07. 噂の出どころ
毎日更新を目指していますが、原稿のストックがないため、更新できない日もあります。
支部長を撒くために、深夜に強行したダンジョン行だが、結論を言うと当初の半月が五日に大幅短縮されて帰還になった。
「ロスの手柄だな」
隣国との間に戦争が起きるかもしれない、そんな情報が静かに広まり、鎧など武具になりそうな素材の持ち込みが減って一ヶ月弱。
噂の出どころが判明したのはロスの古巣、冒険者ギルドに就職する以前の、商人見習いだったころの知り合いから、もたらされた情報だった。
「まさか国境が隣国の反対隣のことだったとは……」
確かに国境で間違いない。
とはいえ素材が枯渇とは言わずとも減るくらいだから、もっと近い場所が戦場になるだろうと思っていた。
「事情の半分以上は、相場を弄ぼうとした商人が理由ですけどね。大手の商会なら、大量輸送の手段もありますし、あながち相場の操作だけで儲けようとは思ってなかったとは思いますけど……」
のほほんとお茶を飲みながら話すロスは、いつもと同じ童顔ににこやかな笑みを浮かべていた。
「物の相場なら、商人の得意とすることですからね」
「ロス、君は見習いと言っていたが、役職はそれだけか?」
下っ端の駆け出しではなく、支店長見習いとかそういう役職が付いていてもおかしくないほど情報通である。ギルド内の素材の在庫が減ってきているのは、幹部職員だけが知っている話で、解体班では緘口令が敷かれていた。ウチの部署で知っているのは俺だけで、ジョルンにさえ教えていなかった。
「本店の支配人見習いでした。育ったら支店の支配人として店を任されるという話で。でも詳細に話したら採用しなかったでしょう?」
「当然だな」
情報漏洩に繋がる恐れがある。冒険者ギルドと商会、双方にとって。
ウチからすれば知り得た情報を商会に流されるリスクがあり、商会からは知り得た内部情報を手土産に転職したと思われ兼ねない。
どちらの組織から見ても有難くない話だ。
「支配人さんと商会長からは、『お前の魔獣好きは今に始まったことではないから、やりたいようにやってみろ』って送り出されたんで、円満退職ですよ」
俺が言わんとするところを先回りする。
「今の、この部署は僕にとって天国みたいなところなんです。辞めさせるなんて言わないですよね?」
ふわりと微笑む童顔は邪気がなく、商人になりきれていないただの下っ端の雰囲気である。
「辞めさせるとは言わんが……。それよりよく素材の持ち込みに問題があるのがわかったな」
「カウンター業務に携わってたんですよ。わかって当然じゃないですか。だから偶然飲み屋で会った昔の同僚に、ちょっと話を聞いたんです」
あ、機密とか後から問題になりそうな情報を聞き出すような真似はしなかったですよ、とさらりと言葉を続けた。
「古巣とギルドの関係が拗れるような真似をしなければ良い」
「はい!……それでですね『隣国がきな臭い。特にこの国の反対側の治安が悪くなってるから、護衛の依頼を受けそうな冒険者に、警戒するように伝えた方が良い』と言われまして。代わりに素材があればそこそこの価格で買い取らせてほしいと」
「売買価格に関しては、俺の一存では無理だな」
情報の対価として、値上がりしつつある素材を元の値段で卸せということか。
相場を勘案して、買取額や売却額を決定するのは渉外の担当だ。
大口の売買取引などを受け持つ部署だが、相場の確認のほかに価格の決定権限を持っている。
ダンジョン四〇層で、副支部長が俺に、地上に戻れと言ったのは昨日。二○層まで戻れば、ジョルンが待っていると言われてとんぼ返りした。その日の夕方に合流してユイネを預けると、更に一人で町に戻ったのは下限の月が出た少し後だった。
「だが副支部長が相場に介入可能なように、それなりの数のドラゴンを狩って戻ってくる。まあ相場は下がるだろうな」
冒険者のために、高値で売買できるのが良いと思われがちだ。
しかし投機に巻き込まれたり、必要な装備を入手できなくなったりして、結局のところ痛い目に合うのだ。
「副支部長が狩った分で不足するようなら、支部長がダンジョンに行くだろうし、俺も狩ってこれる。多少、高いくらいで落ち着くんじゃないか」
「そう伝えても良いですか?」
「決定じゃないが、それでも良ければ構わない。これ以上の話なら、支部長に面会してもらうしかないな」
「ありがとうございます」
ロスは満面の笑みを浮かべて礼を言った。
「ところで、何で急ぎで戻って来たんですか?」
「君の話の件だと言いたいところだが……別件で緊急案件が出てな。関係者を集めて会議だ。本当は副支部長も含めたいが、素材採取があったんで抜けたんだ。既に打ち合わせは終わったが」
どういう理由か、具体的なことは後から知るだろう。機密に触れる権限がないとロスを突っぱねる気はない。秘匿される情報に近づかなければ、それだけ身の安全が図れるというだけだ。
今回の相場の件も、部門長以下でも知っている職員はいた。ウチの部署ならジョルンだ。新人向けのダンジョン研修なら、わざわざ俺が講師役を買って出る必要がなかったのに強行した理由を説明した結果だった。
この件もおいおい、ロスやほかの部下たちが知ることになるだろう。
「ところで、カウンター奥の花だが……」
唐突ともいえる話の変え方だったが、帰還ともに気になっていたのだ。今まではなかった花の存在に。
小さな花瓶に活けられているのは、気付いたら庭の片隅に生えているハーブだった。ポーション作りには使われないが、香りが良いのでハーブ茶にして飲まれることが多い。
「アミラです。花の一つでもあれば、少しは華やかになるかもとかなんとか。雑草を飾っても華やかかどうかはわかりませんが、雰囲気は和らぎますね。花の配色も絶妙だし、良いですよね?」
薄紅色と白の花を思い出しながら言うロスに、どう返そうか悩みながら俺は曖昧な顔を作るしかなかった。