アメルダの場合 中編
アメルダはサンダーと恋に堕ちてから、筋トレを止めた。麗しい筋肉を捨てて、丸みを帯びた普通の愛され女子を目指したのだ。
女性のファンは悲しみながらも、「それも良いです。美しいです♡」とその変化を受け止め、男性達は美しく装う彼女に見惚れる者も出ていた。
「化粧は人を変えるな。淑女いや、どこかの王女のように落ち着きと気品が感じられる」
「今頃気付いたの? お姉さまはずっとそうよ。どんな姿でもね!」
(何故、お前が威張る(の)?)
それは推しへの愛ゆえで、強火のファンクラブ会員ならば当然の反応だった。
どんなに過酷な状況(不良との恋)でも、苦難の道を乗り越えるのがアメルダ様なのよ! なんて言う夢フィルターもかかっていたようだ。
勿論アメルダは、周囲の反応等は気にしない。
この努力も、サンダーへの愛の為なのだ。
「ライバルがたくさんいるのは知っているわ。でも私だってサンダーが好きだもの。出来ることはするつもりよ!」
楽しげに話す彼女に、勿論苦言を呈する者もいた。
「止めておいた方がよろしくてよ、アメルダ様。あの男は何人もお付き合いしている方がいるの。貴女には相応しくないわ」
「私も悪い噂を聞きましたわ。深入りする前に、様子を見てはいかがかしら?」
ファンとは別で、昔からの味方である友人達はサンダーとの交際に反対した。けれど熱を上げていたアメルダには、どうしても踏み留まることができない。
「でも……そうね、落ち着いて考えてみるわ」
「本当ね。信じるわよ」
「私達は貴女を不幸にしたくないの」
言葉ではそう言える。
友人達と話せば、そうだと思える。
けれど待ち伏せしているサンダーと会うと、気持ちが浮き足立ってしまうのだ。
「もし時間があれば、お茶でも飲みに行かないか?」
友人達の助言が頭を過る。少し距離を置いた方が良いと警告が鳴る。でも……。
「良いですね、行きましょう。誘ってくれてありがとう」
「良かった。じゃあ、手を繋いで行こう」
「ぅ、ん。分かったわ」
戸惑いながら手を差し出し、お互いの手が重なる。
「暖かいな、アメルダの手は」
「貴方は少し冷たいわ」
「そう? でも手が冷たい人は、心が温かいって聞いたことない?」
「そうなの? 知らないわ。じゃあ、サンダーは心が温かいってこと?」
「どうだろうな。でもクロは懐いてくれてるよ」
「あの子、元気なのね? 今度見に行って良い?」
「いつでも良いよ。今日でも……」
「…そうね。見せて貰っても良い?」
ロゼクローズ伯爵は王宮の仕事で不在がち、伯爵夫人も社交であまり邸にいない。
伯爵家の使用人も素行の良くないサンダーを、あまり良く思っていなかったようで、伯爵家に訪れても干渉して来ない。
応接室に案内されお茶の用意を終えると、侍女は頭を下げて去って行く。普通は男女が二人きりにならないように、誰かしらが部屋に控えているものなのに。
「ごめんね、侍女が出て行って。俺がいつも側に寄らないように言っているから。言うというより、追い出してる感じかな? 一度嫌な目に合ってさ」
「侍女に? メイドに?」
「メイドだった。夜這いってやつかな。信じられないよね、14歳の時にさ。子爵家の女で『坊っちゃんが可哀想だから、慰めてあげる。結婚してくれたら、ずっと一緒にいられますよ』とか言って。最初は欲情した顔が怖くて声も出せなくて、でも触れられると気持ち悪くて枕で思いきり叩いたんだ。そして追い出した」
そのことは内緒にしていたんだけど、異変に気付いた者もいて、その女は辞めさせられた。家令が異変に気付いた他のメイドから話を聞いたらしい。
伯爵家の嫡男を襲う等、捕まってもおかしくない案件だ。たぶん大事にするのを避けたのだろう。
「それから夜、あまり眠れなくてイライラして。喧嘩したり、女と付き合ったりしてたんだ。……あの女は俺の話を聞いてくれて、良い奴だと思ったんだ。それなのに……うっ」
話ながら泣き出すサンダーの足元に、クロがちょこちょことやって来た。「にゃ~」と甘える鳴き声で、彼の表情が弛む。
クロを抱き上げ「こいつが来てから、よく眠れるんだ」と、子猫の頬に優しいキスをするサンダー。
「良かったわね。クロも嬉しそう」
穏やかな時間が流れる。
お茶を飲んでから、伯爵邸の庭を二人と一匹で散歩する。
それを偶然帰ってきた伯爵が見ていたらしい。
◇◇◇
「アメルダ。ロゼクローズ伯爵家から婚約の打診が来たが、どうする?」
ブリザードがアメルダに声をかけた。
彼女がサンダーを好きなことは、子爵家全員が知っていた。
「え、えー! どうしよう。受けて良いの、お父様?」
「好きにすれば良い。ただうまくいかなくても、人のせいにだけはするなよ」
「分かったわ。ありがとうお父様」
嬉しくてブリザードに抱きつくアメルダと、微笑むマリリアール。
(どんなに愛していても、うまくいくかどうかはお互いの努力次第よ。頑張ってね)
そんなアメルダは順調にお付き合いを続け、サンダーとの仲も良好だった。
15歳まで通う貴族学園を卒業し、16歳で結婚。
17歳でマイナリーを出産した。
「幸せだな。ありがとう、僕は君と結婚できて良かったよアメルダ」
「私もよ。サンダー」
マイナリーを抱っこするサンダーを見つめ、このままの生活が続くと思っていた。
けれど……。
伯爵の体調が悪くなり、勉強をしてこなかったサンダーでは困難な執務をアメルダが手伝うようになった。他にも子育てにも力を注ぐ彼女に、喪失感を感じるサンダー。
そうこうするうちに、以前に別れた女性との関係を再び持ったり、さらに愛人を増やしていくサンダー。果てには伯爵家のお金を持ち出して、散財し始めた。
当然に夫婦喧嘩も激しくなる。
「どうしてなのサンダー? 私は頑張っているつもりなのに、浮気ばかりして。家の仕事だって、私がしているのに!」
「押し付けがましいんだよ、あんたは。いつも俺を愛してくれるって言ってた癖に、放っておいてさ。嘘つき! だから俺も勝手にするんだよ!」
「そ、そんな。ちゃんと話し合いましょう。ねえ、サンダー」
腕に縋り付こうとするアメルダを、彼は振り払った。そして足早に邸から去って行く彼を、泣きながら呼び続けた彼女は脱力し踞った。
「何でよ、どうして? うっうっ」
「ふぎゃ~、ふぎゃ~」
「ああ、泣かないで、マイナリー。お母様はずっと傍にいるから。私が貴女を守るから。うえっ、ふえ~ん」
生後半年の我が子を抱きしめて、泣きながら守ると誓ったアメルダ。
サンダーの飼っていたクロは、アメルダを励ますように可愛く鳴いてマイナリーをあやしてくれた。
時々戻って来るサンダーには、お説教をするように「にゃあ、にゃあ」と、呼びかけていた。
そして子猫はある朝、静かに亡くなっていた。
「前日までは元気だったのに。最期まで頑張ってたのね」
「クロちゃんは、ねんねしてるの? もう朝よ」
呼びかけても返事はなく、マイナリーは寂しくて泣いた。アメルダも涙が込み上げていた。サンダーは帰って来ないまま、庭にお墓を作った。
クロはアメルダとサンダーの、出会いのきっかけだった。クロが二人を結び付けたのだ。
その数日後、帰って来たサンダーは庭で泣き伏していた。彼もクロが大事だった。依存するくらいに。
「なんでみんな、俺から離れるの? クロ、お前は死んじゃダメでしょ、あぁ」
生まれた時からの虚弱体質だろうと、暴行事件の時の診察で医師に診断されていた。けれどこんなに早く逝くなんて、誰も思っていなかった。
その後に伯爵は亡くなり、後妻は離縁して伯爵邸を後にした。サンダーが伯爵となるが、夫婦仲は最悪のままだった。
アメルダは執務を熟なすも、サンダーの散財で伯爵家の財政は傾いていく。そして別居してアメルダは生家の商家を手伝い、時々冒険者に戻って筋肉を取り戻した。
そしてサンダーは今、漁船に乗り、船長となっていた。
◇◇◇
「ねえマイナリー。私、サンダーに会ってくるわ」
「ええ、何で?」
「お母様、どうしてですか?」
娘達が不安げに混乱する中、彼女はある決意を決めていた。不敵な笑顔を浮かべながら。




