06-1. 大人の相談1
ロスがジョルンに連れられてダンジョン研修から帰還した。今回は新しく入ったイストを合わせた三人だった。
支部長も副支部長もいなかったおかげで、非常に快適だったと嬉しそうに二人して語り、どれほど悲惨な目にあったのだろうかと、隣で聞いていたイストは慄いている。
新人のロスだけでなく、ベテランのジョルンが言うくらいだから、どれだけ大変だったか様子が窺える。
――よほど無茶ぶりが堪えたらしい。
今回は二〇層、無理がなければ三〇層あたりまでの各階層を見て回りながら、討伐経験を積むようにと言ってから行かせた。
結果、三人だったのが功を奏したのか三五層まで下りたらしい。楽しかったと言われて胸をなでおろした。また自分には無理そうなどと言われたら堪ったもんじゃない。
「カウンターに配属された新人も、仕事に慣れて問題なさそうだから、次は俺がユイネを連れて潜ってくる」
今なら半月ほど不在にしても平気だろうと踏んで、仕事を調整していく。
「俺も研修に付き添うぞ!」
察したかのように副支部長が事務所にやってきて宣言する。
本気か!? と事務所にいた誰もが思ってもしかたがないだろう。
そして一緒に行動しなくてはいけないユイネに同情が集まった。
「また無茶をさせる気ですか?」
小さく溜息を零しながら、やんわりと拒絶した。
「ダンジョン休暇を取得して、お一人で深層に潜ってくださいって言いましたよね?」
「しかしだな、支部長が深層調査に行ったが、抜けがあったらしく再調査が必要だ。一緒に行けばA級冒険者からのありがたい解説が聞けるぞ」
いらん、と即答したかった。一応、上司だから口を閉じていたが。
「D級を深層に連れて行くような無茶、何度もやらかされると部下が逃げるんで止めてください」
前回、二度とやるなと釘を刺したはずだったが……。
「遠慮するなよ~!」
「してないです」
肩に回そうとする腕を振り払いながら言い返す。
だが今日それで引き下がらず、関節技を極めにきた。
「何を言っても駄目ですよ!」
極め業が入りきる前に振りほどくと同時に回し蹴りを入れる。クリーンヒットとならなかった。
――さすがにA級に攻撃を当てるのは無理か。
たかがランク一つではなく、越えられない壁のようなものがある。B級の俺とジョルンの間も同様だ。
「俺とお前の仲なんだから、遠慮はいらないぞ」
「してません」
再び腕を掴もうとされて躱す。
いつまでも攻防を続けても不毛だが、支部長も副支部長も一度言い出したら聞かないところがある。困ったことに。
「とりあえず執務室で話をしましょうか」
事務所でやるべきことではないし、一人ずつを説得するよりも二人相手の方が楽でいい。
「副支部長は深層に行ってきたんですよね? 支部長も同じようにお一人で潜れば良いだけでは?」
深層調査名目で潜っている。抜けがあったとして副支部長が再び調査に潜るのも、珍しいとはいえないとまでは言い切れない。
「噂がなかなか消えないんだ。念のためにもう少し狩っておこうかと思ってな」
まともな理由があって驚いた。呼び出されるのは大抵ロクなことではないのに。
「土龍一体じゃ足りないとウェルクから言われた。次は炎龍が欲しいそうだ」
要求されているのは属性龍と呼ばれる四属性の系統を名に冠したドラゴン。最深部に生息するというだけでなく、人が狩れる最上種でもある。下層域から深層に生息している。A級相当だが、特に強い個体の場合、S級冒険者に依頼がいくような魔獣だ。炎龍とはいっても、ファイアードラゴンを始め、フレイムドラゴンやインフェルノドラゴンと炎系は何種類もいる。最弱種でもD級のユイネを連れて戦うのは、かなり厳しいものになる。
「規格外な……」
ウェスクは何という獲物を依頼したのだと思う。それはもう心の奥底から。
「さすがにユイネを最深部には連れて行けませんよ」
「だが目くらましには都合が良い。まだ噂の出どころはわかってないからな」
さすがに危険すぎる。俺なら討伐に不参加でただ付いて行くだけと言われたらどうにかなる。
絶対に無理だ。C級のジョルンでも拒否するレベルの場所に、D級のユイネを連れて行くなど、死地に追いやるようなものだ。
「インフェルノドラゴンやブリザードドラゴンなんかも欲しいと言われてしまってなあ。下層から深層まで動き回らなくてはいかん」
ウェスク、お前というヤツは……、と再び思うが、在庫調整が理由だから言っても仕方がない。
属性龍の生息域は七〇層以下の最深部と呼ばれる階層であり、ここまで下りられる現役冒険者は現在この町に数える程しかいない。よって支部長が動き回っても問題ない。
周囲に見られるのはそれよりも上の階層。七○層くらいまでならダンジョン内でほかの冒険者と遭遇しそうだ。
「深層の調査をとりあえず全部やり直すという理由で行きましょう。ジョルンの方でそういった形の報告書を作成させます。それをもって支部長が潜るというのはどうですか? たまたま俺たちがダンジョンに潜ってるのと時期が被っただけ。ついでにダンジョン休暇を取得して、心行くまでドラゴンを狩ったというのは?」
「この時期に休暇を取得するなんて、裏があると思われるだろう」
支部長がまともなことを言う。珍しいが、それだけ深刻なのだと受け止めているのだろう。非常時には頼りになる上司だ。
「だったらジョルンに言われて深層調査に行くところまでは同じ。六○層からはバフをかけて一気に深層に行って、最速でドラゴンを狩って、下層に戻って真面目に調査すれば良いのでは。昼の内にドラゴンの居場所を探しておいて、夜に狩れば良いでしょう」
魔獣の多くが夜行性で危険度が上がる。その上、暗くて視界が利かないから、日が暮れてからの行動は、それだけで危険が伴う。
下層でやれというのは、A級であっても少々無謀な提案だった。
だがS級にも手が届くと言われながら引退した支部長や副支部長なら、なんとかなると信じるに値する。
「レッサーをあと数頭、スカーレットドラゴンやフォレストドラゴンの要望に応えるのは難しいぞ」
色名を冠したドラゴンは、皮の色以外にほぼ違いはなく、似たり寄ったりの特性の防具が作れる。とはいえ全身同じ色で揃えたいのは人の常だ。革に染色を施しても良いのだが、ドラゴンの革は染まりが悪くその色のドラゴンを狩る方が手っ取り早い。C級でも複数パーティが集まればどうにか倒せるレッサー種より強いものの、B級程度で倒せる程度の強さでしかない。
「下層も調査のやり直しで通用するでしょう。副支部長がドラゴン狩りに夢中になり過ぎた結果、すべての調査をやり直すと言えば良いんですよ。実際、ジョルンたちは三五層まで潜ったようですから、俺たちは三六層から四○層を調査する予定です。その下には行きません」
だから俺やユイネを巻き込んでくれるな。
「レッサーなら四六層あたりから棲息し始めるんですから、下層に行くついでに狩っても問題ありませんよ。大体、支部長も副支部長も魔獣を狩るのが好きなのは有名ですからね。立場からなかなかダンジョンに潜れないのも知られている話ですし、誰も在庫補充のためだなんて思いませんよ」
「そこは若くて可愛い女のコに、良いところを見せたいと張り切ったオジサマという構図をつければ、もっと多く狩れるだろう?」
「泣かれますよ、普通に。前回の四五層だってやつれて帰ってきたんです。あんまり苛めては嫌われますよ」
「それは困るな」
全然、困っているようには見えない顔でしれっと返してくる。