままで帰りたくないのよ。お願い」
「……しょうがない方ですね。気を付けて下さいよ」
言い出したら聞かないのを、彼女が幼い時から知るクラウディは知っている。
晴れていても凍える漁をアメルダとクラウディは何とか熟し、約束の半年を終えることが出来たのだった。
◇◇◇
「お世話になりました」
「ありがとうございました」
頭を下げるアメルダとクラウディに、サンダーは笑顔で答える。
「こっちこそ、助かったよ。それに給料は払わずに、客船みたいにそっちから、お礼金をたくさん貰ったし。これは船員みんなで分けるからな。みんな喜ぶよ。
またおいでなんて、ことは言わない方が良いな。元気で頑張ってくれよ」
「はい。船長もお元気で」
「ああ、ありがとうな」
岸に上陸した船は、一月停泊することになる。
サンダーは二人に、漁師でする宴会に参加しないかと誘うも、両親に下船した報告義務があるからと断った。
お礼金とは別に漁師達と良い関係を築いたアメルダとクラウディは、彼らと離れるのを少し寂しく思った。
みんな気の良い者達ばかりだったから。
「お嬢さん、サンダーさんと話さなくて良いんですか?」
クラウディはアメルダに呟く。上陸したならゆっくりと話すこともできるのだから。
「もう、船でたくさん話したわ。今のサンダーはもう別人よ。私が好きだった人の思い出は、結婚前のものだけで十分だわ。後を追うことも止めるわ」
「良いんですか? 本当に」
「少しだけ寂しいけど、それはきっと執着なんだと思う。お互い別の人生を歩いているんだもの。もしかしたら踏み出せていなかったのは、私だけなのかもね」
「お嬢さん……」
一筋の涙が彼女の頬を伝う。
海風に晒されて、少しヒリヒリする。
マイナリーもメロディも、そしてサンダーも前に歩いている。置いていかれた気がするのは、気のせいではない。
「帰りましょう、クラウディ。貴方は傍にいてくれるでしょ」
「当然です。私はお嬢さんの執事ですから」
少し悲しそうな彼女の横顔に、忠誠を誓うクラウディ。彼を見つめるアメルダの瞳には、今までの信頼とは別の感情が宿っていたことに、彼は気付いていなかった。
アメルダは、船上で隣のベッドに眠るクラウディの寝言を聞いていた。
「俺がサンダーなら、絶対アメルダを泣かさないのに。クソッ、あの男め。別れてからも大事なアメルダの心を縛りおって、許せん! あぁ~、何で俺を選ばないんだ。絶対幸せにするのに!」
「まあ。クラウディは普段、私のことはアメルダ呼びなのね。それに……選ぶとか、幸せにするとか、まるでプロポーズじゃない? いつから私のことが好きだったのかしら?」
知らないうちに、本人に好きなことがバレていたクラウディ。俺呼びもバレてた。でも気付いていなかったのはアメルダだけだから、丁度良いかもしれない。
さすがの船上で疲労困憊な彼は、いつもは浅い眠りが深くなり、寝言を言っていたようで。それも何度も何度も繰り返し。
アメルダがサンダーを吹っ切れた理由の一つに、新しい恋があったことは言うまでもない。
「私だって、クラウディのことがいつも大事よ。一生傍にいたいくらい。いつになったら、本当のプロポーズをしてくれるのかしら? 楽しみね」
意外に悪女なアメルダだが、待ちきれずに痺れを切らした彼女が、彼の唇を奪い逆プロポーズをするのはもうすぐなのだ。
◇◇◇
シウムとジャンバルデは、ジャメルナとクラウンの正体に気付いていた。
「あいつアメルダだろ? 何やってんだ漁船に乗り込むなんて」
「確かにアメルダ様でしたね。男装までされて。何かの調査でしょうか?」
「……どうせサンダーでも見に来たんだろ。まだ執着してんのか? あいつが自分でこの船に乗せた癖に」
「どうですかね? 先程別れる時は、別にそんな感じはなかったですよ」
「そう言われれば、そうか。船内でもあの怖い執事と同室だったしな」
「そうですよね。じゃあ、取れる魚の種類調査とかでしょうか? アメルダ様は現在商会のナンバー2ですから、現状確認に来たとかかも? 爵位を継ぐのは兄君のようですが、商会の経営はタッチしていないそうですから」
「アメルダが世界中に支店を持つ、ガラナント商会の商会長か。女だてらに権力を握ったな」
「実力もある方ですよ。若い時から苦労されていますから」
「お前詳しいな。そう言えば、いつから船に乗ってんだよ」
「聞いちゃいます? 俺は14歳からです」
「アメルダにか?」
「いいえ、アメルダ様のお父上のブリザード様にです。俺はいつも親に殴られて、当時は給料は全て親のものでした。この船に乗せて貰えたから、今は明るく暮らしていますよ」
「でも普通、子供が漁船に乗せられないだろ? どんな悪事を犯したんだよ!」
「ふふっ、聞いちゃいます。それはね…………」
「こっわ、やっぱ良い。聞かねーよ。やばい奴だったんだな、お前」
「ええっ、今は改心してますから」
「そ、そうか。ずっとそのままでいろよ」
「はい、勿論です」
ジト目でシウムを見るジャンバルデと、それを見て苦笑するシウム。
(貴方の中の俺の悪事って、酷く残忍そうだな。でも言わないでいよう。くふっ)
その日からシウムに高圧的だったジャンバルデは、少し鳴りを潜め、まあ普通の状態になった訳だ。
シウム、ジャンバルデ、サンダーは、だいたい似たような年齢だ。全員30代。
ジャンバルデも更生しており、近いうち(数年後)に下船して自由を得る許可が出るも、自らの意思で船に乗り続けることになる。
船が岸に着けば適当に娼館まで足を伸ばすが、後は漁師仲間とワイワイ騒いでいた。シウムとサンダーとは今や気心が知れた信頼する親友だ。
そんな彼は与えられた罰が許された年に、お忍びで現れた母と父と兄に、貸しきりにされた海辺の食堂で会うことになった。
「ジャンバルデ、元気だったか?」
「ああ、逞しくなったな、苦労しただろう?」
「……っ。(よくぞ無事で!)グスッ」
当然ながら彼に怒りなんかなく「父上も兄上も老けたな。ちゃんと体に良い物食ってんのか? 母上は変わらないな、綺麗なままだ」が、第一声だった。
軽い!
「元気そうだな、良かった。でもエクレアも老けただろう? 何で彼女だけ褒めるのだ?」
「え、女性を褒めるのは当たり前だろ? そんなことじゃ、モテないぜ父上」
え、ジャンバルデが人の評価を気にしてる?
傍若無人の息子(弟)が!
「なんか変わったな、お前。良い顔してるよ」
「うん、まあ。顔は父上に似てるから、モテモテなんだぜ。唸る筋肉もあるから、女がほっとかないんだ。でも家庭を持つ気もないから、お互いに割りきれる娼婦しか抱いてないぜ。こう見えて国に天引きされた以外の生活費を貯めて行く娼館だから、安全だよ。他に金の使い道もないしな。はははっ」
「そうか、ちゃんとしてるんだな。ううっ」
「今の泣くとこかよ、兄上? まあさこれでも俺、反省したんだよ。船のみんなの話を聞いて、昔の俺は酷かったんだなって。今は乗せて貰って良かったと思ってるよ。ハハッ」
「母のことは恨んでないのですか?」
悲しげな王妃の問いに、笑顔で答えるジャンバルデ。
「まあ、目が覚めて船の上にいた時は、 “マジか”って怒ったけど、慣れたら楽しくなってたな。最初は慣れるのに精一杯だったし。魚を取るのは楽しいし」
「そうそう。だから気にしなくて良いんだよ。俺はちゃんと生きていけるから。それにこれからは給料もちゃんと貰えるんだろ? 楽しみなんだ!」
「ジャンバルデはまた船に乗るの? 他の職業に就いても良いのよ」
焦るエクレアは彼にそう伝える。けれど答えは変わらない。
「俺はなまじっか有名になりすぎたから、国に戻ってもいろんな亀裂を生むだろう。下手な役職に就いても相手が俺の過去を知っていれば、恐れるだろうし。だから次にやりたいことが見つかるまでは、船に乗ってみようと思う。一平民として、生きていくよ」
「ジャンバルデ……。そう、決めたのね」
「ああ、迷惑はかけないつもりだ。心配してくれたんだろ? ありがとうな」
「心配なんて当たり前だろ? お前は大事な息子なんだから」
「そうだよ。いくつになったって、大事な弟だ」
「私だって、ずっと、うっ、無事か案じて、うっ、いましたよ」
「そうかぁ、ありがたいな家族って。俺も今度はこんな家族が持てると良いなぁ」
「うっ、うっ、持てるさ、絶対」
「兄さんだって信じてるよ、ぐずっ、うっ」
「……一人で大人になったのね、ちゃんと育ててあげられなくて、うわ~ん、ごめんね~」
「謝らなくて良いよ。イイ気になって我が儘だった俺が悪いんだ。全部自分のせいだ。きっとまだまだ多くの人に恨まれているから、王都には戻らない。……また遊びに来てくれよ、ずびっ」
海辺の10人くらいしか入れない、古い食堂。
その回りには物々しい騎士が配備さてている。
けれど……中にいる親子は、抱き合いながらいつまでも泣いていた。
「王位をヴァルサに譲ったら、この街の近くに家を建てるから、今度は遊ぶにおいで」
「待ってるわ。漁師を止めたら一緒に暮らしましょ」
「私だってお忍びで行きますよ。弟に会いたいのは一緒ですから」
「ははっ、俺は大人気だな。まあ、よろしく頼むよ。じゃあ、今日は俺がカレーを奢ってやるよ。美味しいんだ、ここのカレー。食堂のお姉さん、カレー4つお願いね」
「あいよ。昨日から仕込んでるから、旨いよ」
どう見ても、60歳は越えている熟女に、お姉さん呼びするジャンバルデ。そして国王達にも物怖じしない浜の女、キュリーナ姉さん。
テーブルにどんどんとカレーが置かれ、コップに入った水とポットを準備した後、キュリーナ姉さんは「買い出しに行くから、留守番よろしく」と言って出ていった。
気を利かせたのだろう。
その後カレーを食べながら、親子は語り合った。
「少し辛いけど、美味しいな」
「そうだろ? 市井にはもっと美味しいものが、たくさんあるんだ。次も楽しみにしてな」
「うん、期待しておくわ」
「私も。今度はお土産を持って来るよ」
「酒が良いな。仲間にも飲ませたいから、たくさん頼むよ」
「はははっ、分かったよ。可愛い弟の頼みだもの」
「じゃあ俺は、お菓子を持って来よう」
「甘いものか、良いな。暫く食ってない。売ってないが正解か? 漁村では自宅で飴を作るくらいだな。高いものは売れないから」
「そうなのね。じゃあ、お店を出して貰おうかしら? 格安で売れる店を。高いのは人件費だから、人件費の安い弟子を多めに連れて来て、一人立ちしてその子が王都に行ったら、また別の若者を代わりに弟子にして。勿論国の補助金付きよ」
「規模が大きい話だな。でもまあ、この漁村でも働き口がなくて違う村や町に行く者もいるから、働ける場所ができて旨いものが食えれば良いかもな」
「なんて立派な意見……母は嬉しいわ」
「ええっ。ただの感想だぞ。甘いな家の母上は」
笑顔で再会し、再び会う約束をして別れた親子。
翌年。
リーフとエクレアは退位し、ヴァルサが国王になった。漁村から少しだけ離れた町に邸を立てて、リーフとエクレアはジャンバルデを待つ。
その頃になるとジャンバルデの評判は、悪評が薄れてちょい悪な元王族として受け入れられた。
もともとその地は貴族があまりいない為、王族のスキャンダルには関心もなかった。
そこにいる人物が全てなのだ。
年に2度開催されるジャンバルデが参加する宴には、前国王達の隠密が警備する中で、多くの人が集まった。
そこにはサンダーとシウムも参加していた。
サンダー、シウム、ジャンバルデは、それぞれに家庭を持ち、前国王達とも交流を持った。子供達も元気に遊び、友人になったそうだ。
彼らの晩年は賑やかになったと言う。
エクレア……フランス語で稲妻を意味する。
外観も焼いたシュー生地にできる亀裂が稲妻のよう。表面のチョコレートが光を反射して稲妻のように見える。クリームがこぼれないように、稲妻のように素早く食べなければならない。まっすぐ伸びた形が稲妻のよう等、由来がある。
甘さに中に苛烈な一面もある、王妃にぴったりの名前だった。




