05. 新しい部下
職員の募集をかけて半月、全然来ないと思っていたらいきなり五人ほど面接が入った。
――どうしたものかな。
頭を抱えたくなった。
面接した最初の二人が、どう見てもやる気のなさそうな女の子だった。
幸先が悪いとは言わないが、出勤するのが面倒くさくなったら辞めると言い出しそうな雰囲気を醸し出しながら
「多分、やれると思うんです」と言われても、採用したくない。
次はもう少しマシであってほしい。
そう思いながら三人目。大層色っぽい女の子だった。
――結婚相手を探すクチか、それとも遊び相手を探したいか?
冒険者は羽振りが良いから、遊ぶにはちょうど良い相手だ。
年齢は一六、結婚を焦る年齢ではない。だったら後者だろうと思いながら、とりあえず志望動機を聞く。
「働いたことはないんです。でもカウンターだったら私でもできると思って」
部下が聞いたら怒り出しそうなことをしれっと言う。
確かに技術はいらない。とはいえただ冒険者が選んだ任務を受け取るだけではいかない。あまりに成功率が低い冒険者に難易度を下げるよう諭すのも、敢えて受注を拒否するのもカウンターで判断する。
「ママから『どうせ仕事なんかみつからないんだから、身体を売れ』って言われたんです。できるって啖呵を切っちゃったから、採用されないと困るんです」
ペンが手から滑り落ちかけた。
「もしかして花街の出身かな?」
「だったら駄目って言いますか?」
質問を質問で返すなとは言えなかった。
「君はお母さんと同じ職業を目指したくないんだね?」
あえて娼婦という単語は使わなかった。
一六歳という年齢は、色々なものを割り切るには若すぎる。
「はい……」
「今の君は少々、色っぽすぎる。ダサいと思うかもしれないが、問題が起きないように、色気を押さえた服装はできるかな?」
「大丈夫です」
返事は良い。
「じゃあ、少し試してみようか」
そういうと面接に使っていた部屋を出てユイネを呼び出す。制服に着替えさせるのと同時に、髪型を地味目に整えるように指示を出した。
――本来は不採用にするべきなんだろうが。
しかし学校を出たばかりのような、年端もいかない子の未来を閉ざすのは心苦しい。
堅気の子でないのは、雰囲気から一目でわかった。長い髪を緩やかに束ねる、その計算されたおくれ毛や、柔らかな物腰の端々に漂う色香。
カウンター業務をやらせたら、冒険者から絡まれるのは必至だった。
どうするか悩んでいるうちに、着替え終わったとユイネが連れて戻ってくる。
制服といっても私服の上に上着を羽織る形だ。立ち襟に釦がないから、首元を緩げると露出度が上がるが、閉じ気味にすると肌がほとんど出ない。
面接に来た女の子も、俺やユイネのように限界まで露出度を下げた着方だ。緩やかに束ねただけの髪は、きっちりと後ろで一つの三つ編みにしてあり甘さの欠片もない。
「かなり野暮ったいんじゃないかな? 君は少々どころではなく色っぽいから、ほかの女性職員よりきっちりと着こなさない限り、冒険者に絡まれるだろう。理不尽なことだと思うかもしれないが、問題を起こされると困る。服装はできるだけ地味に、丁寧だが硬い口調と態度で、とにかく目立たない。それでも良いと思うか?」
厳しいことを言っている自覚はある。
だがカウンターに入る女性職員が、酌婦のように扱われないようにするためには必要な措置だった。
正直言って提案している最中でさえ、不採用にするべきだと思っている。
それでも大人として、手を差し伸べる必要があるとも感じていた。
「……駄目って言わないんですね」
「難しいか?」
やる気がないなら突き放すしかない。
やる気があるなら手を差し伸べる。
俺ができるのはその程度だ。親じゃないからそれ以上の手助けはできない。
「頑張ります! 普通の仕事ができるんだったら、何だってかまいません!」
言い切った彼女の顔は決意に満ちていた。
「仮採用だが、これから仲間だ」
新規採用一人目、アミラが部下になった瞬間だった。
どう転ぶかわからないが、誰にとっても良い方向に向かってほしい。
そう思いながら部下になる少女の後ろ姿を見送ると、気持ちを切り替えた。
四人目はD級冒険者として活動している二〇歳のイスト。
いかにもといった風貌だった。
活動実績を見る限り、そう長い時間をかけずにC級昇格しそうだ。
「冒険者の方が稼げると思うが?
「まだ収入が少ないからって理由もあると思うんですが、いつも取り分で喧嘩になるのが嫌で辞めてきました」
詳しく聞くと、剣や盾といった損耗の激しい前衛と、ほとんど装備が傷まない後衛が毎回喧嘩をするらしい。
「装備は自分だけが使うものだし、自分の受け取り分で買うのが普通だと思ってるんです。傷の回復ポーションはパーティ共有だけど、魔力ポーションは魔法士の持ち出しだから、案外出費がバカにならないし」
そういう彼は前衛で剣を使うらしい。
ほかのメンバーと一緒に後衛の魔法士と喧嘩をしないと、同じ前衛から詰られて嫌気がさしたと言う。
「ほかのパーティでも配分でいがみ合うのはザラらしいんで、じゃあ冒険者を辞めようってなって。でも俺、転職してもほかの仕事はよくわからないし、ダンジョンに潜るのは好きなんで応募しました」
「独りでやっていけるようになるまで、腰かけで職員になる気かな? C級になったら冒険者の方が何倍も稼げる」
「家族が病気になったとかで、どうしても金が必要になれば冒険者に戻るかもしれませんが、もういいやって感じです」
まだ若くてそう長い冒険者生活ではなかったはずだが、随分と嫌気をさしたらしい。
ギルドが天国という訳ではないが、D級になってから何年も一つのパーティでやってきたのだから、忍耐力がないとは言い難い。
少なくとも採用してどうなるか確かめたくなる程度には、見込みがありそうだった。
――三人目の『迷宮管理・冒険者対応班』として悪くない。
心の内で採用を決めつつ、もう少し質問を続けた。
五人目、最後の一人はD級になったばかりの一九歳だった。鍛冶師見習いだったが、剣を作るより使う方になりたくて冒険者になった。
だが同世代の冒険者は既に幼馴染たちとパーティを組み終えていて、じゃあ年上世代はと言えば駆け出しは役立たずで門前払いに。独りが難しく悩んでいた時に職員の募集を知ったのだった。
――C級になったら速攻で辞めるパターンだな。
冒険者として半人前を育てて放流していくのもアリだが、できればジョルンのように長く続けてほしい。
「カウンター業務も嫌と言わずにできそうかな?」
「できればダンジョンに潜る仕事がしたいです」
多少言葉は柔らかいが「嫌」だと思ってるようだ。
「君の実力では、すぐにそちらには回せないんだ。まずはカウンターに配属されて、手の空いた時に研修を重ねて腕を磨く必要がある。どんなに早くても一年や二年はかかると思ってほしい」
「そんなにも……」
落胆が顔に出る。
思っていたのと違うというのは、よくある話だ。特にまだ経験の少ない若者であれば。
結局、採否を口にする前に「辞退します」と言ってギルドを後にしたのだった。
アミラとイストが入ったのは、面接の数日後だった。
ユイネに髪型や制服の着方を教わったらしく、面接のときほど野暮ったくはないが、その分キリっとした感じにまとまっていた。
イストはそのままカウンター業務には就かず、すぐにロスとともにジョルンの元で仕事を覚えることになった。
そして――。
面接で落としたはずの女性応募者二人、ネリーとカリアも採用された。
いわゆる縁故である。
――やる気がなくても良いから、足を引っ張る真似さえしてくれなければ、問題はおきないのだが。
働く大変さを教えてほしいとだけ言われている。優遇しろとも、仕事をさせずに給料だけ払えとも言われていない。
だからほかの新入職員同様、指導するだけである。
――ある意味楽か。
少なくともお客様扱いしないで済む。
そんな風に思っていた。
しかし数日経って、意外にも仕事ぶりが丁寧でやる気が見受けられた。面接ではそんなそぶりは欠片もなかったというのに、
――俺の見る目がなかったか。
以前から在籍している職員たちとも上手くいっている。
アミラも同じように打ち解けていた。まだ社会に出てからの経験が浅いものの、努力でカバーしていた。
反面、カウンター業務に就く女性が六人に増えたのに対し男性が一人のまま。少々どころでなく居心地は悪そうである。人数が足りている上に異動させられそうもないため、どうしたものかと頭を悩ませる。
――探索統括課から出すのも検討してみるか。
まずは他所の部門で人員が不足しているか確認するのと同時に、適性を確認しないといけない。ダンジョン保全業務の可否くらいしか見ていなかったが、それ以外の何かスキルがあるのか、だった。
登場人物
アミラ:
カウンターに配属された新人。就労経験無、花街出身。
イスト:
冒険者稼業が嫌になってギルドに就職、D級冒険者。
ネリー、カリア:
面接でやる気がなさそうだったため不採用にしたハズが、縁故で採用されてしまった。
だが入ってみると真面目な仕事ぶり。カウンター業務の新人。