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冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―  作者: 紫月 由良
2章 ダンジョン講習

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15. 報酬

「トールさん、お帰りなさい!」


 声をかけてきたのは、受付カウンターではなく、解体班に所属する職員だった。

 昼を少し過ぎた時間帯は、獲物の引き渡しをする冒険者が少なく、割と暇なころだ。


「俺とニール個別の査定と、共同討伐分の査定を頼みたいんだが」

「ああ、じゃあ人を呼んで来るんで、その間に出しといてください」


 どこに、という指示はない。手近の机の上にそれぞれ獲物を積み上げるのだが、職員だけあってそこは言わずに通じるのだ。

 ニールに説明しながら、自分の分を別の作業机に積み上げ終わる頃、助っ人を二人連れて戻ってきた。


「魔鶏は……羽根だけ?」

「肉は食った。町で食糧を調達する時間がなかったからな。余ってる分もすべて調理済みだから無い」


「そうなんですねえ……。それと炎野牛(フレイムバッファロー)に、極冠狼(ポーラウルフ)とは珍しい。あとは……大箆鹿(ヒュージエルク)って、四〇階層まで下りて何を狩ってるんですか」


 解体班の職員が言うのはもっともだ。普通は大箆鹿(ヒュージエルク)ではなくレッサードラゴンを狙うところだからだ。下級冒険者向けの個人講習とはいえ、標的が変わることはない。


「興奮した群れに突撃されたんで、ついでに狩ったんだ。狙ったわけじゃないよ」

「ああ、そういうことなら納得です」

 偶然の結果なのだと知って、それ以上は突っ込んでこなかった。


「それで、一週間潜って、戦果はこれだけなんですか?」


「いや、共同討伐分はこっちに全部入ってる」

 収納袋(マジックバッグ)ごと差し出した。入ってるのは共同討伐した獲物だけなので、わざわざ出す必要はない」」


「了解です。確認しますね……」

 そう言いつつ、状態がイマイチなのと、良いのがあるなどと確認していく。


 全ての魔獣を出し終え、受付を終わらせるのに半時間ほど。

 その後はニールと別れて事務所に向かう。徹夜明けでダンジョンに潜ったのだから、このまま帰宅して寝たいと思うが、報告書が待っているのだ。


 ――今回は割とキツかった。


 主に徹夜明けで糧食を整えずに、ダンジョンに潜らねばならなかった辺りが。

 三食すべて鶏肉という食事を三日続けて、というのは食べることしか楽しみのない地下世界では、少々、苦しいものだった。


 だが……成果は悪くない。


 割と強引だとは思うものの、業務中の成果を丸ごと自分の取り分にできたから、数か月分の給料より臨時収入の方が多い。少しばかり良い武器を買えそうだった。




 翌日、朝一の忙しい時間帯の後に来るように言っておいたニールが現れる。久々に寝台(ベッド)で眠れて、疲れが取れたのかすごく顔色が良い。


「なあ、報酬をもらうのに、別室に呼ばれたの初めてなんだが?」

 カウンターで支払われるのが、本来のやり方だ。

 だが今はダンジョン講習の前日に通したときと、同じ作りの面談室に通している。


「いきなり、桁違いの報酬を受け取ったら、動揺するし金銭感覚が狂うからな。そういった説明も込みで個室対応にしたんだ」


「……そんなに違うのか?」

 ゴクリと生唾を呑む音が聞こえた。


「桁が三つ以上変わる」

「…………本気(マジ)か」

 驚くことはないと思うのだが。


 炎野牛(フレイムバッファロー)の一頭分でさえ、丁寧に倒した結果、銀貨での支払いになるのだ。講習前日に持ち込んだコカトリスは銅貨なのだから、その時点で報酬の桁が上がるのは確定していた。

 狼種を何頭も倒し、その上レッサードラゴンも倒しているのだから、支払いが金貨になるのは容易に想像がつくはずなのだ。


「結論を言うとね、ニール君の報酬は九六(ゴールド)と八(シルバー)だね」

 俺の隣に座るウェスクが、査定額を告げる。


 通常なら俺一人で十分だが、閉鎖空間での金銭のやり取りになるため、二人での対応になる。

 ニールを見ると、口をあんぐり開けたまま固まっていた。


「今まで見たことのない額かもしれない。だがC級以上なら、珍しい額じゃない。多い方ではあるが」

 現実に意識が戻るように話し始めると、一気に目の焦点が合う。


「中層以下に下りるなら、今の武器では不足だ。しかも良い武器は値段もそれなりにする。うっかりすると今回の報酬が全額飛ぶ」


「え…………………………」

 現実に引き戻された直後に、絶望に顔が彩られる。


「武器だけじゃないぞ。ポーションもロクに持ってなかっただろう? 中層に行くなら中級ポーションだけでなく、上級ポーションも複数持ってる方が安全だ。特に独り(ソロ)なんだから五本や一〇本くらい持っていても、多すぎることはない」

 ニールの目が点になった。喜んだり絶望したり、なかなか忙しいことになっている。


「今までみたいな雑なやり方だと死ぬからな」

 ポーションをほぼ一から揃えるから、金貨が一〇枚や二〇枚は飛ぶ。


「武器や装備の手入れを小まめにするなら、今まで利用していた宿より広い部屋が必要だ。寝台(ベッド)以外、足の踏み場もないような部屋じゃ、荷物を広げられないだろう? 二間続きだとか、馬鹿デカい部屋はいらないが、それでも一泊一S(シルバー)くらいかかる部屋がいい。すると部屋だけで一ヶ月三G(ゴールド)。今、上げた分だけでも報酬の大半が飛ぶだろう? まとまった金が入ったからと豪遊したり散財すると、借金が残る羽目になる。冒険者として投資が必要な分以外は、(つま)しいくらいで丁度なんだ。まあ、ダンジョンから戻ったその日くらいは、自制せずに好きな物を食べて飲んでする冒険者が多いが」


 冷や水を浴びせている自覚はあるが、釘を刺しておかないと、身を持ち崩す冒険者が後を絶たない。特にダンジョン講習を個人で受けるような冒険者は。ニール同様、今まで稼ぎが低すぎて、まともに食べられないような連中が多い。突然、報酬が(コパー)から(ゴールド)に変わって、金銭感覚が狂うのが一定数いる。


「わかった、贅沢はできないんだな……」

「まともな飯と寝床は確保できる額だ。高い肉は食えなくても、歯が立たないような筋張った硬い肉じゃなくて、ちゃんと嚙み切れる柔らかい肉を毎食たべられる」


「そうか……!」


 食事の話になって、少しだけ気分が上昇したようだ。ダンジョン内での食べっぷりからいって、食事が一番重要なのかもしれない。


「凄く良い暮らしは無理でも、そこそこ良い暮らしはできるってことだ」

「わかった!」


 肉の話をしてからの喜びように、本当に聞いていたのか疑問に思うが、追々わかってくるだろう。

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